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このブログは障害者問題を中心に退職者の日々の思いや脳梗塞後遺症とのつきあいの日々をつづります。この下の記事からが本文です

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西日本新聞より
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前の20件 | -

障害者福祉と介護保険がある意味が [障害者福祉]

 

 

福岡でも有名な石松さんの現状を知りました。

 

「他の者との平等を考える

67歳の石松さんは入浴介助を受けることが体に変調を来たすほど苦痛だといいます。最もリラックスできるはずの入浴が最大のスト
レスという根底には、利用する人の立場に立った人権を尊重されない介護保険のシステムにあるのではないかと訴えます。

 

人生のサーフィン(65歳問題を抱えて)

石松周  障害者の生活と権利を守る福岡県連絡協議会会長

 

■出生から障害者運動

私は仮死状態で生まれたことに起因する脳性まひで 四肢まひがあります。現在67歳ですが、2004年頃から 急激に首の激痛、手のしびれ、歩行の困難が生じ、入浴も妻の介助が必要になりました。このままでは寝た きりになるとの医者の診断もあり、勤務していた福岡
市障がい者社会参加推進センター、障がい者110番常設
相談員を退職しました。その後、頚髄症のため入院し 2回の手術とリハビリを経て、退院後の生活状態は食 事、排泄等すべてにわたり全介助となりました。 日中は、座位保持椅子に座りパソコンを操作し障害関係者・団体への連絡をメール・携帯電話でのやりとりや、情報収集などで社会参加をしています。私の主たる介助者は妻ですが、入浴は自立支援法の居宅介護
による入浴介助を受けてきました。家事支援や移動支
援を併用することで積極的に障害者関係団体に参加し
役割を果たしてきました。
障害者自立支援法の違憲訴訟が起こったときも中心となって福岡の運動を支えました。基本合意、の締結に
より応益負担は撤回されましたが、介護保険優先原則
には忸怩たる思いがありました。 2013年頃よりヘルパーが入れ替わり、多少心身の状 況に不安を感じてきていて、この時期に重度訪問介護 (複数の事業者利用)に移行しました。入浴介助はA 事業所のみでした。私の体は過緊張が生じやすく、特 に限られたヘルパー(3~ 5)以内での介助要員で ないと過緊張状態になり体調を崩しやすくなり、日常 生活に支障をきたします。

 

■不服審査請求ヘ

20148月に65歳を迎え、介護保険優先原則の問題 に直面することになりました。65歳に達する直前、障
福協(障害者の生活と権利を守る福岡県連絡協議会)で交渉した折、福岡市障害福祉在宅支援課の係長は
「介護保険でも事業者が障害福祉と介護保険併用の指
定事業者であれば継続して同じ事業者一同じへルパー
より支援を受けられるので問題はない」としました。
確かに、当初は、これまで、なかった利用者負担がかかるようになったという経済的な問題は重くのしかかりつつも、重度訪問介護で入浴介助をしていた事業所が
介護保険での入浴支援部分も担当してくれるというこ
とで、生活面では支障ないように思っていました。
しかし、入浴介助で派遣されてくるヘルパーが頻繁 に入れ替わるようになり、この頃から体がだるく、疲 れを感じるようになり会議への出席にも支障が出るよ うになりました。当初は夏の疲れだと思っていまし た。しかし、疲労、イライラ、不眠などが夏以降も続 きました。医師にも相談したところ、原因として入浴 介助のへルパーが頻繁に入れ替わり安定していないこと、また、直接身体に触れるため、ヘルパーの対応に よってはストレスを受けているのではないかとのこと でした。

入浴すること自体が苦痛でならず、入浴の前から過 緊張が生じて具合が悪くなるようになりました。精神 安定剤の服用量も増えました。このまま事業者の選択
ができない状況が続けば、過緊張状態が継続し日常活
動に支障をきたし、社会参加や日常生活は困難になり
ます。

重度訪問介護に移行申し立てを行いましたが却下さ れ、やむなく不服審査請求して係争中です。私にとっ て、くつろいで疲れを癒すはずの入浴が、疲れを溜め
るものであることは本当に苦痛です。
私の障害特性をよく理解している複数の事業者を選
べる重度訪問介護に戻し、一日も早く、くつろゆる入
浴を取り戻したい! ! 」(『すべての人の社会 2017.2月号』NPO日本障害者協議会)

 

今、政府は、障害者福祉・介護保険・保育・生活困窮者などを「丸ごと」支援するとして一本化をして「共生型サービス」と美辞で表現しています。本当にそうでしょうか。石松さんの例にあるように、介護保険であれば当然負担が増えます。障害者福祉は基本的に負担なしできています。それと介護保険という保険制度では考え方が異なります。それを介護保険の仕組みに合わせた結果が、石松さんのような不都合が出てきています。そのことが問われないのはなぜか、

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誰にも障害者になる可能性が [脳梗塞]

 

 

「『おこもり小屋』に炎赤々と 畑地区で伝統行事「どんど焼き」 [福岡県]

 

 雪が一部残る豊前市畑(はた)地区で11日夜、竹やわらなどで建てた「おこもり小屋」と、古いお札やしめ縄を一緒に燃やす伝統行事「畑のどんど焼き」(市指定無形民俗文化財)があり、無病息災と五穀豊穣(ほうじょう)を祈った。

