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障害者差別解消法のいう障害者とは [障がい者問題]

 

 

障害者の範囲など決まり切っているのではないかと思われるかもしれませんが、戦後、その範囲に関する攻防が長い間続いてきました。1995年までは精神障害者が対象ではなく、財源に合わせて障害者の範囲を決めていると批判されました。その後、発達障害者支援法が加わり、「精神障害(発達障害を含む。)」と表記されました。

 

 

1―法律上の「障害者」という言葉の定義

内閣府が20178月に実施した世論調査によると、「障害者差別解消法の周知度」を尋ねた問いに対し、「法律の内容を含めて知っている」と答えた人は5.1であり、「内容は知らないが、法律ができたことは知っている」という回答を合わせても21.9%に過ぎない。

そこで、法律の狙いや目的を理解するため、主な条文を詳しく見ることとしよう。

20136月に成立した障害者差別解消法の条文は全26条の比較的シンプルな構成である。第1条の「目的」として、全ての障害者が障害者でない者と等しく、基本的人権を享有する個人として尊厳を持っている点を強調した上で、「障害を理由とする差別の解消」を通じて障害の有無にかかわらず、共生できる社会を形成するとしている。 さらに、第2条は法律で用いられている言葉を定義しており、「障害者」について以下のように定めている。

身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)がある者であって、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものをいう。」(「合理的配慮」はどこまで浸透したか ―障害者差別解消法の施行から2年 。生活研究部 准主任研究員 三原 岳 ニッセイ基礎研究所)

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特別に支援する学校でなく [障がい者問題]

 

 

モクレンの木を短く切ってもらいました。花が散ったあとですが・・・。伸びすぎたからだそうです。

 

アメリカ在住経験者のこんな話を聞くと共に学ぶ場が必要だと思います。

 

「(声)若い世代 障がいある生徒と共に学ぶ米国 15歳 2018323日朝日新聞

 「障がいを持っている人を見たことはある?」と聞かれたら、ほとんどの人は「ある」と思うはずです。しかし、実際に交流する機会は日本ではあまりありません。

 私は、アメリカ合衆国で暮らしたことがあります。公立学校に通っていましたが、学年に最低5人はダウン症や自閉症などの生徒がいました。同じクラスで授業を受けます。「サークル・オブ・フレンズ」というグループもあり、障がいを持つ生徒と一緒に昼ごはんを食べたり、ゲームで遊んだりして、交流しました。

 このように同じ学校で共に生活することで、障がいを持っていても、他の生徒と同じ同級生なのだというふうに考え方が変わりました。交流を深めることが、互いを理解し合うためには重要なのではないでしょうか。」

 

常時一緒にかどうかは別にしても同じ場て学べば得るものが多いことを示しているように思いますが・・・。

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障害当事者の役割の重視を [障がい者問題]

 

 

「仲畑流万能川柳  毎日新聞201838日 東京朝刊

☆印は秀逸(仲畑貴志選)

☆知っているようで知らない蟻の顔 大阪 こいさん

親はユニクロ子はアルマーニ 東松山 きみちゃん

北の美女気のない笑顔に本音見る 福岡 DEN(株) (以下略)」

 

川柳をつくる人のセンスにいつも驚きます。

精神障害者の分野でピアスタッフが活躍することが増えています。難聴の先生の役割が述べられています。やはり当事者でないと分かりにくいことがありますよね、

 

「(声)難聴の子に大切な難聴の先生 52歳 201837日朝日新聞

 

 娘は横浜市の公立中学1年生。聴覚障害があり、補聴器を使っても友達との会話は聞き取れないことが多く孤独感も味わっている。

 月1度、難聴生徒向けの通級指導教室に通う。今の先生は難聴の当事者だ。聞こえないために読みを間違えて覚えやすい言葉の指導や、聞こえる人が主流の社会で積極的に人生を切り開くための助言は、ご自身の経験に基づくものだろう。娘に素晴らしい影響を与えて下さっている。

