「幸福度」とはなんだろう [障がい者問題]
今日も国会周辺で障害者総合支援法審議に対して、骨格提言の反映を求める集会が開かれています。障害者自立支援法訴訟の勝利をめざす会のホームページで録画・中継が見ることができます。
先日の新聞からです。今年4月近くに県立の特別支援学校が開校しました。門から建物まで随分距離がありますので校舎まで行ったことがありませんが、バスで帰宅する生徒さんと会うことがあります。
「花 時 計 西日本新聞コラム
昼間とはいえ真っ暗な廊下は余計、がらんと見えた。なぜか明かりがついていなかった。「原発絡みの節電ですか?」。尋ねると、 職員は困ったような笑顔。「予算がないので 消してるんです」 6歳の肢体不自由の息子を通わせる特別支援学校を選ぶため昨夏、県立の施設を見学したときのこと。自宅から車で15分。小中高12年聞の送迎を考えればここしかなかった。建物は古くても、職員は熱心でその点は申し分なかった。しかし、何かと不自由な人生を歩む人々がいる。せめて彼らの周りだけは 常に明るい光に満ちていてほしい、と願うの は恐らく、親だけでは ないはずだ。 結局、車で45分かかる市立の明るい施設を選んだ。息子が笑顔で通い始めた4月、私は県庁担当となった。知事のスローガンは「県民幸福度日本一」という。その真価を、冷静に見極めていきたい。」(2012年5月3日)
幸福度を掲げた知事ですが、これだけ暴力団の発砲事件があっても逮捕者が一人も出ないというのでは、どこか虚しい気がします。例えば、古い支援学校にソーラーを設置したという話でもあれば救われますが・・・。
本日の西日本新聞にはドイツの介護保険についての報告がありました。
「介護保険では、介護を受ける人だけでなく、在宅介護の家族にも現金が支給さ れる。介護は家族の「義務」 のようにみられる日本と違って、家族の介護を「労働」として認め、その対価も必要、との考えがドイツ社会の根底にあるからだ。ドイツの福祉に詳しい熊本学園大(熊本市)の豊田謙二教授(社会福祉学)は「介護を家族の私事ではなく、社会的な支援対象にした」と説明する。その介護保険が使えるの は最低半年、継続的に介助 が必要な人。介護度は日本の要介護3以上で、日本での中程度より重い人が対象だ。財源は保険料だけだが、 日本と違い軽度者が含まれないことで保険料上昇が抑 えられる面もある。」
ドイツの制度がいいかどうかは分かりませんが、介護を社会の問題にしているところは日本との隔たりを感じます。障害者問題も、個人の問題、家族の問題だとするからこそ「利用料」を求めるのでしょう。これについても、知事には動いてもらいたい。
博多の古い街並み・ギリシャは [街で]
竜巻の予報は何とかならないのでしょうか。雇用促進住宅に福島から避難していた人たちがまた避難しなければならないという。気になっていたのは、GWの予報が好天気みたいなものばかりでしたが結果としては悪かった。詮索すると、好天気プレッシャーがあるのではと思ったりしたのですが。そんなことはないと思いながらも。
太閤道・富士見坂
今日は博多駅周辺に用件があり、時間もありましたので、祇園周辺を歩いてみました。博多の街づくりでは太閤秀吉が深く関わっているとされています。秀吉が行軍したところを「太閤道」と呼ばれますが、博多では西門橋から西側の狭い道路ですがそこが一部だそうです。(『ぶらぶら福岡まちあるき』より)。当時は、糸島の可也山が見えたので「富士見坂」とも呼ばれたそうです。今も古い街並みが残っていました。
西門橋
帰ってきて、テレビを見るとフランスとギリシャの選挙結果が伝えられていました。
エコノミストの浜矩子さんは震災直後に発行された『朝日ジャーナル』で次のようにグローバル化とアラブの市民革命に関連して次のように述べています。
「グローバル化という現象は、これまで、とかくその弱い者いじめ的側面が話題となって きた。そこが大いなる問題であることは事実 だ。格差と貧困を固定化するようなグローバ ル時代の暴力的力学に対しては、厳しい目が注がれ、声高に批判が浴びせられて然るべき だが、一方でヒト・モノ・カネ、そして 言葉と映像と情報が容易に国境を越える今日的日常は、それだけ小さき者たちに連帯と結 束と変革の道具を提供してくれる。グローバル化も鋏(はさみ)も使いようだ。使いこなす側の知恵によっては、凶器ともなれば、連帯の命綱ともなり得る。そのことを、今回の展開が我々にいやというほどよく示してくれている。つくづく、グローバル時代は人間に厳しく英知を求める時代だと痛感する。凶器と命綱の境目はどこにあるのか。それを常に的確に見極める感受性の鋭さが問われている」
イタリアの首相も交代しましたが、フランスでは大統領が交代し、ギリシャでは連立与党が大幅に後退し、施策の見直しが避けられないようです。どうなるのでしょうか。
西門橋付近かまぼこ屋さんの前のポンプ
60代は仕事をやる世代だという・原発は止まったが [原発]
60代は仕事をやる世代だという・原発は止まったが
俳優の水谷豊さんへのインタビューからです。
「 一今後、どんな俳優活動を。
水谷
ずっと思っていることがあるんです。 俳優人生は60歳から、それまではその準備
だ、と。本当の出会いがあるのはこれから。 さあ、いよいよ、やるときが来た、と。
ーやりたいテーマは?
