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お父さんの目線は [支え合う社会]

 

 

PHSが終了するという。95年にサービス開始だというから20年余の寿命です。私が50歳ころでした。ちょうど、外回りの仕事をしていたので重宝しました。最初は大きくて手提げかばんに入れていました。やがて持ち歩きやすく、安価なケイタイの普及で消えていきました。

 

母の背中を感じていたのだろうか。手を引かれた思い出はあるが・・・。

 

「(声)かあさんのせなか あこがれ抱き見つめ続けてきた 2018421日朝日新聞

 ■みんなで語ろう かあさんのせなか   高校生 17歳

 私には生まれた時から、お父さんがいない。生まれてから17年間見てきたのは、お母さんの背中である。

 1歳になるころには、私は保育園に入園していた。一人で歩けなかった時も、歩けるようになった後も、おんぶをしてもらったことがない。そのため、お母さんの背中の大きさを体験できたことは一度もないが、どんなに暑い日も、雨の日も、寒い日も、大きな背中を後ろから見ていた。

 小さな私を保育園に預けて仕事に向かう後ろ姿は、年齢を重ねるにつれ、どこかさみしい背中に見えるようになった。お母さんの背中を見る機会はほとんどなくなったが、ふとした瞬間に見ると、なぜか小さくなった気がする。(以下略)」

 

音楽家の坂本龍一さんの「ファミリーヒストリー」を観ました。視線を合わせない父子だったが、父は息子の出演する番組などをチェックしていたという。龍一氏にうっすらと涙がにじんでいた。

 

                       

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ひそかなエールを [支え合う社会]

 

 

年寄りにとって妻より先に逝くかどうかは切実な問題です。ある先輩は年上の奥さんだったのですが、奥さんに先に逝かれての落胆ぶりを知っていますので、その大変さを感じていました。たが、高齢者はあきらめもつきますが、働き盛りでは奥さんの背負うものは大きいでしょうね。

 

 

「女性投稿欄 紅皿 「頑張って」心でエール 

仕事帰りの電車に乗っていると、隣に小学生くらいの女の子とお母さんが座った。お母さん の膝の上にいる女の子がかわいくて「お母さんとお出掛け、いいね」と話しかけると、女の子ははにかみ、お母さんが「大きいんですけど2 年生なんですよ」と話し始め、おしゃべりに花が咲いた。ふと「主人、亡くなっていないんですよ」と言われて私は驚き、とっさに「うちもよ。娘が4歳、3歳の時に亡くなったのよ」。 聞けば、一周忌が終わったばかりとのこと。 それからすぐ、私が降りる駅が近づき、 まだ話したいと思っていたが、「子どもがいるから頑張れる。だから頑張ってね」と手を握りながら言うのが精いっぱいで電車を降りた。(以下略) (ヘルパー・51歳 福岡市東区)」(2018417日西日本新聞)

 

読んだ私もエールをおくります。

 

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優先席気も満杯で [支え合う社会]

 

 

「仲畑流万能川柳 毎日新聞2018328日 東京朝刊

☆印は秀逸(仲畑貴志選)

☆定年に何人残る入社式 横浜 ジラム

見つめ合い同時にアクビする夫婦 神奈川 荒川淳

載らなくも仲間意識で出している 北海道 平ちゃん (以下略)」

 

入社式の季節です。不安と期待どちらが大きかったのかは忘れましたが・・・。

 

「(ひととき)優先席、譲り譲られ 2018329日朝日新聞

 髪はまっ白、背中は丸い。誰が見ても私は老女だ。だから、電車に乗る時は優先席側に足を運ぶ。そうしないと、座っているほかの乗客にいらぬ気遣いをさせそうだからだ。

 先日、都心に出かける用事があって午前10時ごろ、私鉄に乗った。まずまずの混み具合であるが運よく、二つ目の駅で優先席に座れた。だが三つ目の駅で、この方が優先席に座らずして誰が座る、と見受けられる老女が杖を突いて乗り込んできた。私はとっさに立ちあがると、と言うより、気付いたら席を譲っていた。

