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動かないものも [支え合う社会]

 

 

「巣立ちに歓声静けさが戻る 55

スズメより大きく、ハトより小さな烏がハナミズキの高い枝に巣を作った。名前を聞くと、ヒヨドリとのこと。雌が巣に入ったまま動かない日々が続いた。 ある日、数羽のひなが誕生した。雌は忙しい。餌をせわしなく、ひなたちに運ぶ。が 巣立ちの日がやって来た。3羽のひなが巣から飛び立った。親鳥2羽が見守っている。建物の窓際に人だかりができた。けなげにひなが高さ5Mの巣からダイブすると、周囲から思わず歓声が上がった。 枝に止まれずに、地面に 落下するひなも。1羽は勇敢にも、枝に止まっていた クマゼミに体当たりした。 狩りのつもりだろうか。し かし、相手が大きすぎた。 セミは青空に向かって飛ん でいった。大騒動の一日が過ぎ、巣は空になった。静かになり、ハナミズキは寂しさに包ま

れている。夏なのに、夏に取り残されたハナミズキ・・・」(2017830西日本新聞

 

ヒヨドリの生命力に対する拍手でしょうか。

動かないが生命力があるのが植物です。

 

「植物は、動くことができない。そのため、生息する環境を選ぶことができないのだ。そ の環境が生存や生育に適さないとしても文句を言うこともできないし、逃げることもできな い。その環境を受け入れるしかないのだ。 そして、環境が変えられないとすれば、どうすれば良いのだろうか。環境が変えられない のであれば、環境に合わせて、自分自身が変化するしかない、だから、植物は動物に比べて 「変化する力」が大きいのである。 植物の中でも雑草は可塑性、が大きく、自由自在に変化することができる。この「変化する 力」にとって、もっとも重要なことは何だろうか。それは「変化しないことである」と私は思う。

植物にとって重要なことは、花を咲かせて種子を残すことにある。ここはぶれることはな

い。種子を生産するという目的は明確、だから、目的までの行き方は自由に選ぶことができる。だからこそ雑草は、サイズを変化させたり、ライフサイクルを変化させたり、伸び方も変化させることができるのである。」(『植物はなぜ動かないのか』稲垣栄洋)

 

クローバーと間違われやすい雑草「カタバミ」は武家の家紋に使われることが多いという。カタバミは地味な草なのですがその生命力の強さに家の繁栄を託したのだという。武士の切なる思いが草に光を当てたのではないか。

 

 

 

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この対応は [支え合う社会]

 

 

新聞の投稿欄からです。

 

「夫の初盆迎え炭坑節で供養  78

お付き合いに長い、短いはあっても、深いご縁を頂いた方々が夫の初盆のお参りに来てくださった。特に地域の高齢の方々は「ペタンクやゲートボー ルに行く時はいつも車に乗 せてもらって・・・」「行政区、 お宮、老人会のお世話を長い間、ありがとうございま した」と遺影に感謝の言葉 を頂きました。この地域は初盆を迎えた人々を供養するため盆踊りは各家を回っていた。が、今では諸般の事情から地域の公民館前庭で聞かれている。今回も供養の30分前から踊りの先生の指導後、遺影と家族の紹介をしていた所だいた。

締めの炭坑節は「供養になります、どうぞ」の言葉を受け、輪の中に入れてもらった。「あなた、たくさんの感謝の言葉を頂きましたよ」とつぶやく。炭坑節は子も孫も輪の中に入れてもらった。「あなた、見えていましたか」(2017831西日本新聞)

 

地域の伝統行事は残していきたいですね。

 

有名歌手が飛行機の離陸待ちが長くなって乗客が落ち着かなくなったので代表曲を歌って「神対応」と言われました。こちらは「神対応」では・・・。

 

