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夕暮れは心細い [街で]

 

 

今でも心細い。

 

「夕暮れ 田尻久子

夕暮れどきが苦手だ。夜の帳が下りるころ、空がだんだんと光を失っていくさまを見ていると心細くなる。誰もがそう感じると勝手に思っていたが、
そうでもないらしい
子供の頃から、そうだつたような気がする。昼寝から目が覚めた時に日が暮れそうになっていると、悲しくさえなった。暗くなるのが嫌だというわけではない。今日という日が終わるのが、物悲しいのだろ
うか。でも、夕日が沈んでいく姿には 見とれてしまうから矛盾している。 心細いと書いて、小さい頃のことを思い白した。祖父母の家に遊びに行った時のこと。近所の学校で、きょうだい達とかくれんぼをしていたのだと思う。気が付くと誰もいなくて、泣いて一人で帰ろうとしていたら、姉たちが
出てきた。いたずらだったらしい。前 後の出来事は覚えていないのに、無性 に悲しかったその瞬間だけが、はっきりと記憶にある。定かではないが、夕暮れ時だった気がする。
暮れていく時聞は心許ないが、完 全に闘がくれば平気になる。月が煙々 と浮かんでいれば、うっとりと眺める。 家に着いて玄関を開ける前は、月がどこに見えるか確認する。上弦の月、下
弦の月、三日月、満月。月は、満ちて いても欠けていても見飽きない。月仲 間がいて、特別な月が見える時は連絡がくる。いま、月見てる?それぞれの場所にいても見上げる月は同じ月だ。新しく引っ越した場所は、窓がたくさんあるので外の様子がよくわかる。近くを通る路面電車も見えるし、ランチに向かうサラリーマンの姿も見える。陽が陰って昼-から夕刻へと移り、少しずつ夜が空を侵食していくのもわかる。だから、仕事に追われていても、時間を忘れるということがあまりない。日が

暮れはじめると、近所の飲食店から美味しそうな匂いが流れてくる。階段の電気を付けたり、お客さんを見送ったりして外に出ると、ふいに匂いが届く。子供の頃帰り道に嗅いだ匂いを想い出す。だから、夕暮れ時もあまりさみしくはない。(書店、喫茶店主。挿絵は豊田直子さん) 」(201731西日本新聞

 

東京に行ったときに、その頃の就業時間は1730分だった。すぐに事務所を出ても冬場は夕暮れは終わり、街灯がついていました。福岡だとまだ明るい時間です。何か損した気分になりました。福岡の冬に向かう1730分は夕暮れでした。それは寂しい時間でした。誰にも言えない悩みを抱え込んで呻吟していた日々は心細い日でした。

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ホークスファームの隣に [街で]

 

 

 

福岡県筑後市の船小屋にホークスのファームがありますが、新幹線の東側に芸文館があります。私の故郷の近くで、通学路でした。

 

「南蛮トライ 「ちっちゃな幸福」見つけた 根本実香

その存在感に心を揺さぶられた。福岡県筑後市にある九 州芸文館。遠くの山並みと重なる屋根のカーブが印象的で 「スペイン人を連れできたら喜びそう」と直感した。彼らの豊かな食や建築物へのこだわりに日々接していると「自然に溶け込んだ暮らし」を好む人たちだと理解できる。
ここを訪ねたのは、お招きがあったから。地元の新鋭芸術家5人による企画展「感性の生まれいづるところ」が26日まで開催中で、現場統括として関わる映像作家・写真家の竹下和輝さん(28)とは以前からの知り合いだった。

聞けばこの建物、東京五輪のメインスタジアムを手掛ける建築家、隈研吾さんの作品 だとか。強烈な個性より、自然環境む溶け込む建築を考案してきたという隈さんの志は
スペインでも認められ、グラ ナダの自治体主催の国際コンペで最優秀賞を獲得。今、ザクロ(スペイン語でグラナダ) を模した劇場の建築計画が進行中だ。 竹下さんには周辺も案内してもらった。お米がおいしく 炊ける船小屋温泉の炭酸水、 地元のクスノキから樟脳を作るおばあちゃん、古賀と名の付く飲料会社がつくるコガ
・コーラ・。彼いわく「自然満喫フルコース」だった。
「人を呼ぶには、まずは自分の住む土地のストーリーを知ること。それが大切なんです」。そんな思いで芸術を通した地域づくりを志す彼のオフィス名は「POCOFUKU」という。ボコはスペイン語で「少し」。「ちっちゃな幸福」とは、控えめな彼にも、仕事はほどほどに食事や余暇を存分に楽しむスペイン人の人生観にもぴったりだ。

