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祈る [支え合う社会]

祈る

 

「理解できない 教育勅語称賛  70

  41日付「春秋」を書き写していたら、途中でペンが止まりました。「教育勅語の愛国教育を『素晴らしいと聞いている』と言う首相や『教育勅語の核の部分を取り戻すべきだ』と国会答弁する防衛相」との文章があったからです。エープリルフールかと錯覚しました。教育勅語は親・ 孝行や友愛など、現代社会 で希薄になっている大切なことも説いています。それは前段だけ、本質は天皇を頂点とした国家体制であり、軍国主義です。その悲惨 な結末は周知の事実です。にもかかわらず、なぜ逆戻りの発想が浮かぶのでしょうか。いかなる理屈を並べても到底、理解できるものではありません。「森友学園」問題を政権が必死になって火消しに奔走する姿。そこには何らかの意図、疑念すら感じます。教育は国家の基本です。同じ過ちを繰り返さない固い信念を持つべきです。」(2017420日西日本新聞

 

ちょっと前の時代ではこんな発言したらどうなっていたのでしょうか。事態の急展開についていけません。

 

久しぶりに 「SWITCHインタビュー 達人達(たち)422日土曜」を観ました。 

福島智×柳澤桂子」でした。番組HPでは次のように説明しています。

 

障害者を取り巻く問題を当事者として研究する東大教授の福島智。難病と闘い、思索と執筆を続ける生命科学者の柳澤桂子。自らの体験を交え「生きるとは何か」を語り合う。

 

9歳で視力を、18歳で聴力を失った福島。指点字という方法で周りとコミュニケーションをとりながら勉強を続け、バリアフリー研究者となった。一方、柳澤は女性の大学進学がまだ珍しかった時代に米国留学、最先端の遺伝子研究に取り組むが31歳で突然、原因不明の難病に襲われた。以来、病と闘いながら生命科学について思索をめぐらせている。番組では福島が2日間にわたって柳澤の自宅を訪ね、命と存在をめぐる対話を重ねる。

【出演】バリアフリー研究者、東京大学教授…福島智,生命科学者柳澤桂子,【語り】吉田羊,六角精児」

 

福島氏の発言にはいつも触発されます。昨日はたしか柳澤さんからだったと思いますが、紙などとは無関係に「祈る」ことの意味が語られました。自分の力ではなんともしようがない運命に遭遇した二人にとっての「祈る」ということはどういうことでしょうか。人間としての希望を見出すためにも「祈る」ことで希望をつなぐということか。そんなものとも違うように聞いた。なんと説明したらよいか。

 

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40歳で衰え [支え合う社会]

 

 

「仲畑流・万能川柳  毎日新聞2017418日 東京朝刊

☆印は秀逸(仲畑貴志選)

 

☆消音で見ると愉快なトランプ氏 いわき バッパさん

さすらいの旅の途中か蟻一匹 安曇野 荻笑

景品が尽きて5等は美女のチュー 白石 よねづ徹夜

有識者便利屋さんのように見え さいたま 高本光政 (以下略)」

 

40歳でも大変になのだ。

 

「人生相談 40歳独身 身体の衰え感じる=回答者・高橋源一郎

 毎日新聞2017417日 東京朝刊

昨年40歳になり、これからの人生に漠然とした不安を覚えています。夜中にトイレのため目覚めるようになり、白髪も目に付くようになりました。身体面の衰えだけでなく、仕事や生活についても不安があります。独身で、介護が必要になったらどうしようかなどと思ってしまいます。還暦までの20年、どのような心構えが必要なのでしょうか。(40歳・男性)

 (以下略)」

 

私の息子たちもいつのまにか40歳を超えています。夜中のトイレ起きは1回では済まなくなった私。白髪は消え、紙そのものが消滅寸前です。だが、私たちの時代は働きすぎなどは労働組合がありましたが、今は歯止めがない。改革と叫んでも100時間の残業は認めるという。

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本質とは違う [支え合う社会]

 

 

相模原障害者施設事件を理由に措置入院などの問題があるとして改正法案が審議されているが、改正理由からその理由を削除したという。事件を利用したと言われても仕方がない。

