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後ろ姿 [高齢者]

 

 

 

「ニュース川柳

・星野さん燃え尽きたんだねやすらかに

雨のごと米軍ヘリが降ってくる

・民意より我が意ばかりが先を行き

・明日見えぬ仮設に春の音遠く」(2018113日西日本新聞)

 

新聞の女性投稿欄からです。

 

「紅皿  父母の後ろ姿

父の携帯が壊れた。「店に予約を入れたので、連れて行ってくれないか?」両親と住む兄から 電話があった。父は半年ほど前に車の免許を返納した。病により、記憶がおぼつかなくなりつつある父と、長年の山仕事で足が変形し、動きが不自由な母は、今も農業を続けており、そんな2人を 兄はよく世話してくれている。 約束の15分前に実家に着き「おはよう!来たよぉ!」と、勝手口から入った。ん?居ない・・ あれ?どこだと外を見ると、庭先の石垣に並んで座る2人の後ろ姿があった。いつからその場所で私が来るのを待っていたのか。母の足が悪くなったころ、父は「俺の所に嫁に来たばっかりに・・俺のせいだ」と、行く先々でも母のバッグを持ち、先回りしては母の履物をそろえていた。数日前には「いろいろなことを忘れてしまう。早く死ななきゃ皆に悪い」と、それはそれは何とも悲しい顔をして言っ

た。幸い耳の遠い母には聞こえていなかった。老いてゆく互いを慈しむ。2人の姿は、夫婦の在り方を、私に教えてくれているような気がした。「待たせたねえ、行こうか?」と言いながら、笑顔で振り向く2人に近づいた。(55歳 自営業)」(同前)

 

親は早く逝かないと子どもの負担になると思い、子どもは「生きている」だけで良いと望む。そんな老後でありたいが、どうだろうか。

 

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未知への不安 [高齢者]

 

 

「クローズアップ現代+」で将棋の羽生善治さんと囲碁の井山裕太さんを取り上げていました。国民栄誉賞の二人から人工知能(AI)が将棋なりの奥深さを教えてくれるという認識だったことを知りました。羽生氏の『人工知能の核心』を読み始めたばかりでしたので参考になりました。

 

高齢者には避けられない「人生のしまい方」の投稿を考えてみます。

 

「人生のしまい方 (会社員・68歳)毎日新聞201818日 西部朝刊

 この町に越してきて、30年近くになる。休日、平日を問わず自分の部屋から庭越しに道路を眺めていると、ほとんど人通りがない。たまに車が通るくらいで庭に遊びに来る小鳥の数の方が多いようだ。この町も人も老いてきたと思い知らされる。

 越してきた当初は、夜遅くまで人通りがあり、子供の歓声も聞こえていた。最近では、ご近所でも家を売り、子供の家や老人ホームに転居する人たちも出てきたし、1人暮らしという人も増えてきた。私たち夫婦も、これからを真剣に考えなくてはならない時期にきた。

故郷に帰り、余生をとも考えたが人生のしまいはどこで暮らしても同じである。やはり、健康で自活ができる限りはこの地で住み続けることになるだろう。

こんな話を聞いたことがある。老いて妻の余命がいくばくもないと知った夫が全財産を処分し子供に「西へ行く」と伝言して消息を絶ったという。その方たちがどういう最期を迎えたのか想像も困難であるが、私には、夫婦の理想的な人生のしまい方ではないかと強く思った。

今、月に1度のペースで故郷の特養ホームにいる母を見舞っている。90歳を超え、認知症を患い、息子の顔さえわからない。心身とも壮健だった母でさえそうなった。老いた身にはいつ、何が起こるかわからない

 しかし、取りあえずは日々、心身を健康に保つように努め、充実して過ごすことしかあるまい。その毎日の生活の中で、自身にとって一番いい終わり方を模索し続けたい。」

 

老いを自覚し、体感すると、予測以外のことが身体的・心理的に襲ってきます。

 

