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時間が追いかける [生活]

 

 

 

 

「仲畑流・万能川柳  毎日新聞201742日 東京朝刊

☆印は秀逸(仲畑貴志選)

死にそうとメールしたのに了解と 千葉 姫野泰之

先生の「今日はここまで」だけが好き 宝塚 忠公

独居でもトイレに鍵の几帳面 武蔵野 竹とんぼ

立ち止まること許されぬラッシュアワー 座間 ぼうちゃん
(以下略)」

 

東京のラッシュで後ろから押し込まれた乗車した記憶は消えません。

 

「(声)都会と田舎、流れる「10分」違う 37歳 201744日朝日新聞

 

 ある朝ラジオをつけたら、どこかの首長さんが、鉄道のダイヤ改定で、ある区間が「10分」も短縮された、と誇らしげに話していた。その「10分」が物流や企業活動に恩恵をもたらすという。

 私は田舎町で86歳から2歳まで、4世代9人家族で暮らしている。この暮らしの中の時間軸と、ラジオから流れる時間軸とのあまりの違いに少し戸惑う。

 2歳の子は、おやつのヨーグルト食べるにも、スプーンを振り回し、食卓を汚し、あっという間に「10分」経つ。足の悪い大ばあちゃんが、部屋から玄関までたどり着くのにも「10分」かかる。

 その「10分」で、都会では町を一つ越えてしまうのだ。どちらがよくて、どちらが悪い、という話ではない。

 ただ、経済活動を巡る時間の効率化を重視する考え方が、世の中の主流になってしまうと、少し息苦しいな、と思う。」

 

長崎新幹線は着工されたが、在来線より26分短縮するという。投資額は2600億円超。さらに実質的には10分超しか変わらないという。たかが10分。されど10分。

三池炭鉱 024.JPG

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ソウルフード [生活]

 

 

キムラヤの閉店は福岡マスコミで大きく扱われました。

 

「作家 東山彰良

衝撃が走ったのは、先月の
ことであった。なにがって?久留米の老舗パン屋、キムラヤが一月いっぱいで閉店するって話に決まってるじゃないか!いや、ぶっちゃけ、わたしには衝撃でもなんでもなかった。なぜって、わたしは筑後地区に暮らして二十年以上なるのだが、キムラヤのあの
キャベツしか入ってない、ホットドッグとは名ばかりの 「ホットドッグ」にも、久留米人が愛してやまないあのメ ロンパン,もどきの「まるあじ」 にも、まったくお世話になってないからだ。お世話になってないのだからして、なんの思い入れもない。キムラヤの閉店も、資本主義における弱肉強食の淘汰なのだとすんなり腑に落ちる。が、わたしの周囲の震憾っぷりったらなかった。わたしは小説を書くかたわら大学でも講義をしているのだが、久留米出身の同僚などはソッコーで親に電話をかけ、どこからどう見てもホットドッグなんかじゃないあの「ホットドッグ」を買いに走らせた。(略)

やはりあの筑 後版「ホットドッグ」のこと をぼんやりと考えるようになった。ざっくばらんに言えば、 この「ぶれぶれ草」を担当してくれている記者さんもこれ
また久留米に縁があり、わた しは一度彼があのまったく美味そうに見えない「ホットド ッグ」を大量買いしているの を目撃したことがある。この温度差はいったいなんだのぺ.答えは簡単。キムラヤ

の「ホットドッグ」は彼らのソウルフードなのだ。ソウルフードだからして、その食い物が魂にまで浸透していないわたしのような部外者には、彼らの喪失感や悲しみはわからない。」

2017227西日本新聞

 

ラジオでは「資(すけ)さんうどん」という北九州市発祥の八幡のある店が閉店するので福岡から食べに行った話をしていました。この店は福岡市近郊にも今はあります。ですが、福岡だと、牧のうどんがソウルフードだろう。個人的には柳川の「ガネヅケ」。カニを塩漬けしたもの・単にからいだけなのに懐かしい。子どものころを思い出すからかもしれません。

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丹前と火鉢 [生活]

 

 

