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このブログは障害者問題を中心に退職者の日々の思いや脳梗塞後遺症とのつきあいの日々をつづります。この下の記事からが本文です

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ラジオで学ぶ [高齢者]

 

 

新聞の投稿欄からです。

 

「働き方改革で夫婦で育児を  32歳 

働き盛りの父親は長時間は労働。このため、育児も家事も1人でこなさざるを得ない。こんな「ワンオペ育児」に苦しむ母親が多い。夫の単身赴任はその典型だろう。わが家にも3人の乳幼児がいる。夫の帰りはほぼ、子どもたちの就寝後だ。末っ子の授乳中、真ん中の子が粗相し、長子は牛乳をこぼす。こんなことが毎日、起こる。食事に風呂、寝かしつけ・・。休む暇はない。子どもが3人もいるからと言う人がいるが、1人目時は全てが初めてで、何かと心細い。2人目も常に手いっぱいだった。周囲には{ワンオペ育児」の大変さから、第2、第3子を諦めるという声もある。 日本は他国に比べ、男性 は仕事である有償労働時間 が長く、女性は育児、家事といった無償労働時間が長い。このアンバランスは夫婦のすれ違い、さらには少子化という深刻な社会現象を助長する。働き方を改革することで、家族の在り方も変わってほしい。何より、私は子育ての大変さも喜びも、もっと夫と共有したいと願

う。」(2017812日西日本新聞)

 

ラジオがかかせません。ラジコですが。

 

「世界を広げる朝の語学教室  47

夜明けが早い。窓を開けると、巣立ったツバメが楽しげにさえずっている。午前5時、台所のラジオをつけて、私の一日が始まる。軽快な音楽とともに、朝食作りに取り掛かる。そして定刻になると、わが家の台所は英語中国語の語学教室に早変わりする。きっかけは会社の寮の管理人夫婦である。働き者の2人は仕事の傍ら、何十年も中国語の勉強を続けていた。その語学力を見込まれ、 今は中国の支店で活躍され ている。言葉には、自分の 世界を広げる力があると知 った。 旅先の沖縄スマートフォンを操作する若者に「中国の方ですか」と片言の中国語で話し掛けた。抱きつかんばかりに喜ばれた。言葉には、見知らぬ人との結びつきを生みだす力もあるのだ。「上達せんのによく続くなあ」。夫の冷やかしにも負けず、今日も鉛筆を握り締めてラジオに耳を傾けている。私の大切な時間である。」(同前)

 

 今年で長い間続けた役員を退任しましたが、退任と同時に体調を崩してしまいました。それで時間を持て余すことになりました。ラジコには「放送大学」があります。それを聞くことにしました。聞いても忘れることの方が多いですが、1学期は「高齢期の生活と福祉」「死生学入門」を中心に聞きました。入学したわけではなく、テキストを購入して聞くだけですが。2学期も高齢者がかかえる問題を聞きたいと思います。

 

 

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「ひよっこ」楽しかった [テレビ]

 

 

「ひよっこ」では、女優をマスコミの包囲網から救出した後、マンションの施錠は誰がしたのか、自動施錠なのかと家族で意見が分かれる場面がいくつかありました。

 

「朝ドラの時代わが身重ねる  58

NHKの朝ドラ「ひよっこ」が楽しみです。東京五輪が開催された昭和39年あたりからスタート。主人公の若者たちは高校の卒業を控えていましたから、18歳でしょうか。当時、私は6歳で、この主人公たちは現在なら71歳か。数年前にヒットした昭和が色濃く漂った映画同様、われわれ世代には物語もさることながら、町並み、生活様式、流行歌も郷愁を誘います。主人公の女の子は北関東から上京し、実家に仕送りする役どころ。当時は中卒の働き手を「金の卵」と呼んでいました。そんな彼女が家柄の違いから恋人と別れる。「貧乏でもいいなんて簡単に言わないで。あなたは、みんなが欲しいと思 っている全てのものを持っているから貧乏が分からないんです」と伝えます。 劇中、農家の長男が上京する三男に「田舎に残って気楽に百姓ができて良いなんて思うなよ。出たいと思っても、どうにもならないのが長男なんだ」というシーンもありました。進学を断念した者。結婚を決められなかった恋人たち。家の仕事を継ぐことが 定められている者。時代は違っても、現代でもどこに でもある話と思います。 朝の心温まるドラマを見 ながら、還暦前のわが身を 振り返っています。」(2017918日西日本新聞)

 

私が高卒で就職したのが昭和38年(1963年)でした。工業高校でしたので就職先はたくさんありました。でも、てんかんである私は秘密を抱えながらの面接でしたが、時代の恩恵で仕事にありつきました。そんな時代から40年近く福岡で働き続けました。そんな思いと重なるビートルズの来日、ミニスカートの時代など、生きてきた歴史をたどることができました。活力をいただいた15分間でした。ドラマでは語られなかった若者の苦闘の歴史もあっったことは別の機会に伝えてもらいたい。

 

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動かないものも [支え合う社会]

