So-net無料ブログ作成
検索選択
寛容な社会 ブログトップ
前の10件 | -

著作権とは何か [寛容な社会]

 

 

「(声)音楽教室は「演奏」でなく「教育」 52歳 2017918日朝日新聞

 

 音楽教室での演奏に著作権が及ぶかを争う裁判が東京地裁で始まった。大手音楽教室で電子オルガンを習っている私は、この裁判にとても関心がある。

 日本音楽著作権協会(JASRAC)は、音楽教室での演奏に、公衆に直接聞かせる目的で演奏する「演奏権」が及ぶという。音楽教室側は、演奏は練習段階であり演奏権の対象とはいえないと主張する。

 私は教室で弾くとき「演奏」とは思っていない。教室では部分練習がほとんど。1曲通すときの目的は「公衆に直接聞かせる」ではなく「合格」だ。

 教室が演奏権の対象になるなら、家での練習も心配になる。音が外に漏れるから「公衆に直接聞かせる目的」にならないか。

 スキル、情操、自己表現など音楽教室で学ぶことは多い。だからくりかえし練習する。できるようになるために。これは演奏ではなく「教育」ではないか。

 コンサートに著作権料がかかるのは当然だ。だが、教室で音楽に真摯(しんし)に向き合い、学ぶ過程に、なぜ著作権料が発生するのだろう。」

 

この問題はよく分かりません。演奏権というものがどういうものかも知りません。こんな時評もありました。

 

「社会時評 吉見俊哉 JASRAC裁判 文化の基盤崩す著作権ビジネス

そもそも文化を誰が創るのかという問い

 

音楽はいったい誰のものなのかーその根本を問裁 判が全国の音楽教室と日本音楽著作権協会(JASRAC)の間で始まった。JASRACレッスンでの 生徒の演奏か4らも著作権料を徴収しようとするのに対、教室側が57万人の署名 を集め、教育の場からの徴収権限がないことの確認を 求めて提訴したのだ。 1980年代末以降、JASRACは自らの権益拡大のための法廷闘争を重ね てきた。全国のカラオケスナックから著作物使用料を取り立て、相手が応じなければ容赦なく裁判に訴えた。(略)

さらに彼らはダンス教室 にも対象を広げ、市販CD をプレーヤーで再生して無断でレッスンに使用するの は違法と訴えた。これにつ いても裁判所は、ダンス教室のレッスンでの音楽使用 は「営利に結びつく組織的 継続的な公衆に対する使 用」という協会の主張を認 める判決を下した。 そして今回の音楽教室である。JASRACからすれば、カラオケ、BGM

ダンス教室と進んできた先に、当然、全国の音楽教室が浮上しでくる。徴収の根拠は、「公衆に直接聞かせる目的で演奏する権利」の専有を認めた著作権法22条である。つまり争点の第一は、受講生が練習する未完成の演奏まで「聞かせる」 目的に相当するのかという 点。第二は、教室の生徒たちが、果たして著作権法の いう不特定多数の「公衆」 に相当するのかという点で ある。(略)

また教室の生徒は、無試験でも先生の承認を経ており、不特定多数の公衆ではない。JASRACの強欲 は、すでに私たちの常識が 許容できる限界を超えている。 さらに、この問題はそもそも文化を誰が創るのかという問いも提起している。 文化はコミュニケーション の一部であり、作者はこの関係の外に存在する神ではない。作者の権利が保護されるべきだとしても、その根底には、文化を創造する共同的な関係が存在する。教育の場は、そうした創造の基盤であり、JASRACの容赦なき徴収はそうした創造性の基盤を弱体化させ、長期的には日本の音楽を先生に指導してもらう。 他の生徒がそこにいるのは 共に学ぶためで、この生徒 相互の関係は商品をやりとりする関係ではない。著作 権は、そもそも著作物が商 品として取引される場合に作者の権利を定める制度であり、これは自らの学びのためにある作品に取り組む行為とは根本的に異なる。(以下略)2017916日西日本新聞