80円の助け舟 恩情の明かり  70

長女の子、孫の話で温かい気持ちになった。孫は高2で、自転車通学。運動部 に入っている。その日は朝練に遅れそうになり、駐輪外に止め、登校した。 帰り、日が落ちた中、自 転車を捜したが、撤去され ていた。そこで張り紙を見て、1時間かけて保管場所 まで歩いていった。 すると、罰金が1500 円という。財布には142 0円しかない。困っていると、係の方が「今日はおじさん80円貸してあげよう」と助け舟。その恩情に、どんなに救われたことか。暗い気持ちに明かりがともったに違いない。帰宅後、母親の娘に報告したら「自分がうれしいことを他の人にもしてあげて」と言われたそうだ。思春期真っ盛り、貴重な体験になった。ご親切、本当にありがとうございました。」(同前)

 

いい話だ。

 

 

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親切 [支え合う社会]

 

 

福岡市で有名な喫茶店「ばんぢろ」が再開されたという。場所は川端だという。私はアイスコーヒーが好きでした。

 

読み返した本からです。進化の歴史は面白い。

 

「中生代ジュラ紀、恐竜たちが闊歩していた時代に繁栄を遂げていたのは、裸子植物であっ た。裸子植物は美しい花を咲かせることはない。ジュラ紀の森には、私たちがイメージする ような色とりどりの花はまったくなかったのである。 植物が美しい花を咲かせるのは、昆虫を呼び寄せて受粉させるためである。裸子植物は、風に乗せて花粉を運ぶ風媒花である。そのため、裸子植物の花は、花びらで装飾する必要がない。むしろ、風まかせで花粉を運ぶ方法は、雄花から雌花に花粉、が届く確率は低い。花びらを作るような余計なことにエネルギーを使うよりも、少しでもたくさんの花粉を作った方が良い。」(『植物はなぜ動かないのか』稲垣栄洋)

 

読んだ本の中からいい話を。『最後の時を自分らしく-在宅治療ができること』レシャード・カレッド著。レシャードさんはアフガニスタンからの帰化人です。

 

「アフガニスタンの大学の医学部に合格した後、日本への留学を申し込んだのは、そういう日本への憧れに似た気持ちからでしたo『知ってほしいアフガニスタン』にも書きましたが、留学した最初は千葉大学で日本語などを学びました。 この時、日本人の老夫婦のお宅に下宿させてもらったのですが、このお二人は、「外国人お断り」という下宿が多かった当時、

私に非常に親切にしてくれました。和食のまかないを出してくれていたのですが、その食費はおろか、下宿代さえも受け取ろうとしないのです。私はいったいなぜ、と思い、ある日そのことを尋ねました。その時お二人が話してくれたことは、今でもよく憶えています。このご夫婦は第二次世界大戦中、当時の 「満州」つまり中国の東北部に暮らしていたのですが、敗戦時に逃げ遅れ、取り残されてしまいました。中国の人々にしてみれば、自分たちの国を侵略した憎い日本の人間ですから、お二人には身の危険もあったのですが、そういう時にお二人を、ある中国人のおばあさんがかくまってくれたそうです。おばあさんは貧しい一人暮らしでしたが、一部屋しかなかった家の地下室に2人をかくまい、外に出なくてすむよう、僅かな収入の中から二人の食料も買ってきて出してくれました。そしてある日、人に日本行きの船を頼んで二人を船底に隠し、帰国させてくれたのです。そんな体験をされたとのことでした。そんな経緯でもあったため、お二人は、その中国人のおばあさんとろくに別れの挨 拶もできず、またその後の連絡も取れず、お礼をしたくてもできないまま、戦後、日本で暮らしてこられましたoそれだけに、その恩を、いつか困っている人に分け与えたいと追ってきたそうです。そして、たまたま異国で学ぶのに下宿先がなくて困っている私と出会って、自分たちが受けた無償の思いやりを、私に対して今度は自分たちが与えたいと思われたということでした。」

 

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小さなスコップも必要 [支え合う社会]

 

 

新聞の投稿欄からです。

 

