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在宅の看取りの困難さ [医療]

 

 

「仲畑流・万能川柳   毎日新聞201797日 東京朝刊

☆印は秀逸(仲畑貴志選)

☆コンセントあれば便利な墓掃除 青森 よしのまち

試食後の立ち去る時に要る演技 兵庫 岩尾直水

エレベーター訂正ボタン欲しいとき 鴻巣 雷作

読むことが想定されてない約款 静岡 石垣いちご (以下略)」

 

在宅医療と看取りが課題になっていますが、家族の対立は難題ですね。役割を果たさないという不満は生育環境などを含めて多寡はあると思います。誰に主導権があるのかという社会的な合意が必要な気がしますが。

 

「緩和ケア病棟 4割で家族対立「役割果たさぬ者がいる」毎日新聞2017911

 

 緩和ケア病棟で最期を迎えたがん患者の遺族の4割以上が、患者への対応を巡って家族内の対立や不満を経験していたとの調査結果を、筑波大などの研究チームがまとめた。患者だけでなく、みとりが近付く家族への精神面への支援の重要性が改めて浮き彫りになった。国際精神腫瘍学会誌に掲載された。

緩和ケア病棟は、治癒を目指す治療の継続が難しくなった患者を対象にした施設で、心身の痛みの除去を中心に行う。チームは2016年5~7月、国内71カ所で死亡したがん患者767人の遺族(20歳以上)に書面でアンケートを実施。対立の有無に関して8問全てに回答した458人分を解析した。回答者は配偶者(44.6%)と子供(39.7%)が多かった。

その結果、8問のうちどれかを経験した遺族は42.2%に上った。具体的には「役割を十分に果たしていない家族がいた」が最多の22.9%。次いで「治療方針で意見が合わないことがあった」が20.9%いた。「自宅や緩和ケア病棟など患者が残された時間をどこで過ごすか意見が合わないことがあった」も11.4%、「家族で傷つけ合ったり怒鳴り合ったりした」も11.2%いた。対立は回答者が若いほど多い傾向があった。

チームの浜野淳・同大講師(家庭医療学)は「予想より多い結果だ。これらを経験した遺族は強い悲嘆やうつ症状があった可能性がある。気持ちの揺らぎや意見相違があることを踏まえ、患者の家族への気配りも重要だ」と指摘する。【大場あい】 」

 

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待ち時間が [医療]

 

 

「仲畑流・万能川柳 毎日新聞2017812日 東京朝刊

☆印は秀逸(仲畑貴志選)

☆ポケットに手を入れてると怒る妻 静岡 石垣いちご

無礼者心で叫ぶ電車内 東京 新橋裏通り

浅田真央全政党が狙ってる 大阪 佐伯弘史 (以下略)」

 

 

待っている時間に様々な想像して不安です。それに付き合う医療関係者の大変さもあるのかもしれません。

 

 「不安な患者に寄り添う笑顔 82

がんの再手術のため、開業医の紹介で初めて大学病院を訪れた。朝9時前というのに、広い一般受付フロアはごった返していた。カウンターで目まぐるしく動いているのは若い職員 さんが多い。てきぱきと声を掛け、分かりやすく説明 している。不安げな患者たちもその笑顔に救われる。各階の診療担当の看護師さんたちもしかり。待ち時間が3時間も4時間にもなるのはざら。本当に疲れる。だが、真摯に応対応してくれる先生や看護師さんの言葉で、不安やつらさも半減する。大きな病院ほど一人のドクター、一人の看護師さんの言葉で安心と信頼度も増幅する。また、その逆の失望もある。 医は仁術。多忙な大病院 だからこそ、高度医療、システム化に委ねず、命を預けた患者の心に寄り添ってほしい。心身の安らぎを願う患者として、そう痛感した大病院の初診日であった。」(2017615日西日本新聞)

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病気と闘うだけでなく [医療]

 

 