 だが、この方は育休代替等の非正規教員で、いつ契約が切れるかわからない。市内の通級教室には他に聴覚障害の方はいない。

 聞こえる先生は「聞こえない子はかわいそう」と感じ、子どものつらさを受け止めることを最優先になさることがある。しかし、聴覚障害は見た目ではわからないため、自分から周りに伝えないと必要な配慮も受けられない。社会に出て仕事をするためにも、自分から働きかける強さを育てる指導が必要だ。

 ロールモデルとなる障害当事者の先生は貴重で、もっと増やして欲しい。聞こえる先生が当事者の先生から学ぶ体制も欲しい。」

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「私に悲壮感は無い」 [障がい者問題]

 

 

新聞に「障害を越え・・・」個展を開いているという記事がありました。障害は越えなければならないのかといつもの癖が出て血圧が上がりそうです。血圧と言えば年末から年明けても血圧が高止まりしたままでした。こんなに長く続いたことがなく、黒酢・オリーブオイルなどいろいろ試してみましたが下がりません。ある日、テレビで手のツボを押さえるだけで改善するというのをちょこっと見ましたので、よく分からないので本を買ってきてやったところ下がり始めました。他の要因と重なっているかもしれませんので確信はもてませんが。筋肉痛などは続いていますが・・・。

 

苦闘が見えるような投稿です。

 

「(ひととき)一回りして、幸せ 2018217日 朝日新聞

   主婦14年目の私。夫と子ども2人に恵まれ、とても幸せな毎日を送っている。しかし、ここにたどり着くには少し時間がかかった。

 8年前に、想像もしなかった出来事に遭遇する。次男が1歳を過ぎるころ、重度の難聴と知的障害があることが判明したのだ。やり場の無い気持ちを抱え、泣いてばかりだった。生活は一変し、療育のための通院が生活の中心となった。私は次第に、心と体のバランスが取れなくなり、度々めまいをおこした。睡眠障害にもなった。

 何年かそんな生活が続き、心配する夫の勧めで、スポーツジムへ通い始めた。はじめは苦痛だったが次第に友達もでき、雰囲気にも慣れた。

 不思議だったが、体を動かすことで、心も元気になることを実感した。少しずつ次男も体力が付き始め、私に少し余裕ができた。徐々に私は本来の自分を取り戻し、笑顔が増え、新しいことにもチャレンジできるようになった。

 母としてだけでなく、人として大切なことを教えてくれた次男。今では全ての出来事に感謝している。今、私に悲壮感は無い。一回りして、心からの幸せをかみしめている(愛媛県 主婦 40歳)」

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問いかけられているもの [障がい者問題]

 

 

「『相模原事件を考えるシンポジウム』報告・だれもが安心して暮らせる大分県をつくる会

大分障がいフォーラム実行委員会・2017729日に大分市のホルトホール」で弁護士の徳田氏は次のように指摘しています。

 

「徳田靖之

私は、この事件は「生きるに値しないいのちは奪ってもいい」という考え方で起こされていることに問題があると思っています。私たち人類の歴史の中で、「生きるに値しない命がある」という考え方、あるいは「生きるに値しない命は奪ってもいい」という考え方はいつ登場してきたのか。それはどんな流れになって、今日の事件につながったのかということを考える必要があると思うんです。(略)

こうした形で受け継がれてきた優生思想が、法律では姿を少しずつ消して行くという過程で出てきたのは、今度は不幸な子ども達の命を奪うことは許されるという考え方です。

その最初の事件として有名なのが、ベルギーで起きたサリドマイドの赤ちゃんを生まれて1週間にそのお母さんが殺してしまうという事件です。(略)

こういう形で、生きるに値しない命を奪うことを許容する考え方は二つに分類することができると思います。

一つは、そういう命は社会にとってどういう意味があるのかということを問いかけようとする論理。社会にとって重い障がいを持っている命、その人が生きるということがどういう意味があるのかということを問い詰めていく。それは迷惑をかけるだけではないのか、どんな役に立っているのか、という価値基準、物差しをあてはめて、社会にとっての意味を問い詰めていくという論理です。