「サイズ合えば おしゃれする 49

なぜ、おしゃれな店の服は標準サイズまでしか置いていないのだろうか。これくらいゆったりしたデザインならいけるかも。そんな淡い期待を抱きつつ、試着。どうにか体のラインをほどよく整えてくれる服に出合うと、小躍りしたい気分だ。バーゲンと聞けば血が騒ぐ。が、残念ながら「ぽっちゃり」のため「こんなにすてきなのに入らない」と涙をのむことがある。街を歩けば、小枝のように細い人しばかりではない。私より立派な体格の人だつて存在する。ファストフアッションの店でサイズ分けされた衣類を見ていると、せっかく買う気でいるのに「XL」はよく売り切れている。売り切れる「XL」をなぜ、充実させないのだろうか。悔しい。ぽっちゃりだっておしゃれがしたい。サイズが合えば服を買いたい人の需要を満たせば、売り上げアップ間違いなし。買った人も喜ぶ。丸く収まるではないか。」(2017729日西日本新聞)

 

新聞のコラムからです。

 

デスク日記

汗が噴き出す。「15分ごとの休憩」が待ち遠しい。湿った粘土のような泥が重く、バケツを引きずって運んだ。九州豪雨の発生から2週間が過ぎた日曜日、災害ボランティアに行った福岡県東峰村の宝珠山地区は、この日も温度計は35度を超えていた。

受け付け開始の午前9時より30分以上早く着いたが、既に多くのボランティアが待っていた。被災地を転戦する猛者も多く、土砂出しに入った民家でも経験豊富な二十数人が一緒。非力で技術もない自分に肩を落とすと「床下の泥かきは重機じゃできんよ」。復興へは、大きなスコップも、小さなスコップもたくさん必要だと教えられた。

昼休みに「土砂が駆け降りてきた」という林道を見に行った。無数の突起が生えた異様な隆起のアスファルトが、延々と続いていた。自然の前に人間の力は小さい。ボランティアも新聞も、息長く被災地を支えなければ、と改めて胸に刻んだ。 (相本倫子)=2017/07/30付 西日本新聞朝刊=」

 

高齢の被災者がこの年では再建などという・・・。同い年の私にはこたえる話がある地になにができるのでしょうか。

 

こんな報道も・・

秋田県の佐竹敬久知事は26日の緊急記者会見で、県が記録的な大雨被害に遭った際、県外で一緒にゴルフをした相手を「友人」と説明したのは虚偽だったと認め、同行した県部長2人を「かばう気持ちがあった」と述べた。辞任については「態度を改めて仕事をし、県政の進展で今回のことを挽回したい」と否定した。(以下略)」西日本新聞は伝えています。

 

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力強い歴史—先駆者の願いは [支え合う社会]

 

 

 民生委員は役所が作ったものだろうという色眼鏡で見ていました。

 

「民生委員100年 宮武剛

時代を支え時代を拓く

民生委員制度は、191 7(大正6)年、岡山県で 「済世顧問」として発足し、 翌年、大阪府が「方面委員」を設け、全国ヘ広がった。 ことし1世紀の歳月を刻み、7910東京で記念大会が開かれる。困窮者の相談支援に努める長い歩みは、日本の近現代を生活現場から映し出す歴史である。

創設期は「米騒動」から 世界恐慌、昭和恐慌ヘ庶民を奈落の底ヘ突き落とす時代だった。我が国初の救貧法制「救護法」は29(昭和4)年、ようやく制定されたものの、膨大な軍事費の重圧で財源がなく施行のめどさえ立たなかった。方面委員たちは、その実 施を求める運動を展開し た。日本の「資本主義の父」であり「福祉の先駆者」でもあった渋沢栄一翁は、主治医の反対を押し切り病身で蔵相らを訪ね、その後、寝込んで死去した。福岡正道・埼玉県代表は、「無い袖は振れない」と突さ放す蔵相を弾劾し、悲憤慷慨の余り倒れて亡くなった。委員たちは、ついに天皇への「上奏」に賭ける。

「陛下の赤子20万今正に 飢餓線上を彷徨するを見るに忍びず・・・」。 烈々たる気迫が歳月を超 えて伝わる。上奏は天皇に届いたのか、定かではない。だが、政府は周章狼狽し、救護法は32年やっと施行された。