がんを患った小林麻央さんが亡くなった。闘病の大変さもあったでしょうが心から哀悼の意を表したい。各局も夫君の会見など放映されましたが、土曜日の朝のテレビで、BBC放送が、世界の人びとに感動や影響を与えた「今年の100人の女性」に選ばれたときに、麻央さんが、がんとの闘病生活以前に結婚や子育ての時間があっことなどすべての時間が私にはあったとする趣旨のコメントが紹介された。それに対するコメンテーターの話が全くかみ合っていなことに気づきました。がんとのことだけが小林さんの人生ではないことを本人が語っているのに、それに気づかないでいます。

 その後に聞いた自死を扱ったラジオで、現在は「死は生の終わりの一瞬」だと受け止められているのではないかと述べられていました。死が見えなくなっているという流れの中での藩士ですが、亡くなる瞬間は小林さんはがんとの闘い(この言葉もどうか)だったとしても人生ががんに支配されていたわけではありません。本人を支えてくれた母などの家族との生活、仕事・子育ての・夫との出会いなど人生にはいろんなことがあったという趣旨の言葉が紹介されました。凄い方だと思いました。がんの小林麻央だけが私ではないと述べているのだと思います。

 例えば、がんの〇〇さんとレッテルを貼れば、がんの面からしか見ることができなくなります。どんな障害があっても、日常の生活があります。そこでの生活を捨象して、病名でで可哀そうだとかなどにならないか。人生はそんな薄っぺらではないのではないか。小林さんはそんなことを言いたかったのではないかと思ってみたのでした。

 

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抗がん剤をやめるとき [医療]

 

 

薬をやめることは死につながりますが、それでも続けるかどうか。判断が求められるという。大変なプレッシャーですね。

 

「抗がん剤をやめるという決断 二ノ坂保喜

森本義夫さん(享年64) 2012年、腰の痛みが 取れずに整形外科を何軒か 回った後、九州医療センター(福岡市)で肺がんの骨 盤転移と診断されました。 既に最も進行した「ステー ジ4」で手術できず、骨盤 の放射線治療と全身の抗がん剤治療を受けました。抗 がん剤は効果を見ながら種 類を変えていきますが、9種類自の薬で、担当医に「最後の薬です。今後はどうしますか」と問われました。146月、森本さん夫婦は私の所に相談に来ました。胃がん末期でありながら当院でボランティア活動を続けた池本タエ子さん(連載4回目で紹介)の夫と義夫さんが同級生で、同時期に闘病中だったタエ子さんの在宅療養の話を聞いていたのです。 森本さん夫婦は重い病と 宣告されたとき「最期まで 寄り添って生きていこう」 と決めていました。入院仲 間の話や様子から「この薬 になったら抗がん剤治療を やめよう」とも話し合って いました。 私が診てきた進行したがん患者にとって、抗がん剤治療は薬の選択や副作用対策なども難しいのですが、最も難しいのは「いつやめるか」という見極めです。抗がん剤が効果を表すこともありますが、ほとんどは最終的にがんが体を支配します。次第に体が弱って抗がん剤は効果がなくなる一方、副作用は変わらず体を 襲います。「死ぬまで続け る」という医師は多いので すが、私は少しでも回復力 が残っているときに抗がん 剤をやめればよりよい生活を維持できると考えています。(以下略)(にのさかクリニック院長、福岡市)

 

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科学的だけでは足りないと [医療]

 

 

 