 山あいにある地区の保存会メンバーが先月29日、いろりがある小屋を完成させ、住民が飲食や歓談を楽しみ、近くの小学校児童も訪れるなど交流の場となっていた。火のついた棒を手にした子どもたちが小屋に火を放つと、竹のパン、パンという音とともに勢いよく燃え上がり、夜空を赤く染めた。=2017/02/12 西日本新聞朝刊=」

 

私が育った地域では「おこもり」は、同級生が集まり、米を持ち寄って食事会をして泊まることでした。地域で異なるのかもしれません。

 

脳梗塞になった人の投稿です。

 

「(声)障害者にも心地のよい社会に 45歳 2017212日朝日新聞

 

 毎日、同じ時間の電車の中で、2人の障害者の方を見かけます。ダウン症と発達障害の方と思われます。お一人はたまに奇声をあげ、もう一人は時刻表を見てはぶつぶつつぶやいています。過去の私は敬遠し、同じ席に座らないことが多かったと思います。

 ですが、今は違います。なぜなら、私自身が脳梗塞(こうそく)を患い、障害者になったからです。リハビリと家族や友人、パートナーの支えでだいぶ回復しましたが、「感覚障害」という後遺症があります。痛みやしびれなど目には見えず、私の苦しみを分かってくれない方もいます。ひどい見方をされることもあり、とても悲しくなります。

 脳梗塞に襲われるまでは、私は自他共に認める健康体でした。障害と健常は、表裏一体なのです。いつ何時、何があってもおかしくありません

 「障害者差別解消法」が施行されて、この4月で1年になります。いま一度、周りを見渡し、障害者と健常者が心地よく暮らしていけるよう、社会全体で動いてもらいたいと強く思っています。

 

私も似た後遺症です。

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復興は進んでいますか [震災]

 

 

熊本市の田尻氏の連載からです。

 

「暗闇 田尻久子

 

映画館の暗闇は、いつでもわくわくする。うっすらと音楽が流れる開演前、そして始まりを知らせる音。暗闇に沈 み込むからこそ、そこは日常と切り離
される。高校生の時に、ヴィム・ヴェンダースの「ベルリン・使の詩」を映画館で観た。人間になりたくなった天使の話。
天使たちは人間の傍らにいる。人々に
そっと寄り添い、心の声に耳を傾け、
人知れず慰めたりしている。そして、
心の声のざわつきに疲れたら図書館で
休息する。そこでは、人間たちは穏やかで、心の声も静かだから。私は天使ではないが、本を選んでいるお客さんを毎日見ているので、天使が図書館でほっとする気持ちがわかる気がする。

地震の後、大人数を収容する施設は軒並み使用が出来なくなった。もちろん映画館も。お客さんは映画好きの人 が多いので、再開を待ち構えていた。だから、近所の映画館から上映のスケジュールと映画のチラシが届いた時
は、みんなで盛り上がった。ちょうど、
待ちわびていた映画の上映時間が朝番だった。出勤前に観に行けるので、
早速観にいった。伝説の写真家の最晩年を撮影したドキュメンタリー映画
「写真家ソール・ライター」でも、
その頃はまだまだ余震が頻繁にきてい
た。喜んで出かけたものの、暗い場所に閉じ込められることが不安 でもあった。大きな余震が来たら、 外ヘ飛び出してしまう人もいるのだろうか。久しぶりの開演のベルに、少し緊張する。やはり上映中に何度か揺れるが、誰も席を立つ人はいない。その暗闇は、ひととき現実世界の不安を取り除いてくれた。ソール・ライターのゆるやかな語り口と写真が、ふわふわと頭に残り、映画館を出た時は心が軽くなっていた。いまでも映画館に坐っていると、ブルーノ・ガンツが演じるおじさん天使の姿をときおり思い出す。いたらいいのにな、と思う。もしいるとしたら、映画館の階段あたりで休憩しているに違いないから、観ている間に揺れても怖くないのかもしれない。

(書店、喫茶店や主。挿絵は豊田直子さん) 」(2017217日西日本新聞

 

余震もあっていますね。

ですが、年末に益城に行った人の感想です。解体が進んでいないのでしょうか。

 

「益城の今見た復興遅すぎる  74

熊本地震をテレビや新聞で見ても、私にはその恐ろしさの実感が湧かなかった。実際の被災地をこの目で、確かめたくなった。
地震発生から7カ月の12 月、車で熊本に向かった。
被害が大きかった益城町の
木山付近の道沿いに、1 の新しい2階建て住宅。裏 庭にいた年配の女性に聞いてみた。家具は倒れ、物が散乱、孫と車で避難所に逃げた。居残った嫁はトイ
レが揺れに強いのでそこで
過ごした。
隣接する3軒の木造家屋 は倒壊し、自宅の壁に突き 刺さってきた。夜は怖くて たまらなかったそうだ。更地の向こうには、屋根がなかったり、傾いたりした家々。道の両側の建物が押しつぶされ、ある家は玄関が上向きで倒れている。テレビとは、その広がりと悲惨さの印象が全く違う。そこに人は住めない。その壊滅的な状況に涙が出る。解体撤去工事はあまりにも遅い。なぜ復興が進まないのか。もっと町外からも撤去工事の応援を求め、被災者の生活再建の迅速化を強力に推し進めるべきだ。」(20161226日西日本新聞)