苦肉の策で競馬法を改正して馬券発売を認め、収益も 財源にされた。同年開催の 第1回「日本ダービー」が救護法を牽引したのだ。 しかし、既に満州事変が勃発し、救貧も福祉も戦争に蹴散らされていく。敗戦後の46年、民生委員と改称・改革され、翌年、 初めて「福祉」が法律名に 入った児童福祉法制定で児童委員兼任となった。 戦後の委員たちの活躍も,また時代を映し出す。闇米を拒否し餓死する裁判官さえ出た生活苦の中で「世帯更生運動」を始め、「心配ごと相談所』開設、「助け合い資金」設置、 「世帯更生資金」創設など に取り組んだ。 高齢化社会を迎えた73年には、我が国初の『居宅ねたきり老人実態調査」を実施した。20万人を超える要介護者の存在は高齢化への 対応を迫った。 いま委員は231000 人。女性が6割、60歳代が 6割強。欠員も目立つ中で、都市部では1200~400世帯を担当する。被保護世帯は増え続け、児童の相対的貧困は先進国中最悪である。虐待、ひきこもり、ゴミ屋敷、悪質商法など新たな課題が地域に渦巻く。庶民の良き相談相手という役割の大変さと大事さに改めて感謝したい。(本紙論説委員)』(福祉新聞626日)

 

放送大学の『高齢期の生活と福祉』のテキストによれば、相談件数は710万(平成24年度)を超えており、「民生委員1人による1月当たりの活動は、相談支援件数が約3件、訪問連絡調整回数が約19件、その他が約10件で、平均活動日数は11日となっている」という。印象からすれば、地域行事への参加も多く、もっと多忙のように思う。

 

 

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出しゃばることも [支え合う社会]

 

 

新聞の投稿欄からです。

 

「甘夏ミカンの酸っぱい魅力   79

夏日になった日、甘夏ミカンを食べた。とても爽やかで、美味であった。近所の家の庭の隅にある大きな に木から取れたものである。 化成肥料を使わず、無農薬で育てられている。落ち 葉や食材の残りで堆肥を作るどのこと。その家の方は害虫にやられず、毎年よく なりますと話しであった。 私もダニやカイガラムシ などがなぜ、発生しないのか分からない。木が元気なので、きっと寄せつけないのだろう。

甘夏ミカンは酸っぱさが嫌われて、最近はあまり人気がない。収穫する人がなく、木になったまま放置されているのをよく見かける。もったいない。その酸っぱは体温を下げてくれる。暑さ対策には、最高の果実である。見直そう。」(2017525西日本新聞)

 

 

「(声)認知症、他人も出しゃばろう 37歳 2017529日朝日新聞

 農作業を手伝いに早朝、実家に行ったら見知らぬ高齢女性がいらっしゃいました。両親に聞くと、一人で歩いていた認知症の方を保護したそうです。独居という彼女を私が車で送ることにしました。

 私は体調不良で退職したものの介護福祉士です。車を出してすぐ、彼女の病気の深刻さに気づきました。まず会話が成立しません。なんとか住所を聞き、送り届けたお宅は実家から9キロ先の山奥。家の前にライトをつけっ放し、エンジンもかけっ放しの車が斜めに止められていました。「車が勝手に車庫から出てきて怖くなったから歩いて逃げた」とおっしゃいます。

 彼女が自宅に入り、玄関の鍵を内側から掛けたのを見届けた足で、私は市役所の高齢福祉課へ参りました。「かなり急を要する事態です。1人にしておくと人命に関わります」とお伝えするために。

 父は私に申しました。「親類縁者がいるはず。他人のお前が出しゃばるな」。でも、あえて申し上げます。皆様、出しゃばってください。一人歩きの彼、彼女は、あなたの助けを必要としています。」

 

でも、専門職だからできることかもしれません。素人がどうするかは行政窓口の周知しかないのでしょうか。

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祈る [支え合う社会]

