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知らない関係 [生活]

知らない関係

 

「情の通じ合った近しい人であればあるだけ、その故人に対し、あの時あの一瞬こうしてやっておけばよかったという、小さな慚愧の念がいつまでも残ってしまうのが常ではないでしょう/藤原新也」(『若き日に薔薇を摘め』)

 

「母の日テスト」が話題になっているという。「子ども自身が思っている以上に母親のことを知らない様子を浮き彫りにした内容だ」と報道されています。

下重暁子氏ならば「当たり前」ということのようです。

 

「私は『家族という病』という本の中で、お互いをもっとも知らないのが家族であり、知っていると錯覚しているだけと書いたが、家族幻想が大きければ大きいほど、ちょっ としたすれ違いで落胆も大きく、それが憎しみに変わる。殺人事件でもっとも多いのが 家族問であることを見ても明らかだ。 子供は守って育てる時期が過ぎたら、離れてゆくのが当然。親を乗り越えず成長し、親は二人に戻り、のちに一人になる。それを必要以上に、不幸だとか淋しいとか感じてはいけない。」(『極上の孤独』)

 

言われればそうですが・・。

 

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出版文化の次に [生活]

 

 

電車の中から新聞を読む人がほとんどなくなり、本を読む人も稀です。次の世代はスマホで文化が継承できるのでしょうか。磯田道史氏は江戸時代の出版文化について次のように述べています。

 

「ところが日本では仮名交じりの木版出版文化で、本で女性や庶民へ実学が広がった。識字率の高い、労働力の質の高い社会ができあがった。いわば「本」こそが日本を作ったといってよい。大砲が日本を作ったのではない。すぐに大砲も自動車も自前で作れるようになったが、この日本人の基礎教養は、長い時聞をかけて「本」が作り上げた。この点が重要である。 幕末の日本もまた、「本」が動かしたといってよい。長州のイデオローグにして、松下村塾で多数の人材を育てた吉田松陰は、万巻の書を糧として自らの思想を形成した人である。」(『日本史の内幕』)

 

スマホから流れてくる偏った情報に支配さるのではないかと危惧するのですが。

 

「報道自由度、日本は67

国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」(RSF、本部パリ)25日、 2018年の世界各国の報道自由度ランキングを発表、日本は前年の72位から 67位に順位を上げたものの 「慣習や経済的利害による束縛」「フリーや外国人記 者の活動制限」などの問題 点が重ねて指摘された。 メディアを「国民の敵」 などと罵倒するトランプ米大統領を含め、世界各国で報道を敵視する指導者が台頭。RSFは「事実に基づく議論を封殺する動きが拡大している」と警鐘を鳴らした。(以下略)」(2018426日西日本新聞)

 

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ゆっくりと [生活]

 

 

Eテレの講座でイタリアの諺として「ゆっくり行く者は無事に遠くまで行く」というのを紹介していました。「ゆっくり行く者」とは奥行きがあるようです。

 

新聞の投稿欄からです。

 

「投稿続けた母最期まで気丈  70歳

私は「こだま」に投稿させていただいていた小松うめの娘です。今年17日、母の93歳の誕生会を自宅で子、孫、ひ孫を含め16人で開きました。入院中の母も病院から帰宅許可をもらい、大変喜んで涙を流しておりました。その母が同18日に体調が 急変、翌日に亡くなりました。(略)

膵臓がんで入退院を繰り返しながら、年賀状も病院のベッドで毛筆で書き続けていました。死後、子や孫、ひ孫一人一人に宛てた遺書が出てきました。その用意周到さには驚きです。まさに、母の「こだま」にあった「最後のラブレター」です。最期まで気丈で立派な母でした。」(2018224日西日本新聞)

 

見事な生き方ではないか。忙しくも「ゆっくりと歩いた」方なのでしょうね。

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笑う [生活]

 

 

 

「(ひととき)祖母の「シャッキリ」 201846日朝日新聞

 20年近く働いたデパートの清掃員を退職することになりました。これから毎日休日だ、と気が楽になり、少し寂しさも感じたとき、とても久しぶりに、祖母の言葉を思い出しました。