そんなことが他にも、道徳教育強化で「いじめ」をなくすというが・・・。

 

「『尾木ママ』こと尾木直樹さん は「道徳教育をどんなに強化しても、いじめの克服には役立たない」と強調する。 尾木さんは、道徳を教科化するきっかけとなった2011年 の大津市での中2男子いじめ自 殺事件で、第三者調査委員会の 委員を務めた。
「いじめがいけないことだと 分かっていない子どもはいない」というのが尾木さんの 持論。なぜいじめがいけないか を尋ねたり、議論したりすることにあまり意味はないという。
いけないことだと分かって いるのにいじめてしまう心理や、格差や子どもの貧困といっ
た社会的な背景を考えることが 重要で、いじめ問題を道徳に封じ込めたら駄目
」と言い切る。また、教科化に伴い、教諭は子どもたちを「評価」することになる。「道徳という心の内面を評価できるのか」といった声に対して、合田課長は「O×かではなく、子どもたちがいかに自分のこととして考えているかを先生には見てほしい」と言う。ただ、尾木さんは、高い「評価」

を得ようと「いい子」を演じようとする子どもたちがこれまで以上に増えることを懸念する

「いい子を演じる子の中には、自己嫌悪に陥って苦しむ子も多い。文科省は全く現場を知らず、大津の事件を教科化の理由に挙げることに強い怒りを覚えます」(伊東秀純)」(2017416西日本新聞

 

尾木さんの意見がまともだと思う。道徳教育を強化して子どもを育てたい政権が事件を利用しているように感じます。

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義務教育で手話を [支え合う社会]

 

 

茨木のり子氏没後の詩集『歳月』を読んでいます。

 

「最後の晩餐

 

明日は入院という前の夜

あわただしく整えた献立を

なぜいつまでも覚えているのかしら

箸をとりながら

「退院してこうしてまた

 いっしょにごはんを食べたいな」

子供のような台詞にぐっときて

泣き伏したいのをこらえ

「そうならないで どうしますか」

モレシャン口調で励ましながら

まじまじと眺めた食卓

 

昨夜の残りのけんちん汁

鶏のから揚げ

ほーれん草のおひたし

 

我が家での

それが最後の晩餐になろうとは

つゆしらず

入院準備に気をとられての

あまりにもささやかだった三月のあの日の夕食」

 

モレシャンがどれだけの人に通じるかと思いつつ、通じる私ににやりとして。

さて、次の意見には全面的に賛成です。テレビ手話講座でなんとかならないかと思いましたが、なかなか難しい。小さい時から学んだが良いのでは。

 

「(声)義務教育に手話を取り入れて 14歳 2017320日朝日新聞

 

 「聴覚障害者には唇を見せて」(2月7日)を読んだ。投稿者は聴覚障害者で、「マスクをずらして、唇が見えるようにして頂きたい」と訴えていた。私も同じ意見だ。

 私には聴覚障害の祖母がいる。祖母の苦労をこの目で見てきた。例えば、レジで店員さんが「○○円です」と言っても、祖母の耳には届かない。祖母は金額表示を見て、代金を支払う。それに気づいた店員さんが口の動きを大きくして、再度金額を言ってくれることもある。

 聴覚障害は外見で判断しにくく、相手はなかなか気づかない。そのため、コミュニケーションに苦労することが多い。相手が聴覚障害者だと分かったら、口の動きを大きくしたり、身ぶり手ぶりを加えたりしてほしい。

 一つの提案をしたい。義務教育の必修科目に「手話」を取り入れることだ。将来、手話を使える人が増えれば、聴覚障害がある人もない人も、もっといろんな人との交流が可能になり、人生が豊かになるのではないかと思う。」   

 

国連の障害者権利条約は「手話」は言語として認定しています。そして、国内でも言語つまり国語であるという活動が広がっています。ただ、年配者は難聴者も多いので別の問題もありますが・・・。

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こんな学校が [支え合う社会]

 

 

やりきれないニュースでした。障害者が親から殺されるという事件です。

 