 

 

「巣立ちに歓声静けさが戻る 55

スズメより大きく、ハトより小さな烏がハナミズキの高い枝に巣を作った。名前を聞くと、ヒヨドリとのこと。雌が巣に入ったまま動かない日々が続いた。 ある日、数羽のひなが誕生した。雌は忙しい。餌をせわしなく、ひなたちに運ぶ。が 巣立ちの日がやって来た。3羽のひなが巣から飛び立った。親鳥2羽が見守っている。建物の窓際に人だかりができた。けなげにひなが高さ5Mの巣からダイブすると、周囲から思わず歓声が上がった。 枝に止まれずに、地面に 落下するひなも。1羽は勇敢にも、枝に止まっていた クマゼミに体当たりした。 狩りのつもりだろうか。し かし、相手が大きすぎた。 セミは青空に向かって飛ん でいった。大騒動の一日が過ぎ、巣は空になった。静かになり、ハナミズキは寂しさに包ま

れている。夏なのに、夏に取り残されたハナミズキ・・・」(2017830西日本新聞

 

ヒヨドリの生命力に対する拍手でしょうか。

動かないが生命力があるのが植物です。

 

「植物は、動くことができない。そのため、生息する環境を選ぶことができないのだ。そ の環境が生存や生育に適さないとしても文句を言うこともできないし、逃げることもできな い。その環境を受け入れるしかないのだ。 そして、環境が変えられないとすれば、どうすれば良いのだろうか。環境が変えられない のであれば、環境に合わせて、自分自身が変化するしかない、だから、植物は動物に比べて 「変化する力」が大きいのである。 植物の中でも雑草は可塑性、が大きく、自由自在に変化することができる。この「変化する 力」にとって、もっとも重要なことは何だろうか。それは「変化しないことである」と私は思う。

植物にとって重要なことは、花を咲かせて種子を残すことにある。ここはぶれることはな

い。種子を生産するという目的は明確、だから、目的までの行き方は自由に選ぶことができる。だからこそ雑草は、サイズを変化させたり、ライフサイクルを変化させたり、伸び方も変化させることができるのである。」(『植物はなぜ動かないのか』稲垣栄洋)

 

クローバーと間違われやすい雑草「カタバミ」は武家の家紋に使われることが多いという。カタバミは地味な草なのですがその生命力の強さに家の繁栄を託したのだという。武士の切なる思いが草に光を当てたのではないか。

 

 

 

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在宅で最後を [高齢者]

 

 

「ブラタモリ」は高野山でした。案内役の高野山大学の先生で柳川出身だという。タモリさんの父も柳川市旭町出身という事で盛り上がりました。

 

新聞の投稿欄からです。

 

「紅皿 母の優しい目

「やっぱり、行かやんやろうか?」 わが家で過ごす最後の日の夜、母がボツリと言った言葉です。アルツハイマー型認知症と診断され、出張の多い兄が留守の時に何かあればと思い、施設への入所を決めました。 あれから10年、病気は少しずつ進行し、もう 私たち娘の名前も分からなくなりました。頼り にしていた兄も昨年、突然亡くなり、そのことも母は知りません。兄は独り身だったので、母が私の生まれ育った里の、最後の住人となりました。 でも、もう93歳の母の命は燃えつきそうです。毎日、毎日会いに行き、話し掛けます。今までどれだけ母に助けられ、励まされたことでしょう。その手をさすりながら「ありがとう、お母さん!」と、この言葉しかありません。近いうちに悲しい時が来るでしょう。その時は道に迷わないように、しっかりとこの手を握り、父や兄のところヘ送ってあげたい。顔も名前も分からなくなっていても、私を見つめる優しい目は変わりません。「頑張らんかい」とその目から聞こえ、「分かった。頑張るよ!」とその優しい目に話し掛けます。(63歳福岡県筑後市) 201791日西日本新聞」

 

自宅で最期をという思いがあるのでしょうか。切ない願いです。ですが、その願いを実現させるのは大変だと思います。日本人として帰化された医師は次のように述べています。

 

「これも第1章でふれたように、そもそも、町医者にすぎない私が、 介護老人保健施設(「アポロン」な ど)や特別養護老人ホーム「あすかをつくったのは、無医村に往診しながら、往診先のお年寄りのいろんな事情も見聞きし、「とてもじゃないけど、往診だけではケアできない」状況に直面したからにほかなりません。一人暮らしの老人、老老介護をせざるを

えない家庭、ご家族はいるけれどいろんな事情で介護ができない事例・・こういったケースが多かった」(『最後の時を自分らしく-在宅治療ができること』レシャード・カレッド)

 

さらに、施設入所後の家族の関りについて次のように述べています。

 