水谷
イメージではいろいろある。それがあるとき、ふっと(像を結び)出てくるんじゃないか、と思うんです。60代で俳優の仕事をやるだけやる。70歳から遊びたい。 」(西日本新聞)
気力・体力が落ちているので、こういう話を聞くとまぶしく見えますが、励みにはなります。
話は変わりますが、昨晩から原発全停止の話が続いています。昨日のテレビでは大飯原発の地元の人が語っていました。建設当時京都などでなく、なぜこんな不便な所に作るのだと電力会社の人に尋ねたら「京都や大阪で何かあったら大打撃になる」からと語ったそうです。そして、原発立地と旧産炭地が重なります。
「炭鉱と原発の重なりは福島だけではなかった。大ベストセラーとなった10歳の少女の日記がある。 佐賀県にあった大鶴炭鉱が舞台だ。母に次ぎ、炭鉱で働いていた父が亡くなり、長兄は臨時の炭坑夫となる。しかし本雇いにはなれず、炭鉱社宅も出なくてはならない。一家離散の中、兄と姉を思いやりながら、彼女とにあんちゃん(二番目の兄)で助け合いながら生活をする。最初の出版は50年代終わりだが、映画にもなり、最近も復刻本が出た不朽の名作だ。少女の持つまっすぐさと鋭い観察眼に、涙が出てくる。そこから美しい湾をはさみ、対岸が玄海町だ。町の端には玄海原発がある。事故後に国が行った県民向け説明会で、九電社員が一般市民を装い、再稼働を支持する「やらせメール」を送ったことが発覚した。 また北海道の泊原発は、事故から五ヶ月で営業運転を再開している。その泊村には、北海道 で最も古い茅沼炭鉱があった。」(『むかし原発いま炭鉱』より)
「にあんちゃん」の映画を見た記憶があります。モノクロだったように思います。たしか、西日本新聞から復刻本が出たように思います。そして、炭鉱地帯が貧困地帯となり、自治体が困難な運営になっています。夕張や赤村・そして大牟田です。原発立地はどうなるのでしょうか。
効率化の行く末は [職場]
効率化で解決するのか
しなければならない作業を先送りしていて、いよいよタイムリミットなので仕掛かりました。
朝夕、老犬と散歩するのが私の役割ですが、坂道であえぐようになり、下り坂のみ駆け足です。飼い主も同じなので、気持ちはよく分かりますが、淋しい日々です。
今日、気になったニュースです。ひとつは、大阪維新の会が「家庭教育支援条例(案)」というのを提出するというのですが、そこに、発達障害もまた家庭のしつけの問題だと述べています。相当、偏った情報で作られたものだと感じました。
もうひとつは、佐賀県武雄市が図書館の運営を「TSUTAYA(ツタヤ)」を運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(大阪=CCC)に委託する計画を発表したそうです。
「市は業務委託によって年間運営費1億4500万円を1割程度削減できるとみている」ということは、1400万円程度が削減できるということです。
「CCCへの委託料や利用カードの個人情報管理、現在の図書館職員(市職員5人、嘱託職員19人)の雇用問題、改築費用の額や負担などは、まだ正式決定していない。」(佐賀新聞電子版)
ここで注目してもらいたいのは、今でも正職員が5人しかいなくて、嘱託が約4倍の19人いるということです。ということは、嘱託の人は契約なので解雇される可能性が高いし、全国の図書館だけでなく、公務員と思われている場にこういう身分の人たちが増えていることを示しています。安くできるからいいのだという裏には、低賃金の労働者が増えているということです。そして、さらに、今日のニュースで地方公務員に持ち家手当が出ているが、個人の財産形成に税金を投入しているのはおかしいという指摘でした。公務員にわたるお金はすべて税金ではないかと思いますし、そのなかから財産形成していくしか方法はないのです。持家に対する仕組みとしてどうなのかということがあるのでしょうが、ヨーロッパでは住宅に対する給付は国の制度としてあるところが多いのです。フランスでは外国人に対しても家賃補助があります。そこには、住宅に対する位置づけの違いがあります。日本は、個人の甲斐性で、広い家を借りるか、持ち家を建てるかは働き次第だと思われています。フランスなどは、生活基盤のひとつなので、福祉的な発想なわけです。
