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新聞とつきあったのはリタイア後 [ジャーナリズム]

 

 

過日、通勤時刻の電車に久しぶりに乗りました。現役時代の癖で改札口で新聞を買い、車内で読み始めました。現役の頃、新聞を読むのは車内の20分程度。久しぶりの車内で新聞を読んでいる人はゼロ。ほぼスマホ。新聞も読まれない時代になっているのだと実感しました。

新聞社は電子版に切り替えているから読者層は変わらないのでしょうか。リタイア後は、毎日、舐めるように読んでいます。

 

デスク日記

 

 高校生の頃、どれだけ新聞を読み込んだだろう。テレビ欄で番組をチェックし、地域版で地元のニュースを探すぐらいか。文章を味わうなんてことはなかった。

 先日、高校生の長男が持ち帰った学校の図書館だより。本紙1面の「春秋」に関する生徒の文章があった。海洋汚染の話題が落語で始まるという展開に目を奪われたとして「全く関係ないと思われる両者を関連付け、読者を主題に引き込んでいます」と分析。「こうした着眼点や発想は、私たちにもいかすことができます」とまとめていた。

 よく読んでいるな、と感心した翌日、朝刊の特集のページで春秋の筆者がこう書いていた。「関係がなさそうな話から入って読み手の興味を引き、一転、本題につなぐ」。これが醍醐味(だいごみ)であり、難しさであると。筆者の思いをしっかり受け止めている若い読者の存在を、改めて思い出した。私もしっかりした文章を書かねば。 (鎌田浩二)=2017/03/26西日本新聞朝刊=」

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社会を写す [ジャーナリズム]

 

 

日曜日は新聞のクロスワードパズルから始まります。今週は難しかった。なかなか言葉が出てきません。一度やめてから見直したら二つほど出てきました。すると、他も埋まり始めた。不思議なことです。ホークスは優勝できず。野球はピッチャーだと思いましたが、どうでしょうか。

 

 

「便利なスマホ 熟年も活用を   76歳

 

今春、スマートフォンを購入した。電話機能を外した格安スマホと携帯電話セットで使って 月額3千円程度 手ごろな価格だ。以前から携帯電話は使用していたが、十分に使いこなせず~スマホ購入を躊躇していた。知人からスマホ教室を紹介され、受講したところ、意外と簡単で便利である。携帯電話と違い、指でタッチするだけでよく文字入力も効率的だ。声で入力ができるとは、驚きであった。
子や孫、知人とも無料で顔を見ながら、通話ができる。カメラのほか、動画や音楽も鑑賞でき、疑問があれば即検索。まさに、携帯可能な小さなパソコンだ。「ながらスマホ」が問題になっている。が、人生経験豊富な熟年者には無用の心配。利用することで若者への理解も深まる。食わず嫌いではなく、多くの熟年者に簡単で便利なスマホをぜひ、活用してほしいと願う。」(20161015日西日本新聞)

 

スマホが便利なことは分かるが、どうもその気になれない。老化の進行でしょうか。

次の指摘も大事なポイントだ。

 

「デスク日記

 

 ようやく政治が動いた形なので喜ぶべき話ではある。

 医療が進歩し、長男の力(11)のような、たん吸引や管を使った栄養注入など医療的ケアが必要な子どもが増える中、改正障害者総合支援法により、こうした在宅の子どもへの支援が自治体の努力義務として盛り込まれた。一時預かりなど障害児も家族も地域で暮らし続けられるサービスの拡充を願ってやまない。

 だが、もやもやするのは国側が使い始めた「医療的ケア児」の呼称。分かりやすい半面、新たなレッテルでもある。公的支援の対象を明確化するのは当然だが、レッテルは特別視につながる。

 7月の相模原殺傷事件で被害に遭った人の親たちは実名公開を拒んだ。障害があっても認め合う社会が程遠い現実の裏返しだ。誰をも特別視しない世の中に向け、今こそ知恵の絞りどころでは? 私は、安易に「医療的ケア児」なんて書いた記事を掲載するつもりはない。 (三宅大介)=2016/10/17 西日本新聞朝刊=」

 