「施設入所の場合のご家族の関わり

 ご家族の方の積極的な関わりも重視しています。「アポロン」をつくったとき、入所の条件というほど強いものではないのですが、軽い条件として、「最低、週一回くらいは家族が来ること」をお願いするごとにしました。ご家族が来て、世間話をするというだけでも、お年寄りの方の心身にはいい影響が表れるものです。施設に入ったからといって、そこに預けっぱなし・任せっぱなしでは、よくないのです。入所者の方の洗濯物についても、施設では原則として洗濯しないということにしました。ご家族の方に持って帰っていただいて、洗ってもらうということにしたのです。」(同前)

 

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「亜健康」の人たち [高齢者]

 

 

 

「(天声人語)健康、亜健康、病気 2017915日朝日新聞

 

 「敬老の日」に比べると影は薄いものの、きょう15日は老人福祉法にいう「老人の日」である。祝日法で9月の第3月曜とされた「敬老の日」と違い、年ごとに日が動かない。不動の日である▼長寿比較で日本は不動の首位にあると思い込んでいたが、厚生労働省の今夏の発表によれば、男女とも1位は香港、日本は2位である。男性は81・32歳に対して80・98歳。女性は87・34歳と87・14歳だった▼「香港のお年寄りは概して社交的。用がなくても街へ出て談笑します。感情を出してストレスを発散させています」と香港研究が専門の倉田徹・立教大教授(42)。老人を大切にする伝統は健在で、公立病院の医療費も高すぎない。人々は食材を実に熱心に選ぶと語る▼筆者も香港に駐在したが、食への執着には驚かされた。朝は粥(かゆ)やミルクたっぷりの紅茶から。昼夜とも生野菜は避け、魚は焼くより蒸す。「冷えたビールは風邪のもと」「熱が体にこもったらトマトを」。さほど親しくない人からも親身の助言をもらう▼とかく健康か病気かの二元論で考えがちだが、香港では二つの間に「亜健康」という域があると考える。亜熱帯の亜と同じく「準ずる」の意だ。病気なら医療に頼るが、亜健康なら生薬を煎じたお茶を飲み、食で体調を整える▼医食同源の考えが浸透しているのだろう。旬の食材を指しながら効能を「寒・涼・平・温・熱」の五つに分けて説明してくれる人もいた。とても覚えきれないと言うと、あきれた顔をされた。」

 

敬老精神とは異なる声が強まっています。高齢者とは70歳以上とか75歳以上とかいう。年寄りも働けとか。年寄りの自由にさせてもらいたい。

 

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アリは格好よかった [難病]

 

 

パーキンソン病になった人の新聞投稿です。

 

「難病のゆえに見えるものが  64歳 

最近、何事も動作が鈍くなり、ふいの小刻み歩行で転倒することが多くなった。これはただごとではないと胸騒ぎ。大学病院を訪ねると「パーキンソン病」 との診断だった。とっさにアトランタ五輪の開会式で聖火台に点火した故ムハマド・アリ氏のぎこちない動作が住んでいるのでしょうか頭をよぎった。氏もパーキンソン病でした。急ぎ、帰って調べると国指定の難病とのこと。大いに落胆、数日はふさぎ込んでいました。すると1通のメールが舞い込んだ。「こだま」の投稿仲間からだった。「病は気から。一緒に投稿を続けていこう」と結ばれていた。そうか。自分には文章を書くことが残っていた。この病を得たからこそ書けることを見つけていこうという気になった。これから先、山あり谷ありだろうが、早々と人生を投げ出すのは情けない。生きてさえいれば、やがてもっと深いものが見えてくるはず。それを書いていこう と今は思っている。」(2017914西日本新聞)

 

アトランタ五輪が1996年というからもう20年以上も前のことですが、アリの登場には感動したことを今でも鮮明に覚えています。動きのぎこちなさをあえて世界に示したアリの勇気に感動したのだと思う。大変なことも多いであろう。有効な治療法の開発も進んでいるのでしょうか。

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お知らせ [お知らせ]

気になりましたので

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初めての体験 [高齢者]

 

 

「(声)尊厳守られ支援受け入れた母 56歳 2017916日朝日新聞

 デイサービスを拒み続ける88歳の老母に付き添い、この夏、施設に何回か足を運んだ。まず、母が利用をなぜ頑強に拒否するのかを、私なりに理解しようとした。そして、少しずつ母の同意を得ていった。

 母は以前、「私は半人前ではない」「自分はまだ衰えていない」など、矜恃(きょうじ)の強さが感じられる言葉を繰り返してきた。施設は利用せず独り暮らしを続けたいと言い続けた。

 まず施設で塗り絵などの活動を見学したが、母は「自分には必要ない」。そこで、私は、ケアマネジャーさんが作成した居宅サービス計画書を母の家で読みきかせた。入浴、掃除など具体的な支援内容が書かれ、「これまで通りの生活を続けられるように」とその理由を説明していた。母は「自分のために行くのだ」と意識が変わっていった。

 やっと母がデイサービスを利用して帰宅した時、私は「一日、疲れたでしょう」と言って、ケーキを出した。納得を得るには時間が必要だった。

 「老い」の大変さは、実際なってみないと分からない。本人の尊厳を大切にして接していかなくてはいけないのだな、と改めて思った。」

 