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下町では 葬式もにぎやかに [街で]

 

 

「署名3万7563人分提出 反原発8団体、佐賀県に 玄海原発再稼働巡り20170217日西日本新聞」。意思表示することが大切な時代のように思います。

 

小椋佳さんの育った環境の話です。 

 

「私だけの東京・2020に語り継ぐ

シンガー・ソングライター 小椋佳さん 権威なんか しゃらくせえ

毎日新聞2017215

 僕は東黒門町(東京都台東区上野)の料理屋の長男で30代末まであの辺に住んでいました。その後は山の手に暮らしていますが、上野の辺りが突然懐かしくなることがありますね。(略)

そんな育ちだから僕も町人かたぎで、権威なんかしゃらくせえってところありますね。お袋の気質を受け継いだのか、ミュージカル公演でも何でも、損を考えずお金をぱっと使っちゃうところもありますから。

東京大の法学部を出て銀行に入ったのは、官僚なんかって思ってたからです。地方出身の同級生には、天下国家を動かす人間になってみせるなんてのが結構いたけど、そういうこと言われると白けちゃうんですよ。

サラリーマンだって、うちの料理屋に宴会に来て、社長とか上に立つ連中が威張っているの見ると、ばかばかしくて。偉くもないのに偉ぶりたいんだなって。そういう人が裏に回って白紙の領収書くれっていうんですから、なんだこれ?と。

だから、父も母も政治家、官僚、サラリーマンが大嫌いでした。でも、僕は銀行のサラリーマンになっちゃって。オヤジは「お前、サラリーマンになるの? 俺も昔『赤字銀行』に3カ月勤めて辞めたけど、お前、もつわけないよ」って。赤字銀行なんて、うそですよ。お袋も僕の勤め先なんてどうでもいいって感じで。

お袋が59歳で糖尿で亡くなった時、僕はアメリカ留学中で死に目に会えませんでした。しばらくして帰国し、お骨納めをしたんです。近所の人が集まって「(母の名)トクちゃん、にぎやかなのが好きだから」って宴会を催してくれ、酔っ払って皆で墓に向かいました。山の手じゃ考えられないですね。【聞き手・藤原章生、写真・藤井太郎】」

 

博多の町人の葬式もかつては、つらい人生に別れたのだから「めでたい」と祝ったという話を聞いたことがあります。真偽は分かりませんが・・・。小椋佳さんの生き方を支えているのでしょうか。

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もらい風呂 死語に [支え合う社会]









「お互いさまの 精神はいずこ  86



 高齢者の会合に参加すると決まって「昔は良かった」との言葉を耳にする。昔はお金も食べ物もなく、何一つとして満足なものはなかったが、確かに人情があり、人と人との結び付きがあった。うっかり不足すれば、隣近所にみそやしょうゆを借りに行った。農作業でも、人手不足の折は結で助け合った。農繁期で遅くまで働き、風呂を準備することができない時は、もらい風呂して世間話をした。お互いざまの精神は今の比ではなかった。金さえあれば、何でも手に入る時代。一方で、殺人やいじめ、虐待、詐欺は後を絶たない。どうしてこんなことになってしまったのか。老人が集まるたびに、ため息が出る。悲しい。」(2017216西日本新聞





田舎では共同風呂から家庭風呂に変わる頃でしたので「もらい風呂」は数えるしかなかったと思います。五右衛門風呂がこわくて入らなかったように記憶しています。そして、老いて車の運転が問題に・・・。便利になったのかどうか・・・。





「花時計



久々に実家に帰省し、
兄と弟、わが息子と娘、
そして今年で75歳になる 父の3世代で警察署に行 った。父の運転免許証を
自主返納するためだ。高
ドライバーの事故が各地で頻発しており、家族で父と話し合った結果だった▽40年超の運転歴で事故はほぼゼロ。ゴールド免許の有効期限が3年残る父の説得は容易ではなかった。自治体によってはバスやタクシーの利
用券を支給したり、県営
パスの乗り放題パスを安
価で販売したりと特典を
設けるが実家がある自治
体は未導入。最後は長生きを願う孫の力を借りた▽悲惨な事故を防ぐため、返納促進の施策を行政に期待したい。返納手続きが終わり、警察署の玄関3世代そろって記念撮影をした。英断を下した父に倣い、私もいずれ自身で決断しようと誓った。(坂本信博)」(同前)



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本屋の衰退は [街で]

 

 

少し古い投稿ですが・・・

 

 「がん乗り越え 余生を楽しむ 79

 

 日本相撲協会の北の湖理事長が直腸がんによる多臓器不全にて、62歳の若さで逝去された。心から哀悼の意を表したい。 小生も昭和6110月、50歳時に理事長と同じ直腸がんを患い、人工肛門となった。5年後、肝臓に転移、その2年後には肺がんで、いずれも患部を切除しほっとしていたところ、また2年後に狭心症となった。いよいよ年貢の納め時かと、覚悟しましたが、回復。以来、今日まで30年、明るく楽しく「今日も元気だ、たばこがうまい」と日々を元気に過ごしています。30年前の担当医の「おまけの人生、大切に過ごしてほしい」の言葉に従い、今日一日一日を家族に感謝している。「病は気から」と気力を失わないよう、余生を大いにエンジョイしたい。」(2015123日西日本新聞

