So-net無料ブログ作成
検索選択

雑草の戦略 [生活]

 

 

新聞の投稿欄からです。

 

「雑草の強さに感心とため息 70

雑草が一段と元気になりました。この時期になると、いつも思い出す言葉があります。「哲学者のように考え、農夫のように働き、雑草のように生きよ」。高校の卒業アルバムに書いてあります。人生訓として学ぶべき点があります。 特に「雑草のように生きよ」は心に響きます。踏まれても、ちぎられても、水不足でもたくましく生きる雑草には、感心とため息が入り交じります。野菜作りはある意味、雑草との闘いです。例年、入梅前までは雑草に勝ち、入梅で対等になり、梅雨明けで逆転され、後は手に負えない状態になります。「哲学者のように考え、農夫のように働いても」解決しません。 助っ人は除草剤です。本 心は使用したくないのです が、背に腹は代えられないという気持ちです。雑草から学ぶのは人生の 生きざまだけと心得ての散布です。」(201789西日本新聞)

 

だが、草むしりをされることを雑草は計算に入れているという。

 

「草むしりをして、土がひっくり返されると、土の中に光、が差し込む。光が当たるということは、ライバルとなる他の雑草が取り除かれたという合図でもある。そのため、地面の下の 雑草の種子は、チャンス到来とばかりに我先にと芽を出し始めるのである。こうして、きれいに草取りをしたと思っても、それを合図にたくさんの雑草の種子が芽を出して、結果的に雑草が増えてしまうのである。

草刈りや草むしりは、雑草を除去するための作業だから、雑草の生存にとっては逆境だが、

雑草はそれを逆手に取って、増殖してしまうのである。何というしつこい存在なのだろう。」

(『植物はなぜ動かないのか』稲垣栄洋)

 

013.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

自由と厭世 [高齢者]

 

 

ROX東京) 白岩圭社長

障害者製品 適正価格で

 「障害者が作った製品を適 正な価格で販売し、障害者の 所得向上につなげたい」。東京の百貨居や 雑貨メーカー で働いた経験 を踏まえ、2 01311月に起業した。障害者の施設

で作られた製品が、施設側の流通に関する認識不足などから、安価で売られる傾向があることに着目。各地の施設などを回り、素材やデザインに こだわりが感じられる品を集め、グリーンコープ連合(本 部・福岡市)などの生協で販売している。 今年5月からは「コズミッ クマーケット」のブランド名 を冠して販売。東京に続き、今月2日に福岡市の東急ハン

博多店で期間限定の売り場を設けた。18日まで、福岡県などの10施設で作られた積み

木やバッグなど約200商品を並べている。」(201798日西日本新聞)

 

いろんな支援がありますね。

 

新聞のコラムに引き込まれました。

 

「風車 人に会いに行く

盆、終戦記念日、流れ灌頂、 放生会、秋彼岸と、供養にまつわる行事が続く季節、いない者 を偲ぶことが多くなる。 この夏の盆、墓ヘ行くとショートホープと缶ビールが供えてあった。花も取り換えたばかりか新 しい。誰が参ったのかを考える。思い当たる顔が あり、胸が詰まった。東北に住む親戚だ。彼女から帰郷の連絡はなかった。 墓前の真新しいショートホープを見ながら、強い意思を持って死者に会いに来た親戚を思う。生きている者に連絡を寄こさないのは、会う、にまつわる一連の煩わしさのせいだとわかる。訪れる日時を事前に知らせ、相手の心境や忙しさに思いを馳せ、気の利いた手土産を買い整え、話題を用意答えが出る。死者ならば、会うのに気を使わずに済む。好きな時に訪ねても拒絶されないし、嫌なことも言われない。何より、慕わしくて会いたい相手だ。返事はしてくれないけれど、心が通ったいくつかの一瞬を思い出せば、会う、は達成される。手を合わせることで、守ってくれると勝手な解釈もできる。そこには自由さと厭世がある。生きた人間に会い、関わることは、自分の価値や立ち位置を知ることで、つらさを味わう場合もある。相手を同じ.

目に遭わせもするだろう。それでも、心通わせる一瞬を作り出せるのは生きている者同士だけだ。その喜びを知っているから、また人に会いたくなる。(八重桜)」(同前)

 

この年齢になれば鬼籍に入った人たちが増えていきますが、亡くなるのが暑い夏真っ盛りか、真冬などが多く、その時期老いた身も不調などで葬儀を欠席することもあります。墓が分かればいいのですが・・・。何か方法を考えないと。「自由と厭世」を実現するために。

 

 

010.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

五十肩の意味は [高齢者]

 

 

新聞のコラムからです。

 

「南蛮トライ 自然の音に耳を澄ませて 根本実香

バルセロナのテロは自宅か ら5分、いつも通る場所で起きた。当時は日本にいて、大きな衝撃に心が折れそうになったけれど、テロに立ち向かうと誓う市民のニュース映像を見て勇気づけられた。そして私は、この夏に出会ったビッキーさん(36)を思った。 福岡からバルセロナヘ案内 する家族旅行の事前リサーチで、地中海クルーズができる船を探していたときだった。港で偶然、彼女の頼もしいロープさばきが目に留まった。小型船舶の操縦士。話し掛けると、なんと幼いころから空手を習っていたという日本ファンだった。早速、試しに乗せてもらった。バルセロナ には15年住んでいる私だが、 沖合から眺めるのは初めて。 街並みが福岡市の百道浜にそっくりで新鮮だった。目を丸くしていると、彼女がエンジンを止めて「海と風の音を聞いて」。少しの間だったが、心が静まり、いろいろなことが素直な気持ちで考えられた。とびきりの「おもてなし」を受け、この船に案内しようと決めた。後日、福岡のご家族に乗ってもらった。例のおもてなしタイムには、60代のご両親が寄り添って海と風の音に耳を 傾ける姿が見られ、娘さんに「恋人同士みたい」と冷やかされていた。自然の前では素直になれる。そんな心の機微が似ているから、日本人とスペイン人は長く交流を続けられてきたのかもしれない。そして今、願う。世界の人々が自然の音に耳を澄ませ、心を穏やかにしてほしい(スペインコーディネータ福岡市&バルセロナ市)」(2017825日西日本新聞)

 

年を重ねれば具合が悪いところがあります。具合を病気に含めるかは意見があるでしょうが。

 