「迫田陽子さんのチョイ・オーイ ベトナム

伝統医療の歴史学ぶ

ゴールデンウィークも過ぎましたね。ベトナムも4 30日から4連休でした。 いつもはバイクや車であふれる道路もすいていて、バイクの運転も快適でした。用事ついでに、普段あまり行かないエリアに足を伸ばしてみました。 ホーチミン市中心部から15分ほどのところに、製薬会社が運営する「ベトナム伝統医学博物館」があると聞き、訪れました。住所をたどっていくと、静かな住宅地に伝統家屋風の建物が。博物館には見えず、周囲をぐるぐる回っていると、近所の人が「あっちが受付よ」と教えてくれました。入館料は12万ドン(6 00)。ベトナムでは割高です。公立の博物館や美 術館は大体2万ドン前後。 ふらりと入るには高かった かな、とも思いましたが、 結果的には満足しました。館内では伝統医療の歴史が紹介され、英語のガイドさんが説明してくれますし、案内ビデオも公立のものよりはるかに分かりやすかったです。

ベトナムの伝統医療は、王族の健康維持のため、家来が中 国に医学を学びに行ったのが始まりと か。そのため、薬の原 料も使い方も漢方に 似でいます。ベトナムでは「ウォン・チャ ・モッ・ガイ・サー・バ クシー」(11杯の お茶は医者を遠ざける)と言われ、館内に もお茶を煎じる器具が多く展示されていました。ミュージアムショップにもさまざまなお茶があって、薬草をブレンドしたお茶を買いました。伝統医療の力を味方に、日々健康に過ごしたいものです。(ベトナム・ホーチミン在住ジャーナリスト)」( 2017515日西日本新聞)

 

1991年にEBM(科学的根拠に基づく医療)という主張が強まり、精神科医療でもエビデンスということが強調されました。疫学的な根拠に基づく医療の提供ということですが、それには行き過ぎがあったということで「NBM narrative-based  medicine 物語に基づく医療」と言うことが提唱されたそうです。物語とは「闘病記」などです。例えば、てんかん発作は天候や気圧に左右される人がいる」というのは、エビデンスがないとして排除されますが、NBMでは重要な情報として尊重されます。現場でどうなっているかは知りませんが、科学的根拠が証明されないから排除するというのでは患者との距離は縮まらないのでは。

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医療者と患者を誰がつなぐ [医療]

 

 

医療者と患者を誰がつなぐ

 

 

 

 

 

「がん患者に対話と交流を 「がん哲学外来」樋野氏講演

 

病気になっても病人になってはならない。「がん哲学外来」の提唱で知られる順天堂大医学部の樋野興夫教授(63)、が福岡市で講演し、がんを告知されて死を意識したときの生きざまを説いた。日本人の2人に 1人ががんにかかるといわれている。樋野教授は「どんな境遇でも役割がある。困っている人に手を差し伸べて」と呼びかけた。(略)

 

樋野教授は「人間には最後に『死』という大切な仕事がある」と表現。「若い時に華やいだ生活をしようが苦しい生活をしようが、人生は最後の5年間をいかに過ごすかで決まる」と指摘し「がんも一つの個性。人間には使命があり、病気でも病人にならない社会づくりが必要」と語った。医師に対しては「患者と同じ目線を」と訴えた。(以下略)」(2017424日西日本新聞)

 

 

 

がんカフェの様子をテレビで見ましたが、患者と家族の声を傾聴する場が必要ですね。その意味では、下記の報道は残念ですが、新しい動きが必要ですね、

 

 

 

「苦情が医療者の認識変えた

 

患者の権利オンブズマン

 

活動18年 福岡市で解散報告集会

 

 

 

患者や遺族から苦情を受け付け、医療機関などに対応を迫ってきた福岡市のNPO法人患者の権利オンブズマン(久保井摂理事長)の解散報告集会が23日、同市、・天神であった。「苦情 に学ぶ」を合言葉に、患者 側と医療機関が対立する訴訟ではなく、対話による解決を目指した活動を関係者が振り返った。514日の臨時総会で解散する。欧州の苦情解決制度を参考に、19996月に発足。研修を積んだボランティアが相談に応じ、医師や看護師、弁護士らが助言 して約6600件を受けてきた。同様の取り組みは関 東や関西などにも広がつた。 同集会では冒頭、副理事長の平野亙・大分県立看護科学大准教授が解散の背景に入手不足や財政難などがあったと説明した。 続いて5人がパネル討 論。発足時からの相談員、 福山美音子さんは「話をするたびに元気になり対医療機関の『気持ちを理解できず申し訳なかった』という、一言で納得された相談者がいた。患者や家族の思いを 受け止める場がいかに大切かを知った」と報告。医師 として活動に協力してきた熊本市西区の病院長、赤木健利さんは、患者によるカルテ開示請求が珍しくなくなったことに触れ「活動は