 

吉見氏が指摘する文化はどう作られるのかという視点は大事だと思う。そうした論争に発展することを切に願う。

013.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

自転車も怖い [寛容な社会]

 

 

「仲畑流・万能川柳 毎日新聞2017914日 東京朝刊☆印は秀逸(仲畑貴志選)

☆職質に川柳家だと言い「署まで」 東京 ホヤ栄一

シッカリに疲れタメ息姉ひとつ 北九州 はな

三世代トンビがトンビまたトンビ 佐倉 繁本千秋

「休みます」電話入れたら「辞めたでしょ」 白石 よねづ徹夜

オムツしてしまえば後に見栄はない 静岡 石垣いちご  (以下略)」

 

日の出が遅くなり朝7時から8時の間に散歩するようになりました。すると、歩道も、車道には高校生らしき自転車が増えます。後ろから来る自転車が怖いです。前から来る自転車を避けようとしてつい動きます。すると後ろからも来ています。びっくりします。ラジオで歩車分離信号になって事故が増えたというが、相変わらず歩行者の信号時間が短く渡り損ねる人をみかけます。このように車中心の仕組みを押し付けて、県警が「協力ください」とラジオで言っているのを聞くと腹が立ちます。

 

「(声)今の車道は自転車には怖すぎる 45歳 2017914

 

 歩道を走る自転車への指摘をよく目にする。「自転車『凶器』にしない」(8月26日オピニオン面)には「『自転車は車道』という原則を徹底する時期が来ました」との専門家の見解もあった。

 だが、この原則と車道の現状との板挟みで、自転車は「車道にも歩道にも居場所がない」というのが、自転車通勤する私の実感だ。

 車道左端を走っていると、追い越して行く車のバックミラーが体をかすめ、大型車だと風圧も受ける。車道の端は水はけ用の傾斜がつき、アスファルトとコンクリート部分の段差もある。小石や空き缶などの行き場も路肩で、車輪を取られやすい。駐停車している車は車道中央寄りに避けねばならない。ドライバーもこうした自転車を不安視していることが運転ぶりから伝わってきて、気をつかう。

 自転車を、歩道からこうした車道へ追い出そうとしても、自転車利用者には怖すぎる。車向けの道路環境の整備が最優先され、自転車向けは後回しにされた結果だ。歩行者の安全を守る規制の強化は、自転車専用の道路を新設するなど、自転車向けの根本対策も同時に進めて、双方の安全を確保しつつ取り組んでほしい。」

008.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

排除なき社会で [寛容な社会]

 

 

とても気になる記事でした。

 

「顧問教諭が不適切発言

熊本県立高の女子バスケ

生徒は先月転校

熊本県の県立高女子パスケットボール部で6月、学校側への不信感から転校を考えていた女子生徒に顧問の50代男性教諭が「あなたが触ったボールに触りたくない生徒がいる」と発言、二県教育委員会が厳重注意していたことが4日、同校などへの取材で分かった。学校側は謝罪したが、女子生徒は7月に県外の高校に転一校した。県立高などによると、6月初めに女子生徒ら部員数人が県内の大会会場で他校の生徒から嫌がらせを受けるトラブルが起きた。(以下略)」(201785日西日本新聞

 

微妙な問題ですので具体的なことは書けないと思いますが、生徒同士のいじめがあり、教師の差別的態度と排除する社会が広がっていないでしょうか。

 

そんな社会で生きる障害者の断面です。

新聞の女性投稿欄からです。

 

「紅皿 息子の一人旅

「今度の土曜日、お兄ちゃん、福岡ヘ遊びに来んかなあ」。それは、娘からの突然の誘いでした。以前、うちに遊びに来た職場の先輩と2人で、息子を 「接待する」というのです。当の息子は「行ってあげてもいいよ」と簡単に言います。そこで、障害がある息子の初めての一人旅「福岡外出大作戦」がスタートしました。 一人旅といっても、娘が港まで迎えに来るので、 実際は船中だけが1人なのですが、強気だった息子もさすがに不安になったのでしょう。「待ち合わせはどこ?」と何度も聞いてきます。何とか手を振りながら船に乗り込みましたが、表情は少しこわばっています。