「紅皿 五十肩と私 

 ここ2カ月くらい左肩に痛みを感じるように なった。今まで腰痛には何度も悩まされてきた が、肩の方は支障なく過ごしてきた。しかしブ ラウスを着替えるときや洗髪する折に痛みが伴 うため、整形外科で診てもらうことにした。 診断は五十肩。医師に「私は60代半ばですが」 と尋ねると「老いて後の肩の痛みは皆五十肩で す」と言われ、恥をかいた。年を取ると骨をつなぐクッションも摩耗するようで、致し方なく 治療をすることとなった。 とはいうものの、わが家で一番若いのは私とあって、日々の食料品、日用 品の買い出しは90%以上が私の役目。加えてわが家には車がない。買い物に出掛けるとき、母は「なるべく軽い総菜を買ってきなさい」とは言うものの「やはり〇〇のお弁当もおいしいし」と暗に注文する。私のくいしん坊ぶりも手伝って、結局、帰路は袋が重くなるのは毎度のこと。ようやく帰宅し、しばらくする左肩の痛みがまたやって来る。日々「少量買い」を目指しているが、いつの間にか冷蔵庫は空っぽ状態で、余裕ある食料品買いはやめられない。左肩よ、もう少し頑張って!」(同前)

 

昼間のバスにはお年寄りが多い。買い物の婦人が目立ちます。足が不自由でひとバス停を利用する人もいます。何かいい買い物方法はないだろうか。

 

003.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

この対応は [支え合う社会]

 

 

新聞の投稿欄からです。

 

「夫の初盆迎え炭坑節で供養  78

お付き合いに長い、短いはあっても、深いご縁を頂いた方々が夫の初盆のお参りに来てくださった。特に地域の高齢の方々は「ペタンクやゲートボー ルに行く時はいつも車に乗 せてもらって・・・」「行政区、 お宮、老人会のお世話を長い間、ありがとうございま した」と遺影に感謝の言葉 を頂きました。この地域は初盆を迎えた人々を供養するため盆踊りは各家を回っていた。が、今では諸般の事情から地域の公民館前庭で聞かれている。今回も供養の30分前から踊りの先生の指導後、遺影と家族の紹介をしていた所だいた。

締めの炭坑節は「供養になります、どうぞ」の言葉を受け、輪の中に入れてもらった。「あなた、たくさんの感謝の言葉を頂きましたよ」とつぶやく。炭坑節は子も孫も輪の中に入れてもらった。「あなた、見えていましたか」(2017831西日本新聞)

 

地域の伝統行事は残していきたいですね。

 

有名歌手が飛行機の離陸待ちが長くなって乗客が落ち着かなくなったので代表曲を歌って「神対応」と言われました。こちらは「神対応」では・・・。

 

80円の助け舟 恩情の明かり  70

長女の子、孫の話で温かい気持ちになった。孫は高2で、自転車通学。運動部 に入っている。その日は朝練に遅れそうになり、駐輪外に止め、登校した。 帰り、日が落ちた中、自 転車を捜したが、撤去され ていた。そこで張り紙を見て、1時間かけて保管場所 まで歩いていった。 すると、罰金が1500 円という。財布には142 0円しかない。困っていると、係の方が「今日はおじさん80円貸してあげよう」と助け舟。その恩情に、どんなに救われたことか。暗い気持ちに明かりがともったに違いない。帰宅後、母親の娘に報告したら「自分がうれしいことを他の人にもしてあげて」と言われたそうだ。思春期真っ盛り、貴重な体験になった。ご親切、本当にありがとうございました。」(同前)

 

いい話だ。

 

 

003.JPG

 


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

変化しないのか [高齢者]

 

 

放送大学のラジオ放送で臨床心理学のゲストが「生きたように死んでいくというのはそうかもしれないが、最後まで変化する」のではないかと意味の話をされていました。「生きてきたように・・・」と言われると、因果応報みたいで取り返しは難しいように感じられます。それでも、最期は自分の家で過ごしたい。我儘かもしれませんが・・・。

 

 

アジアでは住み慣れた環境で最期まで人生を全うすることが当たり前の習慣であり、 自然のことです。しかし、現実的に最期まで在宅で過ごせない人も少なくありません。 それぞれのご家庭にあって、医療介護を受けられていないお年寄りがいるという 状況には、様々な要素が含まれていると思います。 第一に、当事者であるお年寄り自身は、先にも述べたような理由で、住み慣れた家 で過ごしたいと思っておられ、実際にそうしていて、介護などの干渉を受けたくない という事例。これは自然で当たり前の願いによるものだといっていいでしょう。 第二に、そうやって在宅で過ごすのですが、当事者やご家族が、介護サービスを受けられるということ、その申請などの術を知らない場合があるという問題。おじいちゃん、おばあちゃんの心身が弱ってきたけど、どうしたらいいかわからず孤立してし

まうというケースです。あるいは、介護サービスを受けられることは知っていても、いろんな理由から受給しようと考えない場合もあるでしょう。とくにお年寄りの一人暮らし、老夫婦二人暮らしのご家庭でこうした問題がある気がします。

3に、需要は十分にあっても医療・介護機関そのものや、そのスタッフが十分にいなくてサービスの手が回らない場合があるという問題の方が、近年では重要だと思います。」(『最後の時を自分らしく-在宅治療ができること』レシャード・カレッド)

 

014.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

取り残された地域も [社会]

 

 

「黄砂翌日は心筋梗塞ご注意 発症が通常の1.46倍に 熊本大など調査 - 西日本新聞

福岡も黄沙は多いですね。

 

豪雨被害について地元マスコミでも少しずつ報道スタンスが違います。復興が進んでいると報道と、いやいやまだ手付かずのところがあるとの報道も。

 

「道なき山奥復旧いつ 重機入れず徒歩通い 九州豪雨2ヵ月、朝倉市の真竹集落ルポ

 5日で発生から2カ月を迎えた九州豪雨の被災地で、復興格差が鮮明になりつつある。市街地や幹線道路を中心に土砂や流木の撤去が進む一方で、福岡県朝倉市には今も道路が寸断され、重機もボランティアも入れない山奥の集落がある。「いつ復旧の手が届くのか」。住民たちはやるせない思いで道なき道を歩き、ほそぼそと自宅の片付けを続ける。そんな集落の一つ、朝倉市高木地区の真竹集落を4日、訪ねた。

 「自宅の窓を時々開けんと、1階が土砂で埋まってるから湿気で全て駄目になる。荷物が残ってるんであきらめがつかないんよ」

 真竹で生まれ育ち、地元の区会長を務める町田明久さん(65)。あの日、木造2階建ての自宅が濁流に襲われた。現在、市内のみなし仮設住宅で暮らす。

 集落は8世帯18人。一時孤立したが、幸い全員がヘリで救出された。ただ、土砂や流木が直撃し、全壊と判定された家屋は町田さん方を含め6世帯に上る。

 片付けのため週に1、2回は自宅に戻るという町田さんと一緒に真竹へ向かった。市役所近くのみなし仮設を車で出発。約40分後、斜面に家が点在する黒松集落に着くと、町田さんは車を降りた。

