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ゴミ出しも大変 [介護]

 

 

「仲畑流・万能川柳 毎日新聞20171029日 東京朝刊

☆印は秀逸(仲畑貴志選)

☆機器だけが進化続けているテレビ 宝塚 忠公

被災地にまた夏草が生い茂り 鴻巣 雷作

AIにできるか母のサジ加減 札幌 北の夢 (以下略)」

 

新聞の投稿欄からです。

 

 「(声)高齢者のごみ出し、支援を早く 57歳 2017115日朝日新聞

 高齢などのため、自力でごみを出すのが難しい世帯が増えています。

 私が住む町では、台所ごみなどの可燃ごみの収集は週2回です。収集場所まで歩いて3分。少し遠いので、私はカートを引いて行っています。以前、もう1カ所増やしてほしいと地元自治体に要望しましたが、無理ですとのこと。困っている住民のことを考えてくれていないのが、よく分かりました。がっかりです。

 月2回の資源ごみの収集場所は車で5、6分。重いしお天気が悪い日もあるので、我が家も車を手放したら持って行けなくなります。実際、玄関前に大量に積んだままの高齢者のお宅もあります。(以下略)」

 

過日、テレビでボラティアの方が手伝っているという放送があっていました。有償ボラティアだったかと思いますが、はっきりしません。まだ、実態が知られていないのかもしれないと思いました。

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介護離職の前に [介護]

 

 

こんな意見が掲載されていました。

 

「「介護をやめる」という選択肢【第19部】 提言

 これからのハタラク<3>和気 美枝さん

 ●一般社団法人介護離職防止対策促進機構代表理事 和気 美枝さん

 

 親などの介護を理由に勤めていた会社を辞める「介護離職」。その数は年間10万人を超えるといわれています。介護者の不幸は、選択肢が見えなくなること。目の前の事象にパニックになってしまい、「会社を辞めるしかない」と思い込んで、離職してしまうのです。介護が始まると、介護する相手(要介護者)を優先して考えがちですが、自分の人生を最優先で考えて構わない。今までと同じように、自分の人生は自分で選択できるのです。

 

 《総務省の就業構造基本調査(2012年)によると、07~12年の5年間で、「介護・看護」を理由に離職した人は約48万7千人。政府は15年に20年代初頭までの「介護離職ゼロ」を目標に掲げたが、道のりは険しい。東京商工リサーチが昨年、全国の企業に実施したアンケートでは、約7400社の1割が1年以内に介護離職者が出たと回答。7割の企業が、将来的に介護離職が増えると予想している》

 

 マンションの開発会社で働いていた32歳のとき、母がうつ病、ついで認知症を発症しました。煩雑な役所の手続き、専門用語…分からないことばかりで、周りも助けてくれない。自暴自棄になり、「一度リセットしよう」と38歳で仕事を辞めました。でも、楽になったのは一瞬。介護は終わらないのです。気付けば、無職で無収入、社会から置き去りにされた独りぼっちの自分がいました。

 もちろん、「親の介護に専念したい」というのもいいでしょう。ただ、「介護をやめる」選択肢があることを覚えていてほしい。施設に入れることを後ろめたく思う必要はありません。自宅にこもって、要介護者と24時間向き合う状態は避けるべきです。介護疲れの果てに命を奪ってしまう悲劇は後を絶ちません。

 私自身、ぎりぎりのところで踏みとどまった経験があります。薬を飲もうとしない母の口に、薬とペットボトルの水、キウイを押し込んでしまった。私が母を殺さずにすんだのは、どこに助けを求めればいいか分かっていたし、支えてくれる人がいたから。介護者が集まる会には、悩みに耳を傾けてくれる人もいるし、介護の情報やノウハウもたくさんあります。

(以下略)=2017/09/28付 西日本新聞朝刊=」

 

施設サービスを利用したくとも難しい人もいるのではないか。

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ふに落ちない世界を [介護]

 

 

「ニュース川柳

・アクセルに魅入られている高齢者

・今世紀豪華列車と無人駅

・改憲ヘ北の神風吹きつのる

・沖ノ島のみでは神もかこち顔」(2017511日西日本新聞)

 

鹿児島で独居の父を福岡に住む次男が介護している話です。

 

「オトコの介護 ふに落ちないなぜ外出を

 