 

図書館のにぎわいを知ると読書離れなのかどうか分からなくなります。現役世代は働くのが精一杯で本を買う余裕がないのかもしれませんし、読む余裕もないのかも。だが、スマホの浸透はやはり大きいのでしょうか。

 

「風車

垢抜けない本屋

 

講演会、カフェの併設、展示会、サークル活動、土映会の開催など、福岡の街中に並ぶ
本屋にはそれぞれの特長があり活気
がある。研ぎ澄まされた狙いの下、
合った客層を引きつける。古本を並べる店や通販をする店もある。立地や限られた条件の中で趣向を凝らす
姿勢は、世界に挑む若者のようで少
しまぶし過ぎる。

本屋は駅前にあるのが定番だった。電車やバスを待つ間に入って本を手に取る。毎日の通勤や通学の長く感じる時間を読書にあてるため、本を買う。駅を使う人は誰でも、高校生でも会社員でも雑駁な人々が気軽に立ち入ることができる場所が本屋だった。最低限の殿様商売ともいえる姿勢だけれどもペだからこそ入りやすかった。

店内には多かれ少なかれ、本の類 いだけがあった。店主の方針やこだわりが発揮されるわけでも特別に扱 っている本があるわけでもないけれど、週や月単位で発刊される雑誌などはちゃんとあった。ベストセラー
の本もあった。世の中の大まかなことは普通の本屋でっかむことができた。
誰もが、買うために、時間をつぶすために利用する欠かせない場所
だった。人々は垢抜けない店内の一隅を埋めて、同じく誰も垢抜けなかった。

個性がないということが悪のように語られる現在の風潮の中で駅前の本屋は淘汰されたのかもしれない。個性がなくても本はあった。決して敷居は高くなかった。人よりも秀でる必要はないと感じさせるところが本屋の個性だった。(八重桜)」(同前)

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できなくなることが [高齢者]

 

 

ニュース川柳

手土産に辺野古着工総理行く

元都知事困る人とは誰ですか

・復帰戦駒への思い三浦棋士

・安倍総理厚遇されて宿題は」(2017214西日本新聞

 

川柳はうまいといつも思います。

テレビで橋田壽賀子さんが「90歳、立っているのもつらい」と話していました。そしたら、新聞に次のような投書がありました。

 

「紅皿 うっかり転んで  

ここ最近の寒さは厳しくて、身が硬くなる。
つい先日、町から帰宅した直後のこと。カーテ
ン越しに、庭に干している洗濯物が目に飛びこんできた。冷たくなる前に少しでも早く取り込
もうと、外着を着たままテラスに出て、手を伸
ばした。背伸びをして衣類を抱え込んだその瞬間、右足でテラスの端を踏んでしまい、左向きに倒れ、庭に落下してしまった。
数分後、ようやく起き上がって身辺を見渡すと、わずか10センチ左にブロック4個を重ねた足台があり、右には花壇のれんがあった。その間、約60センチ。何と運の良いことだったかと、何度も神に感謝する。もし頭でも打っていれば、数日は誰も気付くまい。この寒さの中、無事は望めない。骨折ならば多くの人に迷惑を掛ける。1人暮らしの信条は、でき得る限り自分でやるということ。自分の力を大切に思い、できる限り使い続けること。自分の生き方を信じ、限りある生命を一日でも長く、健全な精神で生きていきたい。

「心して、気を配って、本気で過ごせ」と亡き夫の声を感じた出来事でした。打撲で済んだことに感謝。ありがたいことです。(77歳福岡県大牟田)」(同前)

 

うっかりが増えてきました。やかんの消し忘れなど日常化していきます。心して気を配ることができるかどうか。

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在宅ケアは [高齢者]

 

 

先週久留米で日本ホスピス・在宅ケア研究会が開かれ、市民講座もあったのですが、体調がすぐれなかったのと次週も久留米に用件があり見送りました。先日、久留米に行った時城島町の蔵開きということで電車も混んでいました。お年寄りが多かったので何かと思ったら蔵開きという。会場まで歩いていると久留米市美術館はとこですかと尋ねられました。青森からの来福だという。特別展は久留米市出身の画家らしいが、遠くからのお客に詳しく説明できなかったことが残念でした。

 老いることの立ち話からです。年とるとできないことがふえる・・・・。自然なことですが不便です。どう死ぬかも大変な時代になってきたと思います。

 

「久留米で日本ホスピス・在宅ケア研究会 「住民の主体性大切」「多角的ケアを」 「赤ひげ大賞」5人がシンポ

日本ホスピス・在宅ケア研究会の第24回全国大会が4、5日、福岡県久留米市の久留米シティプラザで開催された。高齢多死社会を迎え、患者や家族の意向をどうくみ取り、人生の終焉(しゅうえん)へと導くのか-。20を超えるシンポジウムやセミナー、講演会では、全国から集まった医療者や介護者がケアの意義を考えた。

 在宅ケアが向かうべき方向は-。地域医療に貢献した医師を顕彰する日本医師会の「赤ひげ大賞」を受賞した5人によるシンポジウムは、それぞれの実践に加え、患者と向き合う姿勢、晩年に立ち会う医師としての信念が披露された。