 町田さんによると、黒松集落には5世帯6人がいた。ここも橋が落ち、道路が寸断された。8月末、土砂で埋まったかつての川の上にようやく応急補修路ができたばかりで、集落はなお崩れた家が土砂と流木にうずもれていた。

 「さあ歩きますよ」。町田さんは真竹へと続く道路を歩き出した。両足に雨靴、背中にはお茶を入れたリュックサック。後を追って驚いた。あちこちで土砂が道を覆い、倒木や電柱、電線が行く手を遮っていた。その上を乗り越え、くぐり抜ける。

 幅約3メートルの道路は崩落した箇所もあった。やむなく横の民家の敷地に入り、誰もいない泥だらけの屋内を通り抜けた。歩くこと約20分、ようやく真竹にたどり着く。「最初の頃は車をもっと手前に止めざるを得ず、4時間歩いていた」と町田さん。

 真竹は時間が止まったようだった。土砂や流木に襲われた家々はがれきと化し、惨状はそのままだった。がれきと流木は道もふさいでいた。「くぎを踏まないように」。町田さんが足元を指さした。(以下略)=2017/09/05付 西日本新聞朝刊=」

 

先日、テレビでは被災した地域の建設会社が会社の行く末も決まっていないが、地元の復興のために重機を借りて復旧しているという。政治の応援は行き届いているのでしょうか。

   

010.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

通所介護の受け入れは [介護保険]

 

 

新聞の投稿欄からです。

 

就職活動奮闘孫3人前途は  77

昨年、いとこ同士の孫娘2人が福岡東京就職した。福岡の孫は就活で苦労した。1次、2次試験まではいくのだが最終で落ちて何度泣いたことか。やっと保険会社に落ち着いた。が、厳しい試練に同期も半分以上減り、先輩の 「いじめ」にも落ち込んだ。でも何とか、この1年をクリア。今春「やっとチーフリーダーになれたよ」と報告に来た。

東京の孫は趣味を生かしたいと音楽配信の企業に就いた。毎日の残業に悲鳴を上げている。「みなし残業」 の手当が月23万円だけ。 頑張るほど仕事が増え、会社の体質は容易に変わらない。「もう限界。でも辞めれば自分の顧客に迷惑が・・・」と思い悩む。 電通女子社員の過労自殺には本当に胸が痛んだ。「死ぬ前に早く辞めなさい」とおばあは叫んでいる。

今年は東京の妹の番。早くに就職が決まった。入社は7月からと、姉の苦労をよそに遊び歩いている。孫三者三様の社会人ー。果たして、その前途は ・・・」(201761日西日本新聞)

 

QOD=Quality of Death(Dying)は「死の質」というそうですが、なじみはないですね。しかし、多死社会は間近です。終末期をタブー視せずに論議していくことが求められていると思います。デイサービスで重度の人を受け入れる報酬や体制の整備が簡単には進まないようですが・・・。

 

[QOD 生と死を問う]終末期を支える(上)重度でも通所介護

2017828日読売新聞

 

外出の楽しみ 家族の負担減

 超高齢社会を迎え、住み慣れた自宅で最期まで過ごせる環境作りがますます重要になっている。終末期が近づき、医療的なケアが必要でも、高齢者や家族の孤立を防ぎ、家族の負担を軽くするために、デイサービス(通所介護)で状態が重い高齢者を受け入れるなど変化が求められているようだ。(略)

 厚生労働省のまとめによると、全国に約4万3000か所あるデイサービスの利用者は、軽度者(要介護度2以下)だけで7割以上を占め、要介護3以上は24%にすぎない。デイサービスの担当者は「軽度者しか受け入れていない施設が相当数ある」と指摘する。

 国は、2015年度から、状態の重い高齢者を一定数受け入れる施設などの報酬を増やしたが、受け入れは進んでいない。主な理由は、〈1〉状態の重い人を受け入れると事故などのリスクが高まる〈2〉介護施設の看護師が医療的ケアをしても、介護報酬が簡単に増えるわけではない――ことなどだ。(略)

「自宅で最期希望」過半数だが

 自宅での介護が重視されているのは、多くの人が自宅での看取りを望んでいることや、「多死時代」を迎えることなどが背景にある。

 内閣府が2012年、55歳以上の約2000人を対象に行った調査では、「自宅で最期を迎えたい」と回答した人は54.6%だったが、実際には、厚労省の調査で75%の人が病院で死亡していた。

 また、亡くなる人は現在の年間約130万人から、40年頃には年間約170万人に急増すると予測され、国は病院以外の自宅や施設などでの看取りを進める。

 現場のケアマネジャーらからは「状態が重くなった時に、自宅を訪問してくれる医師や看護師は見つかりやすくなってきた。しかし、自宅にいても一歩も外に出られず、地域の人と交流もない状態では自宅にいる意味がない」という声が強い。終末期の本人や家族をいかに支えるかが大きな課題だ。

 ◎QOD=Quality of Death(Dying) 「死の質」の意味。

 (大広悠子)」

 

007.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

地域の活性化は [生活]

 

 

新聞の特集欄からです。

 

「ここに生きる

公共交通機関は「生命線」 北九州市八幡東区枝光本町商店街

ジャンボタクシーひた走る 5路線で62本 毎日300人利用

「地域に血が通った」

 

産業構造の変化や住民の高齢化、大規模郊外屈の攻勢にさらされながら、シャッター通りへの転落を食い止め、活は性化を模索し続ける商店街がある。北九市八幡東区の枝光本町商店街。そこには高齢者を「買い物難民」とせず、同商店街に運ぶジャンボタクシーが走っている。人口減社会における公共交通再整備の先進事例として、全国の注目を集める現地を訪ねた。(生野秀樹)」( 2017818日西日本新聞)

 

枝光のジャンボタクシーの話です。

 