 祖母は、自分の名前しか読み書きできない人でしたが、「桃太郎」や「さるかに合戦」のほか、「番町皿屋敷」や「忠臣蔵」といった難しい話も面白く語ってくれて、終わりはいつも、「ハサミシャッキリ、ナタヅカコッチリ」と締めくくるのでした。

 ハサミもナタも、仕事の道具。一日をしまう言葉だったのだろうと思います。祖母は、いつまでも遊びほうけている子供にも同じ文句で帰宅を促しました。それを聞くと私たちは何となく満足したような気分になったものです。(以下略)(無職 79歳)」

 

79歳まで働き続ける体力・気力の充実に驚きます。こういう方が増えているのでしょうか。

笑うことが好きという人も・・・・意外と笑っていないかも。

 

「笑いましょう幸せを求めて 71

笑うことが大好き。怒るより笑っている方がとても気が楽になります。先日の春秋に幸福度の話が載り、ある哲学者の言葉を紹介していました。「幸福な人は幸福だから笑っているわけではない。笑っているから幸福になるのだ」。その通りだと思います。

NHK朝ドラの「わろてんか」の最終回の言葉「笑っているから幸せなのではない。幸せになりたいから 笑う」には何度もうなずき ました。 (以下略)」(201847日西日本新聞)

 

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初めての年賀状 [生活]

 

 

女性の新聞の投稿欄からです。

 

「紅皿 「あんたもかわいいよ」

庭のサザンカの花がら摘みをしていると、つぼみや真っ盛りの花はきれいだが、茶色く枯れ た花を見ると、シミやシワ、白髪、薄毛と、老いの不安を感じる自分と重なってしまう。若いころは、小さくてやせていて「かわいい ね」と言われたこともあったけど、今は誰も言

ってくれない。自分の顔を鏡で見たくない。これから老いていく不安や病気になったときのことを考えると眠れないことがある。ツバキのように、ポトンと潔く散ってしまいたいと思うときもある。直そんなある日入院している母の病室を訪ねると、おやつを食べ終えた80代くらいのおばあちゃんがベッドにちょこんと座っていた。母に「あのおばあちゃん、かわいいね」と言うと、母も「うん。口が小さくてかわいいね」と言った。それをおばあちゃんに伝えると、「ありがとう あんたもかわいいよ」.と言ってくれて大笑い。(以下略) (臨時職員・58歳 福岡県嘉麻市) 」(2018127日西日本新聞)

 

まもなく後期高齢者になるので来年から年賀状をやめようと思っていたら、こんな投稿を読みました。

 

90歳で初めて 書いた年賀状 65

 テレビニュースで1枚の年賀状が紹介された。90歳 で初めて書いたというおばあちゃん。夜間中学校に通い、覚えたての文字で書かれたものだった。 女は学校に行かんでよか と、6人の妹弟の面倒を見 てきた。それが当たり前の 時代だった。文字で思いを 届けたいと、よわい90の女 性が読み書きを学ぶ姿勢は 新年にふさわしい。 私は5年ほど前に訪問し た北九州市の城南中学校 「夜間学級」を思い出した。 戦中戦後の混乱の中、十分 に義務教育を受けられなかった方々が小中学校程度の読み書きや計算を懸命に勉強されていた。70代の男性は読めない、書けないことを知っている同僚から連絡事項をわざとメモで渡されたと。転職したくても履歴書が書けず、学べなかったゆえの苦しさ、悔しさの胸の内も聞いた。「字を覚えたら堂々と歩けるようになった」「文字を知ることで人の生き方が変わる」と言われた。まさに「学ぶことは生きること」だった。」(同前)

 

いくつになっても向上心を持つ姿は神々しい。私の向上心はどこに行ったのだろうか。

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ちゃんちゃんこ [生活]

 

 

「ニュース川柳

・近未来クローン人間闊歩する

・仮想ならわが家も億万通貨あり

・安倍政権再び民を煙に巻き

・商魂に巻かれてないか恵方巻」(201826日西日本新聞)

 

私の家では「ちゃんちゃんこ」でなく「綿入れ」と呼んでいたと思います。

 