 「高齢社会で、在宅ケアは血縁や専門職では賄えない時代に入った。地縁、地域の縁に頼らないといけない」。東京都町田市で開業する西嶋医院の西嶋公子院長は指摘した。

 1989年、地域住民が集う「暖家の会」を設立。住民の主体性を尊重し、訪問入浴や配食サービスなどへの参加を仕掛けた。「地域の支え、共助、互助が大切。患者や家族の希望に沿って(介護保険では対応できない)インフォーマルサービスを地域が担う必要がある」と説いた。

 徳島県那賀町立上那賀病院の鬼頭秀樹院長は「医療費抑制を理由に延命治療を否定してはいけない」と訴えた。

 町唯一の病院で常勤医は3人。訪問診療を実施しているが「看護師不足で訪問回数は年々減少しており、必要最小限のケアしかできない」と厳しい医療環境を明かした上で、過去10年間のみとりの現状を紹介。「高齢でも回復が見込める場合には積極的な治療を施す」と語り「人生の終わりを自宅で過ごしたいという願いは当然だが、サポート体制が不十分。24時間対応の在宅医療センターの設立が不可欠」と提案した。

 「島民から多くのことを学んだ」と打ち明けたのは、鹿児島県・与論島で往診するパナウル診療所の古川誠二所長。「島民の死生観は神道に基づいている」

 久留米大医学部出身で、四半世紀以上、与論島で医療を担う。「島民は万物を崇拝している。自然崇拝も強い。ほぼ全員、自宅で亡くなり、家族がみとっている」と報告。「死期を悟ったら治療を受け付けず、痛みも訴えない。魂はなくなったところにとどまるという考え方があり、生と死の境界はつながっている。島の歴史、暮らしを考えて対応している」と説明した。

 岐阜県高山市の丹生川診療所の土川権三郎所長は「病院で治療を受けたい、緩和病棟に入りたい、自宅で最期を迎えたい…。患者の希望をかなえる努力をしている」と語った。

 医療、介護、行政のほか、認知症による徘徊(はいかい)に対応するため警察や消防を加えた会議を定期開催。「情報を共有することで、いろんなケースに対応し、さまざまな角度からケアに関与することができる。地域全体をホスピスにするのが目標」と披露した。

 聴衆からは「在宅ケアの中で、患者を『救う』とは何なのか」「互助を促す地域づくりで心掛けていることは」などの質問が上がった。福岡市早良区で訪問診療を実践し、シンポジウムの進行役を務めたにのさかクリニックの二ノ坂保喜院長は「在宅ケアは住民の主体性が大切。高齢者だけでなく地域住民全体のケアも必要だ。医療者は『患者の生活、命を医療が支える』と思いがちだが、本当は生活の中に医療の役割がある」と締めくくった。=2017/02/11 西日本新聞朝刊=」

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下流とは認めたくない? [貧困]

 

 

13日のニュースではGDPは改善したが個人消費は弱いという。国民の暮らしぶりは厳しいと思う。ところが、中流の下という意識の人が年々増えているのだという。やはり下流とは認めたくないのだろう。

 

「貧困で死に方に格差も

「下流老人」著者・藤田孝典氏が講演

 

「お金があるかないかで死に方まで格差がある」。全国大会では、埼玉県で生活困窮者を支 援しているNPO法人ほっとプ ラス代表理事で社会福祉士の藤田孝典さん(34)が「下流老人と 貧困世代」と題し講演した。在宅医療や緩和ケアを受ける以前に、経済的理由で医療にほとんどかかれない高齢者がいるとし て、生活保護を受けて健康格差 を防ぐ必要性を強調した。要旨は次の通り。

 

2015年に「下流老人」と題した本を出した。刺激的な言葉で高齢者の貧困問題を可視化したかった。ほっとプラスでは、ホームレスも含めて年に約500件の相談を受ける。お金がないから医者にかからずぎりぎりまで我慢して、「痛い」と私たちに相談しにきたときには末期状態という人は少なくない。私たちが運営するシェルターで最期を迎え人もいる。その前に本人が家族に謝罪したり、借金を清算したりして、少しでも心残りをなくせるようお手伝いしている。
困窮者を「計画的に貯金しないからだ」と批判する人がいる。
だが自己責任とするには酷な現状がある。
高齢者の67割が年金が月10万円未満なのに、不足分を補
う貯蓄は高齢者世帯の168 がゼ口、435%が500万円未満だ。その結果、高齢者の相対的貧困率は194%に上り、5 1人が生活保護基準以下で暮 らしている。実際に3040年間 まじめに働いて年金保険料を納 めてきた人が、退職後に大病を患って貯蓄がなくなり、生活が破綻したケースは珍しくない。お金がないと死に場所も死に方も選べない。高齢者の自殺や孤独死の背景には貧困問題が絡んでいる場合が少なくない。

社会保障制度や低すぎる最低賃金などの改善は必要だが、まずは生活保護がきちんとセーフティーネットの役割を果たすべきだ。生活保護を受けると医療や介護は無料で受けられ、健康は守られる。より良い死に方より前に、より良い生き方ができるようにしなければならない。」(2017211日西日本新聞)

 

12日のNHKのこどもの貧困問題のドキュメンタリーも刺激的でしたが、それが政治の変化につながらないのはなぜか。意識上で「下流」とは思いたくないからなのか。そこが見ていて分からない。ただ、無関心なのだろうか。

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沈黙は毒か [高齢者]

 

 

