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なぜ切れるか [寛容な社会]

 

 

新聞の投書からです。

 

「切れた老人の激しさに不快  67

バスを待っていると、2人のおばあちゃんがおしゃべりしながら列に並んだ。おしゃべりはバスの中でも 続いた。 途中から乗り込んできた おじいちゃん。しばらくし
て、突然彼女たちに怒鳴り始めた。「やかましいと思 っている人もいるんだ」。それは、頭の血管が切れるんじゃないかと思うほど激しいものだった。そんなに気になるほどでもなかったのに・・・。車内にいた20人ほどの客の間に、 急に不快な空気が漂った。注意するにも、もう少し冷静にできないものか。最近、切れる老人が多いとか。 激しさを目の当たりにして
びっくりである。 思い出してほしい。子どものころのじいちゃん、ばあちゃんには、優しい雰囲気が漂っていたではないか。われわれも人生経験を生かして高齢社会を楽しく生きるべきである。」(201745西日本新聞)

 

私が住む場所は昔のニュータウンです。主力は高齢者です。昼間のバスでは、スーパーの近くのバス停から乗り込むおばあちゃんや少ないがおじいさんもいます。顔見知りがあればおしゃべりが始まります。お年寄りなので声も大きくなります。耐えられない人もいるでしょう。降りるバス停になってもしゃべり続けている人もいますので、バスもスムーズに進みません。そんな光景をよく見かけます。若い人には耐えられないかもしれません。切れる年寄りにも、様々な生活条件があるでしょう。一人暮らしかもしれない。急いでいるのかもしれない。子どもの声がうるさいという人も少なくないという。ワンマンバスのマイク音がうるさいという人もいます。ですので、車外に音声が出ないようにしているバス停も少なくないです。すると、視覚障がい者にはバスが来ているかどうか分かりません。運転手が確認するようにはなっていますが。

ですが、周囲を驚かせるほどになると・・・。乗り物での赤ちゃんの泣き声さえ遠慮しないといけないという話も聞く。世代をつなぐ赤ちゃんさえ拒むのはなぜか。それは、高度成長期以前にはなかった風景ではないか。

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