So-net無料ブログ作成

与田準一氏を思い出した [自分史]

 

 

まさかこんな人脈で与田準一氏が出てくるとは・・・。

 

「近況往来  児童文学作家 岩崎京子さん

 

淡い藍色の入った久留米絣のブラウスコートを羽織りローヒールの靴でトー
クショーの舞台にさっそう と現れた。代表作「かさこじぞう」など多数の作品を'送り出してきた児童文学のペテランも現在、94歳。

父は筑後の人間で、私 が小学生のころ修身の教科書に(久留米絣の祖の)井上伝が載っているのをめざとく見つけて大喜びしましてね。何かと筑後を娘に宣伝して爆弾三勇士も自慢。この辺に来ると懐かしい」長年の友人、絵本作家の長野ヒデ子さんを対談相手に先月、福岡県大木町で開かれたイベントでは筑後地方との関わりや創作についておっとりとした口調でざっくばらんに語った。(略)

筑後地方とは縁が深い。 自身は東京生まれだが、父の故郷が旧三井郡大城村 (現久留米市)。児童文学の世界で師事したのも旧瀬高町出身の与田準一氏。 「きちんと日本語の勉強 をしなさいと言われ、ご自宅の玄関に原稿を置いてきては翌週取りに行くといった具合でね」文学は人間を書くものだ。もっと窓を開けて世間をみなさい、とそれは怖い先生だった」

井上伝の半生を描いた小説「久留米がすりのうた」など各地の民話や伝統文化を取材し、すがすがしい筆致の作品で定評がある。目下、
福岡県北部の芦屋ゆかりの話を素材にした物語に取り組む。旧東海道沿いにあった横浜の腰掛け茶屋が古い伊万里焼を大事に使ってい

なたのを不思議に思って話を聞き、芦屋との縁を知った。 「幕末に芦屋の商人が茶わん船を仕立てて売りに来 ていたそうです。ご飯炊き
で少年も乗り込んで。その 少年が主人公  

ね」と水を向けると、すかさず「東京じゃ 詳しい資料がなかなかなくて、芦屋に行って取材しないとね」。ひょうひょうと言つてのけた。(神屋由紀子)」( 201745日西日本新聞)

 

岩崎京子氏のことは名前は知っていますが、詳しくは知りませんでした。与田準一氏は若い頃、瀬高町の隣の当時の八女郡水田村の下妻小学校の教員をされたということで作詞されたと聞きました。作曲はかの有名な中田喜直氏です。校歌ができたのが1953年。この年には筑後地区の大洪水があり、それでたまった土砂で「築山」ができたとHPで記されています。そこで築山に駆け上った記憶がよみがえりました。

005.JPG

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0