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このブログは障害者問題を中心に退職者の日々の思いや脳梗塞後遺症とのつきあいの日々をつづります。この下の記事からが本文です

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西日本新聞より
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前の20件 | -

日本生まれの点字ブロック [障がい者問題]

 

 

これは誇りにしたいことです。

 

「【コラム】    
筆洗        
2017
317東京新聞

 

  ウォークマンにクオーツ式腕時計カッターナイフにインスタントラーメン、液晶電卓カメラ付き携帯電話と、日本が世界に送り出したとされる発明品は数々あるが、中には「これが日本生まれ!?」と驚かされるものもある。目の不自由な人たちのための「点字ブロック」だ世界で初めて、点字ブロックが敷設されたのは、岡山県立盲学校近くの歩道。一九六七年三月十八日に生徒が渡り初めをしたというから、明日がちょうど半世紀の節目岡山で旅館などを営んでいた三宅精一さん(一九二六~八二年)が、道路を渡っていて車にはねられそうになった視覚障害者の姿を見て思い立ち、試行錯誤を重ねて作りだした▼最初は行政に相手にされず、私財を削って百枚単位で寄贈する形で普及させていった。それが国内だけでなく、世界中で使われるようになったのだから、世界に誇るべき日本発の発明品だろう▼だが、目の不自由な人たちの足元は今も危うい。駅のホームからの転落などによる悲劇が繰り返されているが、日本盲人会連合などの調査によると、視覚障害者の三割がホームから転落した経験があるという。ホーム上で困ることとしてはほとんどの人が「点字ブロックの上に荷物を置く」「スマホを操作している人とぶつかる」と答えたそうだ▼あらためて足元を見直したい、「点字ブロックの母国」である。」

 

ですが、転落死が続いています。視覚障害者が社会参加するには壁が高すぎます。それは、高齢者・幼児にも似たような危険がホームなどにあるということではないかと思います。お互いの注意で防げる危険もあるのではないかと思う。

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70歳過ぎると・・・ [高齢者]

 

 

「働き方改革  期待せず47% 求職登録の主婦調査 毎日新聞2017318

 

正社員と非正規労働者の不合理な待遇差をなくす「同一労働同一賃金」の実現や、長時間労働の抑制を目指している安倍政権の「働き方改革」について、求人・求職サイトに登録している主婦のうち「期待していない」と答えたのは47.2%で、「期待している」の42.8%を上回ったことが民間企業の調査で分かった。安倍政権は女性の社会進出を促そうとしているが、働く意欲のある主婦は冷ややかに受け止めている形だ。
(以下略)」

 

「同一労働同一賃金」の本来の意味はなんだろう。「不合理な待遇差」をどう解釈するかでどうにもなるという発想では解決にはならないと思うが・・・。

 

たしかに40歳がいつのまにかやってきたという記憶があります。ただ、慌ただしく過ごしたように思います。今の年になるとそんなあわただしさは消えたのに早い。脳の酸素吸入量で時間感覚が変わるという説がありますが・・・。

 

「花時計

 

30を過ぎると1年はあっという間だぞ」との上司の言葉を「大げさな」と鼻で笑う・・・そんな新人時代が最近のことのように思えるが、気付けばもうすぐ中年の仲間入り▽今は1年なんてあっという間だが、思えば小学生の頃は1年どころか1日がとても長かった。それまで生きた時間と比べると、10歳にとっての1年と30歳の1年は感じ 方が違うのは当然か。では4歳になるわが子の1年、1日、そして1分は?抱っこをせがまれ「ちょっと待って」と我 慢させている時聞は、本当に子どもにとっても
「ちょっと」だろうか▽新人だった私に上司が伝えたかったのは「今を大切に」ということだと今なら分かる。たくさんの「今」をおざなりにしてきた反省も踏まえ、子どもの「今」くらいは大切にしよう。(河津由紀子)」(2017318西日本新聞

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障害者が働くには

 

 

昨年の九州場所から稀勢の里が所属する部屋の宿舎が近くにできましたので応援しています。そのときは、豪栄道が優勝した後だったのでマスコミも注目していませんでした。横綱になって祝賀行事続きでどうかなと心配していましたが、今のところ順調ですが、心配します。大きな横綱になってもらたいたい。年末に姿を見ることを楽しみにしています。

 

「けがに注意し名横綱の道を

大相撲初場所が盛況のうちに終わり、ファンが待ち焦がれだいた日本出身横綱が19年ぶりに誕生した。
稀勢の里関には、今まで何度となく期待を裏切られた。中盤までは強いが、終盤になると人が変わったように体が動かない、足が出ない。手に届く所まで来ている優勝を何度も逃した。ファンとしては、何と歯がゆかったことか。本人も表情には出さずとも、気持ちはいかばかりだったか。今、初優勝と横綱昇進をつかんだ稀勢の里関に大きな拍手を送りたい。
今後は名横綱の道を歩んで ほしい。今の大相撲で残念なのは、けがや故障で十分に力を発揮できない力士が少なくないこと。休場する力士も多い。年6場所となり、本場所が終われは、すぐ巡業。体のケアをする時間もあまりない。相撲協会もそのあたりを考慮して、巡業とかの日程に目配りすべきだ。201721日西日本新聞

 

次の事件には驚いた。一般紙では読んだ記憶がありません。これでは、改善されるかどうか。

 

「障害者 「バカはバカなりに努力しろ」--トンデモ上司から暴言を吐かれた部下が自死

 2017219日号 Texts by サンデー毎日

「行ってらっしゃい。気をつけて行きなよ」「はい、行ってきます」。母子で交わした最後の会話だった―。昨年、電通の過労自死問題があったが、障害者が会社から不適切な扱いを受けて自死する事件もあった。そこには旧態依然とした企業の姿勢が見え隠れする。

2014年5月20日、鈴木航(こう)さん(当時18)は出勤のため午前6時40分に玄関を出た。普段より20分早い時間だな、母・ゆかりさん(49)は一瞬そう訝った。同9時45分すぎ、会社から出勤していない旨の連絡があり、直後に警察から電話が入った。

「何かの間違いであってほしい」 ゆかりさんのそんな願いも空しく、航さんは貨物列車に飛び込み帰らぬ人となっていた――。

浜名湖のほど近く、静岡浜松市西区舞阪(まいさか)で生まれ育った航さんは、明るく元気でスポーツが得意だった。4歳年上には仲のいい兄・海(かい)さんがいる。「海(うみ)を航(わたる)」ような大きな人間に育ってほしい、そんな両親の願いが込められていた。