それでも福岡での一日はとても楽しかったようで、実況中継のように送られてくる娘からの写真には、どれも笑顔の息子が写っています。夕方港ヘ迎えに行くと、戻ってきた息子は朝とは別人。娘たちのコーディネードで、頭の先から足の先まで大変身です。本人もすっかりお気に入りの様子で、満面の笑みとよく続くおしゃべりが、それを物語っています。息子ヘ。自信にもなってよかったね。そして娘ヘ。本当にありがとう。(49歳 長崎県壱岐市)」(同前)

 

娘さんを介して同僚が接待という。こうした積み重ねが大事なのでしょうね。

016.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

家族の喪失 [寛容な社会]

 

 

少子化の文脈で語られたことでありますが、小津映画を観たことのある人にはうなづける人も多いのではないか。

 

「そのテーマとは、「家族の喪失」である。

戦後の70年とは日本の伝統的な家族制度が崩壊してゆく歴史でもあった。小津の戦後の映画は、ほとんどが、家族をテーマにしている。行き遅れそうな娘を早く嫁にやろうと周囲がやきもきする挿話や、娘が嫁に行ってしまったあとで、独り残された老人の孤独が、実に味わい深く映像化されている。(略)そこにあるのは、家族の幸福ではなく、人間の孤独であり、人生の残酷である。

昭和の時代につくられた小津の作品は、現代になってますます重要性を増しているように思える。昭和から平成になる頃より、日本の中でひとつの重大な変化が静かに進行して いた。日本的な3世代家族から、夫婦二人だけ、あるいは夫婦と子ども世帯への移行 であった。核家族というやつである。」(『路地裏の民主主義』平川克美)

 

少子化は貧困の文脈で語られることが多いがそうだろうかというのが著者の見解であるようです。

 

010.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

夢幻の中に生き [寛容な社会]

 

 

西日本新聞の葉室麟氏の連載小説「影ぞ恋しき」が731日で終わりました。肥前の竜造寺家につながる武士・蔵人と妻咲弥が主人公です。そのなかで咲弥は言います。「ひとは皆夢幻の中に生きている」と語ります。10年前ならこの言葉にひっかかることはなかったかもしれません。だが、今は、理解はできませんが感じることができます。それは運命とも呼ばれるものかもしれませんが・・・。 

 新聞の投稿欄からです。生死を分けた出来事です。

 

海で悪ふざけ 思わぬ事態に67

猛暑の夏です。水の犠牲者が少しでも減るよう祈ります。というのも、私は中3の時、海で遊泳中は溺死しそうになった経験があるからです。体の異変、疲労からではありません。強い潮のせいでもありません。その日、A君に誘われ、B君も一緒に泳ぎに行った。向こうの島まで渡ろうとなり、ゆっくり進んだ。中間付近に来たとき、私は 突然、海中に引きずり込まれた。A君が私の両足を抱えて、深く潜ったのだ。多量の水を飲んだ。苦しい。 振りほどこうにも、足を固められて動かせない。そのうちB君が助けてくれたのか、A君も息苦しくなったからか知らないが、体が自由になって失神寸前に浮上した。A君は思惑通りだ

ったのか、満面の笑み。抗議すると「あれくらいで死ぬか」と逆ぎれされた。一歩間違ったら、私は死んでいた。悪ふざけで済まなくなった事例は意外と多い気がする。気を付けよう。」(2017731日西日本新聞)

 

宗教とは無縁なとこで生きてきました。今もそうですが、神社仏閣に出会えばお詣りすることは欠かしません。私たちの生活には想像もできないものがあります。そのことを含めて生かされているのではないかと思うとが増えました。