 その次の駅でのことだ。私の肩をたたく人がいる。先ほどから私の斜め前に立っていた若い女性が、「どうぞここに」と席を確保してくれているのだ。その席はほかの若い女性が座っていた席で、その人に何かささやきかけているのをちらっと見かけたから、きっと私に席を譲ってやってくれないかと、頼んでくれたのに違いない。(以下略)(横浜市 主婦 72歳)」

 

図書館の帰りなどは昼前ですが、スーパーのあるバス停で老女が何人も乗降されます。優先席はすぐに満席に。幸いというか、その後のバス停でまとまって乗ってくる人はいませんが・・・。ですが、優先席に座っている若者が気づかないふりをするのはなんとも・・・。

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声を掛けて [支え合う社会]

 

 

「年金機構、違反把握後も契約見直さず=中国業者再委託―誤入力318000人か/時事通信」と聞くと、この国は大丈夫なのかと思ってしまいます。そんときには朝日新聞の「ひととき」を読んでいます。

 

「(ひととき)みなさんを見習って  2018322日朝日新聞

 この3月で2度目の育休が終わる。今回の育休中に引っ越しをしたため、5歳の兄は保育園まで電車で通うことになった。送りは夫がすることになったが、迎えは赤ちゃん連れの自分。どうなることかと不安でいっぱいだったが、たくさんの見知らぬ方々に助けられ、この電車での通園を終えようとしている。

 ホームや車内では、「子育て頑張ってね」「可愛い赤ちゃんだね」と数え切れないほど声をかけてもらった。エレベーターでは私たちを先に通してくれた。ベビーカーを担いで階段を上っていると、「手伝いますよ」と片方を持ってくれた。温かい人たちばかりだった。感謝の気持ちでいっぱいだ。

 そんなある日、車内に目の不自由な方がいて、その方の前の席が空いていた。余計なお世話かな……と迷いつつも「席、空いてますよ」と声をかけると、「ありがとうございます。次で降りるので大丈夫です」とにっこりおっしゃった。

 これからは自分が誰かの助けになれるように、少しの勇気をもって、声を出していこうと思った。私たち親子に親切にしてくださった、たくさんの人たちを見習って。 (小学校教諭 36歳)」

 

声にしてみることは勇気がいりますね。でも、大切なことだと思いますが・・・。目の不自由な方は乗降口付近に立っておられるのをよく見ます。降りる行動がスムーズに行くためでしょうか。尋ねたことがありませんが。

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座布団1枚 [支え合う社会]

 

 

「10代に響く言葉たち 1.6

沖縄県の中2生が挙げたのは認知症の進む祖母の言葉だ。「脳では忘れるかもしれない。でも、 心では絶対に忘れないよ」。孫の名も家への道も忘れる姿に「どうせ、私と過ごしたことも全部忘れるんでしょ」と言ってしまった時の返事という。「男は女を裏切るし、女は男を裏切るけれど、科学は私を裏切らない」。ドキッとするひと言を選んだのは横浜市の中1生。科学の先生のそのまた先生の言葉である。男女の裏切りなど人生経験の少ない自分にはわからないが、この言葉は心に直球で届いたと説明する。(一部引用)」(『天声人語2017年1月-6月』)

 

認知症になっても心は忘れないと思いたい。それは生き方がしっかりしているかから返せた言葉なのでしょうか。科学は裏切らないのでしょうか。その点では疑問を感じます。

 

 

「コラム  気流

「ご安全に」。かって取材した炭鉱や製鉄所では社内でこの言葉が飛び交っていた。常に口に出すことで安全第一を再確認する。 危険と隣り合わせの職場の厳しさがこの二一言に凝縮されている▼福岡県久山町の久原本家グループ本社では「ありがとうございます」。朝も昼も会議の始まりも退社時も、社員同士は「ありがとうございます」。電話が鳴った時も、メールの書き出しもこれ。日頃から周りの人に感謝の気持ちを持つためだそう▼JR九州の唐池恒二会長が社長時代に出演したNHKEテレの 「仕事学のすすめ」の一コマが記憶に残っている。駅での 乗客への呼び掛けが「お客さん」と「お客さま」では大違いだと。「お客さま」と社員の意識が変わり、相手を大切にする思いが伝わる。客、お客、お客さん、お客さま。言葉の重みを実感する。」(2018315日西日本新聞)