「買い物袋を提げた高齢者たちが三々五々、「枝光やまさか乗合ジャンボタクシー」の停留所に集まってくる。街頭 スピーカーから昭和歌謡が流れる昼下がりの枝光本町商店街。この乗り場を発着点として、12人乗りのワゴン2台が東西約700M、南北約2キロの枝光地区を5ルートに分けて走っている。日祝日を除いて年間約300日営業し、 運行本数は一目62本。運賃は 1回乗るごとに一律200円 で、毎日約300人が利用し ている。 商店街を発車して12分 もすれば、車は険しい坂道にさしかかる。この地域は山の斜面に沿って宅地造成された。八幡製鉄所の本事務所が枝光にあった頃、多くの鉄鋼マンが山の上に家を建てた。しかし1990年に本事務所は戸畑に移転。山の上の住民たちは高齢化し、歩いて商店街まで上り下りするのが困難な「買い物難民」予備軍になってしまった。坂の上、八幡 東区大宮町に住む女性(86)は 「今日は買い物や郵便局に行くのに4回ジャンボタクシーを利用した」と言う。「膝が悪いので、ほぼ100M置き停留所があるのもありがたい」商店街で約70年続くそば店を守る井上敏信さん(69)も「ジャンボタクシーで昔からのお客さんが訪ねてきてくれる。今や商店街の生命線ですよ」と話す。

 

ジャンボタクシーは2000年、地元の光タクシーが運行を始めた。その2年前、常務として同社に入社した現社長の石橋孝三さん(55)は、当時の枝光の状況が「干上がった池」に見えたという。「本事務所移転で急速に衰退していた。よその地域で稼ごうにも同業者間で食い合いになるだけ。そこで目を留めたのが、タクシーの敵の自家用車を持たない人々だった」

モータリゼーションの到来前、商店街は地元の人が歩いて日用品を買いに来る場だった。

しかしマイカー族は広い駐車場のある郊外型店舗に流れ、零細商店は壊滅の危機にひんする。身近な商店がなくなれば、車を持たない人はどうやって生活すればいいのか。ジャンボタクシーは、石橋社長の危機感から生まれた。 開始当初の運賃は1100円。そんな料金設定では本業のタクシーが打撃を受けると業界内から奇異の目を向けられた。会社の方針に疑問を持って辞めていく運転手もいた「結果的に相乗効果でタクシーの利用者も増えた」と石橋社長は笑う。隣接する東田地区に06年、イオンの大型ショッピングセンターが開業。「それでも商店街が延命しているのは、ジャンボタクシーが山の上のお客を運んできてくれるおかげだと言われるのがうれしい」。ちなみに、ジャンボタクシーはイオンにはあえて足を延ばさない。「商店街を守りたいと始めた取り 組み。そこは筋を曲げたくない」と石橋社長。 (以下略)」(同前)

 

公共交通は地域の資源のはずなのに民間任せなのです。これでは買い物難民は放置されます。公共交通は社会資源なのに、事業者の都合に任せっきりなのです。

 

004.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

「かたばみ紋」 [平和]

 

 

明日をも知れない戦国武士には強い思い入れがあったのでしょうか。

 

「雑草をシンボルにした日本人

 日本の家には、代々続く「家紋」と呼ばれるものがある。 古くから人気の高い家紋で、日本の五大紋の一つにも数えられているものに「かたばみ紋」と呼ばれるものがある。かたばみ紋は、特に、戦国武将が好んで用いていた。 しかし、不思議なことがある。かたばみ紋のモチーフとなったカタバミは、けっして珍しい植物ではない。道ばたや畑などにどこにもあるありふれた雑草である。しかも草丈は10センチにも満たない(略)

戦国武将にとって大切なことは、家を絶やすことなく、繁栄させていくことにあった。

どこにでも生えているカタバミは、じつにしつこい雑草である。抜いても抜いてもなくならないし、そこら中に種子をばらまいて広がっていく。戦国武将たちはこの小さな雑草のしぶとさに、自らの子子孫孫までの家の繁栄を重ねたのである。 カタバミは、けっして強そうな植物には見えない。しかし、戦国武将たちは、そのカタバミの強さを知っていたのである。」

(『植物はなぜ動かないのか』稲垣栄洋)

 

カタバミはクローバーに似たものです。雑草とりをしたら大抵見かけます。でも、それを知っていたということに惹かれます。本当は安穏に過ごしたかったろうに。争いの日々の時代に産まれて。でも、子どもたちよ カタバミにならって生き続けようではないか。そんなに強くは生きられないのだ。

006.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

「星に成れれば」 [高齢者]

 

 

「本ダネ

「一OO歳時代の人生マネジメント」石田淳著

行動分析学を基にした経 営アドバイザーとしで活躍 する著者が、人生100年 時代を生き抜かなければならない現在のミドル世代に 向けて、「お金」「健康」 「生きがい」をどうつくり出していくかを具体的に指南する。 100歳以上の日本人は、1963年にはわずか 153人だった。ところが、 2015年には6万人の大 台を突破。半世紀で約400倍に増えている。今後はさらに急増し、50年には約70万人に達するとの予測もある。著者は「あなたは八O歳では死なない。だから、『人生八O年』で計画を立てていたら破綻する。『人生一00年』の発想転換をいますぐしなければならない」と訴え「八五歳まで働かなくてはならない」時代ヘ備えを呼び掛けている。(祥伝社新書・842) )(2017824日西日本新聞

 

先のことは分からないが・・。

女性の投稿欄からです。

 

「紅皿 夕暮れの星

病床の母は静かに口を聞いた。「人は亡くなったら星になるの」。幼いころ、父親が他界した母。「父がね、『星になっておまえたちを守ってあげる』と言ったの。母さんも星になるよ」。 母は昔ほんのり笑みを浮かべた。 早いもので、それから10年がたつた。「遺言」 とは大げさかもしれないが、いくつか母が残した言葉がある。その一つが「お盆は帰ってくる から、仏様の前で宴会をしなさい」。にぎやか なことが好きだった母らしい言葉。昨年は、私の都合で仏様参りを済ませ、皆で外食した。約束を守れず、少し後悔がある。今年は私事も一段落。体調も良い。わが家で宴会と決め、姉や妹、子どもたちに連絡をした。しかし1人で大勢の食事作りは難しい。お刺し身、総菜、おすしの出前を取ることむした。ただし、わが家のお盆料理に欠かせないアチャラ漬けは、母に習った味付けで手作りした。「さあ、準備は整いましたよ。お母さんの好きなビールも冷やします。皆でにぎやかに過ごしましょう。帰りを楽しみに待ってます」。夕暮れの空を見上げた。半月の横で一番輝く美しい星。あれが母だろうか。(主婦・71)」(同前)

 

せっかくなら、星のままであってほしい。

009.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

静かな中に込めて [平和]

 

 

 

「西日本文学展望 茶園梨加

 