話がそれました。図書館ですが、資格の問題もあるようですが、そんなに待遇は良くないと言われています。委託化することで、年中無休で利用時間も増やすそうです。市民にとっては良いことのように思われますが、新たな低賃金労働者を産みだすだけで良いのかと思うのですが。
桜が散り 川魚が見えたのですが・・・
「人間の尊厳」が国民主権より上にあるという [障がい者問題]
「人間の尊厳」が国民主権より上にあるという
昨日の午後は、インターネットで「福祉国家構想研究会」というところの講演会の録画があるのを偶然見つけ、話を聞きました。2時間程度勉強になりました。地方にいてもこんな話が聴けるのはありがたいですね。参加費を払っていないのは申し訳ないのですが。この講演会でも、憲法改正の話がありました。今、各党派が出してきているのは9条だけでなく全面的な改正案だそうです。朝日新聞に憲法学者・樋口陽一さんへのインタビューがあり、次のようなくだりがありました。
「ドイツ憲法は第1条で、国民主権よりも前に「人間の尊厳」をうたっています。ドイツは過去に国民全体でヒトラーとナチスを受け入れてしまった。それが大量のユダヤ人虐殺を生み、第2次大戦につながった。だから今度こそ、人間の尊厳を冒すようなことは決めていけない、たとえ主権者たる国民の多数を占めても、決めてはいけないことがある。憲法でそう定めたわけです。ドイツは、抽象的な憲法原理でそんなことを言っているわけではありません。
民主主義という制度は、選挙という民主的な手続きによって、独裁者を生んでしまうおそ
れがあります。民主的に生まれた権力であっても、国民が作る憲法によって制限する。それが憲法の役割です。政治家の側が、選挙で多数を得たのだから白紙委任で勝手なことをしていい、ということにはなりません。」(2012年5月2日朝日新聞)
民主的な手続きでも独裁者は生まれるので、憲法で制限し、白紙委任ではないことを明記しているのがドイツ憲法だそうです。ドイツでは正確には「基本法」と呼ぶようです。
「第1条 [人間の尊厳、基本権による国家権力の拘束]
(1) 人間の尊厳は不可侵である。これを尊重し、および保護することは、すべての国家権力の義務である。
(2) ドイツ国民は、それゆえに、侵すことのできない、かつ譲り渡すことのできない人権を、世界のあらゆる人間社会、平和および正義の基礎として認める
(3) 以下の基本権は、直接に妥当する法として、立法、執行権および司法を拘束する」
とあります。それを思い出したのは尊厳についてふれた言葉があります。「障害者自立支援法違憲訴訟原告団・弁護団と国(厚生労働省)との基本合意文書」(平成22年1月7日)に次の項目があります。
「2 国(厚生労働省)は、障害者自立支援法を、立法過程において十分な実態調査の実施や、障害者の意見を十分に踏まえることなく、拙速に制度を施行するとともに、応益負担(定率負担)の導入等を行ったことにより、障害者、家族、関係者に対する多大な混乱と生活への悪影響を招き、障害者の人間としての尊厳を深く傷つけたことに対し、原告らをはじめとする障害者及びその家族に心から反省の意を表明するとともに、この反省を踏まえ、今後の施策の立案・実施に当たる。」
として、新たな施策を作るにあたっては「尊厳」を傷つかないものにするというものでしたが、応益負担等の導入で傷つけたとしながら、障害者総合支援法では1割負担は残されています。これをどのよう説明するのか。説明されていないように思う。
まだ、どんよりとした天気で冷え込んでいます。散歩するのもためらいますが、もう少ししたら出てみようと思います。
憲法と障害者は [障がい者問題]
憲法と障害者は
天気はすっきりしません。博多どんたくが始まりましたが、久留米市などでは水天宮祭りも始まります。どんたくは明日までですが、天気が悪いのは普通です。
今日は憲法記念日です。新聞には意見広告が載っていて「さよなら原発」などと書かれています。次のような投書に憲法の重みを感じました。