 

「お客さま」の会社は最近はどうなのでしょうか。

 

 

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夜明けは [支え合う社会]

 

 

瓜生結弦さんの国民栄誉賞が決まりそうだという。高木選手の金メダル2個と言うのも凄いと思うけど。検討委員会みたいなものがあってもいいのではないかと思いました。

 

新聞の投稿欄からです。

 

「新聞配達6年 息子に夜明け 59

私と息子は西日本新聞の配達をしています。実は息子は中3の時、不登校になり、それから約2年半ほど家にひきこもりました。そんなある朝「僕も朝刊を配ろうかな。朝なら外に出られるような気がするから」と久しぶりの会話でした。それから6年、息子は今でも休まず、朝刊を配っています。その間、通信教育を受け、高卒認定試験に合格、コンビューター専門学校に入学しました。今春、卒業して都内のIT企業ヘ就職が決まりました。本当に夢のようです。面接の時、新聞配達をしながら専門学校に通った話をすると、面接の方からすごく褒められたそうです。「入社試験は駄目だったけど、面接で拾ってもらった。休まず朝刊を配ったご褒美かもね」。6年前には想像もできなかった息子の笑顔がそこにありました。

不登校やひきこもりで悩んでいる家族の方、出口のないトンネルはありません。今は真っ暗闇でも、希望を持って少しずつ歩いて行けば、必ず光輝く出口にたどり着きます。何が起こるか分からないから、人生は面白い。夜明けはやってきます。」(201828日西日本新聞)

 

親御さんの対応も良かったのでしょうね。「面接で拾ってもらった」と言えるのは簡単なことではありませんが。

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出会いたい [支え合う社会]

 

 

新聞の投稿欄からです。

 

「少しずつ心の窓を開けたい  39

「ぬくもりで支え合う夢を見た」(123)を拝読しました。私自身、結婚歴 がない独身で、子供もない女性です。 人間関係で心身の不調をきたし、転職活動も3年近く。自信をなくしています。同居の両親は健在ですが、将来ひとりきりになってしまう不安もあります。

こんな私も人の心を癒やす、温かみのある自然な笑顔を大切にしたい。ひとり では心細い時に「一緒にいて欲しい」と 必要とされるような、ほんわかした温かい人間になりたいのです。 自分の内面と感受性を磨き、育みなが ら、少しずつ心の窓を開け、いろいろな人と出会いたい、生きていきたい、と渇望しています。ですが、人からしてみれば迷惑であり、私の甘え、高望みなのかな、とも思ってしまうのです。」

 

様々な要因で社会参加につながらない人も少なくないと思いますが、1人の声に耳を傾ける余裕がないのではないかと思います。だが、年金生活者などではそんな話を聞いてやれる人も少なくないでしょう。何か仕組みが必要な気がしますが。

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手話は無理かも [支え合う社会]

 

 

新聞の投稿欄からです。

 

「手話を学び、楽しさ知った=76歳 毎日新聞20171017日 

 7日本欄で「手話で会話する母娘を見て」を読みました。

実は、私も以前から手話を学び、障害者の方とコミュニケーションをとる機会があったらいいなと思っていました。積極的に手話を学びたいと思っていたところに、市報で手話入門コースの講習があることを知りました。早速、申し込みました。

 5月から、毎週水曜日の午前10時から正午までの2時間の手話講習を受けました。当初はくじけそうになった時もありましたが、先生方の分かりやすい指導で、あっという間に5カ月が過ぎ、講習を無事修了することができました。

 このまま終わらせるのも、もったいない気持ちになり、次の「初級コース」も受講することにしました。手話に一層磨きをかけたいと思っています。

 とにかく手話は楽しいので一人でも多くの人に学んでほしいと思います。」

 

人生でやり残したと思うひとつが手話です。病気の後遺症で右手がしびれますのでもう無理かと思っていたところ、最近、相次いで手話ロボットの報が。世の中変わりましたが、どこにもロボットがいるわけではないのでとやはり手話が役立つと思いますが・・・。

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「どう生きるか」が問われていると [支え合う社会]

 

 

社会の底流を知ることができたエピソードです。

 