図書館で『本の時間を届けます』という本を見掛けました。そのなかに田尻久子さんの名前があり、熊本の橙書店・オレンジの店主とあります。この本ではいくつもの書店・古書店が紹介されていますが、その名前にひっかかりました。しばらくすると西日本新聞の連載随筆の筆者ではと思いました。帰って新聞を確認しました。そのひとつからです。

 

「ストーブ 田尻久子

季節の中でいつが好きかと訊かれる と、迷わず冬だと答える。理由はいろいろあるが、いちばんはストーブかもしれない。小さな頃からストーブにへばりついて離れなかった。暖かいから、だけではない。上に載せたやかんから出るゆげ、燃焼筒の赤い色。灯油の匂
いや微かに聞こえるしゅしゅんという音。それらは、じんわりと身体を温める。そして冬の気配を色濃くさせる。真冬にはいつも丹前を着ていた。地方によっては、どてらとか半纏とか言うのかもしれないが、我が家ではたんぜんと呼んでいた。たんぜん着とかんと風邪ひくよ。お風呂から上がって薄着のままだと、そう言って怒られた。今は薄くて暖かい衣類がいろいろとあるが、昔の冬物は見た目も質量も重かった。綿が分厚く入っている丹前を着ていると、自分の体は思いのほかふくれていて、ストーブにくっついてしまうことがよくあった。「そがんくっつくと燃えるよ」いつも怒られていたが、
ある日、ほんとうに焦げていた。焦げたくらいなので、笑い話で済んだのは
幸いだった。
冬の間は、パンをストーブで焼く。
ちょっと目を離すと黒焦げになってしまうが、トースターよりおいしい気がする。餅も焼くし、魚もあぶる。なんなら煮炊きも出来る。熊本名物に蜂楽饅頭という、いわゆる回転焼きのような菓子がある。安価でおいしく、腹持ちがいい。小さい頃から何個食べたかわからないくらい食べている。今でも姉がよく買ってくる。帰省すると必ず買うと言うお客さんもいる。もしかしたら、熊本のソウルフードなのかもしれない。レンジなど家庭になかったころ、次の日に持ち越した蜂楽鰻頭は、炊飯器でじんわり温めるか、ストーブでこんがり焼いて食べていた。ストーブが好きなのは猫も同じで、いまでは我が家のストーブ前は猫で占領されているから、私は焦げるほどくっつけない。猫はと言うと、上で焼いている魚を狙って、たまにひげを焦がしている。(書店、喫茶店主。挿絵は豊田直子さん)」(201728日西日本新聞)

 

冬は嫌いです。ですが、ストーブの話には共感しました。一世代以上、上の私には幼い頃は火鉢でした。周りを子どもで取り合いでした。そして、丹前が燃えるよという話も分かります。蜂楽鰻頭は福岡にありますが同じような気がします。今も「半纏」を着ながらこれを書いています。

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交通寸断 [生活]

 

 

介護事業の倒産、昨年1・4倍増 2年連続で最多更新20170111日西日本新聞

昨年1年間の介護サービス事業者の倒産件数(負債額1千万円以上)が前年比1・4倍の108件に増え、2年連続で過去最多を更新したことが11日、信用調査会社の東京商工リサーチのまとめで分かった。

 介護分野への相次ぐ参入による競争激化のほか、事業者に支払われる介護報酬が2015年に引き下げられたことや、慢性的な人手不足が主な要因とみられる。全産業の倒産件数はバブル期以来の低水準で推移しており、介護事業の厳しさが目立っている。

 同社によると、介護事業者の倒産件数は12年から増加傾向にある。15年には76件と、介護保険制度が始まった00年以来過去最多を記録していた。」

 

バス旅の番組が好評というが、地方のバスは廃止が続いています。鉄道も、新幹線が通れば在来線は第3セクターに移管。そして乗客減少で無人駅の増加など負のスパイラルに。ホームの無人化も増えています。

 

「(声)鉄道の廃線、本当にいいのか 75歳 201718日朝日新聞

 

 鉄道のローカル線は維持困難だと廃線を打ち出す動きが、JR北海道をはじめ相次いでいる。百年の計あっての判断だろうか。目先の赤字を減らすためだけの地方切り捨てではないだろうか。