「明文に感じた 障害者の希望 81歳
私は、明治憲法と戦後の日本国憲法の下で育った。明治憲法は欽定憲法 で「軍人は(天皇に)忠 節を尽くすを本分とすべし」という「軍人勅諭」と一体となり、軍国主義が日本を築いた。終戦直後、中学生の私たちは欽定憲法と民定憲法の違いさえ分からなかったが、高校、大学へと進むにつれ、今の民定憲法こそ国民の命と生活を守ってくれる国の大原則だと思うようになった。特に障害者の私にとって、第13条「個人の尊重と公共の福祉」と第14条「法の下の平等」は、力強く生きる力を与えてくれた。戦時中、福祉とか障害者という言葉さえなく、軍人になれない非国民とあざけられ、踏みつけられてきた障害者にとって「公共の福祉」とか「すべて国民は法の下の平等」という明文は、暗黒の夜が明けて、まぶしい朝日を仰ぐ感動だった。私は、兄2人を第2次大戦で失った。新憲法は、この兄たちからの私への命の贈り物だと思って、この憲法を守り続けたい。」(2012年5月3日西日本新聞)
戦時中、「ごくつぶし」と呼ばれた障害者。簡単に言えば「無駄飯食い」ということでしょうか。こうした歴史の上に立って「障害者自立支援法違憲訴訟原告団・弁護団と国(厚生労働省)との基本合意文書」(平成22年1月7日)が締結されました。そこには
「国(厚生労働省)は、憲法第13条、第14条、第25条、ノーマライゼーションの理念等に基づき、違憲訴訟を提訴した原告らの思いに共感し、これを真摯に受け止める。」と述べています。ところが、今年になって、1年有余かけてまとめられた障害者総合福祉法の「骨格提言」は無視され、障害者自立支援法の延長法とみられる障害者総合支援法が成立しようとしています。憲法は、いつでも踏みつぶされます。座していては憲法を活かすことにはならないと思いました。
申請制度の周知を [てんかん]
てんかんと運転 ③
インターネットサイトで「てんかんの人の運転をどう考えるか」というアンケートがされ、9割が反対だと言うのを掲載しています。私たちも反対です。私たちは、てんかんだから一生運転できないというのでなく、その人の状態によって認めることを求めてきたのです。そのことが、てんかん発作がある人でも運転させよと求めてきたかのような誤解が広がっています。
中国新聞のインタビューで久保田英幹.日本てんかん協会副会長・国立病院機構静岡てんかん・神経医療センター診療部長は次のように答えています。
「Q 警察庁によると、てんかん発作による人身事故は過去5年間、毎年、70件前後に上ります。
A てんかん以外の病気でも事故を起こすことがあり、他の病気と比べて決して高い比率ではありません。全ての交通事故の0.01%です。一方、発作で意識がなくなると大事故になりやすい傾向があるともいわれます。事故の9割以上は免許取得・更新時に持病を申告していなかったケース。申告制度が機能していれば防げたはずです。
Q残る1割弱は、てんかんの持病を申告して免許を取得した人による事故ですね。
A 全ての交通事故72万件のうち5件。O・OOO7%です。事故はあってはならないことですが、スピード違反など他の要因に比べて多いかどうかとの視点も必要ではないでしょうか。5件の細かい原因は把握できていませんが、いったん発作が起こりにくい状態まで抑えれば、薬を1回飲み忘れたぐらいで一気に再発することはありません。」
発作により意識がなくなれば大事故になるということはありますが、適切な治療と申告があれば大幅に軽減できるはずです。そのことを今問題にすべきではないでしょうか。
たくましく生きることができればいいが [震災]
たくましく生きることができればいいが
ビートたけしさんの父母をモデルにした小説をもとにした舞台ですね。
「へこたれない 生き方に感動 69歳
博多座(福岡市)に、 劇「菊次郎とさき」を見に行った。笑いあり、涙ありで感動した。私は時々芝居を見に行くが、 芝居で涙が出たことはない。その私が泣いてしまった。主人公と同じ時代を生きてきたこともあると思う。 芝居の中で、菊次郎が 家族の猛反対を押し切って保証人になり、実印を押してしまう。保証人になる怖さ、実印の大切さが大騒動の中でも、しっ かり分かった。若い人に見てもらったら社会勉強になるのではと思った。