もう一つは、その人にとって幸せかどうかという意味を問い続ける。そういう論理が、私たちのこのいまの社会においても、生きるに値しない命とそうでない命を選別する考え方として、いまにつながっているのではないかと私は思うわけです。(一部引用)

 

指摘の通りだと思いますが、クローンの誕生など科学の「進歩」「退化」は急速に進んでいます。技術の進歩により産むことの自由は保障され、選別されるでしょう。すると劇的な変化が社会に産まれない限りは選別は進みます。旧優生保護法による不妊処置がそんなに遠くない時期まで実施されていたわけです。裁判が始まりましたが、この問題に正面から裁判所は向き合うのでしょうか。

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泣いていいよと言われて [障がい者問題]

 

 

孔子いわく「未だ生を知らず、焉んぞ死を知らんや」と生のことさえ知らないのに死のことなど分かるはずがないと答えたそうです。それでも悩みとしては続いています。

 障害者の家族にとっては悩み多きことは想像できます。こんな社会では助けてと言いにくい。

 

「(声)障害者の家族、SOS発して 55歳 2018123日朝日新聞

 

 大阪府寝屋川市で33歳の女性が十数年前から自宅で閉じ込められ、先月凍死したと報道で知った。死体遺棄容疑で逮捕された両親は「精神疾患で暴れることがあり周囲に知られたくなかった」と供述しているという。その感情は障害者を抱える家族なら一度は経験したことがあるのではないか。

 我が家には成人した知的障害の娘がいる。情緒不安定で大きな音や声、人の視線などに過敏なため常に配慮が必要だ。13歳前後の頃は特に不安定で睡眠が不規則に。夜中に何度も目を覚まし、泣き叫ぶこともあった。医療機関や市の福祉課に相談し、ご近所にも娘の状態を話して頭を下げた。周囲がどう思うか、そればかりが気になった。

 そんな時、障害のある子を持つ女性に出会った。「頑張りすぎないで。泣きたい時には泣いていいのよ」と豪快に笑ってくれた。人前で泣くのはみっともないと思っていた私だが、その瞬間涙があふれた。一人で、または家族だけで抱え込んで悩んでいる方、しんどいですよね。でも一人ではありません。助けを求めればいろんな人が手を差し伸べてくれるはずです。勇気を出し、SOSしてください。」

 

相模原事件で被害者の匿名報道で感じたことは、確かに公開すれば風当たりが強くなるかもしれない。ですが、誰かが公開しなければ障害者の明日は開かれないのではないか。大変かもしれないが、そのことは忘れたくない。

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障害者のすまいは [障がい者問題]

 

 

「仲畑流・万能川柳 毎日新聞2018114日 東京朝刊

☆印は秀逸(仲畑貴志選)

☆朝ドラに憎らしい人いつもいる 北海道 平ちゃん

指を折りニヤッと笑う横の人 東近江 別人28号

好きな人みなさんと言うズルイ人 鴻巣 雷作  (以下略)」

 

国民に対する住政策も貧困ですが、障害者支援も見通しが暗い。

 

「(声)障害者の「居住権」確立願う 84歳 2018114日朝日新聞

 

 障害を持つ息子が昨年、50歳の誕生日を迎えることができました。赤ちゃんの頃は、肺炎、脳炎と病院通いの多い日々でしたが、今は作業所へも休まずに通い、夢のようです。これも、障害者への理解が深まってきたからこそで、感謝の気持ちでいっぱいです。

教育体制も整備が進みました。息子が養護学校(特別支援学校)に入学できたのは、東京都が学齢期の障害児の全員就学を始めた1974年でした。学校に行けることがキラキラと輝いて感じられました。