「【チャンチャンコ】ちゃんちゃんこ  樋口伸子

〈足るを知る老いの明け暮れちゃんちゃんこ〉。これは本紙読者文芸欄に掲載の原田初子という方の秀句。いいなあ、かくあらましと思えども、足りないことばかりに目が向くわが明け家暮れ、いかんなあ。

立春大吉といきたいところだが、厳しい寒気の戻りが心配だ。春はどこまで来たのやら。待、っていても仕方ない。ゆるゆる歩いて町角の春を迎えに行こうと、今様チャンチャンコの防寒ベストで本屋さんまで。 空のリュックを背にしたのは、新版の広辞苑を引き取りに行くためだ。何しろ私たちの日本語をいっぱい詰めて帰るのだから、さぞ重いだろう。帰路は腰の後ろに手を回し、赤ん坊をあやすように持ち重りのするリュックを揺すりながら歩く。チャンチャ ンコ、チャンチャンコと口から出まかせの拍子を取れば 足どりも軽くて調子ががいい。(以下略) (詩人)」(同前)

 

広辞苑の新版だけでなく広辞苑は重たいですね。そのミスが2か所というのも凄い。完璧を期したのだと思いますが・・・。わが家は昨年から電子辞書の広辞苑を利用しています。軽いです。便利すぎて忘れやすいのか、年のせいか・・・。

 

 

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肝っ玉猫の存在感 [生活]

 

 

NHKスペシャル「光と影 ふたりのダンサー~紅白 舞台裏のドラマ~ 」をみました。大晦日の紅白歌合戦で、「平井堅さんの歌「ノンフィクション」をダンスで表現した義足のプロダンサー・大前光市さん(38)に密着。大前さんと、今回のステージで振り付けを担当した辻本知彦さんとの熱い創作の日々を描く。」とホームページで説明しています。大晦日の場面をたまたま観ていたので印象に残っていました。義足かどうかは分かりませんでしたが・・・。(説明があったかもしれませんが・・・)

 

毎日新聞の「人生相談」でも評判の渡辺えりさんの朝日新聞「ひととき」の感想です。

 

「(渡辺えりの心に残るひととき)「肝っ玉猫の思い出」 犬と猫、「家族の姿」に感激

2018122日朝日新聞

 

 ■犬と猫、「家族の姿」に感激

(略)

 最後に、何度読んでも大笑いした文章を紹介したい。末吉美恵子さんの「肝っ玉猫の思い出」(12月15日)である。弱虫だけど縄張りを誇示する犬を、「肝っ玉」猫が助けたという話。文章が見事。種族を超えた本当の「家族の姿」を描いていて感激した。

 

 ■肝っ玉猫の思い出(2017年12月15日付)

 私の子供時代、「ミリ」という名の猫を飼っていた。弱虫でやたら縄張りを誇示する「ルル」という犬もまた、同居していた。

 ある時その犬が、あろうことか大型犬にほえかかり、深追いしてしまった。当然のごとく、返り討ち。相手に組み敷かれ、「キャンキャン」と哀れな鳴き声をあげるありさま。

 その時、オロオロする私の前をむささびのように飛んでいったのは、猫のミリだった。いきなり、ルルを押さえていた犬に体当たりしたのだ。攻撃された犬は驚き、とびのいた。その隙に哀れな犬は逃げた。

 小さな猫は全身の毛を逆立て、背中を大きく持ち上げ、「シャー」といううなり声と共に、威嚇のポーズ。にらみつけたまま、ジリッジリッと間合いを詰めていった。その迫力たるや。戦意喪失した犬は、しっぽを巻いて退散した。

 一方、ミリに駆け寄ったルルは、「フーッ」という一言で、ふがいなさを怒られた。その様子は笑えた。(以下略)(北九州市 主婦 70歳)」

 

どこかで見たような既視感に苦笑いしました。

 

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「健康という病」かな [生活]

 

 

年が明けても体調がすっきりしません。ふと目に留まったコラムです。

 