 

032.JPG

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

大人社会は [寛容な社会]

 

 

相撲人気が高まっています。

 

「真っ向勝負相撲道貫いて 65

春場所の新横綱稀勢の里関の大逆転優勝のほとぼりもさめた今、忘れられない一番がある。14日目の琴奨菊関、10勝の大関復帰まで1敗もできない状況。対するは大関照ノ富士関。琴奨菊関はこの一番に精神を研ぎ澄ましている様子。沸き返る館内、時間いっぱい、軍配が返る。両者立ち上がった。その瞬間、勝負は終わった。照ノ富士関が大きく右に跳び、はたいたのだ。うつぶした琴奨菊関の「無念」 という声が聞こえたような気がした。涙が出た。開場内は騒然、怒号が飛び交ったそうだ。確かに「反則」ではないが、片や後がない手負いの先輩大関、こちらは優勝争いに絡む後輩大関。相手を敬う心と相撲道。せめて真っ向勝負してほしかった。こういう相撲はよく見掛ける。外国出身力士にこの心を理解してもらうには、あと何年かかるのだろうか。」(2017417西日本新聞

 

昨年の九州場所から田子の浦部屋の宿舎が近くにできたので稀勢の里・高安を応援しています。昨年の場所ではマスコミの取材も少なく、他の大関などが人気でした。今は、ヒーローで嬉しいです。

 

こちらはどこか寂しい社会の話です。いじめがなくならないひとつの原因は教育界が「いじめ」を認めない体質であることが大きいと思う。

 

「原発いじめは 大人社会反映  77

  福島1原発事故で福島県から横浜市に自主避難した生徒へのいじめ問題が報道された。他県でも起こっているようだ。「放射能がうつる」「・・・菌 賠償金があるだろう」「税金で暮らしている」。こういった誹謗中傷は非科学的な考えと経済格差によるねたみなど「差別意識」によるものだと思う。 原発いじめの特徴は、放射能に汚染された地域や原発事故の被害者だけに向けられた、特異な差別行為でることだ。本人がいくら 努力しても、逃れられない 非情な側面を持つ。さらに、恐喝や暴行など心身に大きな影響を及ぼす重大事態も発生している。これはいじめの範疇に収まらない、いわば犯罪行為である。悲しいことだ。

こうした子どもたちのいじめ。倫理観が薄れている大人社会の反映と思われてならないのだが・・・。」(2017417日西日本新聞)

 

 

005.JPG

 


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

ほめほめ週間 [寛容な社会]

 

 

わが家の通りは10軒。現役世代が2軒。あとはリタイア組ですが、独居が2軒。毎日歩いている人は2人。1人は私で、もう1人は糖尿病。二人ともリハビリの習慣からです。もう1人足が不自由な方が毎日ではないようですが歩かれています。

 

新聞コラムからです。

 

「花時計

五月病の取材で精神科医を訪ねた際、カウンセ リングを実際にしてみせてくれた。社歴12年だと言うと「一つに長く勤めるってなかなかできない。小さいお子さんを育てながら頑張ってますね」と穏やかな口調で肯定され、なぜか涙が出た同じ頃ツイッターで、るるてあさんが投稿する「肯定ペンギンのあかちゃん」のイラストを目にする。ペンギンの赤ちゃんが達成した小さなこと を「はみがきしてえらい !」「遅刻で済んだの えらい!」とほめてくれる精神科医によると、 ほめると自尊感情が高まりストレスに強くなる。「新人を鍛えよう」と考えている上司や先輩社員の皆さん、けなしてばかりいませんか?いいところを認めるのも指導の一環。さあ、ほめほめ週間スタートー!あ、毎週実施です。(河津由紀子)

2017620西日本新聞)

 

けなしてはダメと分かっていても・・・・。

012.JPG

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

「ビッグイシュー」が読めない [寛容な社会]

 

 

「論説委員の目  雨がほお濡らす野宿の夜

 