先日ある会議で、行政の説明資料に、民間団体に対して「参加させる」みたいな表現がいくつもありました。説明を聞いている方は「参加させられる」側です。「参加していただく」ではないか。契約書を読んでいるみたいでした。そんなことも気になるのですが・・・。

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インタビューの未成熟なのか [ジャーナリズム]

 

 

国谷裕子氏が「クローズアップ現代」で問題だと指摘された部分について次のように述べています。政治的な部分ですが、そのことは別にして、経営者などに対して深く追求しないのが礼儀みたいな雰囲気があると指摘しているのが気になりました。そうしたものは、拝聴でしかなく、インタビューとは言わないのではないか。

 

「国谷

もう一つの心配は、アメリカと一体にならないよう非戦闘地域での活動に限るなどして、日本独自の活動を行なって、一種の存在感を得られてきましたが、今回そうしたプレゼンスを失う恐れはありませんか。

官房長官

それはまったくないと思います。申し上げたよう に、日本と関係ある他国に対する武力攻撃が発生し、わが国 の存立が脅かされて、そして国民の生命、そして自由、幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険ということで、しっかり歯止めをかけていまずから、これは問題ないと思っています。

国谷

ただ、集団的自衛権の行使が、密接な関係のある他国 のために行使した場合、第三国を攻撃することになって、第 三国から見れば日本からの先制攻撃を受けたということになるのかと思いますが。戦争というものは、自国の論理だけで
は説明しきれない、どんな展開になるかわからない危険を持
っています。
官房長官こちらから攻撃することはありえないです。

国谷

しかし、そこは集団的自衛権を行使しているなかで、防護の・・・・・・。

官房長官

ですからそこは最小限度という、ここに三原則というしっかりした歯止めがありますから、そこは当たらないと思います。

 

国谷

しかし、そもそも解釈を変更したということに対する 原則の部分での違和感や不安はどうやって払拭していくのか。

 

残り時聞が三O秒を切り、あらたな問いをすること自体無理な状況であり、この問いに対し官房長官が、「四二年間たって世の中が変わり、一国で平和を守る時代ではない」、と
語り始めたとき放送は終わってしまった。生放送における時間キープも当然キャスターの仕事であり私のミスだった。しかし、なぜあえて問いを発してしまったのか。もっともっと
聞いてほしいというテレビの向こう側の声を感じてしまった
のだろうか。
日本では、政治家、企業経営者など説明責任のある人たち に対してでさえ、インタビューでは、深追いはしない、相手があまり話したがらないことは、しつこく追及しないのが礼儀といった雰囲気がまだ残っている。インタビュアー自身がそう思っているのか、視聴者や読者の反発を意識してのことなのか、両方の要素があるのかもしれない。批判的な内容を挙げてのインタビューは、その批判そのものが聞き手の自身の意見だとみなされてしまい、番組は公平性を欠いているとの指摘もたびたび受ける。」(「インタビューという仕事」「クローズアップ現代」の23年間 『世界』2016.5月号)

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「美しすぎる」を平気で使うのは [ジャーナリズム]

 

 

家計の消費意欲が低下 7月の調査  2015811日朝日新聞

 

 内閣府が10日発表した7月の消費動向調査によると、家計の消費意欲を示す「消費者態度指数」は、前月より1.4ポイント低下して40.3となり、2カ月ぶりに前月を下回った。基調判断も2カ月ぶりに下方修正し、「足踏みが見られる」とした。調査時点の7月中旬は中国ギリシャ経済の先行きを懸念する報道が多く、消費者の意識も影響を受けた可能性がある。」

 

もうかっているのは大企業だけ?

 

「美しすぎる議員」の意味とは何か。美しいことへの賛美なのか、この仕事には美人はいないから驚いたという意味か。

 

「(声)「美しすぎる議員」は不適切 83歳 2015810日朝日新聞

 

 民放テレビでよく聞く言葉で気になることがある。「美しすぎる○○」「美人すぎる○○」という言葉だ。議員や医師など美醜が問われることがない職業が多い。まるでこういう職業の人たちは、美しくあってはならないということを前提にしたような言葉だと感じる。