老いることは初めてのことであり、どう付き合うかはかりかねることは想像できます。福岡市は元気で若者が多い都市だと言われますが、高齢化率は他都市と同じようなものです。図を見てください。

お年寄りの多数が希望してかなわないのが在宅死。新聞は「在宅死微増の13% 16年、全死亡者130万人突破」と伝えています。在宅死の環境整備は進むのでしょうか。

   

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いろいろな睡眠時間 [高齢者]

 

 

 

片岡鶴太郎さんがNHKテレビに出演し「熟年離婚」したと話していました。司会の船越英一郎さんとのやり取りがあったというが、そこは見ていなかった。話は鶴太郎さんの睡眠時間。多くは午後7時から8時までに就寝。午前1時ごろ起床し、絵をかいたりなどし、1日1食の食事を2時間ほどかけて食べるそうです。鶴太郎さんは62歳で多彩な活動をされています。友達は少ないという。

 

「元気ダネ!

厚生労働省によると、加齢とともに睡眠時間は短くなっていき、6069歳では6時間少々 7079歳で6時間弱が一般的なようです。「年齢を重ねるごとに実際に眠れる時間は短くなる。若い頃の睡眠時聞を望むのは無いものねだり」などの指摘もあり、6時間前後眠れているなら心配する必要はなさそうです。 高齢者の中には「何もすることがないから、昼間ウトウトすることが多い」という人もいますが、昼寝をすると夜間の睡眠が浅く不安定になってしまい、眠りの質が悪化します。 なかなか眠れない(入眠困難難)、夜中に何度も目が覚める(中途覚醒)などの悩みでる人は、睡眠薬などに頼る前に対策として、毎日30分以上歩いたり、運動したりする習慣を付けてはいかがでしょうか。 昼間に眠気を感じたら思い切って立ち上がり、散歩や軽い運動をしてみましょう。」(2017914西日本新聞

 

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9月17日 北九州市でのてんかん講座中止について

17日のてんかん講座は台風接近により 会場が使えないこともあり

中止となりましたのでお知らせします



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自転車も怖い [寛容な社会]

 

 

「仲畑流・万能川柳 毎日新聞2017914日 東京朝刊☆印は秀逸(仲畑貴志選)

☆職質に川柳家だと言い「署まで」 東京 ホヤ栄一

シッカリに疲れタメ息姉ひとつ 北九州 はな

三世代トンビがトンビまたトンビ 佐倉 繁本千秋

「休みます」電話入れたら「辞めたでしょ」 白石 よねづ徹夜

オムツしてしまえば後に見栄はない 静岡 石垣いちご  (以下略)」

 

日の出が遅くなり朝7時から8時の間に散歩するようになりました。すると、歩道も、車道には高校生らしき自転車が増えます。後ろから来る自転車が怖いです。前から来る自転車を避けようとしてつい動きます。すると後ろからも来ています。びっくりします。ラジオで歩車分離信号になって事故が増えたというが、相変わらず歩行者の信号時間が短く渡り損ねる人をみかけます。このように車中心の仕組みを押し付けて、県警が「協力ください」とラジオで言っているのを聞くと腹が立ちます。

 

「(声)今の車道は自転車には怖すぎる 45歳 2017914

 

 歩道を走る自転車への指摘をよく目にする。「自転車『凶器』にしない」(8月26日オピニオン面)には「『自転車は車道』という原則を徹底する時期が来ました」との専門家の見解もあった。

 だが、この原則と車道の現状との板挟みで、自転車は「車道にも歩道にも居場所がない」というのが、自転車通勤する私の実感だ。

 車道左端を走っていると、追い越して行く車のバックミラーが体をかすめ、大型車だと風圧も受ける。車道の端は水はけ用の傾斜がつき、アスファルトとコンクリート部分の段差もある。小石や空き缶などの行き場も路肩で、車輪を取られやすい。駐停車している車は車道中央寄りに避けねばならない。ドライバーもこうした自転車を不安視していることが運転ぶりから伝わってきて、気をつかう。

 自転車を、歩道からこうした車道へ追い出そうとしても、自転車利用者には怖すぎる。車向けの道路環境の整備が最優先され、自転車向けは後回しにされた結果だ。歩行者の安全を守る規制の強化は、自転車専用の道路を新設するなど、自転車向けの根本対策も同時に進めて、双方の安全を確保しつつ取り組んでほしい。」

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在宅の看取りの困難さ [医療]

 

 

「仲畑流・万能川柳   毎日新聞201797日 東京朝刊

☆印は秀逸(仲畑貴志選)

コンセントあれば便利な墓掃除 青森 よしのまち

試食後の立ち去る時に要る演技 兵庫 岩尾直水

エレベーター訂正ボタン欲しいとき 鴻巣 雷作

読むことが想定されてない約款 静岡 石垣いちご (以下略)」

 

在宅医療と看取りが課題になっていますが、家族の対立は難題ですね。役割を果たさないという不満は生育環境などを含めて多寡はあると思います。誰に主導権があるのかという社会的な合意が必要な気がしますが。

