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認知症の当事者像の変化 [認知症]

 

 

Eテレで丹野智文さんの活動が紹介されていました。スコットランドの当事者の方との交流だったと思いますが、スケジュール管理や医師の支援を受けながら積極的に活動されているのが印象的でした。スコットランドでは、運転免許が認知症でも一律禁止ではなく、個別の状態に応じて決められるという。翌日のフリーアナウンサーの町亞聖さんは、母親の介護を始めた18歳からの体験から「当事者の声を伝える」ことをライフワークにしているという。当事者の声が障がい者・高齢者・認知症で広がっています。情報がまだ届いていないのかと思います。

 

39歳で若年性認知症 丹野智文さんが講演

人生の終わりじゃない

「何もできないと決めつけないで」

医療費軽減や 税制優遇措置」

(略)

若年性認知症は、65歳未満で発症する認知症。20 09年の厚生労働省研究班 の推計によると、国内に約 38千人の患者がおり、 平均の発症年齢は513歳。働き盛りで、子育てや親の介護などに関わる年代でもあり、患者や家族の経済的負担、精神的苦痛は大きいとされる。丹野さんも、自動車販売会社の優秀な営業マンだった。子ども2人はまだ小学生と中学生。同僚や顧客の名前を忘れるなど、仕事に支障が出始めた。「仕事は続けられるのか、子どもに どう説明しようか、これか らどうやって生活すればよいのか、と不安でいっぱい だった」と振り返る。 若年性認知症にどんな支援があるのか、と区役所に 相談すると、40歳未満は介護保険サービスが使えず、受けられる支援はないと言われた。最寄りの地域包括支援センターでは、介護用品カタログを見せられただけだったという。

途方に暮れ、自らインターネットで調べ「認知症の人と家族の会」の宮城県支部にたどり着いた。紹介された若年性認知症患者の集まりにも参加する。年が近い人でも60歳だったが、みんな同じ病気の仲間だと思うと安心でき、「自分の気持ちを分かってくれる人がいる」と不安が和らいだ。若年性認知症と診断されてから半年たつと精神障害者保健福祉手帳を申請で き、税制の優遇措置がある。 他にも傷病手当金や医療費 の軽減制度など、さまざま な支援があるが、担当部署 以外に十分周知されていな い。こうした状況を改善し ようと、国は本年度中に、 若年性認知症のコーディネーターを全都道府県に配置する計画だ。丹野さんは「行政には、民間も含めてさまざまな支援に関する情報を紹介するなど初期支援を充実させてほしい」と訴えた。」(2017629日西日本新聞)

 

 

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見守る人たち [認知症]

 

 

まもなく5人に1人が認知症になるのではないかという。新聞の投稿にも、読書して認知症予防したいとか、切なる願いが書かれていますが、そういう問題なのかということを考えさせてくれる投稿に出会いました。

 

「紅皿 ゼラニウムの花 

ご近所の玄関先に、見事に咲いた赤紫色のゼラニウムの花。ご主人が毎日、優しいまなざし を注ぎながら、朝夕の水やりをしている。寒さ厳しい冬も暑い夏の盛りも。 水やりの基本は、冬は暖かいお昼、夏は涼しい夕暮れと聞く。ところが不思議、年中花は咲 き、近頃はまずまず鮮やかで美しい。 「すごくきれいですね。育て方がお上手ですね」と声を掛けた。「はい、すみません。あなたの名前を忘れてるのです」と、おっしゃる。「私も時折、そんなことありますよ」と答え、気にもしなかった。ある日、奥さまが話された。「夫は認知症。近所の方々、皆に知っていただきたいの。恥ずかしいことではないし、迷子になったら困るもん。夫の仕事はお花の手入れ。不思議なくらい、よく咲くの」と。不安はあるはず。でも持ち前の明るさと、ご主人への深い愛がこもったその言葉に、私の心はほころんだ。

きっとゼラニウムの花はご夫婦の心がうれしくて咲いているのだ。今朝も水やりをされているご主人。ゼラニウムの花は楽しそうに春の風に揺れていた。(主婦・70歳福岡県篠栗町)

2017524西日本新聞)

 