 例えば議員たちは国や地方のために働いているのであって、議員という職業を馬鹿にしているように感じる。「美しすぎる」「美人すぎる」は不適切だ。

 そんな細かいことに目くじらを立てるなんて、と思われるかもしれない。しかし、娯楽雑誌ならまだしも、テレビは社会の公器という性格を持っているはずだ。ちまたではやっている言葉を使って、視聴者たちの関心を高めようなどと思わないでほしい。」

 

単純なというか、理解不足という言葉では「障害を克服して」というのは、障害は障害者自身にあり、それを克服したという古風な理解にあります。今は、例えば、ほとんどの人が手話が使えれば、克服すべきものはありません。このように障害は環境にあり、それを改善すべきというのが今の考えです。いつまでも改善されない人権感覚を疑います。

 

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私にあとがあるのだろうか [ジャーナリズム]

 

なぜ、「そのあと」を気にしたのだろう。人質になった日本人。1人は先に殺され、フリージャーナリストは世界からの願いもむなしく、死が待っていました。

 

コラム  
筆洗     
2015
27東京新聞

 

 谷川俊太郎さんに、「そのあと」という詩がある▼<そのあとがある/大切なひとを失ったあと/もうあとはないと思ったあと/すべてが終わったと知ったあとにも/終わらないそのあとがある…>▼八十三歳の谷川さんは、逝ってしまった人々に多くの言葉を捧(ささ)げてきた。そういう詩を集めた『悼む詩』(東洋出版)の編者・正津勉(べん)さんは、この詩人が死者を偲(しの)び悼むありようには、「ごくごくふつうに生き残った者の当たり前の務めであるかの、しぜんさ」があると評している▼東京などで上映中の映画『おみおくりの作法』の主人公は、まさに「当たり前の務め」として死者を悼む人である。英国の役所に勤める彼の仕事は、孤独死した人々を弔うことだ。遺品を手掛かりに身寄りを捜し、その人にふさわしい葬礼の曲を選び、弔辞を書く。たとえ参列者が彼一人であっても…▼だが彼の自然な誠実さが、合理化を進める上司に「非効率的」と切り捨てられることになって、物語は転調する。「死者をどう扱うか、それは私たちの社会が生者をどう扱うかの鏡」。ウベルト・パゾリーニ監督は、そんな思いでこの映画をつくったそうだ▼谷川さんの「そのあと」は、こう続く。<…そのあとは一筋に/霧の中へ消えている/そのあとは限りなく/青くひろがっている/そのあとがある/世界に そして/ひとりひとりの心に」

 

「そのあと」で、ベトナムアメリカと戦った兵士たちは、今のベトナムをどう思うのでしょうか。そして、70年前アメリカと戦った日本の兵士は外国で今も遺骨として放り出されたままなのである。それでも、また、同じ道を歩んでいるというのに。

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これも表現の自由ですか [ジャーナリズム]

 

 

 

国生さゆりさんの元夫を起訴 損害保険金詐取の罪で

20150203西日本新聞

 

 東京地検は3日、自分の高級車を故意に傷つけて損害保険金をだまし取ったとして、詐欺罪でタレント国生さゆりさんの元夫でコンサルタント会社役員の甲田英司容疑者(41)=東京都港区=を起訴した。

 起訴状によると、昨年4~5月、港区の路上で自分の高級車に傷をつけた上で、損害保険会社に第三者に傷つけられたとうその請求書を送り、修理費名目で約925万円を詐取した、としている。」

 



フランスの風刺画に関連して表現の自由を守ると強調されました。

先の記事では、私は、「国生さんの元夫」でなければニュースバリューがないというものにしか思えません。だから、こういう見出しにしたのでしょうが、これを表現の自由で押し切っていいのでしょうか。国生さんには無関係のことではないか。新聞の人権感覚を疑う

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それでも新聞に期待する [ジャーナリズム]

 

 

急に寒くなってきました。同時に血圧が高めになりました。関係は分かりませんが。

「李香蘭」といっても私の年でも名前を知っている程度ですが・・・。

 

「戦争知る歌姫「李香蘭」悼む 82

 