「老いの自覚

自分が老人であると自覚する主観的な年齢は個人差が大きく暦年齢とは必ずしも一致しない。通常,身体的徴候,老眼,毛髪の変化皮膚のしわ,体力の低下などから老いの自覚(老性自覚)が始まる。また 社会的体験たとえば職業からの引退配偶者や近親者との死別、出生などによっても老いを自覚させられる。」(『中高年の心理臨床』)

 

予想以外のことが立ちはだかり、とまどいます。そして、いつまで生きるかという予想もできないので、その日暮らしだと思います。今日もたっぷり時間はあります。

 

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あくせくせず [高齢者]

 

 

新聞の投稿欄からです。

 

「西日の輝きに人生を重ねる  54

仕事をしている部屋はこの時季、西日が入る。西日でもその光は暖かく、ありがたい

最近、夫とよく話す。「2人でいられて良かったね」と。昨年、夫は大病を患って緊急入院。あの時、私は1人になるかもしれなかった。今年、私は原因不明の不調に陥った。根気は要るが、体質改善に取り組んで いる。 夕方、スーパーに行くと 助け合いながら買い物をす る老夫婦を見掛ける。長い人生を共にしてこられたのだと温かい気持ちになる。私たちは子育てが終わり、孫もできた。人生の後半に差し掛かったのだ。窓に差す西日の輝きに、人生

への思いを重ねる。やがて、日は沈む。けれども、まだ頑張れる。西日は夕焼けと いう美しい景色も生む。 私たち晩年の景色は夫と 2人して穏やかにつくって いければ幸いである。人の 幸せとは、いるべき人がそこにいることである。 西日は斜陽ではない。」( 20171216日西日本新聞)

 

さしずめ私の西日はとうに大分傾いています。

次の投稿も共感することが大です。

 

「あくせくやめ 足元見直そう  84

福岡県久山町で町政の指標に、自然環境や人間関係、健康を数値化する試みが始 まるそうだ。犬鳴山に連なる奥まった場所だが。九州大学と協力した大規模な健康調査など、ひと味変わった町だなと思っていた。ヒマラヤ山中の王国ブータン。国内総生産(GDP)に替わる国民総幸福量(GNH)を国政、民生の指標にしているそうだ。地勢的に発展しようのない小国の負け惜しみと言う人もある ようだが、真実は知る人ぞ知るである。 富の蓄積競争を生きがい  にする人は多い。しかし仕事に精を出すのも、蓄財に知恵を絞るのも、詰まるところは豊かな暮らしを求めるためであろう。稼ぐあまりに命をすり減らしては、本末転倒である。アベノミクスがスタートして久しい。三本の矢もよかろうが、経済成長、物価2%アップは何のためか。私たちも、そろそろ立ち止まって考える時が来ているのではないだろうか。」(同前)

 

物価2%上がっても庶民はそのまま負担増になっています。

 

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後継者を失って [高齢者]

 

 

新聞の投稿欄からです。

 

「大相撲と政界おごり目立つ  78

九州場所も横綱白鵬関の前人未到の40回目V40で終わった。横綱、大関の休場続出の中、満員御礼。そこで九州場所を振り返ってみた。今場所も終わってみればまた白鵬。「またか」の感は否めないが、一人横綱で不振の横綱・大関陣に代わり、場所を最後まで盛り上げた存在は特筆に値する。不世出の 大記録を樹立した大横綱に間違いはない。まだ32歳、50勝も夢ではない。

.張り差しはやめてよ 白鵬、横綱でしょ。

右左と張り差しが出る。相手は顔をそむけ、ぐらつく。近年技が荒々しくなった感がある。30歳を過ぎ て「先の先」を意識しているというが、下位の者は横 綱に張り手はできない。堂々の真っ向勝負を望む。

 一、政界とかけて大相撲の世界と解く。その心は1だし強多弱のおごりあり。あの「待った要求」。おごり、りである。安倍首相にも目立つ。トップは品格と風格にが要求される。白鵬関も心してほしい。」(20171216日西日本新聞)

