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ボラティアの責任 [ボランティア]

 

 

 

「仲畑流・万能川柳  毎日新聞2017313日 東京朝刊

☆印は秀逸(仲畑貴志選)

 

☆流行語今年は云々(これ)で決まりかな 相模原 林ヒロシ

トランプの家族思いは度が過ぎる さいたま 影無

プレミアムついて変わらぬ金曜日 桜川 今賀俊

トランプにお手と言われてする握手 京都 東原佐津子 (以下略)」

 

ボラティアとは何か。問題提起だと思いました。

 

「(声)ボランティアも責任感あります 83歳 2017313日朝日新聞

 

 対談「障害者が狙われて」(2月25日朝刊)を拝読しました。「ボランティアのような非契約型だけでは責任感が伴いません」「無償の奉仕は信用できない」。ダウン症の娘さんと暮らす最首悟さんの発言を、そう言わざるを得ないご経験をされたのだと重く受け止めました。

 しかし、ボランティアの多くは「無償だから責任感は不要」とは思っていません。事前に見守りの必要な方の状況を把握し、最善の注意を払って活動、最後は笑顔でお別れするよう努めています。

 高齢化が進み、ボランティアはますます必要とされます。支え合う社会の実現のため、ボランティア同士より協力し合い、成長していきたいと考えています。」

 

責任がないというのは法的なのかどうかは分かりませんが、最近、ボラティアも問われることが多いのではないか。そこで考えられた有償ボラティアだったのではないかと・・・。詳しくは調べてもみます。

 

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30センチボランティア達成までの時間 [ボランティア]

 

 

 

私の出身校はまだ甲子園に出たことがない。100年を超してもだから希望は限りなく小さい。それでも、今年は県予選を勝ち残りベスト16と聞くだけで嬉しくなる。

 

西日本新聞の女性投稿欄からです。

 

「紅皿 30センチの思い

 

長女が髪を切った。30センチもばっさりと。17 にして一大決心だ。きっかけは2年前にさかのぼる。インターネットを見ていた長女が偶然見つけた。髪を切るボランティアの記事。いろいろな病気で髪が生えなかったり抜けたりした方々の、かつらを作るのに協力するというものだ。
30センチは今は無理だな」という長女の言葉に 「そうだね」と言ったまま、私は2年間そのことを忘れていた。だが長女はずっと心に引っ掛かっていたようだ。
部活も引退し、卒業アルバム写真撮影も終え、長女はこのボランティアに応じてくれる美容室を調べて髪を切りに行った。帰宅後「こういうの、おかっぱって言うんだよね」と恥ずかしそうに鏡を見ていた。幼くなった外見とは裏腹に、心は大きく成長した。「次に切りに行けるのは何年後かな」と、早くも2回目のボランティアに意欲を見せている。髪が30センチ伸びるころには、どんな大人になっているのだろう。ボランティアなど無関心だと思っていたが、人の役に立つことを長女なりに考えていたことを、親としてうれしく思う出来事だった。」(2016720日西日本新聞)

 

親だけでなく、知った人たちに励ましを与える話でした。2年間という時間に重みがあります。

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ボランティアの力 [ボランティア]

 

 

暑くなれば、炎天下の日々が、雨になれば生活の不自由があるのではないかと被災地を想う。思うだけしかしなないので、無力感が漂う。そんなときに亡くなった犬のことを想うことがあります。

 

「ク口元気でね ご縁に乾杯!  72

 

17年間、わが家の癒やしであった愛犬「アルファ」を失って1年半が過ぎたころ、かわいい中型犬が迷い込んできた。 いかにも人懐っこいしぐさですり寄ってくるかと思えば、ピョンと逃げる。夜 は、アルファが使っていたマットの上で眠っている。捨て犬と確信したとき「さあ、どうしよう。私たちの年齢を考えると、もう飼えないし・・・」。犬に詳しい友人から話を聞き、悪い病気さえなければ、きちんとしたルートで飼い主を探してくれる機関があることを知った。主人が勝手に付けた名前「クロ」のその後が気になる。1カ月後に、友人から「良い方にご縁があったようです」との朗報。その夜は主人と乾杯した。R小倉駅前でボランティアによる犬猫の飼い主探しの場面に出合い「クロ」に思いをはせた。3日間の縁でしたが「クロ」元気でね」(201676日西日本新聞