「娘殺害容疑で61歳母親逮捕 「介護に悩んでいた」

  20日、福岡県北九州市で、36歳の娘の首を絞めて殺害したとして、61歳の母親が逮捕されました。母親は、「娘の介護に悩んでいた」と話しているということです。

 殺人の疑いで逮捕されたのは、北九州市八幡西区の無職・木野惠子容疑者(61)です。木野容疑者は20日午前2時半ごろ、自宅アパートで同居する娘の千秋さん(36)を首を絞めて殺害した疑いが持たれています。取り調べに対し、木野容疑者は「首を絞めて殺害した」と容疑を認めたうえで、「娘には重度の知的障害があり、介護に悩んでいた」と供述しているということです。(2107:30)RKB毎日」

詳しいことは分かりませんが、悩んでいたのでしょう。先日読んだ記事を思い出しました。

 

 ブログ「自由の森日記」にはこんな記事があるという。その一部を引用させてもらいます。私が知りたいことが述べられていますので、勝手な引用をしています。

 

2016年度 自由の森学園高等学校 卒業式 校長の言葉

20170312 | 自由の森のこんなこと

 

 自由の森学園において授業というものの持つ意味は深く重いものだと思っています。

ここで話すいわゆる校長の言葉も、みなさんにとっての最後の授業というつもりで私は臨んでいます。 私は昨年の夏からずっと「 生命(
いのち )の重さ 」について考え続けていました。 昨年の7月に起こった相模原の事件、何の罪もない無抵抗の障害者の方々19名が犠牲になり、また多くの方々が深い傷を負い、そしてまた、私たちの社会に大きな衝撃を与えました。みなさんの中にも、この報道に接してどのように考えていったらいいのか立ちつくしていた人もいたかもしれません。
私もその一人でした。 9月の全校集会では、この事件について共に考えていこうといった呼びかけが教員の中からありました

(略)

全盲と全ろうの重複障害を持つ 福島 智( さとし )さん( 東京大学先端科学技術研究センター教授 )は次のように書いています。

 

 
こうした思想や行動の源泉がどこにあるのかは定かではないものの、 今の日本を覆う『 新自由主義的な人間観 』と無縁ではないだろう。労働力の担い手としての経済的価値や能力で人間を序列化する社会。そこでは、重度の障害者の生存は軽視され、究極的には否定されてしまいかねない。しかし、これは障害者に対してだけのことではないだろう。

 生産性や労働能力に基づく人間の価値の序列化、人の存在意義を軽視・否定する論理・メカニズムは、徐々に拡大し、 最終的には大多数の人を覆い尽くすに違いない。

 「 役に立つ/立たない 」といった人間や生命を価値的に見ていく考え方は、いずれは自分も含めた全ての人の生存を軽視・否定することにつながっていくのだと福島さんは述べています。

 人間の価値、生命の価値、生きる価値、そもそも人間や生命という言葉に「
価値 」という言葉をつなげるべきではない、

 私はそう思っています。人間には、そして生命には「
尊厳 」があるのです。

 尊厳とは「
どんなものによっても代えることができないもの・存在 」と言うことができるでしょう。ここにいるみなさん一人ひとりもそうです。(略)

学ぶことによって、自然とつながり、社会とつながり、芸術とつながり、他者とつながり、そして、自分とつながる、

そんな学びをみなさんにはこれからも続けていってほしいと願っています。

 最後に、ある詩をみなさんと共有したいと思います。

 吉野弘さんの「
生命( いのち )は 」という詩です。

 有名な詩なので、みなさんも出会ったことがあるかもしれません。

 私は昨年の夏以来この詩が胸の中にあります。

 

    『
生命 ( いのち ) は 』        作:吉野 弘

 

   生命 ( いのち )は

  自分自身だけでは完結できないように

  つくられているらしい

  花も

  めしべとおしべが揃っているだけでは

  不充分で 虫や風が訪れて

  めしべとおしべを仲立ちする

 

  生命 ( いのち )は

  その中に欠如を抱き

  それを他者から満たしてもらうのだ

 

  世界は多分 他者の総和

   しかし 互いに

  欠如を満たすなどとは

  知りもせず 知らされもせず

  ばらまかれている者同士

   無関心でいられる間柄

   ときにうとましく思うことさえも許されている間柄

   そのように 世界がゆるやかに構成されているのはなぜ?

