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生涯現役の人が・ダウン症で高校生になった子 [障がい者問題]

 

 

「最後の客を「またね」と送り… 96歳、女ハスラー逝く

 

【荻原千明】大阪市阿倍野区のビリヤード場・保名(やすな)倶楽部を70年間にわたり営み、その半生が舞台にもなった「浪速の女ハスラー」南川千代(ちよ、本名・千代子)さんが心不全のため死去した。96歳だった。遺志により葬儀は行わなかったが、「偲(しの)ぶ会」を25日に開く。

 千代さんは先月19日、店が開く午後2時に窓際のいつもの席に座った。1942年ごろの開店当初から磨き続けた黒檀(こくたん)のビリヤード台の傍ら。40年ぶりに来店したお客さんを夕方近く、「またね」と笑顔で送り出した後倒れた。2日後の21日午後9時29分、大阪市内の病院で息を引き取った。

 20年ほど前から包装紙を折り畳み、小さな「星」をたくさん作っていた。「亡くなったら自分の周りにまいて」と話していた。星への願いは「死ぬまで働きたい」。その通りの一生だった。星は棺(ひつぎ)に納められた。(以下略)」

 

私の年になるとこの生き方はカッコイイと思えます。10年前だったら感じなかったかもしれませんが。日野原重明さんは、老いないためには創(はじ)めることの必要を述べ、96歳から俳句を始めたことなどを語っています。

 

「(声)ダウン症の娘の制服姿に感動 47歳

 

 ダウン症で重度の知的障害がある娘は今春、特別支援学校高等部1年生になった。初めての制服、初めてのスカート。足を広げてしまう娘が心配で、制服を着せることがなかなか出来なかった。

 スクールバスの停留所で友達の制服姿を見たせいか娘は突然、制服を出してきた。行動も娘からの言葉。「私も制服が着たい」。そう、聞こえた。足を広げても大丈夫なようにスカートの下に黒のレギンスをはかせた。歩くとスカートのひだが揺れ「きれい」と娘が言った。私が「制服、似合うね」と言ったら、娘がニコッと笑った。制服姿の娘はとても凛々(りり)しく見えた。

 娘が生まれた時、ダウン症について無知だった私はショックだった。毎日の生活の中では大変なこともたくさんある。でも娘との試行錯誤の毎日は、何だか面白くて楽しい。私はお金では買えない心豊かな人生を、幸せを、娘からプレゼントされたと思っている。」(2013517日朝日新聞)

 

出生前診断ではダウン症団体にも、非難、中傷があったそうです。日本が成熟した民主主義国家でないことを最近の出来事は示しています。決して、政治家だけの問題ではないと思います。主権者は国民ですから。

ダウン症の問題では「きれいごとではすまない」という意見をいくつも見ました。たしかに、ご苦労が多いと思います。しかし、老化し、認知症になることもあります。避けられるから産まないのだということであれば、どういう社会になっていくのでしょうか。住みにくい社会こそが問題なのに、当事者を非難するなど許しがたい行為だと思う。こうした差別的な行為をなくしていくことも社会の大事な仕事ではないかと思う。

 

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いっぷく

私の昔の上司が、次男の方がダウン症で
今も関係の団体の役員です。
その方曰く、あるとき、次男が行方不明になり
必死で探したら、勝手にバス停まできていて
くたびれて座り込んでいた、
そこにいた人から人づてに知らされて駆けつけたとき
「ああ、私たちは人様のお世話になりながら生きていかなければ
ならないのだ」と思ったといいます。
私はダウン症の子供はいませんが、
火災で妻子が心肺停止で担ぎ込まれ、とくに長男が
いったんは植物症の診断を受けた経験があるので
人間はいつどこで、「人様のお世話になりながら
生きていかなければならない」立場にならないとも限らないし
他人の身になって考えられる心の豊かさも必要であることを
身を持って知りました。
今の世の中、何かと口実をつけて他人を排除する傾向が強いですね。
差別というよりもっと無原則というか「明日は我が身」かもしれない
ことに対しても他人事のように見なして排除する。
いつか自分にかかってくるかもしれないのに。

by いっぷく (2013-05-18 03:35) 

すずめちゃん

ありがとうございます。
そうですね。
もっと自分の問題として考えてもらいたいですね
by すずめちゃん (2013-05-18 11:18) 

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