終戦後の貧しい時代をたくましく生き抜いていく、さき。どんなことがあってもへこたれない。その生き方は、一本心が通っていると思った。家族の絆の温かさにも感動した。」(2012年4月23日西日本新聞)
テレビでもありました。被災地では仮設住宅での孤立死した2人が発見されたそうです。ボランティアなどが訪問しようとしたが断られたそうです。「菊次郎とさき」では濃密な地域の関係があった時代だったと思います。本日の西日本新聞では、宮城県の出島は、就業者の9割が養殖業だが、だが、いかだなどほとんど流されたそうです。今までは、みんなで力を合わせてなんとかやってきたが、今回のダメージは大きすぎるという。地域だけでは再起できないのではないか。
画像は博多どんたく花自動車・RKBテレビから/昔は路面電車だった
社会の雰囲気を考える [寛容な社会]
テレビでは「ブラタモリ」と「タイムスクープハンター」を楽しみにしています。二つとも毎週放映されるわけでもなく、中断があるのも二つの番組に共通していますし、夜遅い放送でもありますので、録画で見ることにしています。時々、録画に失敗したときは残念な思いが続きます。昨日の放送は「タイムスクープハンター」で江戸時代の辻番の活躍を取り上げていました。街の治安を維持するために、今の交番みたいなところに武器を持たない庶民・今でいうとガードマンみたいな人が待機していて、見張りをしていたというのです。時代劇では銭形平次など役人が活躍しますが、実は町人が支えていたのですね。放送では、役に立たないと思われた新入りの年寄りが活躍する姿が描かれていて痛快でした。
今の社会はとてもギクシャクしているように思えます。いつの時代もかもしれませんが、ナショナリズムのたかまりに不吉なものを感じます。それは声高に叫べば人は黙るものであるとされるような発言があります。しかし、次のような発言もあります。
「『君が代』もっと寛容でいい 高校生17歳
大阪市の橋下徹市長が主導した「君が代起立斉唱条例」に反対だ。起立斉唱しないことを繰り返した先生には、免職などのペナルティーが 科されるという。
理解できる部分もある。組織が決めたルール に従うのはもっともである。しかし、君が代に かつての軍国主義教育下、戦意高揚などに利用された歴史があるではないか。そのため、抵抗を感じる人がいるのは仕方ないと私は思う。 1891 (明治24)年、第一高等中学校の教員だったキリスト者、内村鑑三が教育勅語の奉戴式で最敬礼を拒み、教壇を追われた事件について 歴史の勉強で学んだ。いま、大阪で行われていることはこの事件と全く同じではないだろうか。私はとても恐ろしくなった。「君が代」のような繊細な問題に関しては寛容であっていいのではないだろうか。私はいま高3だが、自分たちの卒業式では斉唱する先生 にも斉唱しない先生にも祝ってほしい。」(2012年4月28日朝日新聞)
震災について書かれたことにもいろんな感慨があります。
「仙台で被災して以後のこと を、ここで書きたいのだが、なかなか筆が進まない。なにを書けばよいのか。だれに向かって語ればよいのか。そもそも、いまぼくが抱えている、胸 の奥にこびりついて離れないこの思いは、人に通じるものだろうか。まだ街中が泥だらけ、巨大な瓦礫がオブジェのごとく、あちこちで道を遮っていた石巻市の河岸で目に飛び込んできたのは、「生き残ってしまいました」と殴り書かれたペンキの文字だった。このだれに向かって発されたともわからない言葉が、 いまも異物のように胸の奥に沈殿し、心を疼かせる。」と片岡龍氏は書いています。(『世界』4月号)続けて
「『俺のほんとうの気持ちを言おうか』と、ある晩、 避難所の喫煙場所で語りかけられた。『もう一度津波 が来て、みんなが俺たちと同じ目に遭ってほしい。ボ ランティアの人にも心から感謝している。でも、誰に も言えないが、これが俺のほんとうの思いだ』。皮肉 や一時的な感情から出た語でないことは、すぐに伝わった。心の底から通じ合いたい。切実にそう願うからこそ出てくる絶望の叫びだ。ぼくに、があったろうか。避難所にいる人間が、酒を飲みに行ったり、パチンコに行ったりしている。それを非難するような報道がなされた。もちろん、ほめられるべきことではない。だが、なぜ人、がそうならざるを得ないのか、 でも想像したことがあるのか。」