祈る

 

「理解できない 教育勅語称賛  70

  41日付「春秋」を書き写していたら、途中でペンが止まりました。「教育勅語の愛国教育を『素晴らしいと聞いている』と言う首相や『教育勅語の核の部分を取り戻すべきだ』と国会答弁する防衛相」との文章があったからです。エープリルフールかと錯覚しました。教育勅語は親・ 孝行や友愛など、現代社会 で希薄になっている大切なことも説いています。それは前段だけ、本質は天皇を頂点とした国家体制であり、軍国主義です。その悲惨 な結末は周知の事実です。にもかかわらず、なぜ逆戻りの発想が浮かぶのでしょうか。いかなる理屈を並べても到底、理解できるものではありません。「森友学園」問題を政権が必死になって火消しに奔走する姿。そこには何らかの意図、疑念すら感じます。教育は国家の基本です。同じ過ちを繰り返さない固い信念を持つべきです。」(2017420日西日本新聞

 

ちょっと前の時代ではこんな発言したらどうなっていたのでしょうか。事態の急展開についていけません。

 

久しぶりに 「SWITCHインタビュー 達人達(たち)422日土曜」を観ました。 

福島智×柳澤桂子」でした。番組HPでは次のように説明しています。

 

障害者を取り巻く問題を当事者として研究する東大教授の福島智。難病と闘い、思索と執筆を続ける生命科学者の柳澤桂子。自らの体験を交え「生きるとは何か」を語り合う。

 

9歳で視力を、18歳で聴力を失った福島。指点字という方法で周りとコミュニケーションをとりながら勉強を続け、バリアフリー研究者となった。一方、柳澤は女性の大学進学がまだ珍しかった時代に米国留学、最先端の遺伝子研究に取り組むが31歳で突然、原因不明の難病に襲われた。以来、病と闘いながら生命科学について思索をめぐらせている。番組では福島が2日間にわたって柳澤の自宅を訪ね、命と存在をめぐる対話を重ねる。

【出演】バリアフリー研究者、東京大学教授…福島智,生命科学者柳澤桂子,【語り】吉田羊,六角精児」

 

福島氏の発言にはいつも触発されます。昨日はたしか柳澤さんからだったと思いますが、紙などとは無関係に「祈る」ことの意味が語られました。自分の力ではなんともしようがない運命に遭遇した二人にとっての「祈る」ということはどういうことでしょうか。人間としての希望を見出すためにも「祈る」ことで希望をつなぐということか。そんなものとも違うように聞いた。なんと説明したらよいか。

 

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40歳で衰え [支え合う社会]

 

 

「仲畑流・万能川柳  毎日新聞2017418日 東京朝刊

☆印は秀逸(仲畑貴志選)

 

☆消音で見ると愉快なトランプ氏 いわき バッパさん

さすらいの旅の途中か蟻一匹 安曇野 荻笑

景品が尽きて5等は美女のチュー 白石 よねづ徹夜

有識者便利屋さんのように見え さいたま 高本光政 (以下略)」

 

40歳でも大変になのだ。

 

「人生相談 40歳独身 身体の衰え感じる=回答者・高橋源一郎

 毎日新聞2017417日 東京朝刊

昨年40歳になり、これからの人生に漠然とした不安を覚えています。夜中にトイレのため目覚めるようになり、白髪も目に付くようになりました。身体面の衰えだけでなく、仕事や生活についても不安があります。独身で、介護が必要になったらどうしようかなどと思ってしまいます。還暦までの20年、どのような心構えが必要なのでしょうか。(40歳・男性)

 (以下略)」

 

私の息子たちもいつのまにか40歳を超えています。夜中のトイレ起きは1回では済まなくなった私。白髪は消え、紙そのものが消滅寸前です。だが、私たちの時代は働きすぎなどは労働組合がありましたが、今は歯止めがない。改革と叫んでも100時間の残業は認めるという。

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本質とは違う [支え合う社会]

 

 