小学校高学年になったとき、通知表が「オール1」になり、検査をすると軽度知的障害と学習障害があることが判明。療育手帳が交付された。

航さんの特性は、文章を読んだり意味を把握したりすることに時間がかかり、会話の文脈を瞬時に理解するのも難しい。なので、分からなくても「はい」と答えてしまうこともしばしばあった。それでも、何事に対しても一生懸命に真面目に取り組む姿勢は崩さなかった。

「俺は頭悪いけど、皆勤賞なら取れる」

 生前、航さんがこう宣言していた通り、小中高と普通学級で努力を重ね、12年間に一度の欠席もなかった。

高校卒業後は、車に関連した仕事がしたいとの希望通り、自動車部品メーカーの富士機工(湖西市)に障害者枠で採用された。入社直前の14年3月26日、ゆかりさんは、見た目は健常者と変わらない航さんの障害特性を理解してもらうため、富士機工を訪れた。持参した資料にアンダーラインを引き、縷々(るる)説明し配慮を求めた。

ところが、1週間の研修は大卒の健常者と同じメニューだった。既にここで、航さんにとっては大きな負荷がかかっていたことは容易に想像できる。ゴールデンウイーク明けの5月6日からは、車の部品を製造する金型プレス工場のラインに配属された。

 冒頭の痛ましい悲劇はこうした流れの中、入社からわずか50日目に起きてしまった。愛息を失い悲嘆に暮れる家族。だがそこに、どうしても拭い切れない違和感があった。(以下略)」(本誌・青柳雄介)

 

障害者が今の企業で働くにはこんな壁もあるということですね。差別解消法が施行され、働く場での差別禁止が求められています。ただ、この場面では、差別も問題ですが、職場になじむための職場定着という支援が必要だったことを示しています。学校も、企業も、家族も、当事者も、支援体制の確認が求められるのかなと思いました。痛ましい事件です。

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残りの人生への挑戦? [高齢者]

 

 

古い友人が亡くなった。そっと見送りたいという家族などの思いに、本人の生き方が重なります。渡瀬恒彦さんが亡くなったという報道の日に知りました。ご兄弟のリスペクトしあう関係は親御さんの教育もあるのでしょうか。同じ日に、WBC日本チームの投手コーチが鳥栖市出身の78歳の権藤さんと知り、本番前の状態から本番ヘの変化に理屈抜きに納得してしまいました。それは、要請した小久保監督への賛辞でもあります。野村克也氏がかつて何かで書いていたと思いますが、プロ選手で本を持参する人はほとんどいない(野村さんの目では)のに読んでいる。これは違うぞとか思ったという記述を思いだました。そして、練習環境の改善を求めて球団幹部と対立し、無償トレードされてしまいました。それらを乗り越えてきた小久保監督にもエールを送りたい。

 

というのも、最近老化現象が激しく、つまずくし、物忘れも増えて、とても前向きに生きていくなどとは思いもできせんでした。最近の出来事から感じることは、それぞれの人生にはいろんな形があるということ。それをどう生きは切るかなのではと思いましたというと、カッコ良いのですがすぐに忘れて落ち込むと思いますが。

 

「孫と卒業競う 大学45年生」  70

 世の中には努力の人がいらっしゃるものです。しかも、身近に。本紙2月中旬の筑後版「76歳、三池工定時制卒業ヘ」を読み、驚きと感銘を禁じ得ません。
まずは、心から「おめでとう」を送ります。何ごとも目標を持ち、諦めない気持ちがいかに大切か、教えてくれました。やる気をも らいました。 私が通信制大学の門をたたいて約45年。留年、退学、 再入学を繰り返し、諦めかけていた「卒業」の2文字 に光明が差し込む思いで
す。改めて、わが学業を見直してみました。合格リポートより不合格が断然、多い。自分の不勉強は棚に上げ、添削者の名前が鬼に映るときがあります。卒業に必要な単位は131。現在まで77単位を取得、残りは54単位。今からでも遅くない。諦めたら終わりです。孫娘も4月から大学生。「よし、卒業を競争するか」。古希のハートに火がつきました。」(2017316日西日本新聞

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こんな学校が [支え合う社会]

 

 

やりきれないニュースでした。障害者が親から殺されるという事件です。

 

「娘殺害容疑で61歳母親逮捕 「介護に悩んでいた」

  20日、福岡県北九州市で、36歳の娘の首を絞めて殺害したとして、61歳の母親が逮捕されました。母親は、「娘の介護に悩んでいた」と話しているということです。

 殺人の疑いで逮捕されたのは、北九州市八幡西区の無職・木野惠子容疑者(61)です。木野容疑者は20日午前2時半ごろ、自宅アパートで同居する娘の千秋さん(36)を首を絞めて殺害した疑いが持たれています。取り調べに対し、木野容疑者は「首を絞めて殺害した」と容疑を認めたうえで、「娘には重度の知的障害があり、介護に悩んでいた」と供述しているということです。(2107:30)RKB毎日」

詳しいことは分かりませんが、悩んでいたのでしょう。先日読んだ記事を思い出しました。

 

 ブログ「自由の森日記」にはこんな記事があるという。その一部を引用させてもらいます。私が知りたいことが述べられていますので、勝手な引用をしています。

 

2016年度 自由の森学園高等学校 卒業式 校長の言葉

20170312 | 自由の森のこんなこと

 

 自由の森学園において授業というものの持つ意味は深く重いものだと思っています。

ここで話すいわゆる校長の言葉も、みなさんにとっての最後の授業というつもりで私は臨んでいます。 私は昨年の夏からずっと「 生命(
いのち )の重さ 」について考え続けていました。 昨年の7月に起こった相模原の事件、何の罪もない無抵抗の障害者の方々19名が犠牲になり、また多くの方々が深い傷を負い、そしてまた、私たちの社会に大きな衝撃を与えました。みなさんの中にも、この報道に接してどのように考えていったらいいのか立ちつくしていた人もいたかもしれません。
私もその一人でした。 9月の全校集会では、この事件について共に考えていこうといった呼びかけが教員の中からありました

(略)

全盲と全ろうの重複障害を持つ 福島 智( さとし )さん( 東京大学先端科学技術研究センター教授 )は次のように書いています。

 