 

 

 

 

「無償の善意に心の力を頂く  68

 

ここの病院にお世話になって8年ほどになります。とてもありがたく、感謝しとていることがあります。ボランティアの皆さんのことです。私は筋肉が硬くなる難病「多発性硬化症」で、手足が不自由です。わずかに動く左手で長年、絵手紙を楽しんできました。ボランティアの方に、画材や絵の具をセットしてもらい、筆を手に握らせていただきます。時には、リラックスできる世間話も織り交ぜ、楽しい時闘をつくってくれました。ところが、
この春からその左手も動かなくなってしまい、絵筆を持てなくなりました。
さてどうしたものかと困
っていましたら、別のボラ
ンティアの方々が、ヨーロッパ仕込みのセラピーで両手両足や肩、背を優しくマッサージしてくださるようになりました。「良くなれ、良くなれ、良くなった!」「痛いの、痛いの、飛んでけ、飛んでった!」と明るく接してく
れます。おかげさまで落ち込むこともなく、このごろは痛み止めの薬も中止、左手に少しずつ力がよみがえってきました。
彼らの「心の力」をしみじみありがたく思っています。」(同前)

 

ボランティアも大事。そして、職員の待遇もなんとか改善を。

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ボランティアを考える [ボランティア]

 

 

 

「(悩みのるつぼ)ボランティアで優越感  201559日朝日新聞

  ●相談者 男性 60代

 

 60代の男性です。

 5年前、長いサラリーマン生活を無事終え、定年を迎えることができました。在勤中、定年後には人との付き合いも減り、妻とも終日、顔を突き合わせていても、お互いに不機嫌になるだろうと考えました。

 また、60年間、社会や人の世話になってきたわけですので、この後の人生は何か社会の役に立てることはないかと思い、「電話による自殺予防の相談」をボランティアとして、続けて5年ほどになります。

 活動を始めてすぐの頃は、相談相手からも感謝され、お礼も言われるので、自分が世の中の役に立っていることが、実感としてあり、満ち足りた気持ちで活動に取り組むことができていました。しかし最近は、人の悩みを聞いて相談が終わってみると、なにか自分の心に「優越感」が湧いていることがあり、情けなくなります

 私も悩みは山ほどありますので、電話で聞いている相手の悩みとつい自分を比較してしまい、自分は幸福なのかも知れない、と思うことがあります。

 こんなよこしまな心が潜む者が自殺予防のボランティアをする価値があるのだろうか?

 最近、活動当初のような満ち足りた気持ちがなくなりつつあります。こんな自分を納得させて、はつらつと活動を続けるためにはどのような気持ちに切り替えればよいのでしょうか?」

 

自殺予防であれば一定の研修を受けられたのでしょうか。そういう意味では、かなり密度の濃いボランティアになるでしょう。「優越感」もまた生身の人間であれば避けがたく出てくるのでしょうか。それであっても、ボランティアは圧倒的に足りません。ボランティアでも、してやっているという人は現場で混乱が起きます。「優越感」は「よこしま」なのでしょうか。ボランティアでなくても、「優越感」を感じている人もいるのではないかと思います。でも、ないほうがいいのですが、それは感情を押し込めるというものではなく、自殺に向かう人の置かれている立場への深い理解を学問的にも深めることだと思います。それでも、無理なら、他のボランティアでもよいのではないかと思います。ボランティアをやって学ぶことが多いと思えないと続かないのではないかと思います。

 

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自発性 [ボランティア]

 