 

「「沈黙は猛毒、お眠りは百 薬の長」石川恭三著

80歳で現役内科医の著者が、老後を明るく生きていく知恵を軽妙なタッチでつづるエッセー
集。表題以外にも「(面倒くさ
いことを)嫌々我慢してやるの ではなく、面白がってやってみ 」などのアドバイスが満載だ。


特に「若い頃は使い捨てカイ
ロのように気楽に時間を使って
いたこともあったが、今はへそ
くりをかき集めてようやく手に入れた高級万年筆を大切に取り扱わなくてはと思うような気分で時間を過ごす」。

「ときどき、今という時間が無性に愛おしく感じられて美味しいものを一口一口よく噛んで味わって食べるように、今この時をゆっくりと過ごしたいと思うことがある」などは、シニア世代の生活実感そのものだろう。(河出書房新社・842)」(201729日西日本新聞

 

面倒なことは避けたいが・・・。

次の話も難しいことですね。

 

「認知症の兆候指摘ためらう  84

今日も友人が約束を破った。年末もそうだつた。年明けて早々にも電話があり、昼からわが家に来るという。バスツアーを計画しようというのだ。
しかし、その日も連絡なし。さすがに私も頭にきて、
電話した。すると「風邪気味で出掛ける気がしなくなった」と言う。それなら、なぜ電話をくれなかったのかと言いたくなる。「年末もそうだつた。覚えてないの」と言ったら、
どうも覚えていないよう
だ。そこでやっと気が付いた。もしや認知症の始まりではないのかと。
私の周りには何人も認知症の人がいる。会話は普通
なので、あれっ?と思いながらも相手していたら、や はり認知症だった。2年から3年ほど、時間と金銭感 覚がおかしかった。友人もそうでなければいいがと案じる。「私がおかしくなったら、すぐ教えてね」と言われているが、そう簡単に言えるものではない。悩ましい。」(同前)

 

 


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つぶやきの魅力 [書く]

つぶやきの魅力 言葉が駆けぬける

 

大統領のつぶやきが朝一番のニュースになる。

 

「氾濫する言葉  村田喜代子

朝起きると、今日もまた新聞 テレビが米大統領の「つぶやき」を報じている。金髪の牛みたいなこの人物の電気に乗せた私
語は、三万五千回を超えている。
息をしながらつぶやいている。
ツイッターを「つぶやき」と
いうのはどういうわけなんだろう。「つぶやき」は語尾に「・・・・・」の記号を付すような、小声で聞き取れないくらいの言葉をさす。それが彼の場合は繰り出すミサイルのよう。波乱を呼ぶ。いったいいつから世の中は、こんなにうるさくなったのか。むろん昨日今日からのことでない。ヒトはもともと大昔、合

道と気道が別々になった解剖学的変化で以て、言葉を発するようになった。以来、人間の世間は他の動物と分けて画然と騒がしくなった。(略)

沈黙とは単に「語らざること」 ではない。沈黙は一つの積極的なもの、一つの充実した世界として独立自存しているものである。  『同』

 

そういえば、かつて日本は沈 黙を大切にする国だったのではないか。多弁より、無言の重みを感得することができた。
民主主義は確かに古いギリシャの雄弁術と共に発展したが、
その雄弁には沈黙との間合いが
なくてはならないだろう。
見まわせば政治家や元都知事

までが、電気の「つぶやき」を発しているが、私は新聞の短い川柳のつぶやきを愛する。たった十七文字の言葉だが、こちらには創作の呻吟が窺える。他意を持たない言葉の素手の人々の姿が清々しい。

 

呟きに「右往」「左往」の 夜明け  福田朋明

 

オスプレイが気を使いつつ 落ちてきた 上野キミ子

 

夢の中やさしい声で話す妻  田中勝子

 

 三番目のふつうの句もいい。」(201729西日本新聞)

 

毎日新聞の川柳も良い。西日本新聞の「ニュース川柳」も必ず読みます。そして、その力量に驚きますが、すっきりと理解できます。

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大型犬の管理は [街で]

 

 

「犬にかみつかれて

世の中、何が起こるか分かりま
せん。先週末、福岡市の西鉄高宮
駅前で歩いていたら、散歩中の大
きめの犬にいきなり襲われまし
た。とびかかられてかみつかれ、
ギャアと叫び、大転倒。しばしぼ
うぜん。痛くて立てません。
座り込んだまま、その犬を連れていた子どもたちを呼び止め、連絡先を尋ねます。厚めのタイツごしに、みるみる血が広がってきました。(以下略)(トコ=コラムニスト)」(201729西日本新聞

 

子どもたちだけに大きな犬の散歩をさせるのはどうかとトコさんは言います。だが、大人でもあります。私が犬と散歩していると大声で近づいてきた人がいます。大人二人が猿轡をはめられた犬を追っかけてきました。我が家の犬に向かってきたのです。二人でも追いつけずに遅れてきたのです。「ちゃんと管理してください」というと、気をつけていたのだがという。ですが、大人二人でやっと抑えているのです。また、お年寄りが引きずられるように散歩していることがあります。大型犬を飼うのは自由ですが、管理できるかどうかよく考えて欲しい。

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丹前と火鉢 [生活]

 

 