 
こうした思想や行動の源泉がどこにあるのかは定かではないものの、 今の日本を覆う『 新自由主義的な人間観 』と無縁ではないだろう。労働力の担い手としての経済的価値や能力で人間を序列化する社会。そこでは、重度の障害者の生存は軽視され、究極的には否定されてしまいかねない。しかし、これは障害者に対してだけのことではないだろう。

 生産性や労働能力に基づく人間の価値の序列化、人の存在意義を軽視・否定する論理・メカニズムは、徐々に拡大し、 最終的には大多数の人を覆い尽くすに違いない。

 「 役に立つ/立たない 」といった人間や生命を価値的に見ていく考え方は、いずれは自分も含めた全ての人の生存を軽視・否定することにつながっていくのだと福島さんは述べています。

 人間の価値、生命の価値、生きる価値、そもそも人間や生命という言葉に「
価値 」という言葉をつなげるべきではない、

 私はそう思っています。人間には、そして生命には「
尊厳 」があるのです。

 尊厳とは「
どんなものによっても代えることができないもの・存在 」と言うことができるでしょう。ここにいるみなさん一人ひとりもそうです。(略)

学ぶことによって、自然とつながり、社会とつながり、芸術とつながり、他者とつながり、そして、自分とつながる、

そんな学びをみなさんにはこれからも続けていってほしいと願っています。

 最後に、ある詩をみなさんと共有したいと思います。

 吉野弘さんの「
生命( いのち )は 」という詩です。

 有名な詩なので、みなさんも出会ったことがあるかもしれません。

 私は昨年の夏以来この詩が胸の中にあります。

 

    『
生命 ( いのち ) は 』        作:吉野 弘

 

   生命 ( いのち )は

  自分自身だけでは完結できないように

  つくられているらしい

  花も

  めしべとおしべが揃っているだけでは

  不充分で 虫や風が訪れて

  めしべとおしべを仲立ちする

 

  生命 ( いのち )は

  その中に欠如を抱き

  それを他者から満たしてもらうのだ

 

  世界は多分 他者の総和

   しかし 互いに

  欠如を満たすなどとは

  知りもせず 知らされもせず

  ばらまかれている者同士

   無関心でいられる間柄

   ときにうとましく思うことさえも許されている間柄

   そのように 世界がゆるやかに構成されているのはなぜ?

 

   花が咲いている

  すぐ近くまで

  虻 ( あぶ ) の姿をした他者が

  光をまとって飛んできている

   私も あるとき

  誰かのための虻 ( あぶ ) だったろう

  あなたも あるとき

  私のための風だったかもしれない

 

卒業おめでとう。みなさんの健闘を祈ります。

自由の森学園高等学校

 校長 新井達也」

 

この詩の「他者の総和」が感じられにくい社会なのでしょうか。


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『ルポ 希望の人びと』を読む



』を読む

 

ルポと言えば希少なものになりました。「昭和の香り」がします。それは、人間が生活している場での不合理な圧力に抗する人たちを描こうとする人たちがいたのです。今もいるのでしょうが、国民の関心のうちにあるのかというと否定的な思いがします。『ルポ 希望の人びと』のサブタイトルは「ここまできた認知症の当事者発信」とあります。障害者分野でも「私たちのことを私たち抜きで決めないで」というスローガンがありますが、認知症の人にとっては、「何もわからなくなる病」という誤解や偏見が強い中での意見を述べると「あの人は認知症ではない」と専門家さえ言うことがまだあるそうです。認知症は精神障害者に分類されています。

例えば、アルツハイマーと診断された女性は家族同士もうち解け、 患者である本人との関係も安定しています。

 

「夫を大切に/病気はしょうがない

 それでも、恐怖は消えない。節子さんは、定期的に記憶テストを受けている。その結果や趣味の俳句をつくっていても、病気の進行が自分でわかるという。「それは落ち込む 落ち込む、不安で、怖いです。この病気が恐ろしいのは、自分が壊れていくのがわかることですね。考えられるから、よけい苦しむ」

そんなときは、孫や娘のことを考えたり、一心に庭の草取りをしたり。死ねば、祖母や母、先に旅立った家族に会えるんだわと、考える。アルツハイマーという病気はつらいけれど、昭和ひとケタ生まれで戦災にもあわず、家族も戦死せず、幸運だったと、と人生を思い起こす(一部引用)」という。

 

しかし、世界的な流れでは当事者が社会や国に自分たちの意見を反映させようとする動きが活発だという。それはこれから増えていく認知症当事者にとって光明ではないか。


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目が見えないこと [障がい者問題]

 

 

 

「花時計

月初めに段ボール1 箱分の食品が会社の私宛てに届く。レンジで調理できるご飯やカレー、中華井・・・。私はそれを、ある高校に宛てて送り直 す。今月で12回目。貧しい生徒に食べ物を配っている高校を匿名で紹介した昨年2月の記事を読み、1年間送り続けてく

れた。名も知らぬ高校の、名も知らぬ生徒のために▽送り主の永野亮一さん (43)=太刀洗町=に先日会いに行った。「中学のとき、一番安い指定靴しか買ってもらえないだけで恥ずかしかった。多感な時期にどんな気持ちで、と気になって・・・」。小さな建築会社を始めたばかりというから月1万円の出費は小さくはないだろう▽高校の教師からお礼の電話があるたびに、私はメールで永野さんに報告する。心を温かくしてくれる月に1度の橋渡しである。(下崎千加)」(2017315日西日本新聞)

 

目が見えないということを理解するのに参考になると思います。点字新聞を発行しているからこその視点だと思いました。

 

「目が見えない人と歩く=三角真理(点字毎日)毎日新聞201739日 

◆三角(みすみ)真理

 リラックスした関係で

 

 「点字毎日(点毎)」は、大阪に編集部がある視覚障害者のための点字新聞だ。編集長になって1年になる。目の見えない人たちと毎日を過ごすようになり、「歩くこと」「話すこと」などごく普通の行いにドキドキしたり、うれしくなったりしている。そして、人との交流って本来こうだったはずと気付かされる。

 

いつもあいさつ 交流の手がかり

 

 「おはようございます!」。点毎ではあいさつが100%交わされる。1年前、こんなことにびっくりした。それまでの記者生活ではあいさつはほとんどなかった。忙しい、パソコンに集中している、そんな姿を示すかのように。点毎は違う。昼休みには「お昼行ってきまーす」。いつも声がある。気持ちがいい。