思わぬ場所でスペインと出合った一目だった。(スペインコーディネーター日福岡市&バルセロナ市住)」( 29224日西日本新聞

 

遠くの山並みは耳納(みのう)連山だと思います。低い山のつながりですが、育ったものには見るだけで落ち着きます。船小屋温泉の鉱泉と呼んでいた。小脳の手作りなど筑後地方特有の生業が生き続けています。

一度は芸文館と船小屋温泉を楽しんてもらいたい。

 

 


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下町では 葬式もにぎやかに [街で]

 

 

「署名3万7563人分提出 反原発8団体、佐賀県に 玄海原発再稼働巡り20170217日西日本新聞」。意思表示することが大切な時代のように思います。

 

小椋佳さんの育った環境の話です。 

 

「私だけの東京・2020に語り継ぐ

シンガー・ソングライター 小椋佳さん 権威なんか しゃらくせえ

毎日新聞2017215

 僕は東黒門町(東京都台東区上野)の料理屋の長男で30代末まであの辺に住んでいました。その後は山の手に暮らしていますが、上野の辺りが突然懐かしくなることがありますね。(略)

そんな育ちだから僕も町人かたぎで、権威なんかしゃらくせえってところありますね。お袋の気質を受け継いだのか、ミュージカル公演でも何でも、損を考えずお金をぱっと使っちゃうところもありますから。

東京大の法学部を出て銀行に入ったのは、官僚なんかって思ってたからです。地方出身の同級生には、天下国家を動かす人間になってみせるなんてのが結構いたけど、そういうこと言われると白けちゃうんですよ。

サラリーマンだって、うちの料理屋に宴会に来て、社長とか上に立つ連中が威張っているの見ると、ばかばかしくて。偉くもないのに偉ぶりたいんだなって。そういう人が裏に回って白紙の領収書くれっていうんですから、なんだこれ?と。

だから、父も母も政治家、官僚、サラリーマンが大嫌いでした。でも、僕は銀行のサラリーマンになっちゃって。オヤジは「お前、サラリーマンになるの? 俺も昔『赤字銀行』に3カ月勤めて辞めたけど、お前、もつわけないよ」って。赤字銀行なんて、うそですよ。お袋も僕の勤め先なんてどうでもいいって感じで。

お袋が59歳で糖尿で亡くなった時、僕はアメリカ留学中で死に目に会えませんでした。しばらくして帰国し、お骨納めをしたんです。近所の人が集まって「(母の名)トクちゃん、にぎやかなのが好きだから」って宴会を催してくれ、酔っ払って皆で墓に向かいました。山の手じゃ考えられないですね。【聞き手・藤原章生、写真・藤井太郎】」

 

博多の町人の葬式もかつては、つらい人生に別れたのだから「めでたい」と祝ったという話を聞いたことがあります。真偽は分かりませんが・・・。小椋佳さんの生き方を支えているのでしょうか。

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本屋の衰退は [街で]

 

 

少し古い投稿ですが・・・

 

 「がん乗り越え 余生を楽しむ 79

 

 日本相撲協会の北の湖理事長が直腸がんによる多臓器不全にて、62歳の若さで逝去された。心から哀悼の意を表したい。 小生も昭和6110月、50歳時に理事長と同じ直腸がんを患い、人工肛門となった。5年後、肝臓に転移、その2年後には肺がんで、いずれも患部を切除しほっとしていたところ、また2年後に狭心症となった。いよいよ年貢の納め時かと、覚悟しましたが、回復。以来、今日まで30年、明るく楽しく「今日も元気だ、たばこがうまい」と日々を元気に過ごしています。30年前の担当医の「おまけの人生、大切に過ごしてほしい」の言葉に従い、今日一日一日を家族に感謝している。「病は気から」と気力を失わないよう、余生を大いにエンジョイしたい。」(2015123日西日本新聞