ここでは、避難所にいる人間に生活の規範を求めるメディアには、「年越し派遣村」に集まったホームレスの人が支給されたお金で酒を飲んだとしつこく報道したことを思い出します。なぜ、貧困層を攻撃するのか。それは、貧困は自己責任だということなのでしょうか。
片岡氏の論文で気になったのは「魂の植民地化」を「統合失調症社会」とも呼ばれていることを紹介しています。論旨は理解できますが、病名や障害名を簡単にレッテルとして利用すれば、その病気がその論理で理解され、誤解が広がると思います。片岡氏が名づけたわけではありませんが、慎重でないといけないのではと思いました。
偏見の助長にならないか [てんかん]
社説:てんかんと事故 偏見助長、避ける対応を
京都市の繁華街・祇園で軽ワゴン車が暴走し、歩行者7人が死亡した事故は、死亡した運転者にてんかんの持病があったことが大きく報じられた。全国のてんかん患者と支援者で組織する日本てんかん協会は事故翌日、声明を発表。運転者が運転免許更新時に病気を申告していなかったことについて「極めて遺憾」とする一方、「てんかんのある人に対する社会の偏見が助長されることがないように心から願っている」と訴えた。
この願いに真摯(しんし)に耳を傾け、過剰な反応は避けなければならない。患者たちの法令順守はもちろんだが、患者が病気を隠さなくても生活に支障が生じない社会をつくることが患者の事故を防止する上でも重要だろう。
以前は、てんかん患者は運転免許を取得できなかった。同協会などの長年の運動が実って2002年、病状が安定していれば免許を取れるように法律が改正された。協会は患者に新制度を周知する啓発活動を続けており、多くの患者は病状を申告した上で免許を取得・更新し、問題なく運転を続けている。
問題なのは病気を隠して免許を取る患者が一部ながらいることだ。栃木県鹿沼市のクレーン車暴走事故など、病気を申告せずに免許を更新、事故を起こした例もある。法令順守は当然の義務であり、ルールを破って事故を起こした責任は重い。患者自身が法を理解し、責任を自覚することがまず重要である。
事故を起こす患者は、小さな事故を繰り返すうちに大きな事故を起こしてしまう例が多いといわれる。小さな事故の段階で、無申告での免許取得・更新ができないようにするチェック体制も検討すべきだろう。
てんかんは、てんかん発作を繰り返す脳の病気の総称で、原因や症状、治療法は多様だ。患者の半数以上が薬で発作を完全に抑えられ、健常者と変わらない生活を送ることができる。
しかし、今でも病気を理由に就職の内定を取り消されたり、退職を強要される例が後を絶たない。免許証は身分証明書として広く利用され、免許がないと不便が生じる現実もある。こうした状況が、症状の重い患者の不正な免許取得につながっているという指摘がある。
京都の事故が発生する前の9日、鹿沼の事故の被害者遺族は、てんかんを隠して免許を取得し人身事故を起こした患者の厳罰化と、確実に不正取得を防ぐ制度構築を求める署名を国に提出。協会も同日、病名による差別をしないことと、患者が責任を自覚するための方策などを求める要望書を国に提出した。
遺族が求める免許制度は個人情報保護や特定の病名の患者に対する差別を助長する恐れも考慮すれば、難しい面もあろう。何よりも、患者たちの免許制度への認識を徹底するとともに、社会の側でもてんかんを正しく理解し、患者を孤立させない環境づくりを進めたい。
安全な国としての課題・移動困難な人たちの問題は [てんかん]
安全な国としての課題・移動困難な人たちの問題は
「雇用や医療で「安全の国」ヘ 77歳