同僚に全盲の佐木理人(あやと)記者(43)がいる。彼はこんなやりとりを聞いて、編集部の他の12人のうち、だれが今職場にいるかを把握している。点毎ではこうしたことを考えて、いつからか浸透したようだ。

目が見えない人たちとの会合などに行っても、同じことを感じる。「こんにちは、三角です。右斜め後ろの席にいます」。相手は声を頼りに向き直り、「こんにちは。三角さん」と返してくれる。確かなやりとりに喜びを感じる。見える人との間では、名刺交換が交流の証しで、その枚数が人間関係の広がりのような錯覚に陥っていた。

 点毎のお昼。部員は毎日順番に彼とお昼に行く。彼に自分の腕をもってもらう「手引き」という案内方法で。

昨年4月、私に初めての番が回ってきた。緊張した。彼の左手が、私の右腕に触れる。その直後「肘は曲げないでいいですよ。楽にしてもらって」と言われた。びっくりした。注意されるとは思っていなかったからだ。私の役割は、周囲に気をつけて歩くこと。力が入っていると、どういう問題があるのだろう。小さなひっかかりを感じた。

 

 今年1月、佐木記者の東京出張に同行した。介助について知りたいと思った。

初めての社外での手引きだった。会社を出てすぐ、彼が言った。「助かります」。まだ何もしていない。なぜ、ありがたがられるのかわからなかった。でも、同行者がいることはそれほど「助かること」なのかと感じた。がぜん、やる気になった。役に立つってうれしいことなのだ。

彼が理由を言った。「“早い”ですから。一人なら20分ほど早めに出ます」。彼は一人でも白杖(はくじょう)を使って東京へ取材に行く。だが地元の大阪でも、駅では駅員さんに誘導を依頼する。慎重を期してだ。ただ、改札で誘導を依頼してから20分ぐらい待つこともあるという。「忙しいんですよね」。不平ではなく、ため息だった。彼の通勤の様子も見た。なぜ会社と反対へ?と思うときがあった。点字ブロックがそちらに誘導していたからだ。同行者がいれば安心と早さを得られる。
(以下略)」

 

続けて

「結局、社外での手引きは人混みとキャリーバッグの大海原で、的確な言葉を考える余裕はなかった。周りの状況をしゃべり続けた。「あと10メートルで改札」「はい」「人混みなので左へ」「はい」。この「はい」が私の力になった。伝わっていると思えたからだ」としています。だが、どこまで手伝うのかと判断が難しいようです。私たちがどう接していいのか、迷うところもそこだと思います。音楽の鳴らない信号機でいつ渡れるか待っている視覚障害者がいました。私は渡り切ったところで「今 青ですよ」と声をかけました。でも、信号が変われば危なかったかもしれません。今年、電車の乗り口をさがす視覚障害者と遭遇。そのときは、体に触れて「こっちですよ」としましたが驚かれたかもしれません。もっと触れ合う機会が増えないといけないのかもしれません。

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寛容な対応とは [脳梗塞]

 

 

世界的な免疫学者・多田富雄氏が亡くなったのが2010年だという。唯一の接点は脳梗塞だったということです。その後、政府はリハビリ制限を打ち出し、原則180日とします。これに対し、長期間リハビリしても効果がないという政府に対し、猛烈に反論し、立ち上がられた姿が強く印象にあります。『寛容のメッセージ』という本では次のように多田氏の業績を紹介しています。

 

免疫系がウイルスに対して強力に働いてしまうと、自分の肝臓を排除するような炎症を起こします。劇症肝炎がそれです。そうなったら命にかかわります。それを回避するために、あるところで反応をやめてしまうのです。これは広く「免疫学的寛容」と呼ばれている現象の一つです。癌になるのと劇症肝炎になるのとどちらがいいということはないけれど、当面の危機(致命的な劇症肝炎)は回避できる。 この現象は、今の世界情勢と面白い比較が出来るのではないでしょうか。もちろんイラクが問題でないといっているわけではない。でもアメリカは過度に好戦的で、世界を自分が監視しているという免疫系を気取った倣慢さがある。しかし
免疫には、一度引いて共存関係を探る「寛容」というもうひとつの戦略がある。

ブッシュはそれに気づいてほしいものです。(『露の身ながら』集英社))と述べているそうです。

 

こうした考えについて、五木寛之氏は次のようなコメントを述べているそうです。

「戦後ドイツで産業復興のためにトルコ人の労働者をたくさん入れました。(略)ドイツが経済的に復興してくると、今度は失業者が増える。すると『外国人労働者は国に帰れ』という運動が出てきました。その時ネオナチなどの人たちが『免疫を見ろ、人間の身体でさえも非自己を排除しているじゃないか。われわれが異民族労働者を排除するのは免疫の理論に従っている』と言い出したのですが、それは間違っているのです。免疫には『寛容』というものがあって非自己と共存することもあることを知らない」のだと述べています。そして、政治・経済に「寛容」を持ち込むべきだとしています。

排外主義が抬頭する今、とても大事な視点のように思えました。

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差別思想はどこから [障がい者問題]

 

 

相模原事件は精神障害者の犯罪として措置入院後の問題として法的な強化がされようとしています。

 

コラム2017310日読売新聞

相模原事件再考(上) 差別思想は、精神障害から生まれない

 

 神奈川県相模原市の県立津久井やまゆり園で昨年7月に起きた障害者殺傷事件で、植松聖容疑者が殺人などの罪で2月24日に起訴されました。捜査段階の精神鑑定の結果として「自己愛性パーソナリティー障害」という診断名が報道されました。

 政府は、再発防止策として、措置入院後の継続的支援を中心とする精神保健福祉法の改正案を2月28日、国会に提出しました。「おかしな人間が起こした事件」というとらえ方です。

 それでよいのでしょうか? この事件の本質は被告個人の特異性なのか? 精神障害や措置入院の問題なのか? 焦点を当てるべきところが大きくずれている気がしてなりません。

 相模原事件の犯行動機は、「障害者はいないほうがよい」とする差別思想でした。それは精神障害の症状として生じるわけではありません。施設で働いていた時の状況、そして弱者をお荷物と見る社会の風潮にこそ、根本的な背景要因があると考えます。(以下略)」

 

この記事ではその根拠を説明しています。精神疾患の歴史は事件のたびに隔離政策の強化の歴史でもあります。ですが、それが成功しているのでしょうか。世界の精神障害者の入院数でいえば5人に1人が日本人なのです。これを支えているのは根深い誤解と偏見です。精神障害者の社会参加はさらに遅れることになりそうです。