 

図書館のにぎわいを知ると読書離れなのかどうか分からなくなります。現役世代は働くのが精一杯で本を買う余裕がないのかもしれませんし、読む余裕もないのかも。だが、スマホの浸透はやはり大きいのでしょうか。

 

「風車

垢抜けない本屋

 

講演会、カフェの併設、展示会、サークル活動、土映会の開催など、福岡の街中に並ぶ
本屋にはそれぞれの特長があり活気
がある。研ぎ澄まされた狙いの下、
合った客層を引きつける。古本を並べる店や通販をする店もある。立地や限られた条件の中で趣向を凝らす
姿勢は、世界に挑む若者のようで少
しまぶし過ぎる。

本屋は駅前にあるのが定番だった。電車やバスを待つ間に入って本を手に取る。毎日の通勤や通学の長く感じる時間を読書にあてるため、本を買う。駅を使う人は誰でも、高校生でも会社員でも雑駁な人々が気軽に立ち入ることができる場所が本屋だった。最低限の殿様商売ともいえる姿勢だけれどもペだからこそ入りやすかった。

店内には多かれ少なかれ、本の類 いだけがあった。店主の方針やこだわりが発揮されるわけでも特別に扱 っている本があるわけでもないけれど、週や月単位で発刊される雑誌などはちゃんとあった。ベストセラー
の本もあった。世の中の大まかなことは普通の本屋でっかむことができた。
誰もが、買うために、時間をつぶすために利用する欠かせない場所
だった。人々は垢抜けない店内の一隅を埋めて、同じく誰も垢抜けなかった。

個性がないということが悪のように語られる現在の風潮の中で駅前の本屋は淘汰されたのかもしれない。個性がなくても本はあった。決して敷居は高くなかった。人よりも秀でる必要はないと感じさせるところが本屋の個性だった。(八重桜)」(同前)

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大型犬の管理は [街で]

 

 

「犬にかみつかれて

世の中、何が起こるか分かりま
せん。先週末、福岡市の西鉄高宮
駅前で歩いていたら、散歩中の大
きめの犬にいきなり襲われまし
た。とびかかられてかみつかれ、
ギャアと叫び、大転倒。しばしぼ
うぜん。痛くて立てません。
座り込んだまま、その犬を連れていた子どもたちを呼び止め、連絡先を尋ねます。厚めのタイツごしに、みるみる血が広がってきました。(以下略)(トコ=コラムニスト)」(201729西日本新聞

 

子どもたちだけに大きな犬の散歩をさせるのはどうかとトコさんは言います。だが、大人でもあります。私が犬と散歩していると大声で近づいてきた人がいます。大人二人が猿轡をはめられた犬を追っかけてきました。我が家の犬に向かってきたのです。二人でも追いつけずに遅れてきたのです。「ちゃんと管理してください」というと、気をつけていたのだがという。ですが、大人二人でやっと抑えているのです。また、お年寄りが引きずられるように散歩していることがあります。大型犬を飼うのは自由ですが、管理できるかどうかよく考えて欲しい。

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便利さだけでは [街で]

便利さだけでは 「福岡県、職員120人削減へ 行革大綱素案、ICT活用で効率化 - 西日本新聞 」というが、減らしてばかりではどうなのでしょう。 次の意見に素直にそうだと思いました。それでも、現場では競争意識が勝つのかもしれません。Eテレの「団塊スタイル」で昔の喫茶店が復活の兆しだという。ですが、過日、福岡市の繁華街で探したのですが、以前あった店が2軒ほど消えていて、諦めました。ゆっくりと時間を過ごすというスタイルが消えていっているのでしょうか。 「(声)若い世代 働く人守るために意識変えよう 15歳 2017年1月20日朝日新聞  消費者にとって便利なサービスはたくさんあります。24時間利用できるコンビニ、ファミレスなどです。しかし、皆さん、「便利さ」を求めすぎていませんか。  サービス業の社員の長時間労働が問題になっています。それは便利さが当たり前となったことが原因かもしれません。  ネット通販では、頼んだものがその日か翌日に届くサービスがあります。そこで働く人たちにとって負担は想像するよりはるかに大きいはずです。それが、長時間労働や過労死の背景にあるのではないでしょうか。  宅配も、その日のうちに届くことが本当に必要でしょうか。速さが実は必要ではないサービスがたくさんあるはずです。消費者がサービス業の働き手のことを考えることで、働く人の命が犠牲にならずにすむのです。」
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ため池の役割 [街で]