 廃線により、地方の過疎はますます進む。一つの町や村が寂れて消滅することは、先人が営々と築いてきた知恵や文化、自然との共生が消えてしまうことだ。

 地方から届く海の幸や山の幸。じいちゃん、ばあちゃんの昔話や方言。それらを運んでいた鉄道がなくなる。その損失は取り返しがつかないものではないか。

 想像してみよう。鉄道に代表される交通網は、交通という血液を体の隅々に運ぶ血管なのだと。それなのに日本は体の末端の毛細血管が壊死(えし)しつつある。頭は動いても、手足のまひした巨人になろうとしている。

 この現実の危機を踏まえるなら、政治は地方のライフラインである鉄道を政策面で優遇し、維持する英断が必要だ。鉄道会社も政治も無責任だと考えるが、どうだろう。皆さんの意見を伺いたい。」

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演じる人生 [生活]

 

 

新聞の相談欄からです。

 

「物分かりいい人演じてしまう

 

周りの人に合わせて物分かりがいい人でいようと、必死になってしまいます。 そして、どっと疲れて自己嫌悪になります。過去に不安障害と診断され、今も通院しています。
このまま生活するのはきつい一方、自分はこれでいいんだと思いたいところもあり、どう考え

たらいいのか分かりません。変わりたいのに、それができずにいます。(40代女性)」(2017110日)

 

回答者の伊藤比呂美氏は「仮面かぶっている自分も自分」と言います。自分という存在も、単純でありながら、複雑なところもあるというのでしょうか。あるがままに受け入れるということなのでしょうか。ただ、問題なのは回答欄で相談者が「意見を信じていいのかかと深く考える」ということにあるのかもしれないと述べられ、とことん信じなさいという。信じられないと思えば離れればいいと。

簡単ではありませんね。

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ままならぬものでは [生活]

 

 

人生、予定と大差なく過ごす人もいますが、ままならない人も少なくないと思う。

 

「人生実りの時若い夫まさか  71

スーパーで久しぶりにほぼ同年齢の友に出会った。子どもはなく8歳下の夫と犬と幸福に暮らしていた。「私に何かあっても、夫の方がずっと若いから介護してもらえるし、老後も安心」と言っていたのに。熊本地震が引き金になったのか、夫は若いのにアルツハイマーのようになり、施設に入ったままという。食べてくれないので、経管チューブを鼻から通している。でも、すぐ引き抜くので両手に大きな手袋をはめているそうな。体重39キロまで減り、胃ろうをするか悩んでいる。彼が犬を散歩させているとき、よく出会っておしゃべりした。私が「励ましに行こうかしら」と言うと「もー誰か分からないと思うから」。人生実りの時。穏やかなはずが、家族も友達も分からなくなるなんて・・・。

つらく、寂しく、悲しい」(2016127日西日本新聞

 

分からなくなる前に胃ろうの話題が夫婦にあったなら悩みは減ったかもしれません。胃ろうについてはいろんな意見があるようですが、私はこれだけ生きたら十分と思っているので、必要ないと話しています。地震の影響なのかは分かりませんが、切ない話しには変わりがありません。

 時代の壁が阻んだ人生もあります。同じ投稿欄からです。男女共同参画社会と言うがどこまで社会は変わったのでしょうか。変わらないといけませんが、政治の社会も女性が少なすぎます。

 

職業選べずに生涯終えた母  54

 

「願わくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月のころ」。緊急入院の母が、駆けつけた私に最初に発しものは西行の歌だった。昨年1月のこと。「(死ぬ季節は)なかなか思い通りにはいかないものなのよ。私は運がいいね」。祖母と同じ卵巣がん。もう覚悟はできていると本人は至って平静だった。時代に埋もれ、好きな道を選択できなかった母が不憫でもあった。実は医者になりたかったと母は口にした。祖父の「女が勉強してもろくなことはない」に、逆らう者は誰もいない。選択は専業主婦という道のみ。その悔しさが生涯、母の感情を支配していた。実際、母がもし医者であったなら、どれだけ多くの人が救われたろうと思わせる人だった。一つの能力を確かめる機会すら与えられなかった時代を嘆いた。年が明け、1月が再び巡り、2度目の花のころを終え、母は84歳で旅立った。」(同前)

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電源を切るだけではダメ? [生活]

 

 

介護の本も多いですね。

 