戦前、朝鮮半島で生まれた私は国民学校の音楽の時間に満州国国歌を現地語と日本語で教えられた。ラジオしかなく、雑誌も買えない時代。でも、李香蘭はアイドルだった。当時唱歌しか歌わない私たちも「イエライシャン(夜来香)」「支那の夜」「蘇州夜曲」をこっそり歌ったものだ。その後、偶然にも本人に、お会いすることができた。
福岡市が政令指定都市になって最初の市長選挙の時だ。進藤一馬氏の応援に中曽根康弘氏に随行して見えられた。全国区の参議院議員だった。
東区の香椎宮入り口で、遊説車の上の中曽根氏が演説中、山口淑子さんは聴衆に交じっておられた。親しくお話できたときの感激は今でも忘れることができない。また一人、戦争を体験し正しい歴史を知る人が減りました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。」(2014927日西日本新聞

 

15日から新聞週間だという。朝日新聞の誤報問題から国賊などという戦時中の言葉が日常に飛び交う日々の品のなさは新聞の信頼を相乗的に低下させているようにしか見えない。だが、健闘していると言われる東京新聞や西日本新聞や沖縄の地元紙などがありますし、若い人たちに新聞で社会の奥行きを感じ取ってもらいたいと強く願う。読売新聞が九州で最高の発行部数と言っているが、西日本新聞がトップだと西日本新聞コラムが指摘していた。民間企業でもあるので部数は大切だと思うが、それは国民の側の選択する目が必要なのではないか。

作家の片山恭一氏は次のように指摘しています。

 

メディアだけの責任ではないが、特定秘密保護法の成立も許してしまった。民主主義、表現の自由、人権・・・。戦後培ってきたあらゆるものが葬り去られたのではないか。戦後史の非常に大きな転換点だといえる。こうした大政翼賛的な雰囲気をどう取り除くか。新聞は中立的で公正なメディアとしての良識を保ってほしい。そのためには「体質」を改めるべきだ。例えば、政権との距離。英国のジャーナリストは政権担当者とコーヒー一杯飲まないと聞く。一方で、新聞社幹部は首相と飯を食べたり、酒を飲んだりしている。権力なれ合うのでなく、国民が本当に必要とする情報を聞き出すようにしてほしい。」

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特定秘密保護法の制定に力を尽くした1人が新聞社のトップというのもどういうことなのか。いろいろと問題はあるが、新聞のない日々はありえない。本来の役割を果たしてほしい。

 


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管弦町があった・・誰の負担で運営されているのか [ジャーナリズム]

管弦町があった・・誰の負担で運営されているのか

 

福岡市も旧町名が消えてしまいましたが、いろいろと工夫して電柱や路面に昔の名前を表示する工夫がされています。次もそんな動きの一つです。

 

「福岡市でかつて路面電車の電停名にもなっていた旧町名「管絃」の由来来を示した案内板が、同市博多区のJR博多駅とキャナルシティ博多を結ぶ通りのビルの入り口に完成した。管弦町は、現在の博多区祇園町・住吉などに当たる旧瓦町の一部を指す通称。近くの住吉神社のみこしが通る際に雅楽を奏でた「管絃橋」から、地域名として広がったとされる。

案内板を設置した「博多管絃ビル」の管理会社は「独特なビル名の由来を知ってもらいたかった」。古い地図や路面電車が走っていた時代の写真が、街に雅楽が流れていた時代の空気も伝えている。014/01/29 西日本新聞朝刊」

 

記憶に間違いがなければ、博多駅前からの路面電車が渡辺通り方向にあり、人参町の次が管絃町だったように思う。人参町はかつて藩の薬草園があり、高麗人参だと言われています。

 

NHK会長の会見もまた仰天だ。こういう人が財界のリーダーとすれば、大いなる勘違いだと思う。電力会社もそうだが、国民が負担する料金で基本形態は成り立っていることを忘れているのでは。西日本新聞のコラムです。

 

「零下196度の超低温でも死なないヒルが日本にいるそうだ。淡水にすむ体長約1センチの「ヌマエラビル」。東京海洋大などの研究では、液体窒素で24時間凍らせ解凍したら生きていた

▼体から水分がほとんどなくなる「乾眠(かんみん)」で極限状態を生き延びる生き物もいる。体長0・1~1ミリ程度の「クマムシ」は絶対零度(零下約273度)近くまで耐え、真空でも高線量放射線を浴びても死なない。水を与えれば動きだすという