 

「緩和ケア病棟 4割で家族対立「役割果たさぬ者がいる」毎日新聞2017911

 

 緩和ケア病棟で最期を迎えたがん患者の遺族の4割以上が、患者への対応を巡って家族内の対立や不満を経験していたとの調査結果を、筑波大などの研究チームがまとめた。患者だけでなく、みとりが近付く家族への精神面への支援の重要性が改めて浮き彫りになった。国際精神腫瘍学会誌に掲載された。

緩和ケア病棟は、治癒を目指す治療の継続が難しくなった患者を対象にした施設で、心身の痛みの除去を中心に行う。チームは2016年5~7月、国内71カ所で死亡したがん患者767人の遺族(20歳以上)に書面でアンケートを実施。対立の有無に関して8問全てに回答した458人分を解析した。回答者は配偶者(44.6%)と子供(39.7%)が多かった。

その結果、8問のうちどれかを経験した遺族は42.2%に上った。具体的には「役割を十分に果たしていない家族がいた」が最多の22.9%。次いで「治療方針で意見が合わないことがあった」が20.9%いた。「自宅や緩和ケア病棟など患者が残された時間をどこで過ごすか意見が合わないことがあった」も11.4%、「家族で傷つけ合ったり怒鳴り合ったりした」も11.2%いた。対立は回答者が若いほど多い傾向があった。

チームの浜野淳・同大講師(家庭医療学)は「予想より多い結果だ。これらを経験した遺族は強い悲嘆やうつ症状があった可能性がある。気持ちの揺らぎや意見相違があることを踏まえ、患者の家族への気配りも重要だ」と指摘する。【大場あい】 」

 

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水中の戦争遺跡が語るもの [歴史]

 

 

水中遺跡が最近は知られるようになりました。蒙古襲来の折の沈没した蒙古船の残骸が有名ですが、戦時中沈没した船なども多いという。そして、次のようにまとめられています。

 

「とりわけ重要なことは、パラオに沈む艦船のほとんどが、誰もが知る有名な戦艦や空母などではなく、ほとんど知られることのない補助艦船であったことである。これらの艦船は、武装も十分ではなく、速力も遅く、 まして多くは民間徴用船であったため、「武蔵」をはじめとする連合艦隊が撤退する上で『足手まとい』となったため、『捨て石』にされたものである。(略)

こうした状況から見えてくるものは、第二次世界大戦末期の『なりふり構わぬ状況』である。戦況が悪化し、民間の貨物船やカツオ漁船までも徴用して戦争に駆り出さざるを得なかったにもかかわらず、いざ戦場においては『武蔵』をはじめとする連合艦隊の主力はこれらの船を見殺しにしてまで逃亡し、戦力を温存しなければいけないという事の『身勝手さ』も垣間見ることができる。」(『水中文化遺産』)

 

そして、捨て石にされた船も抗戦したという。船の修理をする船は浅瀬に乗り上げ『不沈工廠』として任務遂行しようとしたという。

 

しかし「サイパン島の戦いでは、民間人を巻き込んでの玉砕戦で幕を閉じた。 四日まで行われたペリリュー島の戦い」や硫黄島などでは民間人を巻き込んだ玉砕戦や収奪自決がされたという。語られることの少ない人たちを照射しています。

 

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ある家族 [障がい者問題]

 

 

今日のニュースのなかでは、「本能寺の変」は明智光秀の信長への私怨でなく、足利幕府の再興を意図したものだという古文書がみつかったという。何かすっきりとした。光秀のひょあうかも変わるのではないか。

 

障害児を養子にしたという家族には教えられます。

 

「みいちゃん家族になろうよ ダウン症の子、養子に迎える 山本奈朱香

201797日 朝日新聞

 

■小さないのち みんなで守る

  障害児、二重のハンディ 育ての親にも支援乏しく

 結婚から2年、夫が無精子症だと分かった。障害のある子を授かる可能性についても話し合った上で不妊治療、そして特別養子縁組へ。「妹」として2人目に迎えた女の子はダウン症で成長はゆっくりだが、一家の「癒やし系アイドル」だ。そんな事例から、実父母が育てられない障害児の育ちをみんなで守っていくことについて考えたい。(山本奈朱香)

 「寝る前に『みいちゃん、かわいいなぁ』って言うんです」

 奈良県橿原(かしはら)市の自宅で、樋口藍子(らんこ)さん(32)が、長男の一絆(いっき)君(3)と生後10カ月の心絆(みいな)ちゃんを見てほほえむ。心絆ちゃんはダウン症で成長はゆっくりだが、最近は笑顔が増えてきた。藍子さんいわく「わが家の癒やし系アイドル」だ。

 藍子さんと夫の裕勇(ひろとし)さん(35)が結婚したのは2010年。なかなか子どもを授からず、検査を受けたところ、裕勇さんが無精子症だと分かった。「何も手につかなかった。一生子どもを抱くこともないんかな、と思った」と振り返る。