 

朝日新聞の「サザエさんをさがして」(2015年3月28日)はドッグフードの出始めのことを描いています。その中に「犬の3つの楽しみ」は「飼い主と一緒にいる」「散歩」「食事」だそうです。散歩ができなくなったわが家の老犬と家の前を少し歩きます。足が弱ってきたのが気になります。

 

同じ新聞に福原義春資生堂名誉会長の最終回のコラムがありました。現役の頃からNPOや公益法人などの
活動に参加してきたという。

 

「きっかけは、米国勤務を経て帰国後、社長時代の米国出張時の体験だった。92年、たまたまニューヨークに出張していた時、メトロポリタン美術館の展覧会のオープニング
に招かれた。訪ねると、受付、警備員、エレベーターの
操作係に至るまで、生き生き
と働き、パーティーでのもて
なしは個人宅に招かれたような心地よいものだった。それは、米国で仕事をしていた10年前の常識では信じがたいことだったので、現地法人の社長アンデイ・フィリップに「この10年で米国社会は、変化したのか」と質問した。彼は「まったく変わっていません。昨日は月曜で美術館の休館日です。あなたの会ったのは全員ボランティアなのです」と答えた。私は、報酬が高いのに勤労意欲が低いと思っていた米国の人たちが、無報酬で自発的に生き生きと働
く姿に衝撃を受けた。」

私が利用する九州歴史資料館もボランティアの人たちが駐車場の案内や受付などを担っています。多分、リタイア組なのでしょうが、現役組には余裕がないのでしようか。

福原氏は続けて

「ニューヨークでの体験以後、企業や非営利組織で、どのように人間の自発性を引き出せるかということが、私のテーマの一つになった。「失われた20年」という言葉がある。90年代初頭からの日本経済の長い低迷期を指すのだが、私は無駄な年月であったとは思わない。それは長い発展期の後のひと休みで、
社会が成熟するために必要な 準備期間だったのではない か。そう考え、ここ数年社会 に現れた様々な「きざし」を つなぎ合わせると、そろそろその準備が結実し、今後の発展が十分期待できるのではないかど明るく捉えている。」

 

私は、最後の歴史の発展に関する視点が大変参考になりました。今は、何か暗い時代のようにみえますが、次の世代に期待したいと思います。もちろん、何もできない私もできることがあればしたいですが・・・。

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定年後の男性を見かけない [ボランティア]

 

 

「(社説余滴)定年退職と「最初の一歩」 友野賀世2015120日朝日新聞

 

 「定年になった男の人は、たくさんいるの。でも参加が少なくて」。ボランティア入門講座に関わる女性が、ため息交じりにつぶやいた。

 団塊世代が定年を迎えて地域に続々と戻っている。高齢化が一層進むなか、定年後の男性には地域の「支え手」になってほしいとの期待が寄せられる。本人にとっても活動的な生活を通じて元気でいられるのは、望ましいはずだ。

 なのに「男性が出てこない」問題を、あちこちで耳にする。会社と家の往復で、隣近所とはあいさつ程度。それが何十年も続いてきた人にとっては、いきなり「地域との関わり」と言われても、という感じだろうか。まだ特に何もやっていない男性に尋ねると、「何かやらないといけないとは思うんだけど……」。歯切れの悪い答えが多い。(以下略)」

 

団塊の世代の退職でボランティアが増えるのではないかと思われましたが、さして目立ちません。地域の退職後の生活はどうなっているのでしょうか。散歩する男性は見かけますが、散歩しない男性を見かけることがほとんどありません。それは、車で移動する人が多いからかもしれません。私は、病気もあってリタイアしたのですが、退職後はなかなか近所の人とあいさつすることになれませんでした。挨拶する相手が主婦だからです。相手が男性になるとどこの方かも分かりませんので、お互いに挨拶しません。挨拶を交わすようになるまで2.3年はかかったように思います。私は、歴史の講座などに参加しますが、9割方は男性です。時間をどのように使うか迷っているのではないかと思います。