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ボラティアの責任 [ボランティア]

 

 

 

「仲畑流・万能川柳  毎日新聞2017313日 東京朝刊

☆印は秀逸(仲畑貴志選)

 

☆流行語今年は云々(これ)で決まりかな 相模原 林ヒロシ

トランプの家族思いは度が過ぎる さいたま 影無

プレミアムついて変わらぬ金曜日 桜川 今賀俊

トランプにお手と言われてする握手 京都 東原佐津子 (以下略)」

 

ボラティアとは何か。問題提起だと思いました。

 

「(声)ボランティアも責任感あります 83歳 2017313日朝日新聞

 

 対談「障害者が狙われて」(2月25日朝刊)を拝読しました。「ボランティアのような非契約型だけでは責任感が伴いません」「無償の奉仕は信用できない」。ダウン症の娘さんと暮らす最首悟さんの発言を、そう言わざるを得ないご経験をされたのだと重く受け止めました。

 しかし、ボランティアの多くは「無償だから責任感は不要」とは思っていません。事前に見守りの必要な方の状況を把握し、最善の注意を払って活動、最後は笑顔でお別れするよう努めています。

 高齢化が進み、ボランティアはますます必要とされます。支え合う社会の実現のため、ボランティア同士より協力し合い、成長していきたいと考えています。」

 

責任がないというのは法的なのかどうかは分かりませんが、最近、ボラティアも問われることが多いのではないか。そこで考えられた有償ボラティアだったのではないかと・・・。詳しくは調べてもみます。

 

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良い人が先に [高齢者]

 

 

「気流

福岡市・天神のアクロス福岡シンフォニーホールで先日あったコンサート。ウィーン・フィルハーモ
ニー管弦楽団の主要メンバー ら9人が絶妙なアンサンブル で観客1800人を魅了した▽ウィーンでのニューイヤーコンサートに出演したメンバーが日本に駆けつけ、本場の音楽を届ける。福岡では2006年からコカ・コ一ラウエストが主催し、ニューイヤー

コンサートとして定着。今回 の招待には過去最多の14 713通の応募があり、長崎熊本などからの来場者もいた▽北九州コカ・コーラ時代 の1989年に始まった無料
クラシックコンサートは93 回を数える。コカ・コーライーストジャパンとの経営統合を4月に控え94回目の開催は未定。文化・スポーツなど各分野で地域貢献活動を続ける企業姿勢には頭が下がる。統合後も変わらないでほしい。」(2017114日西日本新聞)

 

いいホールが近くにありますが、まだ、2度ほどしか行ったことがありません。できれば、年1回は行ければいいですが・・・。

 

日記は若い頃には書いていましたが、その後は書いたことがありません。良い人ほど早くなくなるというのはなぜかそう思います。今月も古い友人が亡くなりました。渡瀬恒彦さんが72歳でしたが、ほぼ同じ年齢です。そんな年齢を超えて生きていくには日記もいいかと思いますが・・・。

 

 

「『最後の日記』 これで3冊目   82

師走、喪中のはがきを見ながら、夫いわく「良い人ほど早く亡くなって、何の取りえもない自分がこの年まで生きている」とつぶやく。私はすかさず「そんなことないよ。父さんが居てくれないと困る」と返す。
こんな会話のすぐ後「10年日記を買ってきてくれ」 との注文。「えっ、まだ10年も生きるつもり?」。そうは言ったものの翌日、買い物ついでに書店で「10年 日記」を予約して帰る。」5日後、入荷の知らせ。 「大型10年当用新日記20172026」の表紙を前に、夫は「これが最後の日記帳だ」と感慨深げ・・・。と、毎回言いながらこれで3冊目の購入となる。新年から新しい日記を付け始めた夫。どうぞ10年、元気でありますように。」

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お先にが心苦しい [社会]

 

 

国有地売却「不適切」86%  森友、74%が国会招致賛成 共同通信

 共同通信社が1112両日実施した全国電話世論調査によると、大阪市の学校法人「森友学園」に国有地が土地評価額より格安で売却された問題について、86.5%が「適切だと思わない」と回答し、「適切だと思う」の6.6%を大きく上回った。理事長退任の意向を表明した籠池泰典氏を国会招致し、説明を求めることに「賛成」との回答が74.6%に上った。

 内閣支持率は前回2月より6.0ポイント減って55.7%で、不支持率は3.5ポイント増の30.7%だった。森友学園の一連の疑惑を巡り、国民の関心の高さが裏付けられた格好。」

 

半年先のPKOの撤退を森友会見時にぶつけてくるとは・・・。

 

やっぱり心苦しい・・・。

 

「花時計

罪悪感は拭えない。周囲は「気にするな」と言ってくれる。優しい先輩から「謝るのは禁止」の声も。それでも、職場が忙しそうな夕方以降に手伝えないもどかしさは消えない▽1月中旬、育児休業から復職した。子育てがあるため残業はしない約束を会社と交わした。出産前とは一変、規則正しい生活を送れるようになったのだが・・・▽「子育て女性の働きやすい環
境」を整える企業が増え ている。悪いことではないが、一方で思う。男性も 独身者も新人もみんなが 無用な残業や過剰な負担 がなく働ける環境でない と、子育て女性も結局引け目を感じてしまう▽プレミアムフライデーが金曜だけでなく毎日に、また「プレミアム」なんて、銘打たない世の中になればいいのに・・・というのはぜいたくすぎる望みだろうか。(北嶋葵)」(201739日西日本新聞

 

子育ては女性の仕事と言う人は少なくなったと思いますが、男性の働く環境も厳しい。そんななかで、誰かが突破口をつくらないといけないと思います。新聞社で実現できないことでは、地域の職場では絶望的です。社会のための子どもであり、働く女性の進出の意味があるということではないでしょうか。

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いつまで働かせるのか [高齢者]

 

 

 

片づけはいいが、探し物がなくなっていた。ある団体の50周年記念のために昔の資料はないかという問い合わせ。断捨離をすませたという知人。捨てない私に、強制執行がされたわが家にもない。こうして資料が消えいきます。

 

「片付けの基本は在庫管理

 

収納スペースが足りない、と
悩んでいますが、物を増やしたのはいったい誰でしょう か。片付け用の便利グッズを 買ってきてまた物を増やして いませんかと指摘されたの。 ひえ~、危なく収納グッズを
買って、もっと物が増えるところだったわ。 いきなり大きなことは無理 なので、今すぐできる具体的 な片付け方法を教えてもらい ました。まず、物を増やさないためには在庫管理をすることです。さあ、家中のボールペンを集めてみてください。粗品などでもらったペンがあちこちにあるはず。トコも30本ほどあったわよ。こんなに家にペンがあるの?と驚きました。