 障害のある子が生まれる可能性についても夫婦で話し合い、不妊治療に取り組んだ。でも、妊娠には至らなかった。

 夫婦2人でもいいかな、とも考えたが、諦めきれない思いがあり、特別養子縁組を仲介している民間団体に登録。障害児も積極的に縁組しているNPOで、障害のある子と縁組する可能性についても説明を受けた。裕勇さんは悩みつつも「僕のところに来てくれる子どもやったら、どんな障害があっても僕の子や」と藍子さんに伝えた

 14年、生後まもない一絆君を養子に迎えた。実母とも心でつながっていたいと、名前には「絆」の文字を入れた。「天使が舞い降りたみたい。人生がバラ色に変わった」と裕勇さんはいう。

 それから2年。一絆君にきょうだいをと考えていたところ、団体から「ダウン症のお子さんを受け入れてくれますか」と聞かれた。藍子さんは「もちろんです」と迷いなく答えた。

 ただ、裕勇さんには不安もあったという。小学校の時、ダウン症の同級生がいじめに遭い、母親が泣いている姿を見た。裕勇さんの母親からも「苦労するのではないか」と、考え直すよう言われた。(以下略)

    ◇

 〈特別養子縁組〉 実父母が育てられない原則6歳未満の子どもと、子どもが欲しい別の夫婦が縁組し、戸籍上の親子になる制度。夫婦が家庭裁判所に申し立て、6カ月以上の試験養育期間後、家裁の審判で成立する。実父母は親権を失う。2015年までの10年間で3804件成立した。」

   

いろんな家族のカタチが受けいれられる社会であってほしい・


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過酷な環境に [社会]

 

 

植物もストレスにさらされているという。

 

「第六章のまとめ ストレスと戦う

 植物は、常にストレスにさらされている。 陽の光が陰ることもストレスだし、気温が低いこともストレスである。栄養分が少ないことも、水が足りないこともストレスである。植物は動けないから、その土地で芽生えれば、その場所で生きるしかない。環境に文句を言っても環境は変わらない。環境は変えられないの、だから、自らが変わるしかない。 こうして、植物は環境をありのままに受け入れることで、さまざまに進化を遂げてきた のだ。とはいえ、過酷な環境に耐えなければならないというものでもない。」(『植物はなぜ動かないのか』稲垣栄洋)

 

サボテンはトゲで身を守ることにしたのだという。

 

「サボテンにトゲがある理由

一つは動物の食害から身を守るためのものである。乾燥地帯には草食動物のエサ となる植物が少ないから、草食動物に狙われやすい。さらに、水のない環境では、食べられ た茎や葉をすぐに再生するということもできないから、食べられるとダメージが大きい。そ のため、トゲで身を守っているのである。 しかし、それだけではない。 サボテンのトゲは葉が変化したものである。葉を広げていると葉の表面から貴重な水が蒸発していってしまうoそのため、葉の表面積を最少にするために、葉をトグのように細く変化させているのである。

水分の蒸発を防ぐのであれば、トゲの数は少ない方が良いが、サボテンは必要以上にトゲ

が常生している気もする。不思議なことに、サボテンはトゲをすべて取り除いてしまうと、

茎の温度が上がってしまうというoじつはサボテンのトゲには、茎の温度を下げるという役割もあるのだ。」(同前)

 

戦争というストレスから人間は何かを学んだのでしょうか。

 

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雑草の戦略 [生活]

 

 

新聞の投稿欄からです。

 

「雑草の強さに感心とため息 70

雑草が一段と元気になりました。この時期になると、いつも思い出す言葉があります。「哲学者のように考え、農夫のように働き、雑草のように生きよ」。高校の卒業アルバムに書いてあります。人生訓として学ぶべき点があります。 特に「雑草のように生きよ」は心に響きます。踏まれても、ちぎられても、水不足でもたくましく生きる雑草には、感心とため息が入り交じります。野菜作りはある意味、雑草との闘いです。例年、入梅前までは雑草に勝ち、入梅で対等になり、梅雨明けで逆転され、後は手に負えない状態になります。「哲学者のように考え、農夫のように働いても」解決しません。 助っ人は除草剤です。本 心は使用したくないのです が、背に腹は代えられないという気持ちです。雑草から学ぶのは人生の 生きざまだけと心得ての散布です。」(201789西日本新聞)

 

だが、草むしりをされることを雑草は計算に入れているという。

 

「草むしりをして、土がひっくり返されると、土の中に光、が差し込む。光が当たるということは、ライバルとなる他の雑草が取り除かれたという合図でもある。そのため、地面の下の 雑草の種子は、チャンス到来とばかりに我先にと芽を出し始めるのである。こうして、きれいに草取りをしたと思っても、それを合図にたくさんの雑草の種子が芽を出して、結果的に雑草が増えてしまうのである。

草刈りや草むしりは、雑草を除去するための作業だから、雑草の生存にとっては逆境だが、

雑草はそれを逆手に取って、増殖してしまうのである。何というしつこい存在なのだろう。」

(『植物はなぜ動かないのか』稲垣栄洋)