▼日本が平和憲法で永久に封印したはずの「戦争」も、乾眠で息を潜める「死なないもの」なのかもしれない。戦火が絶えない人類史の教訓通りならば

▼近頃は凍結温度が緩んだのか、氷の中でもぞもぞ動く影が見える気がする。それを首相が第1次大戦前の英独関係になぞらえたりするものだから、いっそう薄気味悪い

戦前は、報道機関も国の言いなりに旗を振り、進軍ラッパを吹き鳴らした。その責任は重い。だからこそ、戦後ジャーナリズムの使命は、封印した氷が溶けないよう温度計に目を凝らし、危険な兆しには声を上げて蘇生の水を阻むことである

▼NHKの新会長に就任した籾井勝人氏は「政府が右と言っているものを左とは言えない」と述べた。特定秘密保護法は「通ったので言ってもしょうがない」とも。報道機関である限り、公共放送といっても政府の広報組織ではあるまい。受信料を払っているのは国民なのだから 2014/01/29 西日本新聞朝刊=」

 

だが、メディアも大手を振って言える立場にはない。機密保護法では取材の自由さえ認めてくれたら受け入れるみたいな姿勢だったではないか。そこをつかれたのだ。

 

 

NHK会長は、政権の言いなりだと言明したように思う。報道機関としては自殺行為だ。

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1940年の東京オリンピック [ジャーナリズム]

 

 

9月11日、震災から2年半。ニューヨークでのテロ・そして尖閣国有化などの節目だそうですが、やはり震災のことは重たい。だが、汚染水を含めてコントロールされていると言いつ切ってしまう政治に、何か、危うさを感じますが、そのことに触れない言論界の風潮の方がもっと怖い気がします。異論を許さない空気です。

昨日読んだ茨木のり子著『個人のたたかい―金子光晴の詩と真実』には次のようなくだりがあります。

「『きみ、いいかげんにしたほうがいいよ。当局だって、めくらばかりがいるわけじゃないんだから』そういって忠告し、心配してくる人もいましたが、金子光晴の性根は動きませんでした。」と、反戦の意志に対する心配をまわりがします。「めくら」という言葉は今は使いませんが、当時の言葉として引用します。

国民の中から異論が消えていき、戦争に一丸なっていくときに、なぜ、そうなるのか金子は考えます。

「日本人とはいったいなんのか。日本人を動かしていくものの根本のものは・・・、本居宣長や平田篤胤、佐藤信淵というような古い国学者の著作を徹底的に読んだりしました。

大多数の日本人を敵にまわした金子光晴にとって、 読書は、敵をよく知るための勉強だったといえましょう。小林多喜二のように獄中で虐殺されてしまった作家、河上肇(経済学)のように入獄させられた学者たち、獄中を転々とたらいまわしされた共産主義者、これらの人たちをべつとして、昭和のはじめごろまでは、たくさんいたインテリの平和主義者、自由主義者たちは、いったいどこに消えたのでしょう。そのことが金子光晴にはふしきでならなかったのです」

 

 

 

 

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1940年の東京オリンピック招致していたことにどこのマスコミも触れません。なかったことにされていますが、オリンピックを返上しています。真珠湾に突入するのが1941年です。


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株主でもないのに喜ぶ映像は・そしてPASS [ジャーナリズム]

 

「(探)株高でみんなハッピー?バブル歌うアイドル 期待と裏腹、持たざる者は節約志向アイドルグループ、街角景気☆JAPAN←=東京・秋葉原

 

安倍内閣が経済政策への期待で高支持率を維持している。「株が上がり、街が明るい雰囲気に変わった」と政権幹部も自賛する。ところで、株価が上がると、なぜ支持率も上がる? 実はみんな株やってたの? あえてチョー基本な疑問を探った。

 《金融緩和 建設国債 銀行法も改正よ/3%以上 目指すぜアベバブル》(「アベノ☆MIX」)

 アイドルにあり得ない歌詞を熱唱し踊る「街角景気☆JAPAN←」は、現役東大生の桜雪(20)をリーダーに4月結成された4人組だ。日経平均に連動、株価が上がればスカート丈を短くするのが“マニフェスト”。1万3千円台に乗るとミニスカートも脱ぎ、アンダーパンツになった。