 

医療者の認識を変えた」と評価。宮若市の病院長、有吉通泰さんは「医療には近年厳しい目が注がれておりこうした組織はより必要になるのではないか」と解散を惜しんだ。」(同前)

 

 

 

 

 

「がん患者に対話と交流を 「がん哲学外来」樋野氏講演

病気になっても病人になってはならない。「がん哲学外来」の提唱で知られる順天堂大医学部の樋野興夫教授(63)、が福岡市で講演し、がんを告知されて死を意識したときの生きざまを説いた。日本人の2人に 1人ががんにかかるといわれている。樋野教授は「どんな境遇でも役割がある。困っている人に手を差し伸べて」と呼びかけた。(略)

樋野教授は「人間には最後に『死』という大切な仕事がある」と表現。「若い時に華やいだ生活をしようが苦しい生活をしようが、人生は最後の5年間をいかに過ごすかで決まる」と指摘し「がんも一つの個性。人間には使命があり、病気でも病人にならない社会づくりが必要」と語った。医師に対しては「患者と同じ目線を」と訴えた。(以下略)」(2017424日西日本新聞)

 

がんカフェの様子をテレビで見ましたが、患者と家族の声を傾聴する場が必要ですね。その意味では、下記の報道は残念ですが、新しい動きが必要ですね、

 

「苦情が医療者の認識変えた

患者の権利オンブズマン

活動18年 福岡市で解散報告集会

 

患者や遺族から苦情を受け付け、医療機関などに対応を迫ってきた福岡市のNPO法人患者の権利オンブズマン(久保井摂理事長)の解散報告集会が23日、同市、・天神であった。「苦情 に学ぶ」を合言葉に、患者 側と医療機関が対立する訴訟ではなく、対話による解決を目指した活動を関係者が振り返った。514日の臨時総会で解散する。欧州の苦情解決制度を参考に、19996月に発足。研修を積んだボランティアが相談に応じ、医師や看護師、弁護士らが助言 して約6600件を受けてきた。同様の取り組みは関 東や関西などにも広がつた。 同集会では冒頭、副理事長の平野亙・大分県立看護科学大准教授が解散の背景に入手不足や財政難などがあったと説明した。 続いて5人がパネル討 論。発足時からの相談員、 福山美音子さんは「話をするたびに元気になり対医療機関の『気持ちを理解できず申し訳なかった』という、一言で納得された相談者がいた。患者や家族の思いを 受け止める場がいかに大切かを知った」と報告。医師 として活動に協力してきた熊本市西区の病院長、赤木健利さんは、患者によるカルテ開示請求が珍しくなくなったことに触れ「活動は

医療者の認識を変えた」と評価。宮若市の病院長、有吉通泰さんは「医療には近年厳しい目が注がれておりこうした組織はより必要になるのではないか」と解散を惜しんだ。」(同前)

 

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「強い人目線で世の中見るな」 [医療]

 

 

野田聖子氏が障害者福祉などに寄与されているのは事実だと思う。自民党の大きな勢力と相いれない部分があるのかもしれませんが、そことのパイプ役にもなってもらっているのではないか。好き嫌いや支持する、しないはあっても、目標に向かって手をつなぐことが今強く求められていると思います。

 

「息子が心臓に持病、社会の壁の厚さ知った 野田聖子さん朝日新聞デジタル 3/4()