90を過ぎた父方の祖母は認知症である。十年以上前のこと。あれは雷の音だったか、筑豊の実家で何か大きな音がして祖母が驚いたことがある。その時に祖母が言った。「坑内でまた事故があったっちゃなかね」。もちろん、既に筑豊の炭鉱は閉山していた。祖 母は炭鉱の購買部で働いたことがあり、結婚後も炭住に住んだことがある。予期せぬ音が、若い頃の記憶を思い出させた。物忘れが多くなる中で、長い間記憶を大切にしまっていたことに、愛おしさを感じずにはおれなかった。(以下略)」(2017831日西日本新聞

 

記憶の底から呼び起こされる落盤などの炭鉱事故が心に残る。

そして、被爆者谷口稜曄さんの訃報は、具合が悪いとは報道されていたのですが、残念です。

今年は、かの国の核弾頭の問題もありましたが、私もまた「長崎平和宣言」を貪るように読みました。

 

「怒りがにじむ 長崎平和宣言   61

810日の朝刊に「長崎平和宣言」全文が掲載された。日常、戦争や平和に思いを致すことは少ない。まして核兵器を巡る国際情勢を考える機会はほとんどない。でも、この夏は違う。 国連で核兵器禁止条約が採択された一方、国際社会の非難をあざ笑うかのように激しい口調の挑発とミサ イル発射をやめない北朝鮮の姿勢などのためである。正直に言えば、これまで広島、長崎の平和宣言を気に留めたことはなかった が、今年は宣言文、安倍首相あいさつに目を通した。中でも「長崎平和宣言」は印象的だった。被爆者の高齢化への焦り、核兵器禁止条約交渉に参加しなかった政府の対応に対する怒りがにじむメッセージ性に富む内容だったと思う。一方、首相は同条約に触れることすらしなかった。唯一の戦争被爆国である日本が果たすべき役割についf)て、もっと具体的に語ってほしかった。加計学園や自衛隊日報問題だけでなく、このことにも注視していきたい。」(同前)

 

長崎原爆資料館のホームページでは賛同しますかというコーナーがあり、初めて賛同しました。当たり障りない行政文書でなく、核兵器禁止条約への参加を強く願うものになっていました。

004.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

障害者問題のトピック [障がい者問題]

 

 

沖縄タイムス+プラス プレミアム201791 16:35電子版

障がい者の解雇、沖縄で急増なぜ? 前年度比3.4倍、A型事業所が98

 

 沖縄労働局が2016年度に受理した「障害者解雇届け出数」が88人となり、15年度の26人から約3・4倍に増加したことが31日分かった。労働局は、解雇した事業所・社の内訳は明らかにしていないが、そのうち98%は障害者就労継続支援A型事業所による解雇が占めたと説明している。(以下略)」

 

他県でもA型事業所での解雇が続いています。障害者施設では給料にあたる「工賃」が1万円を超す程度だったのに対して、その解決策として最低賃金を保障する働く場として制度が始まりました。規制緩和が続き、それの対策として障害者雇用助成金と支援の報酬を重ねて支給することになり、株式会社の参入を進めました。ところが、最賃を支払うが、助成金等から充てるなどが続き、制度の趣旨とは違うとしてその規制を求めました。問題の中心は株式会社の参入の是非です。事業の継続性が破綻したのです。社会福祉に利益を求めることが制度としてなじむのかどうかが問われています。

 

精神障害者の差別的表現は社会に残っています。ですが、障害者権利条約の批准国の副総理が言っては取り消すことが続くとは情けない。

 

「麻生副総理、講演で差別表現 指摘に「不適切でした」

9/2() 23:43配信  朝日新聞デジタル

 麻生太郎副総理は2日、10月の衆院愛媛3区補選の応援で訪れた愛媛県西条市での講演で、祭りの参加者を「きちがいみたいな人ばかりだ」と述べ、精神障害者を差別する表現を使った。補選は祭りと時期が重なり、麻生氏は「ここのお祭り大変だ。そういった時に選挙なんてやれる。選挙を一生懸命やっている人はお祭りを一生懸命やっている人。俺のとこ(の選挙区の祭り)は7月14日だけど、この時になったら、ほとんどきちがいみたいな人ばっかりだ」と語った。

  麻生氏は講演後、記者団から指摘され、「不適切でした」と述べた。

 麻生氏は先月29日、横浜市で開いた自らの派閥の研修で「少なくとも(政治家になる)動機は問わない。結果が大事だ。何百万人も殺しちゃったヒトラーは、いくら動機が正しくてもダメなんだ」と問題発言。翌日、不適切だったとして撤回したばかりだった。」

 

 

 

 


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

本末転倒? [障がい者問題]

 

 

「JR進む鉄道合理化

無人化筑豊線 

カメラ導入、職員巡回

視覚障害者から懸念 住民は一定の理解 

 

R九州が鉄道事業の経費削減を進めている。人口減少が進む中、赤字が続く事業の収 支改善を図り、鉄道ネットワークを維持する狙い。だが、合理化を巡っては、安全性やサービスの低下を懸念する声もある。今年3月のダイヤ改正に合わせ、「無人駅」を増やす 代わりに監視カメラで安全を確認するシステム を導入した筑豊線と、特急のワンマン運行を始めた日豊線を取材した。(田中良治、河野賢治)

 

JR九州が導入した安全確認の「スマートサポート ヌテーション(SSS)」。 福岡県内を走る筑豊線の若松(北九州市)—新入(直方市)12駅のうち、今年 3月までに無人化された11 駅が対象だ。 筑豊線のSSSは、中間駅(中間市)にサポートセ ンターを設け、オペレータ1人が常駐。各駅に設置した47台の監視カメラの映像で、異常の有無を確認しながら、利用者の問い合わせにはインターホンで応答する。ほかに3人のスタッフがおり、2人が各駅を巡回し、残り1人は障害がある人たちの支援などを担当しているという。駅の無人化を巡っては、安全性や治安悪化を懸念する声もあった。だが、3月まで若松駅長だったオペレーター担当の阿高宏さん(58)は「以前は窓口にいたため確認できなかった場所もカメラで見えるようになり、安全性は高まった」と強調する。利用者が危険な場所に立ち入った際には構内放送でに注意を呼び掛け、夜間に若者がたむろしていた時には、警察に通報するなどしてきたという。沿線住民からも一定の理.解を得つつある。通院のため新入駅を利用する直方市の主婦(79)は「ごみは少し気になるが特に不便はない」。同市の会社員女性(34)は「心配していた治安悪化も今のところ問題なさそう」と話す。北九州市若松区の会社役員男性(52)は「無人化よりも路線廃止の方が困る」と理解を示した。ただ、4月下旬に人身事故が発生した際、列車の遅れなどを伝える放送ができないトラブルが発生。中間市の視覚障害者団体「つばさの会」の進好司会長は「無人化するなら、設備や体制をきちんと整える必要がある。(障害者にとって)無人化は命に関わる問題だけに、より真剣に対応してほしい」としている。」(2017829日西日本新聞)