 

「張り差し」はダメだといっても禁止されているわけではありません。白鵬にしてみれば勝つためのことをしているだけ。禁止されてはいないという思いでしょう。それはふさわしくないとすれば横綱は禁止すればよい。それは協会の仕事です。相撲人気を支えてきたのはモンゴル勢ではなかったか。その自負も彼らにあるのではないか。後継者育成という困難な仕事は農業でも瀬戸際のようです。

 

「後継者もなく ミカンを切る   71

最後の収穫を終えた段々畑。50年前、私が嫁に来た当時、ここは松林でした。 あのころは石炭全盛時 代。県内に炭鉱もあり、松は坑木に利用されて需要も多かった。でも、昭和40年代、全国的にミカン栽培が始まり、わが家も乗り遅れまいと苗木を松林に植えた。まだ若くて元気だった義父母と日参し、開墾した畑でミカン栽培。周りの雑木林もミカンに変わった。活気にあふれた時代でした。あれから50年、世の中は変化し、栽培に汗を流した農家も高齢化。それに追い打ちをかけるように、後継者不足は深刻です。 昨年まではこなせた農作業。私ら2人とも今年が限界と悟り、段々畑のミカン は切り倒すことを決断しました。作業が大変で、放棄するしかありません。定年後の夫はこの畑が大のお気に入り。静かで気分爽快と。でも、来年早々には切られ、その後はセイタカアワダチソウが席巻する。致し方なし。体力の限界と後継者不足には逆らえません。諦めます。」(同前)

 

これもまた私たちが選択した道なのでしょうか。

 

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耐えるだけでは [高齢者]

 

 

新聞の投稿欄からです。

 

「紅皿 夫婦の絆

健康が取りえで病気らしい病気もせず元気だった夫が難病にかかり、ほとんど寝たきりになってしまった。 役に立つかもしれないと取得したヘルパーの 資格が、まさか夫に生かされるとは思いもしなかった。今までは二人三脚でしてきたことが私に全部のしかかったのである。朝早く起きて家事を済ませ夫を起こし、歯磨き、洗面をさせ、朝食を取る。さっさと後片 付けをし、洗濯、掃除を済ませる。天気の良い日は気分転換になるだろうと、夫を車椅子に乗せ外出する。沈みがちな夫のために明るく振る舞い、楽しい話をしながら1時間近く散歩をさせる。一番しんどいのが入浴介助で、体を洗い、入浴させ、着替えが済むころには気が張っていた私の体がへたってしまう。こうした介護がいつまで私にできるかは分からないが、一番苦しいのは夫。縁あって一緒になった仲、歌の文句ではないが「どんな苦労にも耐えてみせます」。そんな気持ちで毎日を過ごしている。夫が寝た後、好きなコーヒーを飲みながらテレビを見るのが日課になった。(主婦-70歳 熊本県玉名市)

 

人生には予定になかったことに出会いますね。耐えるだけではきついですね。

次は、認知症や障害者にとってはとても大事なことです。

 

「成年後見の欠格条項削除へ

政府、与党は30日、知的障害 や認知症などで成年後見制度を 利用する人が資格や免許を取れなくなるといった各種法律の「欠格条項」についた、原則として削除する方針を固めた。制度の利用をためらう要因になっていると指摘されており、見直すことにした。来年の通常国会への関連法案提出を回指す。 欠格条項は、成年後見の利用者は判断能力が不十分なため、業務に支障が出る可能性があるとして設けられている。公務員や薬剤師、保育士などの資格や 免許を中心に約200項目ある。(以下略)」(同前)

 

後見人制度を旧民法の禁治産者という発想でつくったからでしょうか。当事者の能力が問題なのではなく、支援があればできるという考えに変わっていくのでしょうか。

 

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いい呆け方? [高齢者]

 

 

幼年期にいい母子関係があった人はいい呆け方をするという。(『なぜ、男は老いに弱いのか』三好春樹)。私にはこのことが良く分からない。

 