 

   花が咲いている

  すぐ近くまで

  虻 ( あぶ ) の姿をした他者が

  光をまとって飛んできている

   私も あるとき

  誰かのための虻 ( あぶ ) だったろう

  あなたも あるとき

  私のための風だったかもしれない

 

卒業おめでとう。みなさんの健闘を祈ります。

自由の森学園高等学校

 校長 新井達也」

 

この詩の「他者の総和」が感じられにくい社会なのでしょうか。


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普通電車は社会人だった??? [支え合う社会]

 

 

目覚めて、テレビに目をやったらタレントの衣装係は何と言っていたかと頭が問う。ですが、出てきません。ネットで「タレント・衣装係=スタイリスト」と簡単。ことほどさように忘れることが多い。認知症当事者が、認知症になって記憶できないのが悲しいという人も多いが、病にならなくてもどれだけ記憶しているのでしょうか、と問うという。私は、ほとんど昔のことは断片しか記憶していませんが、認知症の短期記憶が消える大変さはあると思いましたが。

 

次の投書には5年前との違いが気になりました。

 

「(声)優先席に感じる優しさの不在 39歳 201739日朝日新聞

 

 今年初めに第2子を出産しました。第1子を産んだ5年前と比べて、如実に変化を感じるのは、電車やバスの優先席の様子です。

 妊娠中の通勤時から乳児連れで外出する現在に至るまで、優先席には身体などに支障がなさそうなサラリーマンや学生風の方が増えました。特に、その多くを男性が占めています。妊婦や乳児だけでなく、年配の方や体が不自由な方がいても、自ら席を立ち、譲る人はまれです。

 もちろん、皆さんも仕事や学業でお疲れのことでしょう。優先席は、お年寄りや体の不自由な方々、妊婦、乳幼児連れの「専用席」と決まっているわけでもありません。

 だからこそ、私は妊娠中に立っているのがつらくても、どうすることもできませんでした。弱い立場の者が「譲ってください」と声をかけるのは、本当に難しいことなのです。

 私が妊娠中、マタニティーマークやおなかに気づいて譲ってくださったのは、ほとんどが女性です。男性にも4回譲ってもらいましたが、3回は外国の方でした。このことをどう考えればいいのでしょうか。」

 

東京ではそういうことが多いのかと思いました。私が住む地域でも若者が優先席を占領しています。ですが、先日、朝9時台に普通電車に乗ったらたまたま空いていました。ですが、空いているにも関わらず立っている若者が多かった。終点までいくつもの空き座席が・・。

ですが、地下鉄に乗ったら学生主体です。優先席は占領され、スマホに夢中です。その差って何ですか? 普通電車は社会人だった?

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もらい風呂 死語に [支え合う社会]









「お互いさまの 精神はいずこ  86



 高齢者の会合に参加すると決まって「昔は良かった」との言葉を耳にする。昔はお金も食べ物もなく、何一つとして満足なものはなかったが、確かに人情があり、人と人との結び付きがあった。うっかり不足すれば、隣近所にみそやしょうゆを借りに行った。農作業でも、人手不足の折は結で助け合った。農繁期で遅くまで働き、風呂を準備することができない時は、もらい風呂して世間話をした。お互いざまの精神は今の比ではなかった。金さえあれば、何でも手に入る時代。一方で、殺人やいじめ、虐待、詐欺は後を絶たない。どうしてこんなことになってしまったのか。老人が集まるたびに、ため息が出る。悲しい。」(2017216西日本新聞





田舎では共同風呂から家庭風呂に変わる頃でしたので「もらい風呂」は数えるしかなかったと思います。五右衛門風呂がこわくて入らなかったように記憶しています。そして、老いて車の運転が問題に・・・。便利になったのかどうか・・・。