相模原障害者施設事件を理由に措置入院などの問題があるとして改正法案が審議されているが、改正理由からその理由を削除したという。事件を利用したと言われても仕方がない。

そんなことが他にも、道徳教育強化で「いじめ」をなくすというが・・・。

 

「『尾木ママ』こと尾木直樹さん は「道徳教育をどんなに強化しても、いじめの克服には役立たない」と強調する。 尾木さんは、道徳を教科化するきっかけとなった2011年 の大津市での中2男子いじめ自 殺事件で、第三者調査委員会の 委員を務めた。
「いじめがいけないことだと 分かっていない子どもはいない」というのが尾木さんの 持論。なぜいじめがいけないか を尋ねたり、議論したりすることにあまり意味はないという。
いけないことだと分かって いるのにいじめてしまう心理や、格差や子どもの貧困といっ
た社会的な背景を考えることが 重要で、いじめ問題を道徳に封じ込めたら駄目
」と言い切る。また、教科化に伴い、教諭は子どもたちを「評価」することになる。「道徳という心の内面を評価できるのか」といった声に対して、合田課長は「O×かではなく、子どもたちがいかに自分のこととして考えているかを先生には見てほしい」と言う。ただ、尾木さんは、高い「評価」

を得ようと「いい子」を演じようとする子どもたちがこれまで以上に増えることを懸念する

「いい子を演じる子の中には、自己嫌悪に陥って苦しむ子も多い。文科省は全く現場を知らず、大津の事件を教科化の理由に挙げることに強い怒りを覚えます」(伊東秀純)」(2017416西日本新聞

 

尾木さんの意見がまともだと思う。道徳教育を強化して子どもを育てたい政権が事件を利用しているように感じます。

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義務教育で手話を [支え合う社会]

 

 

茨木のり子氏没後の詩集『歳月』を読んでいます。

 

「最後の晩餐

 

明日は入院という前の夜

あわただしく整えた献立を

なぜいつまでも覚えているのかしら

箸をとりながら

「退院してこうしてまた

 いっしょにごはんを食べたいな」

子供のような台詞にぐっときて

泣き伏したいのをこらえ

「そうならないで どうしますか」

モレシャン口調で励ましながら

まじまじと眺めた食卓

 

昨夜の残りのけんちん汁

鶏のから揚げ

ほーれん草のおひたし

 

我が家での

それが最後の晩餐になろうとは

つゆしらず

入院準備に気をとられての

あまりにもささやかだった三月のあの日の夕食」

 

モレシャンがどれだけの人に通じるかと思いつつ、通じる私ににやりとして。

さて、次の意見には全面的に賛成です。テレビ手話講座でなんとかならないかと思いましたが、なかなか難しい。小さい時から学んだが良いのでは。

 

「(声)義務教育に手話を取り入れて 14歳 2017320日朝日新聞

 

 「聴覚障害者には唇を見せて」(2月7日)を読んだ。投稿者は聴覚障害者で、「マスクをずらして、唇が見えるようにして頂きたい」と訴えていた。私も同じ意見だ。

 私には聴覚障害の祖母がいる。祖母の苦労をこの目で見てきた。例えば、レジで店員さんが「○○円です」と言っても、祖母の耳には届かない。祖母は金額表示を見て、代金を支払う。それに気づいた店員さんが口の動きを大きくして、再度金額を言ってくれることもある。

 聴覚障害は外見で判断しにくく、相手はなかなか気づかない。そのため、コミュニケーションに苦労することが多い。相手が聴覚障害者だと分かったら、口の動きを大きくしたり、身ぶり手ぶりを加えたりしてほしい。

 一つの提案をしたい。義務教育の必修科目に「手話」を取り入れることだ。将来、手話を使える人が増えれば、聴覚障害がある人もない人も、もっといろんな人との交流が可能になり、人生が豊かになるのではないかと思う。」   

 

国連の障害者権利条約は「手話」は言語として認定しています。そして、国内でも言語つまり国語であるという活動が広がっています。ただ、年配者は難聴者も多いので別の問題もありますが・・・。

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