 

民営化で安全が損なわれるのではないかと指摘されていた。

そして、点数稼ぎのために障害者を除外しているという。知人にも経験者がいました。

 

「発達障害 対応悩む学校

平均点重視し除外「よかったのか」

全国学力テスト

識者「特性に応じた配慮を」

全国学力・学習状祝調査(全国学力テスト)で、発達障害の子どもへの対応を巡って学校現場が揺れている。小学6年と中学3年 の全児童生徒が原則対象だが、平均点アップを意識するあまり、学 校の判断で対象から外したり、保護者が自主的に休ませたりするケースも。個々の状視を踏まえてテスト免除は認められているものの、その判断に教師たちは苦悩を深めている。

 

福岡県のある小学校では 2年前、特別支援学級(自閉症・情緒障害)6年生 2人の成績を学校の平均点 に組み入れなかった。 1人は注意欠陥多動性障害(ADHD)で、もう1 人は自閉症スペクトラム障 害。いずれも級友とうまく 付き合えないなどの特徴がみられた。学習環境などによって理解に濃淡はあったが通常の教育課程を学び、テストの対象になっていた。「総合的に得点は期待できず、学校がそういう流れになった。でもあれでよかったのか・・・」と教員の一人 は今も悩む。同県の別の小学校では今 年4月のテスト当日、発達 障害の子どもの保護者から 「風邪で休む」と連絡があった。子どもは通常学級に 在籍していたが、前年まで の学力テストの問題をほとんど解けなかったという。 担任は「自主的に休んだの かもしれない。でも教職員がほっとしたのも事実だった」と打ち明ける(以下略)」(同前)

 

011.JPG

 


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

「貢献死」 [高齢者]

 

 

ミサイル発射の日。散歩していたらパトカーか、広報車かが何か叫んでいました。14分間の飛行。どこにいても避けるなど難しいのでは。迎撃しなかったが、PAC3では届かないという指摘もありますが、マスコミは伝えていませんのでどうなのでしょうか。帰ってもう落ち着いていると思ったが「ひよっこ」は放送せず。

 

新聞のコラムからです。

 

「三念帖

超高齢社会の悲惨な状況を描いた近未来小説「シロガミ」 (福ゐ行介著、高齢者住宅新聞社発行)は衝撃的だ。「シロガミ」のタイトルにまず違和感とともに背筋に冷たいものを感じた日本が徴兵制を 敷いていた第二次世界大戦前、男子には 兵役が義務付けられ、召集令状が届いた。 その用紙の色から「アカガミ」と言われた。「シロガミ」の語感が、「アカガミ」 に似ているための違和感だ「この小説 は、今なすべきことを怠り、問題の先送りをする政治・行政、現世利益をむさぼる世の中への警世の書である。絵空事とは言い切れない。今こそ、国民は覚悟をもって人口革命に真正面から向き合っていくことが求められる」と本の帯に推薦の言葉が書かれている小説では、日本の社会保障制度は破たん。「社会貢献法」に基づき、末期がんなどで回復の見込みのない患者や寝たきりの高齢者には「貢献死」という名称の「安楽死」が実施される。さらに健常な高齢者も安楽死を希望すれば「シロガミ」が届く国になった▼高齢者の終末期ケアに取り組んでいる特別養護老人ホーム蘆花ホームの常勤医師、石飛幸三氏は著書「平穏死という生きかた」の中で「それぞれの人の生命の自由は、ほかの何人もそれを阻止する権利などない」と記す。「815」は毎年さまざまに考えさせられるが、今年も重いものがあった。(若林平太)」(福祉新聞828日)

 

なんか不安だけを煽ることになりはしないかという恐れも感じますが・・・。

それに対して在宅医療を進める人は、最後まで生きたいと思っているという。そうであれば「シロガミ」は余計に犯罪的に見えますが。

 

「人は最後まで生きたいと思っている

 最後まで自分らしく生きる、あるいは自分が望む死に方をするということは普通そこまで意識したり、ご家族と相談したりという機会もないかもしれません。ただ、これはデリケートな、あるいは別の言い方をすれば一人一人の気持ちを丁寧に尊重する必要のあるテーマです。このテーマを、そういう性格にふさわしく扱うことが、ご家族はもちろん、社会全体にも問われていると思います。病気苦しい、早く死にたいと言う人もいます。あるいは生きていると自分 のことや他人のことで悩みも多い、つらいという人もいます。それこそ、人それぞれ・人生いろいろで一律には言えないのですが、ただ、私がいままで多くのお年寄り も若い人でも見てきた中で印象的だったのは、あるいは「死にたい」と言いながらも、死ぬ直前にはみんな「生きたい」と必ず言い出すということです。 人間というのは、つらかろうと、苦しかろうと、貧乏であろうと、苦労していようと、「生きたい」という気持ちを必ずもっているのです。だから生きる日を一日でも延ばしたい、一時間でも延ばしたいという思いが、どこかに必ずあります。でも、一方では、延命治療で苦しい思いをしながら、あるいは必要以上にお金をかけて過剰に人の厄介になって生きながらえるということも、許されるならしたくないと思っているのも事実です。ですから本人の気持ちを尊重するには、本人の気持ちを周りが受け止めて、その実現のために可能なことをしようと考える、そういうプロスを、本人がそれと実感できる形で通ることが大事になってきますし、社会はそれを第

保障できるような仕組みをつくって本人とご家族に寄り添うことが必要ではないでしょうか。」(『最後の時を自分らしく-在宅治療ができること』レシャード・カレッド)

 

005.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

ビートルズの話題 [社会]

 

 

新聞コラムからです。

 

デスク日記

 

 「お父さんビートルズだったの?」。1980年、5歳になった息子の問い掛けをきっかけに、元ビートルズのジョン・レノンは音楽創作の現場に戻ったという。それまでの5年、ジョンが何をしていたかというとハウスハズバンド(主夫)である。息子のためにパンを焼き、料理を作り、子育てに没頭した。