 髭戸太(ひげとふとし)さんは、福岡市・天神の街角で雑誌「ビッグイシュー」を販売していた。

 ホームレスの人たちが売って収益を得る、自立支援のための雑誌である。髭戸さんは一枚の紙に川柳を書いて「付録」として添えていた。

 〈老猫と日がな一日ベンチかな〉。クスッと笑って、切なくなる。川柳目当ての常連客も多かった。

 髭戸さんを見かけなくなって7年ほどになる。福岡市内の販売者は1人、2人と減り、2年前にいなくなった。自立がかなったのだろうか。

 ホームレス自立支援法施行から、この夏で15年になる。国と自治体が民間支援団体と連携し、就労支援や住宅確保に取り組んできた。

 厚生労働省によると、2003年に約2万5千人だったホームレスの人たちは今年1月時点で5534人に減った。九州7県は331人で、うち270人が福岡にいる。

 青空が広がった今月13日、福岡市博多区の美野島公園に三々五々、人が集ってきた。ホームレス支援を続けるNPO法人・美野島めぐみの家(瀬戸紀子理事長)が毎週火曜日の昼間、ここで炊き出しをしている。

 めぐみの家は自立支援センターや複数の民間支援団体と連携を深めてきた。「自立に向けて、いろんな機関につなぐ態勢が整ってきた」と瀬戸理事長は語る。

 炊き出しに集まる人は09年3月の300人超をピークに減少した。とはいえ、本年度に入っても毎回、40人前後の野宿者が来場している。

 セーフティーネットからこぼれ落ちる人は後を絶たない。景気が後退すれば、増加に転じる恐れもある。

 時限法である自立支援法を夏から10年間延長することが先週、国会で決まった。官民一丸となった自立支援を息長く続ける必要がある。

 炊き出しのカレーを食べた人々が美野島公園を去る。今夜のねぐらはどこだろうか。梅雨の晴れ間も長くは続くまい。〈夜に雨深い眠りの頬(ほお)濡(ぬ)らす〉(髭戸太)。新

2017/06/19西日本新聞朝刊=」

 

天神での販売は、福岡パルコの角、西鉄グランドホテル前、そして西日本新聞会館前などでしたが、もう2年ほど読んでいません。それは喜んでいいのかもしれませんが、読めないのは寂しい。

 

DSC01473.JPG

「進む、ナガサキと共に 1歳で被爆の和田さんNY行進 「核禁止実現を」西日本新聞」

国際条約交渉に保有国とそれに同調した日本が不参加です。それでも条約の実現はされるのではないかという。NGOなどの役割が高い。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

子どもを産むのは [寛容な社会]

 

 

松尾スズキ氏の連載の随筆からです。

 

「少年水死体事件 ㊱ 松尾スズキ 

私は、子供の気持ちに取り入ることを捨て、人生の邪魔をされぬよう彼らをなるたけ視界に入れないように入れないように生き、二度結婚しても子作りすることもなく現在に至 っている。どんな子供も最終的には皆 死ぬのに、なぜわざわざ産むのだろう。 遺伝子を残したいから?その果てを 見ることはかなわないし、どうせ、自殺者だらけの国に生まれるのだ。せえの、で、人類が子を産むのをやめれば、 皆、平等にゆっくり滅び、争いのない 穏やかな世界が訪れるのに。がつがつと子孫を末期まで残そうって根性こそが欲深で下品じゃないか?私は酔っぱらうと、そこまで極端に考えてしまうことがある。そういう意味ではいい 歳をして私はまったく大人になりきれていないわけだが、それもこれも皆、子供のせいだという考えに立ち返って、しまうのである。あの「未来しかない」というようなあさましい輝き加減がいただけない。子供に罪はない、というが、私はあると思う。罪があるのがばればれの顔をしてのうのうと歩いている子供を実際よく見かける。もちろん私にもきっとあった。その罪をつぐなうために大人になってヒイヒイ働いて税金を納めているわけだが、よく考えてみれば子供の時代もそこそこ罰を受けているような修羅場が常態のような感情で生きていたのに、人生罰ばかりじゃないか、ええい、理不尽なり、という思いもある。