3月8日は国際女性デー。衆院議員の野田聖子さんは「やらないで後悔すると一生残る。自分の心に素直に動こう」と語ります。

     

 40歳前までは「男」でした。

  1993年に初当選したとき、自民党の女性衆院議員は私1人だけ。目立つ存在以前というか、希少生物といった扱いでした。

  職場のスタンダードが「男」なので、女性のロールモデルは誰もいない。若い女性が政治家になるもんじゃないという有権者も多くて、応援してくれる人ほど、私に「女を捨てろ」と言ってきました。結婚もするな、子供も産むな。そのくらい犠牲を払わないと男性と同格に見てもらえない。ある意味、悲壮感が漂っていました。(略)

私も結婚して子供を産んでいいんだという解放感がありました。自分が封印してきた、結婚して、相手の子供を産むという人生を追求できるんだと。そういうのを押し殺したまま、政治家のキャリアを積み上げてきた自分から解放された感覚がありました。

 

■国会議員の息子でも…

 親になって? 最高です。私の骨格を作ってくれたのが今の夫なら、血や肉を作ってくれたのは子ども。本当にそう思います。

  50歳で長男を産んでから、自分の政治のスタンスに温かみが生まれた。誰のために政治があるのかなと思うと、困っている人が生きやすくなるためだ、という原点。

  国会議員って、強い人の集まりなんです。生活もそんな困っていない。権力があって、口も立って、80歳近くでも元気でしょ。国会議員とだけ付き合っていたら、基本的に強い人ばかりの世界しか分からない。

  でも、私の息子は弱っちいわけですよ。心臓などに複数の先天性の病気があって、2歳3カ月まで入院生活を送ったんです。国会議員の息子でも、弱っちいから社会の壁は厚いわけです。私が子どものころに当たり前にできたことが、彼はできないんです。毎日家に帰ると、その息子がいるわけです。「強い人目線で世の中見るな」って説教されているようなものです。(以下略)」

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高血圧の基準は [医療]

 

 

サプリメントの広告などでは130以上になれば高血圧としていますが、高血圧学会のページでは140以上としています。ところが、私などの高齢者の場合は次のようになっているとしています。平均値の場合、60代 男性142/84 女性 140/8270代 男性146/80 女性 145/79。資料によって1.0ぐらいの違いがありますが。正常値とされる人の割合は18%から22%です。これでは、60代以上の人はほとんどの人が高血圧治療の対象になります。

ここには、いろんな思惑が込められているように思う人は多いと思いますので、高齢者に限っては「目標値」だと説明していると書かれていました。

 私の以前の主治医は、140超えると薬を増やしましょうと何度も言われました。私は自宅でのデータを毎回持参してそんなに変動していないと説明していました。しかし、白衣高血圧というか、病院では高めになります。私の疑問は、たまたま年代別の平均値を知ってからです。

 

 でも今は、時々、高めになることがあります。隠れ脳梗塞などや塩分の取り過ぎなどもあるようですが、そんなことに気をつけながら過ごしています。しかしながら、学会の基準は問題ではないか。

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在宅ホスピスを知りたい [医療]

 

 

学会が久留米であるそうです。市民講座があると聞いていますが、公表されているものは学会の一部のように理解できます。落合恵子氏や二ノ坂保喜氏の講演があるようなのですが・・・。二ノ坂保喜氏の講演は二度ほど聞いたことがあります。西日本新聞に連載が始まりました。

 

「続 死を見つめて生きる  二ノ坂保喜

 