「花時計



久々に実家に帰省し、
兄と弟、わが息子と娘、
そして今年で75歳になる 父の3世代で警察署に行 った。父の運転免許証を
自主返納するためだ。高
ドライバーの事故が各地で頻発しており、家族で父と話し合った結果だった▽40年超の運転歴で事故はほぼゼロ。ゴールド免許の有効期限が3年残る父の説得は容易ではなかった。自治体によってはバスやタクシーの利
用券を支給したり、県営
パスの乗り放題パスを安
価で販売したりと特典を
設けるが実家がある自治
体は未導入。最後は長生きを願う孫の力を借りた▽悲惨な事故を防ぐため、返納促進の施策を行政に期待したい。返納手続きが終わり、警察署の玄関3世代そろって記念撮影をした。英断を下した父に倣い、私もいずれ自身で決断しようと誓った。(坂本信博)」(同前)



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移住者が2割の村 [支え合う社会]

 

 

哲学者の内山節氏は群馬県に住んでいるという。

 

上野村の正月

求める世界がここにはある

内山節

私がはじめて群馬県の上野村 で正月を過ごしたのは、197 0年代に入った頃のことだった。当時この山深い山村に舗装
道路はなく、凍結した細い道で車をすれ違わせるのは、けつこ

う大変だった。元日の朝、村の有線放送のスビーカーから、村長の年頭のあいさつが流れた。当時は高度成長の真っ盛りである。しかし村'長のあいさつの方向性は違っていた。「焦るな」と村長は呼びか けていた。「経済成長に乗ろうとして焦って、村を壊してしまったら何にもならない。それよりも村の自然を守り、村の共同体を守り抜こう。そうすれば必ず上野村は日本のトップランナーになる日が来る」。このあいさつ
を聞いて、私は面白い村長がいる村だなと思ったものだった。(略)

ところが10年もして80年代に入ると雰囲気が変わってくる。都会の仕事や暮らしが、それほどよいものではないということも分かってきたし、両親たちは村の暮らしの良さを感じるようになっていた。

収入はけっして多くないが、お金では買えない良さが村にはある。自然、共同体、村の歴史や文化、そういうものと結ばれながら暮らす安心感が、村の暮らしのなかにはある その頃、都会の若者が村に移住しはじめたことも、大きかった。(略)

いまでは上野村の人口の約2割が移住者である。そのうち、半分くらいになるだろう。元からの村人がもっている技や知恵
と、移住者たちの能力がうまく結び合えれば、力のある村づくりができるかもしれない。一昨年の村の中学生に対する意識調 査では、「将来どこで暮らしたいか」という質問に対して、全員が「上野村」と答えている。自然と共同体を守り、その世界に新しい人たちも迎え入れる。
その成果が、こんなかたちでも表れているのである。
今年も上野村の正月は落ち着いた時間とともに流れていった。葉が落ちた森の木々の聞から青空が見え、親たちも帰ってきた子どもたちも村の正月を楽しんでいる。はじめてこの村に出かけた頃のように、都会で「成功」している子どもを自慢するという雰囲気もなくなった。これからも村を守っていこうという空気が、上野村の正月に、ひろがっている。
私がこの村で正月を過ごすようになって半世紀近くがたつけ
れど、この間に人々の気持ちは
ずいぶん変わったのである。自然とともこある暮らしや、結び合って生きるを会が憧れになったという変化もあった。その一 方で非正規雇用や格差が拡大 し、都会の暮らしの厳しさも増 していった。」(2017113西日本新聞

 

豪雪地帯の村では生きていくことも大変ではないか。政治の力も必要なのでしょう。

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高齢者が増えた社会で [支え合う社会]

 

 

今年の最大の出来事は相模原の障害者施設での殺傷事件です。こんなことが現実に起こったことに驚愕します。次のコラムに共感します。

 

「編集局から

問われていることは

行く年を振り返るころとなりました。この1年で最も衝 撃を受けたニュースは、相模原市の知的障害者施設「津久
井やまゆり園」で726日未明に起きた、入所者19人が刺殺され27人が負傷した事件です。容疑者の男(26)5カ月前までこの施設で働いていま した。衆院議長に宛てた犯行 予告の手紙や逮捕後の供述に
よると、社会の役に立たない存在はお荷物でしかなく、生きる意味はないと考えていたようです。生きるに値しない
命などあるのでしょうか。
事件の後、本紙「こだま」にこんな投書が寄せられました。「ナチス的な優生思想に染まった、個人に起因する残虐な特異事件として終わらせてよいのだろうか」。異質な
ものを排除しようとする社会そのものを問うのです。