 「失われた20年とともに生きてきた。バブルを見てみたい」(桜)、「ギャグでも、街中が明るくなってほしい」(森カノン・23)、「安倍首相をステージでセンターに迎えるのが目標」(天木じゅん・17)。ステージではファンが最後に「アベシンゾウ!」と一斉に叫ぶかけ声がお約束。

 「高株価でエブリバディ・ハッピー」という図式は、本当に自明なのか。

 明治大学の山本昌弘教授(商学)によると、株式会社制度は17世紀英国で発展した。東インド会社が有名だ。アジアへの長期航海でコショウなどを仕入れて帰国。本国で売って得た収益を出資者に分配した。「長期の航海に、一人の人間が全リスクを負ってお金を出すことは不可能。株式は、ファイナンス資金調達)の役割がまずは大きかった」(山本さん)。株式会社のおかげでその後、産業革命を経て国家規模の大プロジェクトも続々実現できた。「株は人類史の大発見・発明だった」という。

 しかし出資者でない人たち=株を「持たざる者」までが、なぜ株高に熱狂するのか。 

 最も説得的なのが「株とは、実体経済の先行指標だから」とする説だ。経済学者ケインズは、株式投資を美人投票にたとえた。美人だと「みなが思う」だろう人を選ぶのが株式投資。

 つまり、株が上がるとは、実体経済で景気も上向きになると「みなが思っている」ということ。ならば、今後企業は設備投資をし、従業員の給与も上がるだろう……。

 しかし経済評論家のぐっちーさんは、極めて懐疑的だ。

 「株式を含め、インフレで物の価格が上がるから、今のうちに買っておこう。そんなふうに思うのは、今後も安定して賃金が上がっていくのが見込まれた高度成長期の話。今の時代、もっと節約しようという気になりませんか?」

 2001年からの小泉構造改革を思い出してほしい、とも話す。「いざなみ景気で税収も増え、株価も高くなった。そのとき、みなさんの給料は上がり、生活は楽になった? イエスと答える人を、僕は知らないんですけれど」

 現在の株式市場の活況はバブルともいわれる。バブルで得をするのは株式を「持てる者」、バブルが破裂して損を見るのは、雇用調整や給与削減を被る「持たざる者」。株高、ゆえにみんなから高支持率、という現象は、実は、うまく説明がつかない。

 「街角景気☆JAPAN←」は、毎日のステージで集まったファンに「街ヲタ指数」なる景況観を調査している。連休の挟間(はざま)の日、「この中で最近景気がよくなってきたなと感じる人、手をあげて!」。メンバーの呼びかけに答えたのは3人。「チョーまばらー、じゃないですか!」。メンバーの無邪気な嬌声(きょうせい)に、このときは、笑い声が全然起きなかった。(近藤康太郎) 」(515日朝日新聞)

 

実際は景気回復したと感じている人たちは少ないようだ。それでも、テレビが流し続けるのには意図があるはず。マスコミがどういう意図で作っているかを感じます。

 

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PASS の話を書いたばかりですが、次のようなコラムがありました。

 

「コラム> デスク日記

 3月下旬、義父が熊本県の自宅で急死した。早朝、連絡を受けた私たち夫婦はぼうぜんとした。異変を感じて、5歳の娘も起きてきた。この子が初めて経験する身近な人の死。どう伝えたらいいのか。私たちすら受け入れられないのに…。

 妻が実家に帰ったその夜、同じ布団で義父との楽しかった思い出話をして、娘が好きなアニメ映画の歌「ありがとうがいっぱい」を一緒に歌った。「花びらは旅立っても幹は残るよ キラメキを種に託して命はめぐる」(青木久美子さん作詞)。「花びらはじいちゃん。種はあなた」。そう話すと何かを察したのか、娘は泣き始めた。「死」をどう理解したのかは分からない。ただ受け継がれる命の重みは受け止めてくれたと思う。今はそれでいい。

 葬儀の朝、娘はじいちゃんに手紙を書いた。「ありがとう。いってらっしゃい」。そう結ばれていた。 (大田精一郎)=2013/05/15 西日本新聞朝刊=」

 

PASS=「過ぎ去る」そして「ありがとう。いってらっしゃい」という素敵な言葉を土産に。

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