皆さん、お久しぶりです。 200628月、西日本新聞で「死を見つめて生きる」を25回にわたって連載しました。あれから11年。 在宅での終末期医療に携わる「在宅医」として多くの 方の死と生に触れ、学びを 重ねてきました。
この間、在宅医療を取り巻く状況は大きく変わりま
した。政府は「多死社会」を前に持続的な社会保障を確保するためにも、在宅医療を推進しています。06年に「在宅療養支援診療所」が制度化されました。翌年にはがん対策基本法が施行。全国どこでも同じレベルのがん治療が受けられる体制が整備され、がん患者が在宅で過ごすことも重視されるようになりました。
地域包括ケアも全国的に広がり、市町村の積極的な取り組みが見られます。
九州、福岡でも在宅に関 わる医師や看護師が増え、 少しずつ在宅ホスピスが市民に認知されてきました。 しかし、まだまだ病院の医 療者に、在宅療養が可能で あること、それがより豊か な生と死を生み出すことが十分に伝わっていません。患者や家族、市民にもそれは言えます。

1992年に発足した市民団体「日本ホスピス・在宅ケア研究会」は、ホスピス運動と在宅ケアの普及と質の向上を目的としています。医師や看護師、介護士など医療・福祉の専門職

と、患者・市民が対等に語 り合うことが特徴です。毎年、全国大会で交流と学びを深めており、今年は2 45日に福岡県久留米市で開催します。私が大会長を務めます。

テーマは「いのちを受けとめる町づくり」。高齢社会から多死社会ヘ移りゆくとともに、医療の場も病院から在宅、在宅から地域や
コミュニティーへと広がっています。
私は外科の救急医として
出発し、がんをはじめとする病気と向き合ってきました。手術や高度な医療機器
を使って病気と対決してき
ました。やがて、治療して
もうまくいかない人、がん
が再発した人、治らない病戸
気の人などとも出
会い、死を迎える
人たちとも出会いました。いつしか患者としてではなく、人、生活者として向き合うようになり、その人の人生や家族、家庭、そして地域へと目を向けるようになりました。いのちに関わる仕事は医療だけの役割ではなく、教育、行政、警察や消防、それにお寺や教会なども含めたコミュニティーの役割も大きいことを学
ひました。
大会のサブテーマは「日本のホスピスが忘れてきたもの」。日本にホスピスが
輸入されて約40年、ホ スピスの理念は根付いたで しょうか。がん末期患者の みを対象とし、施設(病棟) に限定したホスピス、在宅 や地域への視点を持たない
ホスピス・・・。日本のホスピスを見直す時ではないでしょうか。全国大会では、多様な視点からホスピスを見直します。」(2017112日西日本新聞)

 

自分が在宅での最期を望んでも家族が対応できるかどうかは分かりません。延命治療も必要ありません。自然と最期が迎えられればいいのですが。

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100歳時代という [医療]

 

 

100歳を超える人が普通の社会とは想像できませんね。

 

「私の視点)人生100年時代 多様なステージ設計を リンダ・グラットン

20161210日朝日新聞

  

 人間の寿命は延び続けています。近著「ライフ・シフト」では、2007年に生まれた日本の子は107歳まで生きる確率が50%ある、という試算や、人生100年時代には80歳まで働くことになる、といった試算を紹介しました。(以下略)」

 

健康であればいいが、老化による衰えは避けられないでしょう。日本社会はどのように受け入れるか準備をしなければならないと思う。

 意識の面で差別が残らないだろうか。出生前診断で障害者という可能性が判定されればほとんどが産まない選択をするという。てんかんなども遺伝性と信じる人が多くて敬遠されました。今もそう思っている人がいると思います。

そんななかで次のニュースを読みました。

 

「民進・原口氏、骨の難病公表 20161211日朝日新聞

 民進党の原口一博元総務相(衆院佐賀1区)が10日、骨の難病と診断されたことを自身のツイッターやホームページで明らかにした。「先日、検査の結果が出て私が骨の難病であることが正式に診断されました。遺伝性難病です」と公表。その上で「復帰はすぐです」とも述べ、衆院議員を続ける考えを示した。」

 

別の記事では、遺伝性であり、親族にも影響があり、公表をためらったそうです。どうか普通に公表できる社会であってほしい。

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