安倍内閣は6月、「ニッポン1億総活躍プラン」を発表 しました。1億総活躍担当相 は、女性活躍担当、再チャレ
ンジ担当も兼務しています。「誰もが活躍できる社会」はもっともに聞こえます。でも 現実はどうでしょうか。 食べることも排せつも、助けを借りないとできなくなったお年寄りがいます。家族が 見舞っても、誰が来たのかさえ分からない認知症の人がいます。私自身の将来の姿だという思いがします。10月に発表された国勢調査の確定値によると、私たちの国は4人に1人が高齢者になりました。

胎児のダウン症などを調べる新出生前診断を受け、染色体異常が確定した妊婦9 が中絶したという記事が紙面 に掲載されたのは、相模原事 件の6日前でした。
関われていることは、己にも潜む功利的な価値観ではないか。「こだま」の間い掛けを問い続けています。

(社会部長・田川大介) 」(20161218日西日本新聞

 

自分が惚けてしまった時に介護が受けられる社会なのでしょうか。そこの底辺には、生産につながらない人たちを無用な存在とする本音が蔓延していないでしょうか。なぜなら、新出生前診断で9割が中絶している事実が追いかけてきます。

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「会えて良かった」と言えないが [支え合う社会]

 

 

西日本新聞では、スペインやカンボジアなどの海外在住の人たちがその国のことを連載しています。

 

「南蛮トライ  巡礼の道に漂う古里の匂い  根本実香

 

その距離、800キロ フランス国境に近いピレネー山麓からスペイン北西部のガリ
シア地方に至る「巡礼の道」
には千年の歴史があり、今も毎年10万人がそれぞれの思いを胸に歩いている。
その一人にスペイン在住の知人女性がいた。親との確執
から日本を飛び出し、時がたつて母は病に。そこで気持ちに区切りを付けようと歩き抜き、今は看病のため、たびたび帰国するようになった。巡礼の道中、彼女が地元の人から振る舞われた料理に「エンバナーダ」がある。ガリシア地方が発祥のパイ包み焼きで、最近は日本でも主に中南米料理のレストランで目にかかれるようになった。
私が暮らすバルセロナにも
その名もずばり「クルブ・デ
・エンパナーダ」(エンパナーダクラブ)という専門店がある。経営するイブラさんは
ガリシア地方から一家で移り住み、日種類を日々作っている。中の具はツナ、ひき肉、
タラ、イワシー野菜は玉ネギや赤ピーマン。エビやムール貝を入れたものもある。
イブラさんいわく「古里の味」。(以下略) (スペインコーディネーター福岡&バルセロナ市在住)」(20161125日西日本新聞)

 

同じ新聞の女性投稿欄からです。

 

「紅皿 会えて良かった

入院している母のお見舞いに行くと、気さくに話し掛けてくれる看護師さんがいる。一緒にいる知的障害のある次男にも「会えて良かったー。翼君の笑顔がいいね」と言ってくれる。
私の孫も自閉症で少年野球のチームに入って頑張っているんよ」「私も病気3カ月間入院していたけど、元気に復帰できた。そのとき、 あなたのお母さんが『体に気を付けてね』と言 ってくれたんよ。優しいね」など、私の知らない病院での母の一面を教えてくれたりする。
私は引っ込み思案で人となかなかうまく話せないので、こんなに明るく気さくに話してくれる人の存在は本当にありがたい。人に話し掛けるのも勇気がいるし、話し掛けられでもうまく答えられず、「こう言えば、よかった」と後悔することがたびたびある。だから、誰にでも明るく気さくに話せる性格の人に憧れる。私と次男に「会えて良かった」と言ってくれる人なんてなかなかいないので、じーんとうれしさがこみ上げる。定年を過ぎても、まだまだ元気で働きたいと話す看護師さん。入院している患者さんにも明るく話し掛けて、みんなに元気を与えているんだろうなと思う。(57福岡県嘉麻市)」(同前)

 

私もこんなことができません。羨ましい限りです。ですが、周りの人は救われますね。生き方そのものを示しているようで読んでほっこりしました。読んでよかった。

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