「幼年期がよかった人、つまりいい母子関係に包まれていた人は、ちゃんといい呆け方ができると思う。だっていくら呆けていて何もわからなくなっても、赤ちゃんのときと同じように母親さえいてくれれば安心していられるからだ。 フロイトは、無意識は胎内と生後二歳までで作られると言っている。いい呆け方をする人は無意識が豊かな人である。胎児と幼児のときに母親への信頼関係があれば、 それは世界への信頼関係になる。なにしろ、胎児と幼児にとっては母親が世界そのものなのだから。世界への信頼のある人は、呆けてここがどこで自分が誰かさえわからなくなっても安心していられる。周りの世界、つまり介護者に頼ればいいからだ。問題はその信頼に応えるだけの技量を、私たちが持っているかどうかだけれど。しかし、こうした世界への信頼のない人は、不安でしょうがない。なにしろここはどこなのか、自分は誰なのかわからず、周りは自分をだましたり傷つけようとしている人たちばかりになってしまうのだから。痴呆性老人の、世界への拒否とも見える自閉的問題行動の根拠はここにある。」

 世界への信頼ないのでいい呆け老人になれそうにないと諦めるのは早い。

 続けて

「過去は変えられる

おいおい、それじゃ今さらどうしょうもないじゃないか、という声が聞こえてきそうである。過去はやり直せないし、母親を選んで生まれてくることもできないか。老いと付き合えるかどうかが少年期と幼年期、さらには胎児期で決まってしまうというのならそれは宿命論と同じではないか、と思われるかもしれない。 確かに宿命としか思えないケースは多い。先に挙げた作家たちもそうである。しかし、異常とさえ思えるような特別な場合を除けば、救いはあると思う。なぜなら、過去とは事実ではなくて記憶だからだ。私たちは事実ではなく、無意識に選んだ事実やときには思い込んだことを過去としてしまい込んでいる。だから過去は変えることができるのだ。 」(同前)

 宿命の例として江藤淳氏のことが挙げられています。

「一九九九年、評論家の江藤淳が自死した。彼は次のような遺書を残した。

〈心身の不自由は進み、病苦は堪え難し。去る六月十日、脳梗塞の発作に遭いし以来 の江藤淳は形骸に過ぎず。自ら処決して形骸を断ずる所以なり。乞う、諸君よ、これを諒とせよ。〉」

 

脳梗塞発症以来、相当の不自由を抱えていたのだろうか。いい呆け方というのも簡単ではなさそうです。

いい呆け方?

 

幼年期にいい母子関係があった人はいい呆け方をするという。(『なぜ、男は老いに弱いのか』三好春樹)。私にはこのことが良く分からない。

 

「幼年期がよかった人、つまりいい母子関係に包まれていた人は、ちゃんといい呆け方ができると思う。だっていくら呆けていて何もわからなくなっても、赤ちゃんのときと同じように母親さえいてくれれば安心していられるからだ。 フロイトは、無意識は胎内と生後二歳までで作られると言っている。いい呆け方をする人は無意識が豊かな人である。胎児と幼児のときに母親への信頼関係があれば、 それは世界への信頼関係になる。なにしろ、胎児と幼児にとっては母親が世界そのものなのだから。世界への信頼のある人は、呆けてここがどこで自分が誰かさえわからなくなっても安心していられる。周りの世界、つまり介護者に頼ればいいからだ。問題はその信頼に応えるだけの技量を、私たちが持っているかどうかだけれど。しかし、こうした世界への信頼のない人は、不安でしょうがない。なにしろここはどこなのか、自分は誰なのかわからず、周りは自分をだましたり傷つけようとしている人たちばかりになってしまうのだから。痴呆性老人の、世界への拒否とも見える自閉的問題行動の根拠はここにある。」