 いくら予防に努めても認知症になることは避けがたいこともあると思います。できれば、避けたい。ですが、私たちは、認知症になっても住みよい社会であることを目指したい。先の夫婦は、愛情豊かでありますが、それだけの問題ではないことを示しているのではないか。

 

 

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福祉避難所機能せず [認知症]

 

 

ゴールデンウイークといっても毎日がそんなものだからいいんですけど、やはりどこかに行ってみたい気もします。ビアガーデンがオープンしたというけど10年以上行ってない。というか、体が受け付けなくなった。福岡パルコに泊まれる本屋さんがオープンしたという。本は読み放題だけど販売はしないという。支払いがカードだけというのも年寄りにはなじみにくいか。

 

認知症の人たちも当事者がリードする活動になっているという。

 

京都で認知症国際会議

災害時どう支援

福祉避難所機能せず

熊本地震課題浮き彫りに

仮設で孤立症状悪化

世界各国から認知症の人や家族、専門家らが集まり、 地域情つくりや最新の科学的知見を話し合う「第32回国際アルツハイマー病協会国際会議」の開会式が27日午前、京都市の国立京都国際会館であり、実質的な議論が始まった。29日まで。日 本での開催は2004年に続き2004年ぶり2回目。国内では25年に高齢者5人に1人が認知症という時代を迎える。会議には認知症の人が自ら企画、運営に携わっており、これまでは介護の負担軽減など家族や介護者ら「支える側」の視点に偏りがちだった国の 施策を、本人の意思重視へ と転換させる後押しになりそうだ。(略)

 

 京都市で27日に議論が始まった国際アル ツハイマー病協会国際会議では「認知症と 災害」が主要テーマの一つになった。熊本地震では認知症の人や高齢者、障害者 を受け入れてくれるはずの福祉避難所が機能せず、1年たった今も、孤立を防ごうと本人や家族への支援が手探りで続く。関係者の話からは、備えや支えの難しさが浮かぶ。

 

 閉めきった部屋

 「こんにちは」。今年4月、介護福祉士の安藤俊行さん(51)が地震で最も被害が大きかった熊本県益城町 の仮設住宅を訪れた。桜の花びらが舞う陽気にもかかわらず、閉めきった部屋でジャンパーを着込んだ認知症の男性(90)が座っていた。安藤さんは介護や看護の専門職で作る「ライフサボートチーム」のメンバー。 町の委託で仮設住宅を回っている。男性は持病があるが、妻(81)も認知症のため薬を管理できず、チームが毎日確認している。他人の目が届く避難所では何とか生活できていた認知症の人が、仮設住宅で孤立し、症状を悪化させるケースは少なくない。チームは仮設住宅15カ所を巡回し、認知症の人や高齢者を重点的に訪問。必要に応じてケアマネジャーなどにつなぐ。

安藤さんは「仮設出ても、なじみのない土地で暮らすようになった時にどう支えるか。先が見えない」と打ち明ける。(以下略)」(2017428日西日本新聞)

 

福祉避難所の必要性は浸透しつつあるのでしょうが、実際機能するかはどこもなれていないのでマニュアルが必要な気がしますが・・・。

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忘れている人生が山ほどなのに [認知症]

 

 

 

「オトコの介護 何とか1人暮らし3年半

電車を降りて自宅まで約5分の帰り道、父(81)携帯電話を鳴らした。きょうはどうだろう、近頃は電話を取るのも難しくなっている。、おっ、
珍しい。ちゃんと出た。 「何してる?」「今どこよ」 「会社から帰る途中だよ」「これから来んの(来ないの)?」 「平日だから無理だよ」「そうや、ごめんごめん」「また 近いうちに帰るから」
父は15年前に母が亡くなっ て以来、鹿児島市の実家で1人暮らしだ。201311月、アルツハイマー型認知症と診断され、その後も介護保険制度の訪問介護ヘルパーやデイサービス(通所介護)施設などを利用して何とか1人暮らしを続けている。散髪や歯科受診などはケアマネジャーさんと電話で相談しながら、予約や同行するヘルパーさんの、段取りをつけてもらう。自宅のある福岡市から帰省するのは月に1回ほど。福岡県内に住む兄(54)と交代で検診に付き添い、施設側との介護検討会に同席する。
帰省したときの夕食は車で 5分のスーパーの総菜が定番 だ。おかずを並べて、さあ食べようというとき、父が「どら、トイレに行たっくつで(行ってくるから)」とソファか ら立ち上がろうと・・・いや、立ち上がれない。前のテーブル
の縁を持ち引き付けるように、反動をつけながら、ようやく立ち上がった。一層脚力が失われているのが分かる。おもむろに台所の方に向かう。そっちじゃないよと思っていると、冷蔵庫のドアを開けようと手を掛けた。慌てて「違うよ」と声を掛けて、トイレの方に導いた。