書けないペンは捨て、普段使う所に1本だけ出して、残りは1カ所にまとめてしまっておきます。こんなに在庫があるなら、一生ボールペンは買わなくていいよね。(トコ コラムニスト)(一部引用)」(
2017223日西日本新聞

 

老年学会が頼まれもしないのに高齢者の定義を変えるという提言をしたという。簡単にいえば、余計なことだという印象。

 

「花時計

ある生命保険会社の会長に、1人暮らしの老後に備えるにはどんな保険がお薦めかと尋ねたことがある。「元気なら保険は要りません。『老後』という概念はなくなりますからね」。生涯現役社会になるという予言だった日本老年学会などが1月、高齢者の定義を「75歳以上」に引き上げるべきだと提言した。会長の言葉を思い出す一方いつまで働け
ばいいんだろう」と暗たんたる気持ちになった。そう感じるのは、日本は働き方の選択肢が限られるからだ
大ざっぱに分けると、残業や転勤など会社の都合に合わせてちゃんとした給料をもらう、それができず薄給ですからね」。生涯現役社我慢するか。子育て介護、年齢や健康状態などに合わせた多様な働き方ができれば、老後なんでなくっていいのだけれど。(山田育代)」(同前)

 

社会への影響があることを知っていてのことなのでしょうか。どこかの根回しに応えていないか、そんな邪推をしたのです。

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「共生型サービス」の背景 [障がい者問題]

 

 

「共生型サービス」の背景について障害者福祉分野からは「65歳問題」と絡めて論議される程度だったように思います。ですが、いろんな話を聞くと、周到な準備がされてきたのではないかと思うようになりました。いささか遅いのですが。

キーワードは「地域包括ケアシステム」で、2005年から使われ始めたという。その後、多くの法改正がなされ、2013年「社会保障制度改革プログラム法」、「医療介護総合確保法」が大きな変化となったという。「地域包括ケアシステム」は「医療と介護の一体改革」ともいわれる。

そこで決められた大きなものとしては

    
介護保険関連

・要支援1.2の訪問介護、通所介護を地域支援事業に

・特別養護老人ホーム入所を原則として要介護3以上に

・一定以上の所得のある人の自己負担を2割に

・補足給付の要件に資産などを追加

    
医療保険制度関連

・国民健保を都道府県単位化

・入院時の食事代の段階的引き上げ

・患者申出療養の創設

・紹介状なしの大病院受診に定額負担導入

 

 

要支援1.2の訪問介護、通所介護が市町村事業になり、地域差が出てきます。特別養護老人ホーム入所を原則として要介護3以上にして待機者が減ったと喧伝していますが、特養の赤字施設が3割程度に増えたという報告もあります。患者申出療養というのは健康保険適用外の診療と保険治療を併用する「混合治療」を患者の意思で申し出があったとして治療しても良いというもの。所得格差が医療にも持ち込まれたという指摘もあります。

 こう見てくると、障害者福祉とは関係が薄いように見えますが、「我が事・丸ごと」という政策理念は着実に用意されてきたと思います。

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水城のナゾ [歴史]

 

 

私の住む大野城市は太宰府市と隣接しています。大野城は白村江の戦いに敗れた今の日本側が唐・新羅連合軍に攻撃に対しての防衛施設として朝鮮式山城「大野城」や「水城」をつくったとされています。ですが、定説とされるものが発掘で確認されないこともあり、ナゾは深まっていくという記事です。来年度も発掘は続くというので楽しみです。

 

「謎深まる「水城」の外濠 大野城、太宰府市教委が発掘調査 技術力示す再出土の木樋 [福岡県]

 

 わが国初の国家的な防衛施設として664年築造とされる水城跡(国特別史跡)について大野城、太宰府両市教育委員会は4日、それぞれの調査現場で市民向けの説明会を催した。調査は県と連携して行う保存整備のための基礎資料収集が目的だが、通説への疑問が膨らんだり、古代の高い技術力を再認識させられたりといった成果もあった。調査から見えてきた水城の実像を探る。

 

 ■外濠の形状に疑問

 「掘っても掘っても、よく分からないですなあ」

 大宰府史跡調査研究指導委員長の小田富士雄福岡大名誉教授は、首をかしげた。大野城市教委が2月末に発表した「水城西門前で溝状遺構3本確認」への感想だ。

 1975年に東門(太宰府市)付近を掘った九州歴史資料館(九歴)は幅約60メートル、深さ約4メートルの外濠(そとぼり)を確認。約20年前に御笠川を挟んで約1キロ離れた西門前まで60メートル幅の外濠が続くイメージ図を作り、それが通説化している。

 しかし今回、西門前付近で明確な外濠遺構は確認されなかった。「外濠の西端が、鴻臚館と大宰府を西門経由で結ぶ官道の東側溝も兼ねたのではないかと痕跡検出を期待したが、出なかった」と坂井貴志大野城市教委主事。

 西門前で出た溝状遺構3本を坂井さんは「流水の痕跡があり、外濠と見ていいのでは」とするが、外濠の形状への疑問が膨らんだ。(略)

 ■古代の技術に驚き

 一方、太宰府市教委が掘った東門付近では86年ぶりに「木樋(もくひ)」が再出土し、関係者を驚かせた。木樋は、太宰府側の内濠(うちぼり)から土塁下を通って博多側の外濠に水を流す導水管。1931年に長沼賢海九州帝国大教授が調べた同じ場所から、再び現れたのだ。

 「井戸枠かと思って掘ったら板が出て、分かった。底板は保存状態が良く、土木建築技術の高さに驚いた」と沖田正大主任技師。

 例えば板2枚に段差をつけて上下をかませた底板を、ビスで留めるように両方のほぞ穴に木材(ダボ)を入れて固定していた。かつて春日市の小(しょう)水城で出土した木樋でも確認された工法。中村昇平同市教委課長補佐は「古代の寺院建築技術の応用で、レベルの高さは素晴らしい」と感嘆する。

 

 ■定説への疑問大事

 「下成土塁の地層に筑紫地震(679年)の痕跡らしいものがある」。太宰府市教委が土層確認のために掘り下げたトレンチ(試掘坑)で土塁の断面を見た地質学・土壌学の専門家から、そんな指摘がなされた。

