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家族でなくとも [高齢者]

 

 

日曜日はNHKスペシャルでは認知症が取り上げられていました。ですが、年寄りも含めて自分の問題として考える人は少ない気がしています。それが介護問題の根幹に影響していないのか。そんな思いが最近強くなってきました。年寄りの問題を取り上げる人の少なさがあると思います。業界筋の方は多いのですが、その範囲外の方が少ないように思います。介護保険では軽度者は対象外と言うか、自治体任せになっていますが、認知症のことでは介護度が軽い人も多くいます。そうすると、介護度の判定基準は今のままでよいのかということになります。このように漠然とした老後の不安は年寄りを重たく包んでいます。

 

「(声)語り合う相手がいる老後は幸せ 80歳 2017324日朝日新聞

 

 生前に一面識もなかった人の七回忌の法要に招かれた。故人は身寄りのない老人。法要を取り仕切ったのは、バングラデシュ出身の大学准教授とその家族だった。その場に故人の血縁者は一人もいなかった。

 准教授の一家は十数年前、生きる意欲を失った故人と知り合い、7年間、実の親子以上の深い付き合いをしてきたという。准教授が年寄りをたぶらかして財産を奪おうとしていると、うわさする人もいたようだ。だが、孤独だった故人は、この家族と幸せな老後を過ごし、97歳で亡くなった。財産と言えるような遺産などなかったようだ。

 准教授は無宗教だそうだが、自分が喪主となり、故人を希望通り仏式で送った。そして6年間、お仏飯を供え、朝晩、仏壇に手を合わせてきたという。七回忌には、故人の思い出を語り合えるよう故人と親しかった人を招いた。准教授と故人のつきあいに興味を持っただけの私も、招いてもらった。

 法要に出席し、幸せな老後とは、周りに語り合える人がいることだとつくづく感じた。相手は必ずしも家族でなくていいのだとも。」

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