敗戦後、日本国民は飢えに苦しみ、少しでも豊かになりたいと必死で努力し、今の豊かな社会を築きあげた。今でも日本の政治、経済、社会のシステムはより豊かな国を目指しています。しかし、私はもうこれからは富める国でなく、より安全な国を目ざすべきと思います。 例えば人はいつ失業し、また病気になるかわかりません。これらに対する対策をより強化すべきです。日本の医療は世界レベルと言われますが、へき地の医師不足は目に余り、また大病院に患者が殺到しているように、設備の格差も大きいのです。
老人間題はさらに深刻です。この失業時代に介護者が不足しているのは結局給料が安いからです。孤独死も多発しています。より以上の予算を付け、十分な介護をすべての必要な老人が受けられるようにすべきです。今恵まれている人々もいつかは病人や老人になるのです。将来が不安な社会は決してよき社会ではないのです。」(2012年4月25日西日本新聞)
安全な国のひとつとして、過疎地帯の医療も大きな問題です。そして、次から次へと交通事故では、てんかんの人たちが非難されていますが、それ以外でも子どもたちなどが被害者になっています。これほど事故死が多いのは、基本的には車が多すぎるのではないか、そして、安全装置が不備であるかなどの問題があるのではないか。モノや人体を感知して自動ブレーキがかかるなどの技術も進歩していくでしょうが、狭い道路に車が入り込むのを防ぐためには、量の規制が不可欠だと思います。バスや電車などの活用が大事だと思います。
高齢者やてんかんなどで運転できない人がいます。
てんかんのある人の運転事故では、いくつかの正しく伝えられていない面があります。
① てんかん発作がある人の免許取得をてんかん協会が求めたことは当然ありません。てんかんという病名で、長期にわたって発作がなくても運転できないという法律は改善してもらいたいとしたものですし、世界的にもほとんどの国で認められていることです。
② てんかんだから事故を起こしたのでなく、適切な治療をしていなかったり、法的に認められない状態なのに運転していたということが問題です。
③ てんかんの人はてんかん協会の会員だと理解している人がいますが、100万人いる患者に対して、会員は数千人なのです。
こうした背景もありますが、事故を無くしていくための取り組みが必要なことは言うまでもありません。
もうひとつの側面としては、運転することができない人たちをどう救済するかということがあります。それは、てんかんに限らず、高齢者、過疎地帯など交通環境も含めて考えないといけないと思います。
① てんかんを含む精神障がい者は、身体障害者や知的障害者などに適用されている運賃割引がありません。なんらかの支援策が必要です。
② 過疎地帯では、バスもないところが増えています。移動手段は車を除けば自転車しかありません。そうした地域に住む運転ができない人たちの支援をどうするかです。昔のようにバスを復活させることが望まれます。それは国策でないと実現できません。過疎地の復興のためにも検討しなければならないと思います。
③ オーストラリアなどは隣りでも相当距離がある地域があるそうですが、移動は困難な人も少なくないそうです。そのために、タクシーみたいなもので移動を補助していると聞いたことがあります。経済効率も含めて、どういう方法がいいのか検討されることが大切かと思います。
公的な家賃補助制度がないのは [住宅問題]
公的な家賃補助制度がないのは
私たちが陥っている常識というのは、疑ってみる価値はあると思います。例えば、ある国では、小学生でもその日の時間割は自分で決めるというところがあるそうです。似たようなレベルで、住宅手当は日本では事業所が負担しています。ヨーロッパなどでは、公的な補助制度があります。その根底には、住宅というものに対する考え方の違いがあります。
「ワーキング・プア相当の年収で借家に住む世帯のうち、公営住宅に住む世帯は 約2割にとどまる。データが示しているのは、低所得者向けの住宅セーフティネットとして、公営住宅は限定的な機能しか果たせていないということだ。
日本には存在しない公的「住宅補助」制度 なお、低所得世帯に住宅を保障するための政策としては、公営住宅以外にも、公的な「家賃補助」 という手段がある。欧米諸国では、家族が多い世帯や低所得世帯の住環境を改善する住宅政策、ある いは、そうした世帯の家賃負担を軽減する社会政策として、公営住宅のほかに、所得や家族数などを 考慮して、低所得世帯に住宅費用の一部を補助する「家賃補助」制度が設けられていることが多い。」(『不安家族』 大嶋寧子著)