 

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自由と厭世 [高齢者]

 

 

ROX東京) 白岩圭社長

障害者製品 適正価格で

 「障害者が作った製品を適 正な価格で販売し、障害者の 所得向上につなげたい」。東京の百貨居や 雑貨メーカー で働いた経験 を踏まえ、2 01311月に起業した。障害者の施設

で作られた製品が、施設側の流通に関する認識不足などから、安価で売られる傾向があることに着目。各地の施設などを回り、素材やデザインに こだわりが感じられる品を集め、グリーンコープ連合(本 部・福岡市)などの生協で販売している。 今年5月からは「コズミッ クマーケット」のブランド名 を冠して販売。東京に続き、今月2日に福岡市の東急ハン

博多店で期間限定の売り場を設けた。18日まで、福岡県などの10施設で作られた積み

木やバッグなど約200商品を並べている。」(201798日西日本新聞)

 

いろんな支援がありますね。

 

新聞のコラムに引き込まれました。

 

「風車 人に会いに行く

盆、終戦記念日、流れ灌頂、 放生会、秋彼岸と、供養にまつわる行事が続く季節、いない者 を偲ぶことが多くなる。 この夏の盆、墓ヘ行くとショートホープと缶ビールが供えてあった。花も取り換えたばかりか新 しい。誰が参ったのかを考える。思い当たる顔が あり、胸が詰まった。東北に住む親戚だ。彼女から帰郷の連絡はなかった。 墓前の真新しいショートホープを見ながら、強い意思を持って死者に会いに来た親戚を思う。生きている者に連絡を寄こさないのは、会う、にまつわる一連の煩わしさのせいだとわかる。訪れる日時を事前に知らせ、相手の心境や忙しさに思いを馳せ、気の利いた手土産を買い整え、話題を用意答えが出る。死者ならば、会うのに気を使わずに済む。好きな時に訪ねても拒絶されないし、嫌なことも言われない。何より、慕わしくて会いたい相手だ。返事はしてくれないけれど、心が通ったいくつかの一瞬を思い出せば、会う、は達成される。手を合わせることで、守ってくれると勝手な解釈もできる。そこには自由さと厭世がある。生きた人間に会い、関わることは、自分の価値や立ち位置を知ることで、つらさを味わう場合もある。相手を同じ.

目に遭わせもするだろう。それでも、心通わせる一瞬を作り出せるのは生きている者同士だけだ。その喜びを知っているから、また人に会いたくなる。(八重桜)」(同前)

 

この年齢になれば鬼籍に入った人たちが増えていきますが、亡くなるのが暑い夏真っ盛りか、真冬などが多く、その時期老いた身も不調などで葬儀を欠席することもあります。墓が分かればいいのですが・・・。何か方法を考えないと。「自由と厭世」を実現するために。

 

 

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五十肩の意味は [高齢者]

 

 

新聞のコラムからです。

 

「南蛮トライ 自然の音に耳を澄ませて 根本実香

バルセロナのテロは自宅か ら5分、いつも通る場所で起きた。当時は日本にいて、大きな衝撃に心が折れそうになったけれど、テロに立ち向かうと誓う市民のニュース映像を見て勇気づけられた。そして私は、この夏に出会ったビッキーさん(36)を思った。 福岡からバルセロナヘ案内 する家族旅行の事前リサーチで、地中海クルーズができる船を探していたときだった。港で偶然、彼女の頼もしいロープさばきが目に留まった。小型船舶の操縦士。話し掛けると、なんと幼いころから空手を習っていたという日本ファンだった。早速、試しに乗せてもらった。バルセロナ には15年住んでいる私だが、 沖合から眺めるのは初めて。 街並みが福岡市の百道浜にそっくりで新鮮だった。目を丸くしていると、彼女がエンジンを止めて「海と風の音を聞いて」。少しの間だったが、心が静まり、いろいろなことが素直な気持ちで考えられた。とびきりの「おもてなし」を受け、この船に案内しようと決めた。後日、福岡のご家族に乗ってもらった。例のおもてなしタイムには、60代のご両親が寄り添って海と風の音に耳を 傾ける姿が見られ、娘さんに「恋人同士みたい」と冷やかされていた。自然の前では素直になれる。そんな心の機微が似ているから、日本人とスペイン人は長く交流を続けられてきたのかもしれない。そして今、願う。世界の人々が自然の音に耳を澄ませ、心を穏やかにしてほしい(スペインコーディネータ福岡市&バルセロナ市)」(2017825日西日本新聞)

 

年を重ねれば具合が悪いところがあります。具合を病気に含めるかは意見があるでしょうが。

 