図書館で『本の時間を届けます』という本を見掛けました。そのなかに田尻久子さんの名前があり、熊本の橙書店・オレンジの店主とあります。この本ではいくつもの書店・古書店が紹介されていますが、その名前にひっかかりました。しばらくすると西日本新聞の連載随筆の筆者ではと思いました。帰って新聞を確認しました。そのひとつからです。

 

「ストーブ 田尻久子

季節の中でいつが好きかと訊かれる と、迷わず冬だと答える。理由はいろいろあるが、いちばんはストーブかもしれない。小さな頃からストーブにへばりついて離れなかった。暖かいから、だけではない。上に載せたやかんから出るゆげ、燃焼筒の赤い色。灯油の匂
いや微かに聞こえるしゅしゅんという音。それらは、じんわりと身体を温める。そして冬の気配を色濃くさせる。真冬にはいつも丹前を着ていた。地方によっては、どてらとか半纏とか言うのかもしれないが、我が家ではたんぜんと呼んでいた。たんぜん着とかんと風邪ひくよ。お風呂から上がって薄着のままだと、そう言って怒られた。今は薄くて暖かい衣類がいろいろとあるが、昔の冬物は見た目も質量も重かった。綿が分厚く入っている丹前を着ていると、自分の体は思いのほかふくれていて、ストーブにくっついてしまうことがよくあった。「そがんくっつくと燃えるよ」いつも怒られていたが、
ある日、ほんとうに焦げていた。焦げたくらいなので、笑い話で済んだのは
幸いだった。
冬の間は、パンをストーブで焼く。
ちょっと目を離すと黒焦げになってしまうが、トースターよりおいしい気がする。餅も焼くし、魚もあぶる。なんなら煮炊きも出来る。熊本名物に蜂楽饅頭という、いわゆる回転焼きのような菓子がある。安価でおいしく、腹持ちがいい。小さい頃から何個食べたかわからないくらい食べている。今でも姉がよく買ってくる。帰省すると必ず買うと言うお客さんもいる。もしかしたら、熊本のソウルフードなのかもしれない。レンジなど家庭になかったころ、次の日に持ち越した蜂楽鰻頭は、炊飯器でじんわり温めるか、ストーブでこんがり焼いて食べていた。ストーブが好きなのは猫も同じで、いまでは我が家のストーブ前は猫で占領されているから、私は焦げるほどくっつけない。猫はと言うと、上で焼いている魚を狙って、たまにひげを焦がしている。(書店、喫茶店主。挿絵は豊田直子さん)」(201728日西日本新聞)

 

冬は嫌いです。ですが、ストーブの話には共感しました。一世代以上、上の私には幼い頃は火鉢でした。周りを子どもで取り合いでした。そして、丹前が燃えるよという話も分かります。蜂楽鰻頭は福岡にありますが同じような気がします。今も「半纏」を着ながらこれを書いています。

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野良ビト [貧困]

 

 

野良ビトとは、野良猫からきた造語だという。河川敷に暮らすホームレスに対して近所の街角に「野良ビトに缶を与えないでください」という看板を見たという設定なのです。2020年のオリンピックを念頭に置いた格差、貧困、差別の道具として使われるのがテロ対策という名の取り締まり法の「共謀罪」を想起させる仕掛けになっています。次のような会話がされます。

 

「すでに政府はそういう、怪しいとみなした人間をすぐ拘束できるっていうテロ対策の法 案を、通そうとしてるんです。その法案が通れば、だれがいつ捕まっても、おかしくない状況になりますよ。証拠がなくても逮捕できるんだから

そんなんおかしいだろ、なんもやってねぇのに、」なんでおれらが捕まんだよ?

「おれらはもう、人扱いにされてねぇんだな」

徳田さんのつぶやきに、柳さんが渋面を浮かべて応えた。

「国も、やるこた一緒だってことだ。町の人らと」

その言葉に川島さんはうなづき、

「あのマンションができてから、周りの町はあからさまに変わりましたね、あ、そんなこ

としていいんだ、相手が生活に困ってようと、なんだろうと、自分にとって不可解でイヤな ものは、目の前から排除していいんだって思っちゃったわけです。この国全体が恥知らずな不寛容に流れていったのと、連動してますよ」

「ぼくは、そんなこと許しませんよ」

吐きだすように言った木下の声が震えていた。」(『

野良ビトたちの燃え上がる肖像

野良ビトたちの燃え上がる肖像



』木村友祐)

 

 

ほんの先の未来を示唆する小説です。明るい社会ではないですが・・・。

 


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図書館は委託になじむのか [読書]

 

 

最近も図書館の民間業者への委託や時間延長の話がありました。費用対効果の発送なのでしょうが、どうなのでしょうか。

 

「みんなの広場   本の持つ大きな力を確信=図書館司書・63歳

新聞201724

 

童話作家の村上しいこさんの講演会に参加した。5年ほど前に本紙で村上さんの壮絶な子ども時代の話を読み、私は号泣した。切望していた通り、本人からお話を聞くことができた。

幼い頃からの継母の虐待、学校でのいじめ。食事も十分とらせてもらえないためパンを万引きし、家出を繰り返し、更なる虐待が。唯一自分に戻れる時間が学校の図書室での読書だったという。「赤毛のアン」や「ハイジ」を読み、幸せになるという希望を持つことができ、自殺を思いとどまることができたと思うと話された。