 筑紫野市で新たに見つかった前畑遺跡の土塁関連のシンポジウムでも、その専門家は同様の発言をして「築造時期のヒントになる意見」と評されていた。水城の土層にも確かに、強い圧縮で生じた凹凸があるように見える。太宰府市教委は「さらに専門家の意見を聞いて検討したい」という。

 大宰府史跡発掘開始から来年で50年。小田さんは「大宰府史跡の実像はかなり見えてきたが、課題も出てきた。自然環境を利用する古代人的な感覚で史跡を見て、定説に疑問を持つことが大事だ」と話している。

 メモ 水城で木樋を発見した長沼賢海氏が調査成果を報告した「福岡県史跡名勝天然記念物調査報告書」で発見年を「昭和五年」(1930年)としたのは「昭和六年」(1931年)の誤り。伊崎俊秋前九州歴史資料館副館長が当時の文献などを綿密に調べ、結論づけた。「校正ミスかと思われる」としている。=2017/03/09西日本新聞朝刊=」

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歳月 [読書]

 

 

「歳 月  茨木のり子

 

  真実を見きわめるのに

  二十五年という歳月は短かったでしょうか

  九十歳のあなたを想定してみる

  八十歳のわたしを想定してみる

  どちらかがぼけて

  どちらかが疲れはて

  あるいは二人ともそうなって

  わけもわからずに憎みあっている姿が

  ちらっとよぎる

  あるいはまた

  ふんわりとした翁と媼になって

  もう行きましょう と

  互いに首を締めようとして

  その力さえなく尻餅なんかついている姿

   けれど

  歳月だけではないでしょう

  たった一日っきりの

  稲妻のような真実を

  抱きしめて生き抜いている人もいますもの」

 

敬愛する茨木のり子氏の死後の刊行です。何か詩人のふところを覗くようでまだ読んでいません。次の随筆を読んで刺激を受けました。

 

「手紙 田尻久子

手紙を書かない。それでも、もらうのは嬉しいものだ。最近では、見知らぬ
人からも頂くことがある。地震の後は 特に多かった。お見舞いの言葉をたくさん頂いた。遠くから来店して下さった方が、後日お礼状を下さることもある。来て頂いているので、お礼を言わなければいけないのはこちらなのだが
先日、お会いしたこともない方から 手紙を頂いた。以前、雑誌に寄稿した 書評を読んだと書いてある。紹介したのは、茨木のり子さんの『歳月』。茨木さんは生前「Y」と書かれた箱を所有していた。Yとは、夫・ 三浦安信さんのイニシャル。中には、彼の死後、長い間に渡って書かれた四十篇近い詩が入っていたそうだ。箱の中の言葉はラブレターのようなものだからと、彼女がこの世を去るまでは封印されていた。それらをまとめた詩集だ。手紙を下さった方は、長年連れ添ったご主人を亡くされていた。

体に不自由もあったのだけれど、毎日たくさんの言葉を交わす、楽しい生活だったと書いてある。喪失感が強く、希望を失いかけていた、ともある。雑誌の頁をばらばらとめくっていたら、偶然、書評欄が目に留まり、『歳月』を買いに走ったそうだ。茨木さんが残した夫へのラブレターは、彼女の心の支えになったという手紙だった。(書店、喫茶店主。挿絵は豊田直子さん)(一部引用)」(201739西日本新聞

 

改めて豊かに生きられたように見える詩人の作品に接してみたいと思う。

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逃げるだけの施策でよいのか [原発]

 

 

新聞の投書からです。福島に学ばなかった責任は国民すべてが背負うことになります。

 

「再稼働を前にごみ処理示せ  69

 ドイツに続いて、台湾も脱原発に踏み出したというニュース。素晴らしい決断と思った。その理由を聞いて深く考えさせられた。「日本の福島での原発事故」が後押ししたという。

一方で、あれほどの惨事を招いた福島原発事故があっても、原発の再稼働を目指している日本。何をもって大丈夫と言うのか、私には理解できない。福島の事故をどう位置付けているのだろうか。いまだに廃炉ヘの道筋が見えない状況を、政府や電力会社はどう考えているのか、国民には全く見えない。再稼働をするのなら、ただ逃げるというだけの訓練よりもっと大切なことがあ
ると思う。
それは人間に害 がないよう、これからも増 える核のごみをどこでどう やって処理するのかをきち んと示すことです。それを 再稼働前に提示することで
す。」(201738西日本新聞)

 

そして、被爆者として、原発も同根の問題として訴えてきた林京子氏は逝った。

 

「林京子さんを悼む  田中俊廣

林さんは年齢を重ねるごと に、時代や社会を見据えながら原爆と平和を問い続け、思索や思想を深めてきた。「再びルイヘ。」は、東日本大震
災の大津波と福島原発事故を モチーフにしている。86
日、9日の被爆と原発事故の 「内部被曝」との関連性を主軸に、現代の更なる危機を切実に憂え、未来への指針を提示している。

生前最後の作品集となった ,「谷間再びルイヘ。」(講談社文芸文庫、1612)の あとがき、その末尾にこうある。「お付合いくださった読 者のみなさま、ありがとうご
ざいました。読んでくださる人がいる、救いでした。みなさまの明日が平和でありますように」。まるで遺書である。謙虚である。まさに、作品の成立は作者と読者との共働作業であるから。

「やすらかに今はねむり給え」(1990)は、鹿児島の七高生が動員先の長崎で被爆死したことを悼んでいる。今、このタイトルをそのまま林さんに捧げたい。読者として、これからも作品に寄り添っていくことを改めて念じながら。(たなか・としひろ詩人、活水女子大教授。長崎市在住)(一部引用)」(同前)

 

林氏の思いを受け継がないといけないのでは。

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比べないでほしい [てんかん]

 

 

『ルポ 希望の人びと』(生井久美子著)を読んでいますと、認知症当事者が意見を述べると、「あの人は認知症なの」と疑うそうです。それは「何もわからなくなる」という認知症という先入観があるからでしょうか。

 私の場合、てんかんですが、40歳代に完治したというと「軽かったのね」と言われることです。てんかんの場合難治性の人が一定数いますし、私の場合は、てんかんの類型からすれば加齢とともに脳活動の低下によって発作が出なくなるタイプです。ですが、大発作というものですので、いつ襲ってきて、大騒動になるのですが、それを自分で知ることはできません。倒れる前から意識がないのですから。