 

 

私も筑紫地区に住んでいますが、池が多いと思います。現在どんな役割をしているのか知りませんが、多くの人の散歩コースになっているのは間違いありません。場所によっては昔の人が作ったいきさつを書いた池もあります。先人の苦労を知ることもできます。池は使っていないのだから埋め立てて宅地にしたらという意見もありますが、それはどうでしょうか。そんなことを考えさせる随筆です。

 

福岡都市圏の水騒動

福岡平野における農業史を精細にまとめた郷土史家・白水昇の労作「筑紫の歴史と農業」 (私家版、1975年刊)を読み返してみた。福岡都市圏を貫流する河 川の水利権についての記録が採集されていたことを思い出したからだ。 黒田長政の筑前入国直後から積極的な田畑造成が進められ、既存の村での開墾増収と並行して原野沼池の開拓による新しい村落6カ所をつくり、小早川時代には三十三万石とされた禄高を五十万石に引き上げた。特に那珂川と御笠川の左右両岸にある各村の増収が著しい。だが、耕地が拡大すれば、それに見合う灌漑水利を図らねばならない。藩政時代にあったと推定される福岡近郊の井堰は692カ所、ため池が341カ所。その主水源は那珂川と御笠川であった。ここで、川の上流と下流の村々の間に水利系統に基づく広域慣行が形成される。 例えば、那珂川下流の中原村は、 上流の上白水村に対して「米穀一石 五斗三升五合を毎年十二月に納入する」といった約定である。川の井堰 からの取水だけでなく、ため池から導水水する場合など、それぞれ個別に適用された。その代償の米穀は「作徳米」とか「池床米」と呼ばれたらしい。こうした約定がないまま勝手 に水路を作って取水し訴訟になったケースもある。

今、違法取水の水騒動で問責されているのは、川の上流側である。騒動の背景が、かつては農村の濯概用水だったのが、今は住宅地に供給する水道用水の問題に様変わりし、立場が逆転した。長年にわたって無断(違法)取水が続けられていたのは、江戸時代以来水利慣行と無縁ではないのかもしれない。(竹若丸)」(2016412西日本新聞

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端末になりたがっているようで [街で]

 

 

 

ニュース川柳

・来年の主役の烏は殺処分

・超予算使途の行方は不安定

・震災の傷癒えぬままカジノとは

・二刀流今年は笑顔止まらない」(20161227日西日本新聞)

 

 殺処分という言葉が怖い。

 

過日、会議で福岡市内に出ました。会議が少し遅れて学生のラッシュとかちあいました。地下鉄はなんとか掛けられました。優先シートにかける学生も含めてスマホに夢中のようです。1人だけまっすぐ前を向いてかけている人が目立ちました。

 

「気流

外食市場が縮んでいる。2015 の市場規模は約251800億円で 1997年のピークから約13%減少。コンビニ弁当など中食との競争激化が一因だが、 モスフードサービス会長の桜田厚氏は「中学生から携帯電話を持つようになり、各家庭が食費を削って通信費に回している」。得心がいった▽この春、2人の子供にスマホを持たせたわが家でも通信費が増大。格安SIMの活用などで工夫しても、毎月の支払い2万円を超す。通信大手3 社がそろって好決算との記事
に「値下げしてよ」と愚痴が出る▽先手を打ったのか3 は最近、割安な大容量プラン をそろって導入した。100ギガと一般の家族では使い切れないほどのプランを打ち出す一方、小容量から標準的なプランは料金据え置き。データ量は大盤振る舞いしても客単価は下げない戦略か。」(同前)

 

ヤフーのニュースのつくり方をテレビでやっていましたが、選択された情報だけでニュースを知ったように思うのはいかがなものか。新聞には、地域の動きや投稿・文化欄などもあります。記者のコラムには教えられます。新聞を読みなさいというとお金がかかりますといわれそう。スマホで失っているものもあるのではないでしょうか。通信費にこれだけ使いながら・・・。