何か、ふに落ちない。そんな気がしていた。実家の前で父(81)が転倒した事故。自分から外出することなどめったにないのに、なぜ外に出ようとしたのか。しかも、おそらくは夕方以降に。倒れ方も気になる。 父には入院後、何度か尋ねた。無駄な抵抗かなと思いつつ。「倒れたときのこと覚えてる?」「倒れやせん(倒れはしない)から」。病院のベッドに寝てるのに強がってどうするの。今後の事故を防ぐためにも経過を知っておきたかった。救急隊に電話すると、出動した隊長と話ができた。通報の着信は午後812分。到着したとき、父は通報者に付き添われ、門の前の階段に座っていた。目立った外傷はないようにも見えたが、脚

と頭を痛がった。なぜ倒れたのかを聞くと「分からない」。

連絡先を探そうと家に入り、壁に張ってあった電話番号を見つけて福岡市の自宅に連絡してくれたのだ。テレビはつけっ放しだったという。 通報してくれた近所の男性も後日、隣の人から家を聞いて訪ねた。父が倒れていたのは門のすぐ前。頭を道路側にしてあおむけだった。4段ある階段を踏み外した可能性が大きい。倒れていた右側には、 つえと帽子が落ちていた。 家が分からず、どこから来たのか尋ねたら、時計屋がどうのとか言いつつ「真砂から」 と答えた。数キロはある県庁に 近い地域だ。「歩いてきた」との話に何か変だなと感じたという。それにしても、なぜ住んだこともない所なんだろう。よく分からない。

実家に戻り、げた箱の上の帽子に気づいた。そうか、落ちていた帽子とは、これか。隊員が拾ってくれたに違いない。女性用のチューリップ帽。亡くなった母の物だった。父は、かぶることで一緒に散歩するつもりになったのかも。いや、母の姿を追いかけようとしたのか。そうだ、そういうことにしとこう。(SF)」(同前)

 

私は右脚に脳卒中の後遺症としての感覚障害があるせいか、体のバランスを崩すことがあります。立っていることは当たり前のことのようですが、微妙なバランスの上で成り立っているという。さらには、老いにはいろんな想像できないものが出てくるそうです。

実父を介護した人の記録です。

「『最近物忘れが激しくて、やんなっちゃうよ』という呟きを聞くことも多くなった。 それでも俺はまだ、父親も、俺と父親の関係も、これまでの人生の延長という視線で見ていた。それがこの日を境にして、まったく別のものになっていったのである。 思い返してみれば、この事件が、俺たちふたりが老いというものと向き合う最初のきっかけ であった。向き合うとはいっても、それはたとえば老いに抗うといったような積極的なものを含んでいるわけではない。ただ否応なく老いに巻き込まれ、老いと寄り添って生きるほかはなくなったのである。傍から見れば、以前とまったく変わったところのない父親ではあったが、この頃から父親は、少しずつ記憶の連続性を失っていったのである」(『俺に似たひと』)

 

そして、せん妄が始まります。このうなると素人の想像を超えているようです。

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介護も、葬式も・・・ [介護]

 

 

「手話言語条例県内で初制定  直方市議会が可決

直方市議会は21日、手話が言語であると宣言する市手話言語条例案を可決した。聴覚障害者の基本的人権を擁護し、社会参加を促すのが狙い。市によると、同趣旨の条例は全国74自治体(2月末現在)で制定されているが、県内では初。41日に施行する。

同市の条例は、目的として聴覚障害者が安心して暮らせる地域社会の実現を挙げ、手話への理解や普及を図るための施策を行うとしている。今後、市職員の手話研修や市民向けの講習会の充実などを検討する。この日の採決は、市内外の聴覚障害者ら約50人が傍聴席で見守った。直方手話の会の渡辺登茂栄会長(56)は「これがスタート。絵に描いた餅にならないよう市の施策を見守りたい」と話した。
同様の条例案は22日、朝倉市でも採決予定。(木下良弘) 」(2017322日西日本新聞)

 

少し明るい話の後ですが・・・。

介護しないとすれば、公的な介護を利用してということになります。それができればいいのですが。葬式は不要ですし、相続もしないでいい。何か寂しい社会ですが。

 

「介護も葬式も 相続もしない  79

 高齢者が多く、当然ながら葬儀が増える。毎朝、本
紙筑後版「おくやみ」欄に 目を通す。掲載申し込みをしない家族も多くいることだろう。 ところで、内輪だけの家族葬が年々、増加している。 反比例して多くの若者が結婚しないのも、由々しき現実である。ならば、告別式で親族が少ないのも自然の理である。お寺さんもじり貧で、通夜の席では、葬儀や先祖の大切さを切々と説かれる。テレビで、若者の「新三無主義」が放映された。親の介護はしない。葬式はしない。その代わり、遺産も相続しないと。親を捨て、現在の自分たちの生活を守る。どこで、歯車が狂いだしたのだろうか。」(同前)