日本でも全くないわけではありません。生活保護で地域ごとの上限額が定められていますが、「扶助」制度があります。でも、住まいは公的に保障される社会保障の基礎的な部分であるという考え方がないので、国民全体の問題になりません。例えば、戸建てに住むのは、つい最近までは「男の甲斐性」のように見られていました。しかし、年越し派遣村が証明したように仕事を失うことは住まいも同時に失うことでもありました。住まいがどこでも保障されているわけではありません。公営住宅も必要な人の2割しか捕捉していないのです。旧公団住宅を含めて、住まいの在り方が問われているのだと思います。
GWは休みがとれないから? [職場]
今週のイチオシ「いわせてもらお」(朝日新聞)
「参加資格
週一度、区の施設の「健康ストレッチ教室」に通っている。ある日、係の人に「既に 定員いっぱいなので本日の参加締め切りました」と言われ「代わりにどうですと勧められたのは、「産後ヨーガ」。私、産後32年もたっているんですけど:::。(東京都新宿区・ご遠慮させて頂きました・62歳)」
土日連続して外出しましたので、昨日の夜は眠たくてたまりませんでした。今日は雨ですね。毎日がGWですので、さして気にはならないが、朝日新聞のアンケートですと「GW、出かける予定がありますか」というのに対して「ある 27%」「ない 43%」だという。テレビが騒ぐが、それだけ、外出する人が少ないからだろうか。コメントによれば、GWは「みんなで働きみんなで休む」という企業文化の象徴だという。それは「みんなと一緒でないと休めない」ことを意味し、有給休暇の取得率が5割未満であることを指摘しています。たしかに、そういう実感ですね。
昨日の会議でも、てんかんの人の運転免許に対する正しい情報が伝わっていない危機感が出されました。当事者、家族がきちんと知っていくことが大事だと思いました。それとは、別に、毎日のように事故の報道があります。車社会の見直しが必要ではないかと思います。マイカーを規制し、公共交通機関を過疎地にまで整備する方向に進まないと事故死は減らないように思う。そうしないと、過疎地で運転ができない人たちは生活していけなくなります。それは異常な社会ではないかと思うのですが。
てんかんの運転問題 ① [てんかん]
てんかんの運転問題 ①
毎日のように通学時の子どもが被害にあう交通事故が起きています。てんかんの人の問題も取り上げられていますが、一番混乱しているのは、てんかんだからすべての人が危険だと思われていることです。
「てんかんへの理解が命守る 高山英彦 65歳
京都市で歩行者7人が死亡した事故の容疑者は、てんかんを患っていた 日本てんかん協会では、運転免許取得について①過去5年間に発作がなく、今後発作が起こるおそれがない人②医師が2年間経過観察をし、発作が睡眠中におこり、今後症状の悪化のおそれがない人などが取得でき る、としている。どの場 合においても、医師の診断書が必要という。
てんかんの人は、家族も病気のことを口に出したりできないで悩んでいる場合が多い。就労の機会があっても、正直に申告すれば採用される可能性は極めて少ない。隠して就職しても「いつ発作が起きるだろうか」という不安を抱きながら働かねばならない。 国連のノーマライゼー ションの理念は「ある社会がその構成員のいくらかの人々を締め出すよう な場合、それは弱くてもろい社会なのである」と 指摘している。社会全体で、理解とサポートに取り組まないと事故の再発は防げない。 (大分県日田市・日田商工会議所会頭)2012年4月28日西日本新聞」
奪われた子どもたちの命の重みを考えれば、こうした話を切り出すのはつらいことですが、新聞の投書の方のように実に的確な指摘がありますと、黙して語らずということではいけないのではないかと思いました。どうしたら再発を防止できるか。そこが大きな課題になっています。