 世界への信頼ないのでいい呆け老人になれそうにないと諦めるのは早い。

 続けて

「過去は変えられる

おいおい、それじゃ今さらどうしょうもないじゃないか、という声が聞こえてきそうである。過去はやり直せないし、母親を選んで生まれてくることもできないか。老いと付き合えるかどうかが少年期と幼年期、さらには胎児期で決まってしまうというのならそれは宿命論と同じではないか、と思われるかもしれない。 確かに宿命としか思えないケースは多い。先に挙げた作家たちもそうである。しかし、異常とさえ思えるような特別な場合を除けば、救いはあると思う。なぜなら、過去とは事実ではなくて記憶だからだ。私たちは事実ではなく、無意識に選んだ事実やときには思い込んだことを過去としてしまい込んでいる。だから過去は変えることができるのだ。 」(同前)

 宿命の例として江藤淳氏のことが挙げられています。

「一九九九年、評論家の江藤淳が自死した。彼は次のような遺書を残した。

〈心身の不自由は進み、病苦は堪え難し。去る六月十日、脳梗塞の発作に遭いし以来 の江藤淳は形骸に過ぎず。自ら処決して形骸を断ずる所以なり。乞う、諸君よ、これを諒とせよ。〉」

 

脳梗塞発症以来、相当の不自由を抱えていたのだろうか。いい呆け方というのも簡単ではなさそうです。

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老いとの折り合いは [高齢者]

 

 

老いとの付き合いが良いのは・・・。

 

「老いに適応しやすい条件

①金、地位、名誉と縁がないこと

進歩主義を信奉していないこと

「自立した個人」にこだわらないこと

 

それぞれの理由については前述してきたとおりであるが、こうなると「自立した個人」で、いつまでも若々しくて老いることのない「進歩主義者」で、「金、地位、名誉」を持った人ほど、老いた自分とは付き合えなくなることになるのだが、でもこんな人ほどマスコミにも登場する現代の理想的人物像ではなかったのか。 それに比べると私の経験してきた介護は、老いたときの自分と付き合うためには実にいい仕事であった。まず、金にも地位にも名誉にも縁がない。介護ビジネスを興して所有する株で大もうけしようとする人も現われたが、周知のとおり大コケしてしまったから、当分は介護と金もうけは縁が遠いだろう。」(『なぜ、男は老いに弱いのか』三好春樹)

 

どうも危ういらしい。だが、今から変われと言われても難しい。厄介な年寄りが増えたと諦めてもらうか。

 

 

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想起記憶が [高齢者]

 

 

記憶の低下と言っても、中身をみればいろいろと分かれるようです。

 

「石原(2008)によると短期記憶とワーキングメモリーでは加齢の影響が異なる。すなわち短期記憶は加齢の影響は少ないのに対して ワーキングメモリーは加齢の影響が大きく,高齢になるほど低下すると いわれている。すなわち,情報の一時的な保持には加齢の影響は少ないものの保持しながら処理する機能は加齢の影響を強く受けるといえる。」(『中高年の心理臨床』)

 

ワーキングメモリーとは何か。ウィキペディアでは次のように述べています。

 

「ワーキングメモリ(Working Memory)とは認知心理学において、情報を一時的に保ちながら操作するための構造や過程を指す構成概念である。作業記憶、作動記憶とも呼ばれる。ワーキングメモリの構造や脳の関連部位を調べる研究が多数行われている。一般には、前頭皮質、頭頂皮質、前帯状皮質、および大脳基底核の一部がワーキングメモリに関与すると考えられている。」

 

買い物・振り込め詐欺などはワーキングメモリーの働きが関与しているという。

 

「ワーキングメモリーは,学習,会話,推論,計算など,さまざまな知的活動を支えている。それゆえ,ワーキングメモリーの低下は,高齢者のさまざまな生活行為の遂行能力を低下させる可能性がある。たとえば, 買い物や契約締結など経済行為能力は,ワーキングメモリーとの関連が指摘されている(松田, 2011) さらに,近年,わが国の大きな社会問題となっている「高齢者の振り込め詐欺被害」とワーキングメモリーの関連も指摘されている(永琴ら,2009;斎藤,2011)」(『中高年の心理臨床』)