残された大きな課題は「住まい」です。

作業所に通う障害者の多くは親元で暮らしていますが、障害者グループホームの利用も広がり、息子も15年前から同じ市内のホームに住んでいます。

ただ、土日は家に帰らざるを得ません。グループホームは1年365日暮らせる制度ですが、息子の施設の予算ではそのための人員を配置できないのです。

 障害者の就学権確立から約40年。障害者の「居住権」も十分な施策がとられるよう望んでやみません。」

 

きょうされん「障害のある人の地域生活実態調査」(2016年)では、どこで暮らしているかでは「自宅」が71.6%であり「40 代前半までは、親との同居が50%を超えており、50 代前半でも3人に1人以上が親との同居となっている」としており、家族依存です。荒川区の実態調査では「親なきあとの住まいの見通し」では「決めていない」が28.0%がトップで続いて「兄弟姉妹・親類と一緒の住まい」が20.2%です。(荒川区自治総合研究所報告書)ここでも、家族以外の展望を持ちえないでいることを示しています。

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楽しい人生を願う [障がい者問題]

 

 

先日、少し暖かったのでダウンでは暑くなりそうだしと薄手のコートにした。そしたらポケットから名刺入れが出てきました。それには交通系のICカードも入れているのでさがしていたのですが、どこかで落としたものと思っていました。最近失せ物が増えましたが、出てくると嬉しいものですね。

 

次は単純な絵のすばらしいですかね。

 

「次男の絵 福岡県嘉麻市・58歳 毎日新聞201816日 西部朝刊

 次男の翼が通う障がい者施設でお祭りがあった。その帰り道、Y君のお母さんから声を掛けられた。「特別支援学校を卒業し、施設に通い始めて不安だった時に息子が翼君の描いた絵をもらってきてうれしかった。にこっと笑った顔を描いてあり、今も大事に持っているんですよ」と言ってくださった。

 2、3歳児が描くような単純な顔の絵だが、次男の描いた絵をこんなふうに思ってくれる人がいるなんて、私の方こそうれしさがしみじみこみ上げて幸福な気分になった。

 保育園、小中学生の頃は人懐っこくて誰にでも話し掛けたり、同じことを何度言ったりしても許されていた次男。だが、成長するにつれて周りから「変な人」と思われたり、「うるさい」と言われたりして、だんだん人とのコミュニケーションを取るのが難しくなってしまった。

 だから、こうして自分が描いた絵を渡すと「ありがとう」とお礼を言ってもらったり、「上手ね」と褒められたりするので次男の唯一のコミュニケーションの手段になっているようだ。

 本当は人が大好きで関わりたいけれど、うまく関わっていけない次男を見ていると、子供が人見知りするように人付き合いの苦手な私と重なり、何だか切なくなる。

 障がいがあっても人は人生を楽しむために生まれてきたのだから、次男にも楽しい人生を送ってほしい。友達ができたらいいね、好きな楽しみを見つけてストレスを解消できたらいいね、と願う日々が続いている。 」

 

かつて作業所に通っていた自閉症の方が墨で書いた書がありました。台所にかけては1日1回は見ていました。上手なのかどうかは分かりませんでしたが、気持ちが落ち着くのです。そんなことを思い出してなつかしい思いになりました。

 

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ラジオで相模原事件を聞く [障がい者問題]

 

 

12月29日の夜、福岡市のRKB毎日放送とTBSラジオで放送された『SCRATCH線を引く人たち』をラジコで聞きました。制作したのはRKB毎日放送、放送記者の神戸金史氏です。神戸氏は自閉症と知的障害のある19歳の子供さんがいらっしゃるという。RKBでも何度か放送されたように思う。長男が障害者でなければ楽に生きていられたのではないかと思うが、19人の障害者を殺した被告の「親は権利ばかり主張している。謝ってから主張すべきだ」との意見に対して、一線を画すことが強まっていると感じます。例えば、関東大震災で朝鮮人が虐殺され、公的な記録にあるにもかかわらず、事実がなかったかのように都知事は過去の慣例を破り、メッセージを送らなかった。私が思うに、こうした小池氏の政治姿勢は分かっていたのにTBSも「小池劇場」としてもてはやした。