いよいよ1人暮らしが危うくなってきたなあ。そう考えながら福岡に戻った。周囲に支えられ約3年半。その生活を壊す事故が父を襲ったのは1カ月後だった。(SF)

 

認知症の父親の遠距離介護を記者(52)がつづる。2014年、1516年に掲載した連載の続編。木曜掲載。」(201746日西日本新聞)

 

この連載をよく読んでいるつもりです。それは教科書でなく実践編だからだと思いますが、内容を記憶しているかと言えば自信がありません。

私は、幼いころの記憶が少ないです。病気のせいかどうかは分かりませんが、今を生きるのに大した不自由はありません。ですが、認知症を恐れています。記憶が無くなるのではと言う漠然たる不安です。

 

「覚えてる」って大切

だが、私のことはこの日、クリスティーンはセミナーの間は、わからないようだっつた。少しさみしい気がした。だが、彼女の「結婚相談所に、電話して!」の表情にはっとして、以前、彼女 が言った言葉を思い出した。

「覚えているかと聞かないでください。覚えていることがそんなに大切でしょうか?私は、今を、この瞬間をこんなに楽しんでいるのに。そのことが大切だと思うのに」その通りだと思い直した。そもそも私たちは生まれてからこれまでの人生のことをすでにたくさん、忘れている。もちろん現実に、家族や大切な人に私の名前や存在も思い出してもらえなくなったらどんなにか切ないだろう。その経験のない私にはわからない。けれど、彼女の「覚えていることがそんなに大切でしょうか。私は、今を、この瞬間をこんなに楽しんでいるのに」という言葉は、改めて、重く私の胸に響いた。」(『希望の人びと』)

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「生きる意味」 [認知症]

 

 

茨木のり子の夫は医師だった。

 

モーツアルト  茨木 のり子

 

鬱病の治療には

最近

モーツアルトをきかせる方法もある

と精神科の医師が語った

 

一日患者の訴えに耳を澄まし

それがいかにしんどいことであったか

疲れて帰宅したあなたは

飢渇(うかつ)を癒すかのように

モーツアルトの流れに身を浸した

だったらあれは

無意識の自分自身への治療だったのでしょうか

どこかに暗さと寂寥(じゃくりょう)とを隠していたひと

深く考える者にはさけられない

鬱(うつ)へのかたむき

 

<伯父さんのコレクションは趣味がいい>

甥がきて

若々しい手つきで

ひらり一枚のレコードをかけると

部屋いっぱいに

天上の音楽は溢れ

久しぶりに聴く」

 

モーツアルトは血圧の安定にも良いということでパソコンに取り入れています。

 

認知症を理解することはなかなか難しい。次のように述べられていました。 

 

認知症当事者はこう言うそうだ

「『生きる意味が、私を支えている』

生きる意味?

「幸せになるコツは?どうしたら幸せになりますか」と尋ねた時も。ポールはこう答えた。

「自分の人生に意味があるということ。『夜と霧』の著者で知られるフランクル(精神医学)は、アウシユビツツで生き残った人は、人生に理由があって生き残ったと書いている。ある人は生き残って家族の歴史を書きたい、(略)

二人の生きる意味――アルツハイマーは「空っぽの人間」だという偏見を打ち砕き、診断後のもっとも苦しい早期の人々への支援の輸を広げること。そして「いま」を味わって楽しく生きること。これが病にならなければ出会わなかった二人のプロジェクトだ(一部引用)

 

当事者の参画という点でも認知症当事者は進んでいます。最近は、ドライバーの認知症検査についても要望を出されたと聞きます。正しく理解することが大切だと思います。

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これは病気ですか [認知症]

 

 