「漫画 君たちはどう生きるか」(著者 吉野 源三郎 (原作),羽賀 翔一 (漫画))が読まれているという。次の投稿もそのことだと思います。私も読んだ記憶がありますが、内容までは記憶していません。

 

「(ひととき)改めて「どう生きるか」201819日朝日新聞

 吉野源三郎さんの「君たちはどう生きるか」が、再び読まれているという。

 テレビでその本の名を聞いたとき、思わず「私、持ってるー!」と叫んでしまった。

 中学2年の春がよみがえる。町の小さな本屋で見つけた時、タイトルが大人への扉を少し開けてくれるような気がして、本を抱えてスキップしながら帰った。その後、五十余年の長い年月がたち、さまざまな生活の変化があったが、その一冊はなぜか私の書棚の一角にいつもあった。

 久しぶりに手に取ると、ページの周囲は茶色にくすんでいて、昔の表現もいっぱい出てくる。しかし、暴力のこと、戦争のこと、「本当に立派になることとは何か」などなど、色あせないことばかりだ。

 「君たちはどう生きるか」。この本は、あれから半世紀生きた私に、「それで、君はどう生きたのか?」と問いかける。喜びも、怒りも、悲しみも、楽しみもしっかりつまった年月は、決して「あっという間」ではなかった

 これから私は「老い」という未知の世界に向かう。改めて「さて、君たちはどう生きるのか」と問われている気がしている。(主婦 67歳)」

 

67歳の投稿者は「あっという間」ではなかったと言う。自閉症の東田直樹しは「人の一生が、どれだけ短いか、死を前にした人なら誰でもわかるだろう。人生は短く,後悔の連続である。今君の持っている悩みも、いずれ過去になり消え去るだろう」(『自閉症のうた』)

扱っているテーマが異なるので長短比較が適切でもないかもしれません。両方に言えるし、言えないのかもしれません。

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子は育つ [支え合う社会]

 

外の顔は育っていた。

 

「(声)仲居になった娘の成長に驚き 57歳 201816日朝日新聞

 娘は、大学を出て旅館の仲居さんになった。なぜかは定かではないが、自分の足で就活を進め、仕事を決めてきた。

 昨年末、職場の忘年会で、娘が働いている旅館を訪れる機会に恵まれた。私が到着すると、娘は玄関で笑顔で待っていた。少し照れつつも、館内の説明をしながら、部屋に案内してくれた。

 私が部屋に入ると、同僚から「玄関でいきなり『いつも父がお世話になっています。小島

です』と娘さんからあいさつされてビックリしました」と言われた。それを聞いて、こちらが驚いた。娘は自分からあいさつすることなど苦手な方だったからである。

 夕食をとる宴会場には、周りの状況を見ながら給仕する娘の姿があった。大学時代は

自分のことすらできず、親からそのことを指摘されると、むっとした表情で素っ気ない返事

を返していた娘が、満面の笑みで、てきぱきと仕事している。(以下略)。」

 

子どもは外ではそれなりに成長を重ねているのでしょうか。そうあって欲しい。

思い出したのが先日読んだ萩本欽一さんのリフォーム会社で働く次男のことです。

「『お父さん、うちをリフォームしていい?』入社以来、営業成績が全く上がらないので、手っ取り早く実家のリフォームを受注しようという魂胆。もちろん怒りました。 「仕事ができないからって親に泣きつくお前は最悪だな。ろくなサラリーマンじゃない。だけど、どんな事情でも、子どもが困っていたら助けるのが親の役目なんだよ。いざとなったら助けるって、子どものころに言っただろう。その話、乗ってあげるからうちを直しなさい」

そう言って僕は先に喫茶店を出ました。翌日、また次男から電話がかかってきたので、「何だ?」と聞いたら、「いや、昨日言い忘れちゃったから・・・どうもありがとう。 それが言いたくて」。そう言って電話を切ったと思ったら、またすぐかけてくるので、「まだ何かあるのか?」と聞くと、「もう一つだけ。体、気をつけてね」。」(『ダメなときほど「言葉」を磨こう』)

 

不器用に生きる子どもへのエールがいい。そして、きちんと分かっている息子も。

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