「『健康という病』そうか、納得

肩凝りがひどい、目がかすむ、 コレステロール値が高い、夜中に何度も起きる、更年期でパツとしない・・・。体の不調を書き連ねたらきりがない。 そこで、改善を期待して、薬 やサプリメントを朝晩飲んでいる。ある食品が脳の若返りに効果がある、とテレビで放送されたら、しばらくはその食品を食べ続ける。とにかく健康でいたいとジタバタしている。

そんな中、「健康という病」 (幻冬舎新書)という本を見つけた。書いたのは1932年生まれの作家、五木寛之さん。タイトルが心に響いた。 五木さんは、この国では全員が、常に健康でなければならないとおびえすぎているのではないか、と警鐘を鳴らす。 人にはそれぞれ適した生活方法がある。13食・早寝早起きが健康といわれるが、彼は明け方まで執筆して昼まで寝て、 食事は11食半程度だが、それですこぶる調子が良いという。(以下略)(トコ コラムニスト)」(2018118日西日本新聞)

 

目がかすむ、耳が遠くなった、夜中に起きる、血圧が高い・・・・。それらが重なり外出も億劫になっていました。「健康という病」とは見事な表現です。テレビで健康法というのが次から次へと紹介され、それらをやっていたら1日でも足りないぐらいです。出かけた先の書店に寄ったら入口に「健康という病」(文庫)が並んでいました。手に取りましたが今日の目的は葉室麟さんの追悼フェアがあっているのではという予測があったので、元に戻しました。奥の文庫コーナーにフェアのコーナーがありました。

「五木さんは、この国では全員が、常に健康でなければならないとおびえすぎているのではないか」という。先のテレビもそうですが、毎日、血圧や歩数を記録し、調子がいい悪いと決めつけている私も「健康という病」の兆候が・・。

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先のオリンピックの頃 [生活]

 

 

新聞の投稿欄からです。

 

「限界知るのも 人生には必要  76

遠い昔のこと。福岡・平和台陸上競技場の近くに福岡大学の二部校舎があった。そこで司法試験を受験した。猛勉強で青い顔をして試験開始まで六法全書に没頭する受験生ばかり。体 重90キロ超の私の存在は不可解だったろうと反省する。 私の親友は十数回の受験の失敗で、自ら命を絶った。苦しい毎日だったろう。私は近隣の子どもたちにスポ ーツでも学問でも目標を立て、粘りに粘り続けることが成功への道と諭している。一方で、早い機会に能 力の限界を知ることもまた 大切と思う。親の客観的な 判断も必要となる。本人は 能力の限界を知っても、途中で諦めるという決断をすることは難しいからだ。困難な国家資格を突破してスタートする誇り高き人生。早い機会に給料を得て、徐々に能力を高めていくサラリーマン人生。いずれも人生に変わりはない。万分の一の可能性はできれば避けたほうがよい。職業に貴賎はない。どんな道でも家族の幸せを第一に、黙々と生きることが肝心だ。」(2017104日西日本新聞)

 

私の職場でもこの頃福岡大学の夜間部に通う人たちがいました。大学卒の資格も欲しかったのかもしれませんが、学ぶことにも飢えていたと思います。高卒採用がまだ主流だったころの話です。間もなく高卒採用はなくなりました。貧しさがまだ共有されていたともいえるのでは。職業に貴賤はないが、格差はあります。公務員や大企業と中小企業では年金の格差にもつながります。自分がどういう道を選ぶかだと思います。納得して。

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老松神社  [生活]

 

 

西鉄下大利駅絡む電車に乗るときに歩く道の傍に神社があります。公民館の前ですがいつもは急いでいるので神社があるという認識はありましたが、どんな神社かは知りませんでした。見ると「老松神社」とあります。説明板には菅原道真ゆかりの神社とはありますが、詳しくは分かりません。正月だからかきれいにされていました。そういえば近くの御笠川吹きにも老松神社があったと思って検索すると「道真公が大宰府に流されたときに上陸した地」のような説もあるという。他にも、福岡市や山口県などにも同名の神社があるというので詳しいことは分かりませんでした。

 三が日に地元の神社を改めて訪ねましたが、どこもきれいに清掃して大事にされていることに感銘を受けました。維持していくのも大変だろうと思いました。

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