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60年間の時が [街で]

 

 

「天神を行き交う人に愛され60年 喫茶プリンス11日閉店 」(西日本新聞)という。新天町の南通りの南側の平和楼の通りになると思います。若い頃によく行きました。近くににサンフカヤがありましたのでどちらかに寄ることが多かった。今月、新天町のギャラリー「おいし」も閉店するという。時の流れを感じます。

 

60年の時の滴語り尽くせず  72

何のために催すのか。誰 のための乾杯か。浮世を生 きてゆく上で、頼りになるのは友情と思い出ではないでしょうか。子ども福祉は頼りにならぬご時世です。「どうしてた?」「あれから何を?」と尋ねるのはやぼなこと。一時の滴に色あせた卒業写真から、お互いを見つけるのも難しい。頭は光り輝き、ある人はうまく年を重ねている。気付けば良き「ジジイ」「ババア」です。60年ぶりの昭和の30の瞳、小学61組、母のように慕った女先生や学びや。校庭の真ん中の大きなクスはなぜ?話題 尽きない。「そんなことあったんだ」。思い出の小箱を開き、消したり書き込んだりする自分がいる。精魂込めて年を重ねてきた。希望をかなえた入、夢に破れた人もあろう。わずかな時間に、人生は語り尽くせない。いつまでも余韻が残るクラス会でした。」(2016127日西日本新聞)

 

昨日、高校のクラス会の報告が届きました。写真を見ても誰かが分からない人が多い。それだけご無沙汰しているのでしょうが。新天町もギャラリーはまだ多いですが、喫茶店が少ないですね。天神全体でも、

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地味な取り組みを [街で]

 

 

博多駅前の陥没事故でテレビに露出していたのは福岡市長だった。ところが市長はよくやったという評価が多いのだという。だが、待てよ。事故の責任者ではないのか。

「花時計

 

JR博多駅前の道路陥没事故現場の「はかた駅前通り」を久しぶりに歩 いた。地面に気を取られ、
最初は気付かなかった
が、道の様子が変わって
いた。大きなケヤキの街
路樹がなくなっていたのだ▽樹齢は40年以上。枝は空が見えないほど伸び、夏場は強い日差しから守ってくれた。ツイッターで検索すると、かつての並木道の画像を載せている人がいた▽福岡市
に聞くと、78月に伐採したという。理由は歩道を広げる道路改良工事のためとか。オーブンカ フェなどを誘致し新たな
にぎわいをつくるという▽ならば、街路樹を残した方がよかったとも思うが、残すことは難しく、市は新たに若い木を植えたという。道路の陥没した穴は1週間で埋まったが、元の街路樹のように成長するには相当な時間がかかる。(塩入雄一郎) 」(20161121日西日本新聞

 

一方、北九州市の取り組みです。

原爆投下については、戦争を終わらせるために必要だったという論理があります。『妄想人生』島田雅彦著でも、次のように紹介されています。

 

「文明の野蛮

 

広島に原爆を落としB29「エノラゲイ」がアメリカの航空博物館に展示されることにな
ったが、原爆投下の件にはまったく触れないという方針が貴かれたそうだ。例によって、
「原爆投下は本土決戦を避けるために必要だった」とか「太平洋戦争の早期終結のためにや
むを得なかった」というアメリカの「定説」が退役軍人らのあいだで繰り返された。それら
の「定説」は原爆投下という非人道的行為を批判する芦が上がるたびに、その声を封殺する

方便として用いられてきた。大量殺数兵器がもたらす悲惨な結果に対しても、あくまで政治的判断の正しさを語ろうとする。この無神経は、自分たちが絶対善であるという信仰に由来するのだろう。逆に政治的に正しければ、原爆を落としてもいいという論法にもなる。」

 

北九州市では戦争資料館みたいなものを整備するために、当初、当時の小倉市が原爆投下予定地だったという資料を集めるという。地味なことですがとても大きいことだと思う。ついでにいえば、広島カープは優勝記念に広島市に5億円寄付し、1億円を原爆ドーム維持費にという。勝てばいいという考えではないのに感銘しました。

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