「『親と心を通わせて介護 ストレスを解消する方法』 中村祐介著

 

理学療法士、介護サービス 会社経営者として2千人以上 の要介護者と接してきた著者
は、「親とのコミュニケーシ
ョンの工夫次第で介護者のス
トレスは大きく減らすことが
できる」と言い切る。
介護される立場になった親
は、介護してくれる子ども
本心を明かさない傾向があり、それが介護のストレスを
生んでいる。著者は「答えずにはいられない『どっち?』という問い掛けを利用する」など、親の本心を引き出すテクニックを紹介。

「親が注いでくれた無償の愛に対して、たとえ及ばないにしてもいくばくかを返すことができたら、その営みは残りの人生を豊穣(ほうじよう)なものにする思い出となります」という言葉が心強い。(幻冬舎メディアコンサルティング・864)」(20161117日西日本新聞)

 

パソコンの敵は迷惑メールなどがありますが、意外と知られていないのが雷の影響です。雷が鳴ったらいつもあるわけではないので軽視されるのではないかと思います。私も電源は切りますが、ネット回線は切らないことが多いですね。近所の方もパソコンをやられて買い換えたと言ってました。

 

「自然の強大な力 松村由利子

 

雷の恐ろしさは、近所の人たちから 何度となく聞かされていた。市街地から車で30分の田園地帯なので、建
物がなく雷が落ちやすいから、移り住んでまもないある日、遠くの空でゴロゴロと雷がなる音を聞いた私は、用心してちゃんとパソコン
の電源を切って出かけた。ところが、
帰宅してパソコンのスイッチを入れる
と、起動しない。おかしい。これって、
もしかして雷のせいなのか・・・・。
家電量販店の人に調べに来てもらったところ、「あー、雷ですね」と言う。「いや、だって電源切ってたんですよ!」と言うと、その人は「だめだめ。電源を落としても、コンセント抜かないと。電話線もね」と涼しい顔して説くのである。この苦い経験で、「雷サージ」
う言葉を知った。雷によつで
電圧が原因で、異常な電流が
現象である。それが電源線や
アンテナなどを通じてパソコン流れ込むと、過剰な負荷がかかる原因になるため、電源を切るだけでなく、ケーブル類やプラグも抜かなければならないというわけだ。(以下略)」(同前)

 

電源を外してもバッテリーがありますので少しは大丈夫ですが、ケーブル類を忘れずに。

でも、今年は雷が多かったように思いました。竜巻予報など「県内単位で発生する」と言われても対応しようがありません。竜巻が増えるのも温暖化の影響なのでしょうか。

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30年頑張っても [生活]

 

 

私の住む街は人口が増えているという。「大野城市、人口10万人 県内9番目 [福岡県]西日本新聞」と伝えています。福岡市の隣の市ですので当然ですが、40年前のニュータウンが多いので世代交代が進んでいます。住む人がいなくなった宅地には、それを2戸分にしての販売がされ、いつのまにか入居していますので、人口は増えているのではと思っていましたが・・・。

 

私たちの多くが子供時代を過ごした地域はどうなっているのでしょうか。

 

「(声)盆の行事、やめて安堵と寂しさ 74歳 2016820日朝日新聞

 

 私が住む二十数戸の過疎の集落では、夏の恒例行事が今年からなくなり、静かなお盆となった。

 その行事は「柱松(はしらまつ)」という。暑いさなかの準備は大変だった。山に入って萩(はぎ)の枝を刈り集め、干してから葉だけしごき取る。長さ10メートルほどの竹の先に漏斗(じょうご)形のカゴを付け、中に萩の葉を花火といっしょに詰め込む。これが柱松だ。

 この行事が盛んな頃、当日は前座にカラオケや仮装もあり、子供らにはカキ氷を配った。いよいよたいまつを柱松のカゴめがけて投げ上げ、点火。花火が火を噴き、萩の葉がパチパチはぜながら燃え落ちる。その美しさに拍手、歓声。

 だが、準備を担う自治会や保存会にとって、数年前から負担の重さがこたえてきた。今月17日の「声」欄で自治会の会員減少、高齢化の問題がとりあげられていたが、こちらでも事情はまったく同じ。いったん途絶えた後に復活させて30年頑張ってきたが、その節目をもって幕を閉じた。