 被告と面会した記者は、「人の心を失っている人たち、安楽死などを求めるべきであり、70年ほどの人生にお金を使うのはどうか」という趣旨の発言を繰り返します。そして障害者はむ「人としての感情がない」から殺した。後悔はないという。「落とし物を拾ったから届けるのと同じ」と言い放つ。

 識者へのインタビューでは「奪っていい命はない」「忘れられていく危険」そして「被告も私たちも時代の子」であると語られます。

 殺される側の意見はどうだろう。整理ができない。

 

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ある家族 [障がい者問題]

 

 

今日のニュースのなかでは、「本能寺の変」は明智光秀の信長への私怨でなく、足利幕府の再興を意図したものだという古文書がみつかったという。何かすっきりとした。光秀のひょあうかも変わるのではないか。

 

障害児を養子にしたという家族には教えられます。

 

「みいちゃん家族になろうよ ダウン症の子、養子に迎える 山本奈朱香

201797日 朝日新聞

 

■小さないのち みんなで守る

  障害児、二重のハンディ 育ての親にも支援乏しく

 結婚から2年、夫が無精子症だと分かった。障害のある子を授かる可能性についても話し合った上で不妊治療、そして特別養子縁組へ。「妹」として2人目に迎えた女の子はダウン症で成長はゆっくりだが、一家の「癒やし系アイドル」だ。そんな事例から、実父母が育てられない障害児の育ちをみんなで守っていくことについて考えたい。(山本奈朱香)

 「寝る前に『みいちゃん、かわいいなぁ』って言うんです」

 奈良県橿原(かしはら)市の自宅で、樋口藍子(らんこ)さん(32)が、長男の一絆(いっき)君(3)と生後10カ月の心絆(みいな)ちゃんを見てほほえむ。心絆ちゃんはダウン症で成長はゆっくりだが、最近は笑顔が増えてきた。藍子さんいわく「わが家の癒やし系アイドル」だ。

 藍子さんと夫の裕勇(ひろとし)さん(35)が結婚したのは2010年。なかなか子どもを授からず、検査を受けたところ、裕勇さんが無精子症だと分かった。「何も手につかなかった。一生子どもを抱くこともないんかな、と思った」と振り返る。

 障害のある子が生まれる可能性についても夫婦で話し合い、不妊治療に取り組んだ。でも、妊娠には至らなかった。

 夫婦2人でもいいかな、とも考えたが、諦めきれない思いがあり、特別養子縁組を仲介している民間団体に登録。障害児も積極的に縁組しているNPOで、障害のある子と縁組する可能性についても説明を受けた。裕勇さんは悩みつつも「僕のところに来てくれる子どもやったら、どんな障害があっても僕の子や」と藍子さんに伝えた

 14年、生後まもない一絆君を養子に迎えた。実母とも心でつながっていたいと、名前には「絆」の文字を入れた。「天使が舞い降りたみたい。人生がバラ色に変わった」と裕勇さんはいう。

 それから2年。一絆君にきょうだいをと考えていたところ、団体から「ダウン症のお子さんを受け入れてくれますか」と聞かれた。藍子さんは「もちろんです」と迷いなく答えた。

 ただ、裕勇さんには不安もあったという。小学校の時、ダウン症の同級生がいじめに遭い、母親が泣いている姿を見た。裕勇さんの母親からも「苦労するのではないか」と、考え直すよう言われた。(以下略)

    ◇

 〈特別養子縁組〉 実父母が育てられない原則6歳未満の子どもと、子どもが欲しい別の夫婦が縁組し、戸籍上の親子になる制度。夫婦が家庭裁判所に申し立て、6カ月以上の試験養育期間後、家裁の審判で成立する。実父母は親権を失う。2015年までの10年間で3804件成立した。」

   

いろんな家族のカタチが受けいれられる社会であってほしい・


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