 

私の場合は次の自伝的な記憶が失われていると思います。深いところではあると思いますが、過去のエピソードを思い出すのは困難です。それに持病が影響したのかどうか分かりません。

 

「ところで,エピソード記憶のうち,個人に特化した出来事の記憶は,自伝的記憶(autobiographical memory)と呼ばれることがある。自伝的記憶は,高齢者の心理臨床の重要な技法のひとつである回想法 (reminiscence therapy)で扱われることの多い記憶である。高齢者の 自伝的記憶は,体験した時期や体験に伴う情動のタイプによって,保持や想起の程度に違いが生じる可能性が示唆されている(Rubin 2000; 2003)体験時期との関係では,最近の出来事ほど高齢者は想起しやすいようである。ところが,体験時期と思い出せる出来事の量との関係は,必ずしも直線的ではない可能性が示唆されている。」(同前)

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聞こえずらい [高齢者]

 

 

私も幼いころからの中耳炎などもあり、それに加齢による難聴など聞こえは悪い。75歳までに相当数の人が聞こえずらくなるという。まず、高い音が聞こえにくくなるという。分からないが子どもの声はどうだろうか。

 

(2)聴覚機能の加齢変化

聴覚機能も,加齢とともに低下する(Maddox 1987/1997 ) 加齢が 聴力低下に与える影響はすべての音刺激に対して一様ではないことも 明らかになっている。すなわち,音の周波数によって加齢の影響が異なることが知られている。一般に,高齢者は高周波の音(一般的に高い音)ほど聞き取りづらくなることが知られている。70歳を超えると8キロHz以上の高周波の音を知覚するのに20代の若年者よりも大きな音の圧力 (音量)が必要となることが明らかにされている(日本建築学会,1994) 」(『中高年の心理臨床』)

 

聞こえにくい人の社会生活への影響はどうでしょうか。

 

「聴覚機能の低下は,会話における誤解や聞き間違えなど, 高齢者の意思疎通に大きな影響を与えるからである。そのため,高齢者の中には,本人は意図しなくても,周囲から「無視している」と誤解されたり,また,他者の言動や心情を誤解したりしそれが元で対人関係 のトラブルとなることがある。人と人とのつながりは,高齢者に限らず,どの世代の人々にとっても重要である。特に,高齢核家族化が進展した今日,高齢者の対人関係の維持や円滑なコミュニケーションは重要である。聴覚機能の低下によるさまざまな誤解が高齢者の孤立や孤独感を招かないようにしなければならない。」(同前)

 

 

この本を読んでいたら知能検査として広く使用されている (WAIS)の最新版では「言語性知能指数 (VIQ)と動作性知能指数( PIQ)が廃止されたという。時代は変わっている。。

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脳の重さは [高齢者]

 

 

テレビを観ていて「もみじ饅頭」の話になった。ところが広島の世界遺産の神社の名前が出てこない。しばらくして厳島神社が出てきた。出てくることもあるが出てこないことも増えました。

こんな指摘を見つけて納得しました。

 

(1 )中年期の身体・精神機能の変化

身体機能の低下は,頭髪,皮膚,眼の調節力,聴力(特に高音部) 筋力など多くの面に現れる。30歳時を100とすると, 60歳時には基礎代謝率が90,作業量が80,心拍出量(安静時)80弱,肺活量が70強, 最大呼吸能(随意)60強,神経伝達速度が90強,身体水分量が90, 腎透析率が80強,腎血祭流量が60強,と低下する。性機能については, 女性は50~ 55歳に閉経が起き,男性は50歳前後から性的能力が低下する。脳の重量は,湿重量乾重量とも, 30歳頃から明らかに減少する,90歳近くになるとピーク時に比した脳重量の減少率は湿重量が16.7%,女13.9%,乾重量が男21.2%,女19.3%,となる」(『中高年の心理臨床』)

 

老いは避けられない。

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