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忘れている人生が山ほどなのに [認知症]

 

 

 

「オトコの介護 何とか1人暮らし3年半

電車を降りて自宅まで約5分の帰り道、父(81)携帯電話を鳴らした。きょうはどうだろう、近頃は電話を取るのも難しくなっている。、おっ、
珍しい。ちゃんと出た。 「何してる?」「今どこよ」 「会社から帰る途中だよ」「これから来んの(来ないの)?」 「平日だから無理だよ」「そうや、ごめんごめん」「また 近いうちに帰るから」
父は15年前に母が亡くなっ て以来、鹿児島市の実家で1人暮らしだ。201311月、アルツハイマー型認知症と診断され、その後も介護保険制度の訪問介護ヘルパーやデイサービス(通所介護)施設などを利用して何とか1人暮らしを続けている。散髪や歯科受診などはケアマネジャーさんと電話で相談しながら、予約や同行するヘルパーさんの、段取りをつけてもらう。自宅のある福岡市から帰省するのは月に1回ほど。福岡県内に住む兄(54)と交代で検診に付き添い、施設側との介護検討会に同席する。
帰省したときの夕食は車で 5分のスーパーの総菜が定番 だ。おかずを並べて、さあ食べようというとき、父が「どら、トイレに行たっくつで(行ってくるから)」とソファか ら立ち上がろうと・・・いや、立ち上がれない。前のテーブル
の縁を持ち引き付けるように、反動をつけながら、ようやく立ち上がった。一層脚力が失われているのが分かる。おもむろに台所の方に向かう。そっちじゃないよと思っていると、冷蔵庫のドアを開けようと手を掛けた。慌てて「違うよ」と声を掛けて、トイレの方に導いた。

いよいよ1人暮らしが危うくなってきたなあ。そう考えながら福岡に戻った。周囲に支えられ約3年半。その生活を壊す事故が父を襲ったのは1カ月後だった。(SF)

 

認知症の父親の遠距離介護を記者(52)がつづる。2014年、1516年に掲載した連載の続編。木曜掲載。」(201746日西日本新聞)

 

この連載をよく読んでいるつもりです。それは教科書でなく実践編だからだと思いますが、内容を記憶しているかと言えば自信がありません。

私は、幼いころの記憶が少ないです。病気のせいかどうかは分かりませんが、今を生きるのに大した不自由はありません。ですが、認知症を恐れています。記憶が無くなるのではと言う漠然たる不安です。

 

「覚えてる」って大切

だが、私のことはこの日、クリスティーンはセミナーの間は、わからないようだっつた。少しさみしい気がした。だが、彼女の「結婚相談所に、電話して!」の表情にはっとして、以前、彼女 が言った言葉を思い出した。

「覚えているかと聞かないでください。覚えていることがそんなに大切でしょうか?私は、今を、この瞬間をこんなに楽しんでいるのに。そのことが大切だと思うのに」その通りだと思い直した。そもそも私たちは生まれてからこれまでの人生のことをすでにたくさん、忘れている。もちろん現実に、家族や大切な人に私の名前や存在も思い出してもらえなくなったらどんなにか切ないだろう。その経験のない私にはわからない。けれど、彼女の「覚えていることがそんなに大切でしょうか。私は、今を、この瞬間をこんなに楽しんでいるのに」という言葉は、改めて、重く私の胸に響いた。」(『希望の人びと』)

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