 この夏の猛暑に「やはりやめたのは正解じゃったね」と地区の人たちと安堵(あんど)の思いを口にしつつ、やはり寂しさが残る。」

 

30年頑張っても変わらなかった社会構造。日本は廃れていくのか。

 

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「たべるのがおそい」 [生活]

 

 

 

「たべるのがおそい」という福岡出版社の文芸誌から芥川賞にノミネートされたという。地方からは珍しいという。それで思い出したのが、中学校時代、給食を食べるのが男の子は早く、いつも女子の中に取り残され、冷やかされました。小学校の頃は、そうでもなかったので、この年頃はそんなことを意識することが増えたのではないかと思う。ゆっくり食べることができないが、貧しい弁当でないことはりがたった。

 

「弁当より給食栄養に優れる  13

 

今の小中学校は、ほとんどの昼食が給食です。毎日こんだてが替わって栄養士がバランスを考えていろいろなものが出されます。たぶん一人一人お気に入りのこんだてもあるかと思います。ですが、それとは別に、遠足などで弁当を食べることもありますね。親がつくってくれたり、あるいは自分でつくったりすると思います。そのときに自分の好きなものも入れられてうれしいですよね。
それでは、みなさんなら給食と弁当どちらが良いと思われるでしょうか。私は給食が良いと思います。なぜなら、給食だと栄養がかたよらないし、給食当番などでみんなと協力できるからです。逆に、毎日弁当だとすると、栄養がかたよってしまうし、親や自分が苦労すると思います。そういう点も含めて私は給食が良いと思います。今の小中学校はほとんどが給食ですが、未来ではどうなっているのでしょうか。私は給食であってほしいです。」(2016221西日本新聞

 

私も給食がいい。特別な理由はないが、おんなじ物が食べられるというのもいい。

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手間ひまかけない [生活]

 

 

朝、起きたら水分補給・血圧測定・サプリメントをのむ。そして、コーヒーの準備。ペーパーフィルターに粉のコーヒーを入れて、お湯でつくる方法です。その間にパンをあたためます。若い頃、コーヒー豆をひくこともしましたが、サラリーマンの朝としては手間がかかりすぎます。今はヨーグルトも朝飲みます。R-1・カスピ海などありますが、私にはよく分かりません。コーヒーミルはどこか行方不明です。

 

「手間ひま  近藤薫

 

コーヒー豆を挽くようになった。ミルを頂戴したのを機に、ひと手間かけるのようになったのだ。 もう味が全然違うような気がする。
少なくとも挽いた瞬間の香りは、自分でやってみないと楽しめない。温度調節や蒸らしの作業など、手数と一緒にこだわりが増え、香りとともに期待も膨らむ。かくして愛情を注いだコーヒ
ーは、おいしいに決まっているのだ。
絵画や音楽作品なども、徹底的にこだわったものはそれだけで上質だ。手塩にかけた作品に注がれた愛情は、完
成度をさらに上げる。その過程の中で、より愛情が深まっていく。そんな愛すべき作品を世に投げかける瞬間、芸術家はどんな気持ちだろう。レオナルド・ダ・ヴインチは、モナリザを含む数点の作品を、死ぬまで手放さなかったという。ずっと描き続けて
いて、未完とも言える作品だった。作
曲家に聞くと、「娘を嫁に出す」感覚
らしい。締め切りがあるときは、仕方
なしにリリースすることもある。しか
し、初演で実際鳴っている音を聴いて、
第二稿、三稿と手を入れたりもする。
われわれ演奏家は再現者であり、メッセンジャーであるから、無からの創造という前者の仕事とは、本質的に意
味が違う。あくまで他人の作品だ。
だが死ぬまでに一度でいいから、完壁
に満足のいく演奏がしたいと思う。
そのために、一生をささげる覚悟を持
つ。(以下略)」(2016715西日本新聞)

 

芸術家は違うものだと思いました。働きだす前はコーヒーといってもインスタントでしたので、特別、好きなものではありませんでした。土日、クラッシック喫茶やジャズ喫茶が当時ありましたので、そこで過ごすことが増えてコーヒーに親しむようになりました。

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