歩いていていろいろと考えたり、名前を確認したりしていると、思い出せない言葉があります。今朝は、イ草が出てきません。田舎の今の時期にザリガニが食いちぎると言われていたがなどと考えていたときです。像として浮かんでいても名前が出てきません。3分程度して浮かんできました。

 

 

「リレーおぴにおん)カフェより:11 認知症患者、外出への一歩 武地一さん

201675日朝日新聞

 

 京大付属病院に勤めていた4年前、京都市内の民間レンタルスペースで認知症カフェの運営を始めました。いまは、私が理事長を務めるNPO法人で、運営を担っています。

 認知症の患者は、3年前に公表された推計で国内に462万人。認知症カフェは、増え続ける患者や家族の人たちが立ち寄り、当事者同士が介護の方法や心配ごとなどの本音を語ったり、悩みを打ち明けあったり、音楽を楽しんだりする場所になっています。

 全国でみると、3年前は30カ所あるかないかでしたが、いまは推計で1千カ所とも言われます。昨年1月に国が打ち出した認知症施策の総合戦略で取り上げられ、これが追い風となって急増しました。自治体や社会福祉法人、地域の有志などが積極的につくっていて、患者がカフェのマスターになり、運営する側に回るケースも聞きます。届け出は必要なく、正式な設置基準もありません。こうした自由度の高さも、急増の一因でしょう。

 カフェの場所は、病院や老人ホーム、商店街などさまざまです。週1回とか月1回の開催で、コーヒー1杯100円、菓子つきで300円といったケースが多いですね。(以下略)」

 

認知症というのは病名なのでしょう。だが、96歳でも病気なのでしょうか。老齢化しての機能不全であり、病気ではないのではないか。そんな疑問が今も消えません。

 

 (聞き手と撮影 川本裕司)

「ここに座るの

96歳 女性-

 

95歳を超え、トンチンカンなことが増えたけど、とても元気なOさん。いつも笑顔を絶やさず、時にいい加減なボクをビシッと叱ってくれる人。ある日の深夜、Oさんがとても不安そうな顔で居室から廊下に出てきて、廊下をキョロキョロ。「探し物かな?どうしたの?」と尋ねると、うつむいたままごく小さな声で「ご不浄」と答えます。普段は1人で済ませるはずなのにと思いながら、トイレを指差し、「Oさん、ご不浄はここだよ」と伝えるも、便器をじーっと眺め、やっぱり困った顔のまま。「ここに座って、おしっこして大丈夫だよ」と何度話しても、その不安な表情は変わりません。「ここに座って」と繰り返すと、

Oさんは不思議そうな顔をしたまま「ここに座るの?」とつぶやき、便器の上に正座したのです。「何やってるの、Oさん!」とボクは笑いながら注意しました。 でも、その後、ボクは自分の発言を反省しました。便器には「腰かける」が正しいのです。Oさんにそう伝えればよかったのです。むこれと同じように、認知症の方の介護に携わっていると、後から自分の間違いに気づくことが多くあります。 [特別養護老人ホーム・介護福祉士・東京都]

(『認知症の人たちの小さくて大きなひと言』)

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ちょっと悲しい話 [認知症]

 

 

 

「いわせてもらお   2016611日朝日新聞

 

 ◎めがねいらず

 孫息子(8)は視力が落ちているらしく、テレビを近くで見ている。「授業中にめがねがいるんじゃない?」と娘(39)に言うと、「大丈夫。彼は先生の言うことを聞かないから、いつも一番前か二番目に座らされているはず」。 (宮崎市・心配がつきない祖母・65歳)

 

 ◎温泉宿

 某知事が「18金の黄金でできた浴槽がある温泉に宿泊した」というニュースを耳にした。高校3年生の娘(17)は「なんてひどい!」と憤慨している。「18金」を「18禁」、つまり「18歳未満入場禁止の温泉宿」と思ったとのことだった。

 (千葉県市川市・娘もその温泉に入れました・49歳)(一部引用)」

 

某知事も身から出たサビ・・・さらしものになっているというが

 

次の話は切なかった。認知症の人の話です。

 

「悪いことをしたつもりはないけど、  84歳 女性

 

母は頭が良く、器用で、何でもできる人、厳しい両親の下、長女として、妹と弟の面倒をみていたときから自分のことは犠牲にして、他人のために尽くしてきました。弱みや隙を見せたことは一度もなく、どんなに大変なこともやり遂げてきた強い精神力の持ち主です。