(作家、演出家俳優。挿絵も筆者)(一部引用)」(201767日西日本新聞)

 

私もまた若い頃、どうせ死ぬのにと思ったことがあります。それは、自分の能力では解決しきれない環境にいたことからだと思います。親は勝手に子どもを作って放擲しているように思えました。人口減社会の根っこにこんな情念がなければいいのですが。だが、病気や障害などによる本人への影響はネガティブなものばかりでなく、「ストレス関連成長」という世界観などの再構築がされたという。その要素は①性格・性別 ②病気などに対する対処能力がある ③衝撃的なものであったかどうかという。

 

 

003.JPG

 

「懐かしい花の贈り物に感謝 66

私の花好きをよく知っている三男はいつも「母の日」 に珍しいアジサイやフジなどの鉢植えプレゼントし てくれる。カーネーション はあまり好きではない。も ともと、定番が好きではない性格でもある。 「今年はとても懐かしい花だよ」。ネジバナを鉢植えにしたものだった。ネットで購入したという。三男が小学校低学年のころ、学校の帰り道に「お母さんの大好きな花だ」と言って、両手いっぱい摘んできて私を喜ばせてくれた。25年前のことなのに、よ く覚えていたものだ。田んぼのあぜ道や土手、公園の芝生に、らせん状にねじれた茎にかわいい小さなピン クの花を咲かせるラン科の植物。雑草扱いされているが、育てるのは難しい。心のこもった花を枯らさず、育てたい。アジサイもフジも元気に育っている。母子家庭になって頑張っていたころが思い出される。」(同前)

 


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

「黙示の共謀」 [寛容な社会]

 

 

『黒島の女たち―特攻隊を語り継ぐこと』を読み始めています。鹿児島市の南方の黒島・硫黄島・竹島を三島村というそうです。村役場が鹿児島市にあるという珍しい村だということは聞いていましたが、どういう島かは知りませんでした。黒島では「あしたよな」という方言があり、別れの言葉だそうです。「また明日」というけれど島から離れればいつ会えるか分からないともいう。だから、「あしたよな」と言うのではないかと・・・。

 

共謀罪についていろいろと指摘されていますが、中島岳志氏は次のようなことを指摘しています。

 

「山下幸夫は「共謀罪は市民運動の取り締まり強化が目的」(マスコミ市民」 5月号)の中で、「LINEの既読スルー」を例に挙げ、危険性を警告する。LINEとは、スマートフォンなどに対応したアプリケーションで、複数人のグループでメッセージのやりとりができる。送られてきたメッセージを開くと、返信をしなくても「既読」という表示が出る。共謀罪に抵触するような内容が書かれたメッセージが届き、それを無視した場合(既読スルー)、「見たけれど何も異論を唱えなかった」として「黙示の共謀」と見なされる可能性があるという。これは怖い。特定のターゲットを容易に陥れ、逮捕に導くことが可能となってしまう。 伊藤博敏は「本当に怖い共謀罪!『LlNEを証拠に逮捕』の冤罪事件が語る教訓」(WEB-現代ビジネス)‘で、現実に起きた事件を取り上げ、すでにLINEやメールは捜査当局に「見られ放題」になっていると指摘する。LINE株式会社は、捜査機関から利用者情報の開示請求に応じ、データを提供している。「共謀罪における事前謀議という内心を推し量る作業は、ビッグデータのなかに既に格納されている」。ネット社会に生きる私たちは、すでに捜査機関から自動的に監視された存在だと論じる。(一部引用)」(2017527西日本新聞

 

LINEが特異ということではないようです。監視される・管理される立場にいつのまにかなっているという。それは望んでいないのに・・・。

 

 

026.JPG

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感
前の10件 | - 寛容な社会 ブログトップ