 ファンとして、この空白の5年間を「損失」と捉えてきたが、考えが百八十度変わった。自分に新しい家族ができ、娘と妻のために毎日の料理を作るようになったからだ。

 料理は難しい。焦がす、入れ過ぎるは日常茶飯事。料理酒とサラダ油を取り違えることもあるが、娘の笑顔に満たされる。育児では苦労の何倍もの喜びが返ってくるのだ。

 2013年の全国家庭動向調査では、夫の家事分担割合は14・9%、育児は20・2%。男女共同参画実現を、なんて堅苦しいことは言わないが、もっと男性も育児や家事を楽しめばいい。 (鶴丸哲雄)=2017/08/23付 西日本新聞朝刊=」

 

最近では、朝ドラ「ひよっこ」でビートルズ日本公演の話題がありましたし、さらには「ファミリーヒストリー」で「オノヨーコ」さんと息子さんが出演しました。平和を願う二人の姿勢は世界の人から支持されているのだと思います。

008.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

親切 [支え合う社会]

 

 

福岡市で有名な喫茶店「ばんぢろ」が再開されたという。場所は川端だという。私はアイスコーヒーが好きでした。

 

読み返した本からです。進化の歴史は面白い。

 

「中生代ジュラ紀、恐竜たちが闊歩していた時代に繁栄を遂げていたのは、裸子植物であっ た。裸子植物は美しい花を咲かせることはない。ジュラ紀の森には、私たちがイメージする ような色とりどりの花はまったくなかったのである。 植物が美しい花を咲かせるのは、昆虫を呼び寄せて受粉させるためである。裸子植物は、風に乗せて花粉を運ぶ風媒花である。そのため、裸子植物の花は、花びらで装飾する必要がない。むしろ、風まかせで花粉を運ぶ方法は、雄花から雌花に花粉、が届く確率は低い。花びらを作るような余計なことにエネルギーを使うよりも、少しでもたくさんの花粉を作った方が良い。」(『植物はなぜ動かないのか』稲垣栄洋)

 

読んだ本の中からいい話を。『最後の時を自分らしく-在宅治療ができること』レシャード・カレッド著。レシャードさんはアフガニスタンからの帰化人です。

 

「アフガニスタンの大学の医学部に合格した後、日本への留学を申し込んだのは、そういう日本への憧れに似た気持ちからでしたo『知ってほしいアフガニスタン』にも書きましたが、留学した最初は千葉大学で日本語などを学びました。 この時、日本人の老夫婦のお宅に下宿させてもらったのですが、このお二人は、「外国人お断り」という下宿が多かった当時、

私に非常に親切にしてくれました。和食のまかないを出してくれていたのですが、その食費はおろか、下宿代さえも受け取ろうとしないのです。私はいったいなぜ、と思い、ある日そのことを尋ねました。その時お二人が話してくれたことは、今でもよく憶えています。このご夫婦は第二次世界大戦中、当時の 「満州」つまり中国の東北部に暮らしていたのですが、敗戦時に逃げ遅れ、取り残されてしまいました。中国の人々にしてみれば、自分たちの国を侵略した憎い日本の人間ですから、お二人には身の危険もあったのですが、そういう時にお二人を、ある中国人のおばあさんがかくまってくれたそうです。おばあさんは貧しい一人暮らしでしたが、一部屋しかなかった家の地下室に2人をかくまい、外に出なくてすむよう、僅かな収入の中から二人の食料も買ってきて出してくれました。そしてある日、人に日本行きの船を頼んで二人を船底に隠し、帰国させてくれたのです。そんな体験をされたとのことでした。そんな経緯でもあったため、お二人は、その中国人のおばあさんとろくに別れの挨 拶もできず、またその後の連絡も取れず、お礼をしたくてもできないまま、戦後、日本で暮らしてこられましたoそれだけに、その恩を、いつか困っている人に分け与えたいと追ってきたそうです。そして、たまたま異国で学ぶのに下宿先がなくて困っている私と出会って、自分たちが受けた無償の思いやりを、私に対して今度は自分たちが与えたいと思われたということでした。」

 

002.JPG

 


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

在宅医療のこと [読書]

 

 

最後の時を自分らしく―在宅医療ができること

最後の時を自分らしく―在宅医療ができること

  • 作者: レシャード・カレッド
  • 出版社/メーカー: 新日本出版社
  • 発売日: 2017/05/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 

『最後の時を自分らしく-在宅治療ができること』レシャード・カレッド著を読みました。

年齢もありますが、家人を含めて最後をどう過ごすかということが現実の問題になっています。最後を自宅でという人の希望が高いそうですが、現実は2割にも満たないという。ですが、高齢化の進行では病院でという希望も難しいのではないでしょうか。

 著者はアフガニスタン出身で日本に帰化されています。

 

「私は、在宅医療がこれからの地域医療にとって大事になってくると考えていますが、 これらの例だけからもわかるように、問題は単純ではありません。必要とする人に医療や介護が届いていないという例では、家族の姿勢の問題である場合もあるでしょうが、その家族が抱えている問題も、単に「姿勢をあらためなさい」といえば済むといえるような場合は少ないかもしれません。そこには、仕事や収入などの経済的な問題、生活上の問題、親子関係を含む人間関係の問題など、医療や介護のスタッフが対応できる範囲を超えたものもたくさんある気がします。また、それとは別の大きな問題として、在宅医療の担い手の問題があります。在宅医療を行うには、患者を訪ねて診療や看護、介護をするスタッフが必要です。在宅医療を行う医師、訪問看護、訪問介護などのスタッフです。スタッフの確保と養成には、当然ながらお金と手間ひまがかかりますが、現状ではその面で十分とはいえません。スタッフが十分にいない状況でも、高齢社会は待ってくれませんので、限られた人的資源を有効に活用するため、病院・診療所・訪問看護ステーションなどの間の、あるいは介護関係者との連携も必要です。これも連携の整備が十分かどうかということについては地域差があるように思われます。」

 


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

作られる復旧 [生活]

 

 

あるローカルテレビ局で「三連水車」の前から復旧が進んでいると伝えていました。ですが

別の局では、ほとんど復旧されていない地区のことを伝えていました。復興が進んでいると励ます意図があるのかもしれませんが、現実を伝えているとは思えません。誤った情報だと思いました。取材不足かもしれませんが・・・。手軽な番組制作だと腹が立った。

 

「豪雨農地復旧めど立たず 被害2000件、対応職員不足 朝倉市

 九州豪雨で被災した福岡県朝倉市で、農地や水路などの復旧の遅れが心配されている。復旧工事費の公的補助に必要な調査が進んでいないためだ。担当職員の不足が主な理由で、調査を終えた被害箇所は全体の2割に満たない。補助費の手続きが遅れると、作物を栽培できない農地が放置される可能性もある。