突然の大腸がんの手術で、認知症がひどくなって退院してきたある日、母の扱いに手を焼いていた私は、母の言ったことを否定し、強く責めてしまいました。すると母は、「ごめんなさい。悪いことをしたつもりはないけど、もしそれが悪いことだったら謝ります。許してください」と泣きまねをしながら土下座したのです。その姿は私にとって衝撃的でした。

子どもらしい振る舞いやはしゃぐことが大嫌いだった両親は、子どもにも大人のような落ち着きを要求していたと聞いています。

母は、子どもの頃、なぜ怒られるのか理由がわからず、納得できないまま謝っていたのでしょう。母自身も気づいていない、心の奥に抑え込まれたトラウマを知った驚きの瞬間でした。 [娘・東京都](『認知症の人たちの小さくて大きなひと言』) 

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「童帰り」は病気か [認知症]

 

 

西日本新聞の投稿欄のテーマが「童帰り」でした。これは惚けと言われるものに含まれるのではないかと思います。

 

「老い見せつけ 最後の教育   58

 

「昔と逆さまになってしもうたねえ」。靴を履かせてもらいながら、86歳の母が言う。介護付き有料老人ホームで暮らして5年。部屋を訪れると、1枚ずつ四つ折りにされた新聞紙が散乱。それを片付け、ちらしを捨てようとすると「裏の白い広告は取っといてよ」
と必ず言う。分かってますよ。母の大切なメモ用紙。

掃除、洗濯が終わり、母の身支度を手伝い、つえを握らせる。手をつないで歩きながら「あんたら双子を育てるのは、本当に大変やった。今はあんたがそばに
おってくれるから幸せよ」。3年前から、物忘れがひどくなった。腹立たしく、怒鳴り散らした日々もあったのに、老いゆく身を私に見せつけ、最後の教育をしてくれている。私に頼り、童に帰っていく母。たまらなくいとおしい。」(2016524日西日本新聞)

 

このように加齢に伴う衰えを指していると思う。投稿欄の「編集後記」には次のように述べられています。

 

「編集後記

 

アルツハイマー型認知症は記憶をつかさどる脳の海馬に病変・・・」と説明されても「どうして」との悲愴感が漂うだけ。だが「童帰り」には「子どもに戻らっしゃったばい」という安堵感がある。「なぜ人間は惚けるのだろう。つらかったことも、哀しかったことも、

憎悪で感情が昂ぶったことも、みんなこの世おいて、 あの世に行くようになって いるのか」(佐藤洋二郎著
グッバイマイラブ」)。
心静かに旅立つための神の
配慮のように見える。死を
前に恐怖を取り除く天の采配かもしれぬ。人間の深遠さ。童で生まれ、童に戻る。おごりが消え、人を謙虚にする(熊谷吉幸)」(同前)

 

しかし、現代では政府が名づけた認知症に含まれます。認知症は病気であり、薬が与えられます。そして、膨大な人数の病人が産まれますが、多くは精神科で対応しています。老化の先にある「童帰り」にも薬が必要なのでしょうか。

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認知症は何も分からなくなるのではない [認知症]

 

 

認知症という言葉でくくって良いのかという問いを発する専門家がいます。認知症という病気なのか、老いて認知機能が低下した「ぼけ」という状態なのか。このままでいけば沢山の病人を生むだけで良いのかという。そのなかで今も多くの人が信じている「分からなくなる」という誤解に『



』は事実を持って立ち向かいます。

 

 

まずはつらい気持ちを理解したいと思います。

 

「ぼくは壊れていく

 

2014年夏、夫の希望で岩手の私の実家に帰省することになりました。パーキンソン症状が進むなか、新幹線での二人旅。これが夫との最後の旅行になりました。

田舎の人情と美味しい空気に和んでくつろいでいたある朝。それは起きました。リビングのいすに縮こまって、いつになく不安そうな表情の夫。「どうしたの?」と声をかけると、「ぼくは壊れていく。収拾がつかない・・・、人間が150人くらい次から次へと現れて消えない・・・。おまじないが効かなくなった。助けて」。レビー小体型認知症による幻視です。忍耐強い夫が初めて肩を震わせて泣きました。私はかける言葉がなく、抱きしめてあげるしかありませんでした。二人で涙して、やっと出た言葉は「大丈夫だよ。あなたがどんな姿になっても、あなたに変わり
はないから。いつもそばにいるから:::」。確かな根拠があったわけではないけれど、なんとか切り抜けてみせるという強い覚悟が生まれました。