ボランティアが増えて欲しいのですが・・・。

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ボランティアへの期待は大きい [ボランティア]

 

 

小説『

ニッチを探して

ニッチを探して

  • 作者: 島田 雅彦
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2013/07/26
  • メディア: 単行本



』(島田雅彦)の主人公は、銀行員の身分を捨て逃走します。ホームレスへの入り口をさぐりながらいろいろと振り返ります。

 

 

「「諦めが肝心」といわれると、「ネバー・ギブ・アップ」という心の声が聞こえてくる。 そんな男を知っているが、十年前に膵臓癌で死んでしまった。松永淳、享年三十八歳。何事にも前向きで、負けず嫌いな男だった。仕事での無理が崇り、癌になったのだが、その癌とも真正面から向き合い、戦って、散った。「ネバー・ギブ・アップ」も時と場合による。もう少し諦めを知っていれば、頑張り過ぎずに済み、また早死にせずに済んだかもしれない。人生が相撲なら、松永は負けなしで七連勝し、八日目に玉砕し、勝ち越すことができなかった。道長は勝ったり負けたりを繰り返し、あと三日を残し、星は五勝七敗、あと一つ負ければ、負け越しといったところだ。」

 

勝ち越しがいいのかどうかは分かりませんが、そのように生きている人たちもいるのではないかと思います。

定年後、どう生きるかも大きいと思います。

 

「男の気持ち:定年退職の後に 65歳  毎日新聞 20140628日 東京朝刊

 

 63歳で会社をやめてやがて3年になります。退職して間もないころは家内と平日に映画を見に行ったり、公園を散策したりして自由を満喫しました。朝早く起きる必要はなく、会社でつらい思いをすることもなく、ストレスからは解放されました。

 会社勤めをしていた時代はまとまった休暇が取れずに行けなかった海外旅行も、近場ですが家内と行きました。いわゆる第二の人生は順調に始まったかに見えました。しかし半年もたつと、家内と2人ですることはほとんどなくなりました。

 家内にとっては夫が毎日家の中でごろごろしているのはうっとうしいようです。昼食の用意もしなければならず、日中は外出してほしいようです。

 そこで私は、自治体主催の定年退職後の過ごし方についてのセミナーを受けました。60代前半の方々と情報交換すると、働く意欲はあるものの、採用してくれる所が少ない現実を知りました。アルバイトをしようと思い、履歴書を数枚書き送りましたが、不採用でした。理由は還暦を過ぎた年齢にあるようで、それ以降は働く気持ちはなくなりました。40年近く働いた経験があっても、世間から見れば老兵に過ぎないようです。

 ボランティアやNPO活動についても自治体の担当者から概要を聞きましたが、積極的に取り組む気持ちになれませんでした。結局、何も答えが出ず、今日に至っています。

 家内のためにも、なんとかしようと思いつつ、暗中模索の毎日です。」

 

障害者施設や高齢者施設では、ボランティアの参加を心待ちにしていますが、やる方からすればハードルがあることは分かります。でも、多くのところがボランティアに期待していることだけは覚えておいてもらいたい。

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ボランティアって何。子どもに尋ねられたらどう答えますか。

 

「オピニオン > デスク日記

 

 子どもの質問は面白く、時に核心を突く。知人はわが子から「政府って何?」と聞かれた。「みんなが安全に過ごせるように仕事をしてくれるの」と説明すると、「政府って人?」と返ってきたとか。

 担当する「もの知りタイムズ」面では、子どもに分かりやすくニュースを伝えようと知恵を絞る。私が悩むのもこうした「国」「政府」という言葉だ。先日、残業代がゼロになりかねない新制度を取り上げたときは、政府を「安倍晋三首相たち」と書いた。最善の表現ではないかもしれないが、抽象的な言葉で体よくまとめたくなかった。