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「覚悟」を支えて [介護]

 

 

「仲畑流・万能川柳  毎日新聞201741日 刊

☆印は秀逸(仲畑貴志選)

☆死んでみろ暑い寒いもないんだぞ 福岡 蔵田正章

スーパーが空き家見回る新サービス 北九州 お宮参る

人間は管だと知った内視鏡 宮崎 佐土原ナス  (以下略)」

 

知人が、がんと分かって2か月でこの世を去りました。やがてくるその時のことなどどうなるか分かりませんが、年齢を考えればありうることです。そんな私たちの終末を看取る医師たちの記録が出版されたという。こういう医師が増えないと安心して逝けないのかもしれません。

 

「納得できる「最期」のために

訪問診療に取り組む後藤医師

40人のみとりを本に

終末医療で納得できる
「最期」を迎えるために、 患者と家族、医師はどうすればいいのか。訪問診療 に取り組む福岡市の「にのさかクリニック」に勤める後藤勝弥医師(76)が、特徴 的な患者40人の事例を検証した「逝くひとに学ぶ」(木星舎)を出版した。 にのさかクリニックは、末期がんなどの患者を自宅で診ている。開院から20年余りでみとった患者は約800人。後藤さんは二ノ坂保喜院長と2人で過去のみとりを1年かけて振り返り、うち高齢者から若者まで約40人の事例を対話形式でまとめた。

登場するのは、大病院の手術や放射線治療でも回復せず、痛みと不安で絶望しかけた患者たち。在宅に切り替えて、次第に落ち着いていく様子が描かれている。例えば、子宮がんの再
発で病院に事実上見放され、大泣きした女性は、自宅に帰って家族と好きな食事を取ることで立ち直り、穏やかな最期を迎える。「患者はみんな怖がっている、医師はその気持ちを理解して、ベストなケアを 患者と一緒に考えなくて は」。そのために、後藤さんと二ノ坂さんは、患者の
長い人生を謙虚な姿勢で聞き取ることを勧める。2人 は患者の戦争体験や仕事の 話にじっくりと耳を傾け る。患者たちは過去を語る ことで人生を総括し、覚悟
を固めていくという
また、家族と周辺の人々には、患者から逃げずに、支えてほしいと訴える。後藤さんはいう。「患者の苦しみに共感し、共に見送ることで、コミュニティーも成長できるのです」「逝くひとに学ぶ」は福岡県内の主要書店で販売(税別1600)。木星舎=092(833)71400(三村龍一)」(201741日西日本新聞)

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職員は明るかった [介護]

 

 

 

春秋

 東京から九州に移住した知人がいる。親の介護が理由だ。高齢者施設の入所にどれだけ待たされるか分からない「介護難民」に見切りをつけた

▼幸い、仕事はインターネットがあれば何とかなる。九州は、高齢者施設に余裕があり、住居費や食費も割安。自然や食材も豊富、と新生活を気に入った様子。あえて不満を挙げるなら「文化」だとか

▼物ならば、今どきはネットで何でも買える。だが、演劇やコンサート、美術展などを楽しむ機会は、どうしても東京に及ばない。けれど数は少なくても、九州にも誇れる文化施設はある。その一つが福岡県久留米市の石橋美術館だ

▼1956年、ブリヂストン創業者の石橋正二郎氏が同市に寄贈して開館。青木繁や坂本繁二郎、古賀春江ら地元ゆかりの画家のコレクションで知られる。11月に運営が石橋財団から同市に移り、久留米市美術館として再出発することになった(以下略)=2016/07/23 西日本新聞朝刊=」

 

文化施設がそんなに少ないのでしょうか。

 

明るい職員に誇りを感じました。

 

「(声)介護体験、教育に採り入れて 20歳  2016724日朝日新聞   

 

 教職課程の一環として、特別養護老人ホームで5日間の「介護体験」をした。食事の介助をさせてもらい、入浴や排泄(はいせつ)のケアを見学した。

 私は正直、楽しさなんてないという暗いイメージを持っていた。しかし職員の皆さんの明るさに驚かされ、大切でやりがいのある仕事だということも知った。自分はとても浅はかだったと反省した。