同時に、「神様、私のいのちを夫に分けてください。どうか安らかで平穏な時間をできるかぎり長く夫に与えてください」と祈り続けました。」(『認知症の人たちの小さくて大きなひと言』)

 

 

「こんなことさせてごめんよ

 

Iさんは有名企業の取締役まで務めた方でした。しかし、私が介護 職として出会ったときのIさんは、弄便がみられるほどの状態でした。便失禁した身体をお風呂で洗わせていただいたとき、「僕のうんちゃんが手についているよ。ほら」と笑って私に便を見せてくれました。「どんなエリートでも、ここまでになるのが認知症なんだ」と、私は憐みの気持ちを抱きました。だからこそ否定せずに微笑んで、「うんちゃんですね」と言うことが最大限丁寧な介護だと自覚してました。

浴室を掃除していると、Iさんがキッとした目つきで立っていることに気づきました。次の瞬間、Iさんは詰め寄り、両腕を広げて私に抱きついてきました。「そして「おれ、こんなの初めてだよ。こんなことさせてごめんよ」と大声で泣きました。私はIさんの言葉に心臓が激しく鼓動しました。そして、認知症のIさんを憐み、「どうせわかっていない」という気持ちでいたことを恥じました。認知症が進行していても、ご本人は感じているし,。わかっている。(以下略)介護福祉士」

 


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ボケと認知症の違い [認知症]

 

 

村瀬孝生・東田勉共著『



』という本をほぼ読み終わりました。そこで特に気づかされたことはボケと認知症の違いです。先日、電車に乗りましたらある駅での車内案内がアイドルグループになっていました。短い間にアイドルグループの誰それまで入れますのでもの凄く早口に聞こえ、どちらかというと年寄りには騒音に聞こえました。これは案内に責任があるのではなく、年寄りの衰えがもたらしたものでしょう。今、認知症が数人に1人になりますよと警告されます。それに対して村瀬氏らは

90歳での身体的機能の低下を病気とするのは無理ではないかと主張します。正確には次のように発言されています。

 

「『言葉狩り』がお年寄りを追いつめた

東田

村瀬さんの書かれた本を見ると、今でも「ぼけ」という言葉を使ってらっしゃ いますね。 東田

認知症という言葉ができたあとも、使ってらっしゃるんですね。これはどういう使い分けをしてらっしゃるんですか。病気としての認知症とぼけとは。

村瀬

病気じゃなくて、もうお迎えが近い人がそういう状態になったときに使います。

(略)

東田

私は、そこでスパッと切るのではなく、つなぎ目をなくしてシームレスにしていこうという動きの悪い面が出た典型が、「アルツハイマー」だと思います。昔は65歳未満で発症する認知症はアルツハイマー病、65歳以上で発症する認知症は老人性痴呆症と診断されていました。そして後者に対して医者は、匙を投げていたはずなんです。 しかし、両者を区別する必要はないという意見が精神科医たちから出て、今では全てがアルツハイマー型認知症です。これを昔の状態に戻すことはできないだろうかと思 います。65歳未満で発症した人は治療の対象にするけれども、75歳以上で発症した人 は抗認知症薬の適応外にするというふうに。その中間は、ケースバイケースで。

 村瀬

そうですね。人は老いると身体的な機能が衰えます。それと同時に、個人差はありますが時間と空間もズレていくのです。介護をするということは、そうしたトータルな機能の衰えにつき合うということですから、時間や空間のズレをことさら病気だと考える必要はないと思います。むろん、40代や50代でそうなると、世の中で失うものが多過ぎますから過酷でしょう。ありのままでいてください、とは言えません。

しかし、かなり高齢になった人の時間軸や空間軸のズレを直す必要はないと思います。」

 

お年寄りの認知機能の低下を病気としたのは治療薬が出てきてからではないかとも言う。でも、介護施設が不足するとどうしようもないのは変わらないと思いますが。

 


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