 水俣病やハンセン病、国営諫早湾干拓事業などでは、国や政府の責任が厳しく問われている。実際に関わったのは官僚や政治家、一人一人の人間だが、抽象的な「国」「政府」と言った途端、責任の所在がぼやけてしまう。「政府って人?」の問いには「一人一人の人からできているよ」と答えたい。 (酒匂純子)=2014/06/30 西日本新聞朝刊=」

 


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ボランティアの進化 [ボランティア]

 

 連休間近。旅行する人も多いと思いますが、韓国からの旅行が少ないのではないかと伝えられていますが、どうなるのでしょうか。

 

「コラム > デスク日記

 

 「旅行好き」という84歳の男性の方から、便箋3枚の丁寧なお手紙を頂いた。本紙「もっと九州」面に、土曜に掲載している温泉紹介連載「ほっと湯めごこち」への要望がしたためてあった。

 「読み進むにつれていろいろ想像ができ、夢の旅行に誘ってくれる」「地図があり、分かりやすい」。記事も参考に、夫婦でドライブを兼ねて温泉を楽しんでいるという。「九州域内の交流の輪を広げる」という狙いで昨秋創設した「もっと九州」が、少しは役に立っているようで、担当デスクとして、感激するとともに身が引き締まる。

 「立ち寄り湯に限らず、1泊旅行、湯治宿の紹介も」「宿泊の可否、料金も簡単に記してほしい」などの読者目線での“お願い”は、読まれる新聞作りを試行錯誤している中で、とても参考になった。「恐れ多い」と投函(とうかん)をためらわれたようだが、「年寄りのわがまま」(原文)は大歓迎ですよ。 (竹森太一)=2014/04/21 西日本新聞朝刊=」

 

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東北大震災は、ボランティア活動が進化したと鷲田清一氏は次のように述べています。

 

「ボランティア活動に関して、阪神・淡路大震災の教訓が今回、 部分もたくさんあります。

神戸のときは、とにかくみんな、いてもたってもいられずに身体一つでかけつけたという ほとんどのボランティアがほとんどでした。でも、今回は、ほとんどのボランティアが自己完結型に徹していました。ボランティアに行ったときに、絶対に現地の人の作業を ことで、食べ物も自分たちのものは必ず自分たちで持っていく。泊まるところも全部自分たちで確保して、移動手段も確保して行く。 とにかく長く続けることが大事で、一人で3日、4日と頑張りすぎてはだめなので、早くメンバーチェンジをする。それから、みなさんに申し訳ない、罰が当たるなどと遠慮してお酒を飲まないのではなしに、しっかりお酒も飲んで気分転換をして、また翌日、新しい気持ちで活動ができるようにするなど、さまざまなことが進歩したといっていいでしょう。

細くてもいかに長く続けるかということに関する工夫というものは、神戸から東北までの 凶年の間で、ずいぶん部和できてきたのではないかなと思います。 また神戸では、避難所から仮設住宅に引っ越した際に、抽選でご近所さんがバラバラになったということがありました。コミュニティからお年寄りが切り離されてしまったことで、「孤独死」の問題が起こりました。今回はできるだけコミュニティごとに仮設に移ろうというのが徹底していました。あれも神戸の教訓です。 心のケアとボランティア、この二つの文化が神戸で生まれて全国に定着したと私は思って います。」(『日本人の度量』)

 

私が知る範囲で進んだと思うのは、障害者施設や高齢者施設の職員不足による民間からの応援です。政府からの要請もありましたが、経費は行く先の施設からもらってくれというものでした。それに対して、民間団体が募金を集めて独自に派遣する形が広がったことではないかと思いました。特に、福島では、若い職員は子どもも小さいので避難しなくてはならないので、職員の退職も増えます。それは当然です。だからこそ、支援が必要です。政府は、形式的な支援でなく、NPOなどに経済的な支援もする仕組みを考えたらどうでしょうか。