 介護に関するネガティブなニュースに接し、嫌悪感を抱いている若者は少なくないと感じる。しかし、イメージだけで「嫌な仕事だ」と決めつけてしまうのは視野を狭めるし、もったいない。

 若者が介護の現場を体験すれば、私のようにネガティブなイメージが払拭(ふっしょく)できるのではないか。それは若者にとっても社会にとっても良いことだ。介護現場を体験する取り組みを、ぜひ教育に採り入れてほしい。」

 

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介護の仕事は [介護]

 

 

  デスク日記

  本紙生活面の6月の紅皿賞に輝いた松浦伸代さん(福岡県久山町)の「うれしい初給料」を楽しく読ませてもらった。「おかん、やばい! 初給料出た」。冒頭の一文が、何とも愉快だ。就職して県外で暮らすお嬢さんが喜びを爆発させて連絡してきた様子が、目に浮かぶ。

 先日亡くなった永六輔さんは、テレビ草創期を支えた人だったが、晩年はラジオに活動の軸足を移した。映像に頼りすぎる最近のテレビの堕落ぶりを批判し、ラジオで言葉を研ぎ澄ますことに専心した。「おかん、やばい!」の文章が、永さんの追求した、言葉だけで状況を描く表現力に通じていると感じる。

 さて、参院選で多くの有権者が信じた安倍晋三首相の言葉は、わが国の明日を偽りなく描いていたのか。これから真価が問われることになる。その動きをチェックする私たち記者の原稿や見出しの言葉は研ぎ澄まされているか、自問する。 (吉本浩明)=2016/07/25 西日本新聞朝刊=」

 

心の底からの実感がないとこんな言葉が出てきません。介護の現場はどうでしょうか。

 

 

「(声)介護は利用者と職員の二人三脚 55歳 2016725日朝日新聞

 

 老人デイサービスのお昼。「食べたくない」「おいしくない」と食事を拒む利用者さんがいます。私は子供の頃、給食が嫌いでつらい思いをしたので、気持ちはよく分かります。利用者さんの気持ちを受け止め、自分の経験を交えながら、いろんな声かけをして、食べてもらおうと四苦八苦します。

 その様子を見ていた職員が「食べる方も必死だけど、食べさせる方も必死だ」とつぶやきました。「うん。まるで二人三脚だ」という言葉が、私の口から思わず飛び出しました。他の職員も「二人三脚か……」とうなずきました。バラバラの気持ちを一つにして、力を合わせて前へ進む。介護の基本は実はそういうことなのだと気付きました。

 「食べたくない」と言っていた利用者さんに、食事の終わりに「全部食べられて良かったね」と声をかけました。「ありがとう。またよろしくお願いします」と、半べそ顔で言ってくれました。恐縮です。今度はもっと楽しくお昼ができるように努力するから、次も二人三脚で頑張りましょうね。」

 

人を相手の誇らしい仕事ですが、待遇では誇らしくありません。

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介護休暇で離職が防げますか [介護]

 

 

次のコラムに考えさせられました。ご両親は私とほぼ同じ年で、軽い脳梗塞も同じです。

 

「花時計

 

「足が動かん」。11年前、61歳だった母が突然歩けなくなり、1週間後には寝たきりになった。大学病院で1カ月以上の検査入院の結果、肢体型筋ジストロフィーと診断された。母の介護は同い年の父がほとんど1人でこなしてきた。私が新聞記者の道を選んだときも、両親は「世の中の役に立ってこい」と喜んで送り出してくれた▽その父が先日、脳梗塞で倒れた。軽度で済み、ほっとしたものの、両親の介護をどうするかという問題が生じた。悩んだ末、時間が不規則な記者生活からいったん離れる決心をした▽振り返ると、どれだけ世の中の役に立てる仕事ができただろうか。だが、本当に充実した日々だった。しばらく休むが、いつ復職できるか分からない。いつか皆さんとまた会いたい、と思っている(萩尾奈緒香)」(2016713日西日本新聞)

 

記者の場合は、介護休暇などでしょうか。新聞社という環境もあるし、復職の可能性も高いのでしょうが、施設利用も含めて、早目の復職ができればいいと願っています。

そんなこともありますが、我が家で同じことがあったら、絶望的です。介護離職をなくすといいながら、介護保険への支出を減らした結果、特養の経営が苦しくなったという調査結果が福祉新聞に載っていました。政治も期待できないとすれば・・・。