「紅皿 五十肩と私 

 ここ2カ月くらい左肩に痛みを感じるように なった。今まで腰痛には何度も悩まされてきた が、肩の方は支障なく過ごしてきた。しかしブ ラウスを着替えるときや洗髪する折に痛みが伴 うため、整形外科で診てもらうことにした。 診断は五十肩。医師に「私は60代半ばですが」 と尋ねると「老いて後の肩の痛みは皆五十肩で す」と言われ、恥をかいた。年を取ると骨をつなぐクッションも摩耗するようで、致し方なく 治療をすることとなった。 とはいうものの、わが家で一番若いのは私とあって、日々の食料品、日用 品の買い出しは90%以上が私の役目。加えてわが家には車がない。買い物に出掛けるとき、母は「なるべく軽い総菜を買ってきなさい」とは言うものの「やはり〇〇のお弁当もおいしいし」と暗に注文する。私のくいしん坊ぶりも手伝って、結局、帰路は袋が重くなるのは毎度のこと。ようやく帰宅し、しばらくする左肩の痛みがまたやって来る。日々「少量買い」を目指しているが、いつの間にか冷蔵庫は空っぽ状態で、余裕ある食料品買いはやめられない。左肩よ、もう少し頑張って!」(同前)

 

昼間のバスにはお年寄りが多い。買い物の婦人が目立ちます。足が不自由でひとバス停を利用する人もいます。何かいい買い物方法はないだろうか。

 

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この対応は [支え合う社会]

 

 

新聞の投稿欄からです。

 

「夫の初盆迎え炭坑節で供養  78

お付き合いに長い、短いはあっても、深いご縁を頂いた方々が夫の初盆のお参りに来てくださった。特に地域の高齢の方々は「ペタンクやゲートボー ルに行く時はいつも車に乗 せてもらって・・・」「行政区、 お宮、老人会のお世話を長い間、ありがとうございま した」と遺影に感謝の言葉 を頂きました。この地域は初盆を迎えた人々を供養するため盆踊りは各家を回っていた。が、今では諸般の事情から地域の公民館前庭で聞かれている。今回も供養の30分前から踊りの先生の指導後、遺影と家族の紹介をしていた所だいた。

締めの炭坑節は「供養になります、どうぞ」の言葉を受け、輪の中に入れてもらった。「あなた、たくさんの感謝の言葉を頂きましたよ」とつぶやく。炭坑節は子も孫も輪の中に入れてもらった。「あなた、見えていましたか」(2017831西日本新聞)

 

地域の伝統行事は残していきたいですね。

 

有名歌手が飛行機の離陸待ちが長くなって乗客が落ち着かなくなったので代表曲を歌って「神対応」と言われました。こちらは「神対応」では・・・。

 

80円の助け舟 恩情の明かり  70

長女の子、孫の話で温かい気持ちになった。孫は高2で、自転車通学。運動部 に入っている。その日は朝練に遅れそうになり、駐輪外に止め、登校した。 帰り、日が落ちた中、自 転車を捜したが、撤去され ていた。そこで張り紙を見て、1時間かけて保管場所 まで歩いていった。 すると、罰金が1500 円という。財布には142 0円しかない。困っていると、係の方が「今日はおじさん80円貸してあげよう」と助け舟。その恩情に、どんなに救われたことか。暗い気持ちに明かりがともったに違いない。帰宅後、母親の娘に報告したら「自分がうれしいことを他の人にもしてあげて」と言われたそうだ。思春期真っ盛り、貴重な体験になった。ご親切、本当にありがとうございました。」(同前)

 

いい話だ。

 

 

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変化しないのか [高齢者]

 

 

放送大学のラジオ放送で臨床心理学のゲストが「生きたように死んでいくというのはそうかもしれないが、最後まで変化する」のではないかと意味の話をされていました。「生きてきたように・・・」と言われると、因果応報みたいで取り返しは難しいように感じられます。それでも、最期は自分の家で過ごしたい。我儘かもしれませんが・・・。

 

 

アジアでは住み慣れた環境で最期まで人生を全うすることが当たり前の習慣であり、 自然のことです。しかし、現実的に最期まで在宅で過ごせない人も少なくありません。 それぞれのご家庭にあって、医療介護を受けられていないお年寄りがいるという 状況には、様々な要素が含まれていると思います。 第一に、当事者であるお年寄り自身は、先にも述べたような理由で、住み慣れた家 で過ごしたいと思っておられ、実際にそうしていて、介護などの干渉を受けたくない という事例。これは自然で当たり前の願いによるものだといっていいでしょう。 第二に、そうやって在宅で過ごすのですが、当事者やご家族が、介護サービスを受けられるということ、その申請などの術を知らない場合があるという問題。おじいちゃん、おばあちゃんの心身が弱ってきたけど、どうしたらいいかわからず孤立してし

まうというケースです。あるいは、介護サービスを受けられることは知っていても、いろんな理由から受給しようと考えない場合もあるでしょう。とくにお年寄りの一人暮らし、老夫婦二人暮らしのご家庭でこうした問題がある気がします。

3に、需要は十分にあっても医療・介護機関そのものや、そのスタッフが十分にいなくてサービスの手が回らない場合があるという問題の方が、近年では重要だと思います。」(『最後の時を自分らしく-在宅治療ができること』レシャード・カレッド)

 

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