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ボランティアを続けるには [ボランティア]

 

 

「ボランティア 若者にお勧め  62

 

何が起きるか分からないのが世の中だ。思いも寄らぬ出来事に遭遇して、初めて現実を知る。1995 阪神大震災や2011年の東日本大震災、誰が、この未曽有の災害を予測できたであろうか。

阪神大震災を契機に、一般市民のボランティア活動が注目されるようになり、心あるボランティアも増えた。ボランティアは、いつでも、どこでも、誰でもができる。今春、学校を卒業 新たな旅立ちをした若者に 提案がある。ボランティア の勧めだ。 人生の礎の時期に、貴重 な経験になるはずだ。犠牲者や被災者の貴重な教訓 が、これからの人生のよりどころになるかもしれない。悲劇に遭い、苦しみ抜いた人々の体験は、社会のあり方や人との接し方を考える上で、大きな示唆を与えてくれる。困っている人々に寄り添い、悲しみを共有することが、若者の心の成長に役立つものと信じる。」(2014322西日本新聞

 

私たちよりは今の若い人たちの方がボランティアには関心が高いし、フットワークも軽いかもしれません。私みたいなものは、長いことボランティアなのか、当事者運動なのか、判然としないことを続けていますが、それは、当事者だからという強い目的意識があるからだと思います。そうした、目標がないと続かないかもしれません。しかし、当事者でない人も参加しています。その方たちは、活動の中でその意味を感じているのだと思います。それには頭が下がります。

ボランティアには、時間も、資金もある程度は必要です。ある障害者の全国団体が法人格をなくして任意団体で活動することにしたそうです。会員の減少が大きいそうですが、今の生活の困難さ・労働の大変さを思うと自然の流れのようにも思えます。会費もいりますし、活動に参加するには、交通費などのお金もかかりますし、時間的な余裕も必要です。多くの障害者団体が会員の減少という問題に直面していると言われています。

 次に、ボランティアとはいえ、その対象者がいますので、気分的にやろうか、やめようかでなく、その責任があります。そこが難しい。自主的な意思による参加と義務的な事業運営という壁もあります。

でも、ボランティア活動から得られるものは大きいと思います。

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近頃珍しく嬉しかったこと [ボランティア]

近頃珍しく嬉しかったこと

 

朝日新聞「いわせてもらお」から

 

「■目の色

 小5の兄と小2の弟は携帯テレビゲームに夢中で、なかなか宿題をやろうとしない。「ゲームのことになると、目の色が変わるんだから!」と怒ったら、「変わってる……?」と心配そうに互いの目をのぞき合っていた。 川崎市・まだかわいいね・39歳)

  

次の報道には私も嬉しかった。

 

「(声)国際貢献、中村氏受賞を喜ぶ 64

 

 「ペシャワール会」の会員になり4年が過ぎた。国からの定額給付金を使っての入会だった。 会の現地代表である中村哲氏が、福岡アジア文化賞の大賞に選ばれたという。辺地医療農業用灌漑(かんがい)施設の構築による荒れた農地の再生など現地のニーズに沿った活動が認められた結果だろう。中村氏及び現地スタッフの30年にもわたる苦労を考える時、ただただ頭が下がる。

 本当の国際貢献とは何だろう? 国から国へお金や技術がわたるだけでは末端まで届かない。現地の人たちとの信頼関係の構築こそ第一で、そこから真の国際貢献が始まるのだと思う。

 私は会費を払うだけで何のお手伝いも出来なかったが、我がことのようにうれしい。願わくはアフガニスタン人自らが、夢を持って自給自足出来る農業を実現し、平和を築いてほしい。これからも入会時の初心を忘れることなく、貧者の一灯をともし続けたい。 」(619日朝日新聞)

 

 

 

 

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ペシャワール会の若者が射殺されました。あの時の口惜しさもあるのに、黙々と続けられています。何も協力できることはありませんが、展示会などには足を運んでいます。


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