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重度化すれば施設利用できる? [介護]

 

 

 

大麻の合法化を決めたウルグアイのホセ・ムヒカはその理由を次のように述べています。

 

「問題は、私たちがこれまで麻薬取引についてやってきたことは何も役に立っていないということだ。口先だけでものを言うのをやめなければ、何も変わらない。私たちはもっと現実的にならなければならん。麻薬密売者は法律を犯し、犯罪文化を破壊した。私はプンタ・力レタス刑務所にとらわれていたときに、犯罪者と一緒に生活していたが、昔の犯罪者は倫理観を持っていなかったというのは間違いだ。
麻薬の最大の問題はその取引だ。五万人の中毒患者を支援するのは厭わない。問
題なのは、麻薬密売者を支援することだ。連中は、社会のありとあらゆることを破壊しようとしている。麻薬密売者は、麻薬取引が違法化されているお蔭で生き延び、色んな意昧で影響力を持つようになっている。この論理こそ変えなければならないんだ。」(『ホセ・ムヒカ』)

 

日本ではこういう施策が通用するだろうか。大麻のことも、介護のことも、できれば避けて生涯を終わりたい。だが、介護される側か、介護する方に多くの人が巻き込まれます。介護も、障害者施策でも、財政上の理由で軽度者がサービスの対象外になっています。この行きつく先は、家族介護の奨励でしょう。その家族がいなければどうなるのでしょうか。

 

「介護保険給付から軽度者を外さないで」 NPO法人ACTが要望

20160706 福祉新聞編集部

 

 「要介護1、2の人に対する訪問介護の生活援助、福祉用具、住宅改修を介護保険給付から外さないでほしい」とNPO法人アビリティクラブたすけあい(ACT、池口葉子理事長)は6月27日、厚生労働省で会見した。

 同法人は財務省の分科会が昨年10月に示した社会保障に関する改革工程表に反対。工程表では「軽度者の生活援助、福祉用具貸与・住宅改修は原則自己負担」「要介護1、2の人の通所介護などは地域支援事業に移行」などが検討事項に挙げられ、法案提出時期まで記されている。

 山木きょう子・同法人理事は「掃除などの生活援助では利用者の体調をみながら在宅生活を支え、重度化を防いでいる。福祉用具を利用することで自立生活を続けている人もいる。それが自己負担となれば適正な介護を受けられず重度化し、結果的に介護負担が増えてしまう」と懸念。こうした声を国に届けようと現在、署名活動を行っているとした。

 会見では介護事業者らも現場の実態を訴えた。「できないことをできるよう支援し利用者が自信を回復する。そうしたことが評価されていない」「軽度者は要介護1、2の人を指すと思うが、実際には軽度者は難病や認知症の人もおり、軽い人ではない」「その人の生活の質を支えるコストであり、専門性がないとできない」。

 同法人は会費制の互助団体で、会員は約6400人。都内で介護保険の居宅介護支援事業所などを運営している。」

 

福祉のあり方も問われていると強く思います。

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「三人娘」の一人の人生 [介護]







8日の「ハートネットTV」では、歌手の園まりさんのがん体験と介護体験を聞くというものでした。若い人がどれだけ知っているかは分かりませんが、同い年なので刺激を受けました。70代の今が充実しているし、それが嬉しいという。





1960年代にデビュー、中尾ミエ、伊東ゆかりと共に「三人娘」として国民的アイドルだった園まりさん。6回連続で紅白出場など、歌手として絶大な人気を誇ったが、次第に人気は低迷、個人的にも様々な試練を味わいました。度重なる家族のがんの罹患、更年期障害、乳がんの宣告と手術、再発と転移を防ぐための抗ホルモン剤の副作用、そして母の介護も重なり自律神経失調になりました。

それでも精力的に音楽活動を続け、デビューから50年以上の今、こう語ります。「やっと人生が見えてきた。70代の今が一番充実して生きている気がする。人は何歳になっても変われる。99歳の母もリハビリを受けたら、トイレでスッと立てるようになった。私も回り道してやっと人に寄り添える歌が歌えるようなった」

(番組ホームページ)

自らの病や失調、そして家族の介護に向き合いながら生きてきた園さんに「生き直し人生」の充実と実感を聞きます。」





いい時も、悪い時もあり、副作用に苦しんだ時期も含めて、その後の「生き直し人生」につながったという。いろんな場面に遭遇しても逃げないでやっていきたいという。教えられた。

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