会場は大きなため息と涙でいっぱいだった。村上さんのお話を聞きながら、本の持つ大きな力を確信した。「本は独りぼっちだった私に友達を連れてきてくれた」とも語られた。子どもたちに本を手渡す者として、本の力を更に強く信じる自分になりたいと思った。

 

図書館には経済効率とは無関係なものがあると思う。時間延長や休みを減らせという意見もありました。毎週1日休みというのもどうかとは思いますが、カフェがあり、時間延長が言いますが、そこに働いている方の働き方はどうなるのかと気になります。

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バレンタイン商品 [作業所]

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障害をもつきょうだいとして [障がい者問題]

 

 

少子化の時代、障害者のきょうだいはどんな悩みを抱えているかという新聞記事が掲載されていました。障害者団体でも「親なきあと」として語られますが、親が元気なうちは顕在化しませんが・・・

 

日本てんかん協会の投稿欄に次のような「きょうだい」の悩みが掲載されていました。きょうだいの立場で入会されていますが、親は入会しなかったという。

 

「私は 病気の弟を、自分で、きちんと受け止めたかった。 そして、私自身の言葉で、私の人生に関わるで あろう人たちに話したかったのです。

 

きょうだい頼り?

時は流れ、父が亡くなり、弟は母と二人暮ら し、私は結婚し遠方で暮らしています。あえて、 近くに住まないことを選びました。私たち夫婦 も老後を考える年代となり、弟が一人暮らし なった時の対応も考えるようになってきまし た。父が亡くなってわかったことは、私たちに 迷惑をかけないと言っていたので、すが、実態は 丸投げだったということ。夫に「なぜ~? 」と問われでも、私の頭も混乱し、いさかいとなったりします。「姉なのになぜ、知らない?」、夫の言葉 が胸に刺さります。私がいけないのか…? 私もこうなることを予感し、折にふれアドバ イスしてきました。しかし、それがいつしか、姉が何とかしてくれるのではという気持ちにさせていたのかもしれません。(一部引用)」(『波』2017.2月号)

 

親としては娘に後を託したいがきちんと話せずにいたのでしょうか。家族だから難しいのもあるのかもしれません。

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「軟弱」でいけませんか [寛容な社会]

 

 

「男らしさ」と言われると身構えます。

 

「今天中国~中国のいま(14) 「男らしさ」の教科書20170201日西日本新聞

 北京の街角で時折、通勤ラッシュの時間帯ではないのに大渋滞している場所がある。小学校子どもを迎えに来た親たちの車が殺到しているためらしい。

 一人っ子政策が長く続いた中国。とりわけ男の子は大切にされ、1980年代生まれは「小皇帝」と呼ばれた。その世代の知人男性ですら「僕だって小学生のころ、1人でバスに乗って帰宅していました。最近の男子は過保護ですよね」。

 「女漢子」(たくましい女性)という言葉が生まれる一方、「男らしい男子が減っている」と心配する向きが一部にあるようだ。

 南京市の中高一貫校は昨年、男子生徒を対象に「おとこ気」を養うクラスを新設した。地元紙によると、体力の向上や紳士のマナーを教える。きっかけは新入生を対象にした軍事訓練。音を上げた生徒の半数以上が男子生徒だったという。上海では「男らしさ」を教える小学生向けの教科書が初めて発行された

 軟弱化の原因分析はさまざまだ。(以下略)」

 

どうして性別役割を強調するのでしょうか。古代、狩りは男の仕事だったからか。戦も・・。

今の私はさらに「オトコらしい」ことはほとんどできません。固い栓をあけるのも妻頼りです。右手の麻痺があるからです。先の記事では、「男らしい男が減っている」という。なぜ、男らしさが減ったら困るのでしょうか。軟弱化が男らしさを失うことであれば、不要なレッテル貼りにつながるように思うが・・・。性別役割の固定化はどんな社会になっていくのでしょうか。

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8050問題とは [障がい者問題]

 

 

友人からのメールでは、昔の同僚が昨年4人亡くなったという。がんと脳卒中だという。気をつけなさいというものですが、こんな話題が増えてきました。

 

「迷惑を掛けず 終活は親の愛  75

 かねて「終活」に関心がありました。夫77歳、私75 歳。いつ何があってもおかしくない高齢者です。
終活問題を真
剣に考えていたとき、本紙の「終活7割が前向き」を読み、家族に迷惑を掛けたくないと思っている方が多いのだなあと思いました。

今年、私たちは生前整理をするつもりです。2人暮らしで、3年前から少しずつ終活を始めました。まず、お隣さんへの落葉などの迷惑を考えて、境界の大木10本を伐採。次の年は15坪ほ どの小屋を解体。もったい
ないと思いつつ、湯飲み、
コップ、皿を各30個残して、 全て破棄しました。 昨年は夫のゴルフ会員権を長男に譲りました。今後の人生を考えての前向きな準備です。今年は畳替えを考えています。葬儀費用など、お金の準備も必要です。今できることをできるうちにやっておこうという考えです。安心して最期を迎えられるようにしておきたい。「終活」は本紙にもあったように「親の愛」でもあるのです。」

2017128西日本新聞

 

終活という言葉がありますが「8050」問題というのもあるそうです。障害者・ひきこもりなど子どもが50歳なれば、親が80歳代になり、切迫化しているということのようです。詳しい方は教えてください。

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