 朝倉市によると、被害の連絡を受けた農地、農道、水路、ため池などは22日時点で1409件。最終的には、2012年の九州北部豪雨の2倍に相当する2千件を超えるとみられる。

 市の担当職員は被害箇所を確認し、復旧工事費の概算を含めた報告書を作成。国や市の補助対象となるかを判断する。工事費が40万円以上の場合は国の補助対象で、激甚災害指定を受けているため、農家の負担は数%の見通し。40万円未満の場合は、市が3割以内を補助する。

 22日までにまとまった報告書は約300件。市は9月上旬までに全ての報告書の作成を目指しているが、達成は難しい。

 被害調査を担当する職員は3人。市職員OBや国、県からの派遣職員を加え、8月中旬から20人弱で作業をしているが、1日に作成できる報告書は6、7件が精いっぱい。被害は広範囲で、道路が寸断されている地域では移動に時間がかかる。調査に立ち会う農家との調整も必要だ。(略)

 九州北部豪雨では、農地の復旧に最長で3年かかった。公的補助が受けられないまま、長い期間放置された農地もあったという。=2017/08/24西日本新聞朝刊=」

008.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

介護格差の拡大 [介護保険]

 

 

報道によれば、来年度の介護報酬改定で軽度者サービスの報酬を改善するというが、効果があるでしょうか。その背景について次のような記事がありました。

 

「介護格差広がる不安

軽度者サービス運営難航

「不採算」事業所撤退で混乱も

小規模自治体業務に限界

軽度者向け介護サービスが市区町村ヘ移行され、国が目指す「住民による支え合い」の動きが広がり始めた。だが一方では、サービスを提供していた事業 所が、採算性の低さを理由に軽度介護から撤退するなど、混乱も起きている。利用者や家族は地域格差が広がることへの不安を漏らす。

 

「曲げた手はグー、伸ば した方がパーですよ」。三重県松阪市の集会所。ボランティア団体「オレンジの 会」の奥山幸子さん(68)が 合図をすると、高齢者12人 が左右の腕を交互に突き出 した。「できた!」「わや(めちゃくちゃ)や」。一段落するたび、参加者の笑い声がはじける。同会は今年4月、市から要支援者向けデイサービスを受託し、週1回、高齢者 を集めて体操や認知症予防 ゲームをしている。奥山さ んは「明日はわが身で、自分もいつ利用者に回るか分 からない。助け合わないと」 と話す。市区町村による軽度者向けの「総合事業」で政府が描くのは、こうした運動教室や家事の手伝いなど、介護の技術をあまり必要としない仕事を住民らに任せる「支えあい」の地域づくりだ。膨らみ続ける介護保険の費用を抑える狙いもある。

 

報酬下がり

松阪市では最近、「ある介護事業所が、今後は要支援者を引き受けないと言っている」という情報が、現場の介護職から市の担当者に寄せられた。軽度者の介護は重度に比べて事業所の報酬が低い。その上、新サービスでは人員基準を緩める代わりに報酬も下がり、 ますます採算が取りづらくなったためだ。 今回のアンケートで、市区町村は「従来の事業所が手を引いた」と回答。新潟県燕市の担当者は「事業 所の多くは中重度の要介護者へのサービスに力を入れたいと考えている」と指摘する。過疎化の進む町や村では、地域に散らばる要支援者宅への移動に時間がかかるため、報酬が安い上に件数をこなせないこともネックとなっている。

 

底上げを

事業の移行で業務量が増 えたことに悲鳴を上げる自 治体も。岐阜県羽島市は「度 重なる制度改正で業務量が飽和状態に近かったところに、総合事業が加わり、既に処理可能な業務量を逸脱 している」と青息吐息だ。 財源と人材が限られる小 規模自治体からは「地域資源が少なく、多様なサービスを提供することは非常に 困難」(岡山県和気町)といった声や、「事業の移行で介護格差が生じる」(福井県高浜町)との懸念も聞かれた。 北海道清里町の担当者は「国は人口の多い大規模な自治体しか見えていないのでは」と疑問を投げかけた。

「認知症の人と家族の会」(京都市)の鈴木森夫代表理事は「軽度者が専門的な支援から遠のく地域が出るのではないか」と不安を口にする。特に認知症は、軽度での早期対応がその後の進行を遅らせるのに重要とされる。「地域ごとに特色はあっていいが、まずサービス全体の底上げをすべきだ」と訴えた。」(2017819日西日本新聞)

 

介護保険制度は障害者福祉なども含めて消費税で賄えるのではなかったのか。増税の時だけ介護の問題だというが増税すれば他に回しているのではないかと。

004.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

まさかのミス [スポーツ]

 

 

 

ニュース川柳

・蔦若葉ドラマ織りなす甲子園

・税金を姿見せずに取り立てか

・ 列島を天変地異が覆う夏

・防衛費増やすネタには事欠かぬ」(2017824日西日本新聞

 

たまたまテレビ見ていました。

 

「まさかの失策周囲は静観を 61

そこでゲームセットのはずだった。全国高校野球3回戦。九回裏、1点を追う仙台育英は2死一、二塁。遊ゴロで万事休す、と誰もが思ったが、送球を受けた大阪桐蔭の一塁手がベースを踏み損ねた。そこから生まれた劇的な逆転サヨナラ打。その瞬間、私はテレビを消した。あの一塁手の絶望と涙をとても見ていられなかったからだ。彼は自分のせいで負けた こと、これから長い間、苦しむことだろう。心ない人たちから、責められるかもしれない。けれども、やっと私にも分かってきた。野球は誰かの一つのミスで負けるのではないということを・・・。その試合で、いやもっと前から小さな要素が少しずつ積み重なって、無情にも負けるという結果をもたらす。野球の神様は時に誰かを選んで、とんでもないドラマを演出する。決して個人の問題ではないんだよと、彼に言ってあげたい。彼が忘れたい記憶ではなく、懐かしい甲子園の記憶として再び、心から野球を楽しめますように野球好きなおばちゃんは祈っています。どうか周囲も静かに見守ってやってほしい。」(同前)

 

当然、泣き崩れました。私もテレビを消そうかと思いましたが、しばらく見ていました。楽天などの監督をした野村さんが、野球はミスをどれだけ少なくするかだと言っていたことを思い出しました。いいバッターでも7割はヒットになりません。それをどう減らすかだと言っていました。このゲームでもたくさんのミスがあったのです。最後に分かりやすいミスだったので記憶に残るでしょうが、野球という神髄にふれられたと思ったらいかがでしょうか。時間をかけても・・・。

 

 

002.JPG

 

 


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感