 てんかんの当事者より、親御さんからそう言われることが多いです。子どもが大変な様子を見ているからでしょうが、自分のところが大変だと言われると何も言えません。例えば、発作としては意識がなくなりますが、倒れることもなく、まもなく回復します。見た目では私の方が派手でまわりの反応は厳しいと思いますが、てんかんの種類としては、軽い発作に見えるのですが、脳に損傷があったりしますので治りにくいです。でも、最近は新薬も増えてコントロールされる人は大幅に増えていると思います。

 ですが、発作は個人差が大きいですし、生育環境も異なります。「軽かったのね」と簡単に言わないでもらいたい。てんかんと向かうものは共通していると思います。同病者の家族から言われると、てんかんとの闘いを否定されたような気分になります。

 大変さを伝えたいのでしょうが、上手な言い方とは思えません。もちろん、大変な心配されていることは分かりますが、比較はしないでもらいたい。その人にとってはそれがすべてなのですから。

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はる [社会]

 

 

関係している同人誌が50周年だという。その企画に昔の資料が欲しいという。事務局の人も断捨離で処分したという。私のところも同じです。こんなことがあるとも予想せずに、片づけなさいと言われてもホッタラカシ。すると強制執行に遭いました。

 

「障害差別解消ヘ市民と対話集会 福岡市、新年度開催

福岡市が2018年度中の施行を目指す「障がい差別解消条例」制定に向け、高島宗一郎市長は6日、当事者を交えたタウンミーティングを開催することを明らかにした。市議会定例会も本会議の代表質疑で、楠正信市議(公明)の質問に対する答弁。昨年4月施行の障害者差別解消法は、自治体にも障害者への「合理的配慮」を義務付けた。これを受け、市はより実効性の高い条例制定に向け、検討会議を設置して協議を進めている。一楠氏は「障害者差別の実態を市民が知ることから始めなければ、『合理的配慮』の真意を条例に刻むことはできない」と指摘。これに対し高島市長は差別や合理的配慮の具体例を公開し、市民一人一人が差別解消に向けて何が出来るのかを実感できるよう理解促進に努めていく」と述べた。市障がい者在宅支援課によるとタウンミーティングは17年度に実施。「複数回実施し、市民の声を幅広く聞きたい」としている。(前田倫之) 」(201737日西日本新聞

 

確実に進んでいます。関係者の尽力の賜物ですね

 

早咲きの桜が満開近いです。桜はいつ見ても心弾ませてくれます。

 

「張る  春  樋口伸子

 

弥生春色天地に満ちて。3月になった途端こんなフレーズが静かにしてはいない。いつ、どこで覚えたものか、口の中で柔らかい音が調子よく広がり、ほんとに春の気分がみちてきそうだ。もちろん、
私とて笑いたい日もあれば泣きたい日もあるわけで、春色はじぶんの脳内風景である。 「春」は張る、膨らむに通じる。中学校の新学期に先生は、「春は英語スプリング。この単語にはバネの意味もあるよ。春は人だけでなく、他
の生物も身がはずむ季節なのだ」と、その綴りを 黒板に書きながらうれしそうに言われた。まるで ご自分が発見したことのように。 当時は敗戦後の民主教育がやっと行きわたり、
先生も生徒も若さにはずんでいたのだろう。私は スプリングに泉の意味もあることを発見して内心得意だったが、今は温泉というホットスプリングが春の脳内にみちてくる。

春は仏語でプランタン、伊語でプリマベーラと、歌や喫茶店の名前などから知っていった。どちらもきれいな語で、第一番のという意を含む。

プリマベーラといえば、ルネサンス期イタリアの画家ボッティチェリが描いた「ラ・プリマベーラ」を思い浮かべる人も多いだろう。この邦題「春」の美神たちを描いた板絵は、海の泡から生まれた「ビーナスの誕生」とともに超有名な作品で、ギリシャ神話の題材によっていた。はるか遠い時代の天地に広がる春の風景は、愛と死という神話のなぞにもみちている。この絵もまた画家の脳内ドラマだったのかもしれない。(詩人、福岡市)」(同前)

 

70歳過ぎても春はうれしい。そして思い出すのは卒業式入学式ではありません。卒業までの事実がやはり私の中には大きかったようです。

 

 


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普通電車は社会人だった??? [支え合う社会]

 

 

目覚めて、テレビに目をやったらタレントの衣装係は何と言っていたかと頭が問う。ですが、出てきません。ネットで「タレント・衣装係=スタイリスト」と簡単。ことほどさように忘れることが多い。認知症当事者が、認知症になって記憶できないのが悲しいという人も多いが、病にならなくてもどれだけ記憶しているのでしょうか、と問うという。私は、ほとんど昔のことは断片しか記憶していませんが、認知症の短期記憶が消える大変さはあると思いましたが。

 

次の投書には5年前との違いが気になりました。

 

「(声)優先席に感じる優しさの不在 39歳 201739日朝日新聞

 

 今年初めに第2子を出産しました。第1子を産んだ5年前と比べて、如実に変化を感じるのは、電車やバスの優先席の様子です。

 妊娠中の通勤時から乳児連れで外出する現在に至るまで、優先席には身体などに支障がなさそうなサラリーマンや学生風の方が増えました。特に、その多くを男性が占めています。妊婦や乳児だけでなく、年配の方や体が不自由な方がいても、自ら席を立ち、譲る人はまれです。

 もちろん、皆さんも仕事や学業でお疲れのことでしょう。優先席は、お年寄りや体の不自由な方々、妊婦、乳幼児連れの「専用席」と決まっているわけでもありません。

 だからこそ、私は妊娠中に立っているのがつらくても、どうすることもできませんでした。弱い立場の者が「譲ってください」と声をかけるのは、本当に難しいことなのです。

 私が妊娠中、マタニティーマークやおなかに気づいて譲ってくださったのは、ほとんどが女性です。男性にも4回譲ってもらいましたが、3回は外国の方でした。このことをどう考えればいいのでしょうか。」

 

東京ではそういうことが多いのかと思いました。私が住む地域でも若者が優先席を占領しています。ですが、先日、朝9時台に普通電車に乗ったらたまたま空いていました。ですが、空いているにも関わらず立っている若者が多かった。終点までいくつもの空き座席が・・。

ですが、地下鉄に乗ったら学生主体です。優先席は占領され、スマホに夢中です。その差って何ですか? 普通電車は社会人だった?

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