So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン

メッセージ

このブログは障害者問題を中心に退職者の日々の思いや脳梗塞後遺症とのつきあいの日々をつづります。この下の記事からが本文です

クリックすれば
拡大します
img20180918_15201835_0213.jpg


img20180918_15201846_0214.jpg
前の20件 | -

文法もわからない [書く]

 

 

かつて詩を書いていたと知った知人が「それにしては文法がおかしいですね」と言われたことがあります。文法がおかしいのかどうかは分からないまま聞き流しましたが、詩人は文法に習熟しているのだろうかと思ってきました。

 

「大岡信

極まり文句を嫌うとか、ほかの人が使った言葉をそのまま使うことは許されないとか、現代詩独特の現象があるでしょう。それは個性の重視と深くかかわっているのだけれども、そのために、誰でも使っているような言葉が頭に浮ぶと、これは詩の世界のものではなく俗な世界のものだと思って、無理にその言葉を押しつぶしてきたということがある」(『詩の誕生』)

 

大岡氏が指摘するように言葉のこだわりが強いのであれば、詩を書く人の文法も正しく用いられていたのだろう。

 

 

015.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

子どもは泣くのが仕事 [寛容な社会]

 

 

個人が受け入れない範囲を広げているのだと思う。保育所や児童相談所などの反対運動は調整能力を失った地域の寛容なき空気を広げています。

 

「デスク日記

 大分市の図書館。息子が迷子にならないように、歩くと音が鳴るサンダルを履かせていたら「うるさいので脱がせるか、外に出て」と言われた。最近、音楽教室に通い始めた5歳の娘は「これは何の楽器の音?」などと興味津々だが、聴きに行こうと思ったクラシックコンサートは「未就学児は参加不可」だった。ともに自治体の施設や企画。子どもも、一緒に楽しみたい妻も不完全燃焼のようだ。

 子育て支援として、幼児教育や子どもの医療費の無償化など、国や自治体が努力しているのは分かる。ただ、必要なのは経済的支援だけではないだろう。本に親しんだり、生の楽器の音を聴いたりすることも将来に生きるはずだ。

 「子どもの声がうるさい」と保育所の設置が反対された例も各地で相次ぐ。その先にあるのはどんな未来か。世代を超えて人気がある絵本作家、加古里子(かこさとし)さんは「がやがやしてるのが子ども本来の姿」と言っていた。 (岩尾款)=2018/11/11付 西日本新聞朝刊=」

 

私が利用する図書館には児童コーナーがあり、畳が敷いてあります。そんなに長く私はいませんが、気になったことはありません。図書館は静かでなければならないのか。議論が広がることが大切では・・・。

  

 

 

010.JPG

 

 

 

 


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

過去を振り返ると [自分史]

 

 

先月、所属する団体の全国大会が福岡でありました。なつかしい顔に会いましたが、顔を記憶していなくて名乗られたりして申し訳ないことが何人かありました。特に30数年ぶりにお会いした人は、団体が難しい課題を抱えていた時期に共に活動しました。相手も顔の記憶がなかったみたいで別の知り合いを連れて来られました。あの頃のことを思い出すと少しつらくなります。

 それよりもつらくなるのは高校生のときです。今年クラス会がありその報告がありました。年齢を重ね、鬼籍に入った人も増えています。送られた近況報告を見た人から40年ぶりにメールが入りました。高校時代は学校で発作はなく、てんかだということを知っている人はいなかったと思います。老いて過去のことが思い出されますが、振り返りたくないことも少なくないですね。

 

葉室麟氏が藤沢周平氏の作品についてふれたものからです。

 

「藤沢作品の中でも『風の果て』は特に好きだ。どこが好きなのかと言えば、中年にさしかかった男が過去を振り返らざるを得なくなったときの視線に思いがけないほどの温かさがあるからだ。

生きていくことは過酷で、何かを得ていくことは、同時に大切なものを捨てることである。それだけに過去を振り向くのは難しい。自分が見たくないものを見ようとはしない。蹉跌の苦渋やひとを傷つけたかもしれない自らの傲慢さから目をそむけてしまう。しかし、藤沢作品には、たじろがずに過去を振り返るひそやかな強さがある。」『河のほとりで』(葉室麟)

004.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

裁縫箱 [生活]

 

 

「ことばの風景」を楽しく読みました。最終回は裁縫箱でした。母も、妻も、和裁の内職をしていましたので裁縫箱は欠かせません。母は、蚊帳づくりをしていましたのでミシンも同じ光景の中にありました。

 

「ことばの風景 樋口伸子 【さいほうばこ】裁縫箱

古い裁縫箱が出てきた。元は菓子の入った缶箱だが、老兵の貫禄で変色したり変形したり、開ければ ごちゃごちゃ玉手箱。布地に印を付けるチャコや 縫い針、指ぬき、トップが歯車状のルレットなど小物があれこれ。 戦後の街にできた教習所の一つが洋裁学校で近所にもあった。道具類は当時わが家から通った従姉や姉たちの忘れ物か。子どもにはいい遊び道具で指ぬきは人形ごっこの王冠に、 色とりどりの飾り飾り付き待ち針。(略)

くらしの根幹を家庭の衣食住に置いた時代の理想がしのばれる。やがて家庭から生活、くらしへとメディアの情報や用語にも時代の変遷をたどることができる。(略)

10年に少し残して、便利な慣用語に倣えば一身上の都合で降板を願い出ました。(以下略)

(詩人、福岡市)=おわり」(2018918日西日本新聞)

 

029.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

あきらめようとして [脳梗塞]

 

 

先月は図書館に行くのに、妻に送迎してもらいました。夏が終わり、酷暑の影響からか、急激な体力低下に見舞われています。毎回、送迎してもらわないといけなくなれば、図書館でなく移動図書館しか利用できないと思い始めていました。移動図書館だと借りたい本が少なくなります。図書館には1時間1本のバスしかありません。バスの利用法を見直して、これも1時間1本のJR駅までのバスを利用し、コミュニティバスに乗り換える方法があると気づきました。(私鉄までのバスは多いのですが)。今日はその試しの利用でした。コミュニティバスは一律100円。常連らしい障害者だと思った人が、ICカードの利用がコミュニティバスが特殊で乗る時の読み取り機へのタッチと降りるときのタッチを乗る時にしてしまうようになっています。一律運賃だからでしょうか。間違った人がいて彼が指摘していました。彼は施設のあるバス停で下車しました。

図書館の利用はスムーズに行き、時間が余ったのでロビーで読み始めた葉室麟著『河のほとりで』を読み始めました。

 

「『美しくない』歴史に寄り添う

高校一年生のころ、わたしは関節炎で足を痛めて一年間休学し、苦しんでいた。 今年のNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の冒頭シーンを見ていたら、官兵衛が不自由な足を引きずるようにして、小田原城に独りで向かっていた。官兵衛役の岡田准一さんが黒ずくめの具足、陣羽織姿で小田原城内の将兵に向かって「生きられよ」と叫ぶ。その姿を見ていて胸にジンと来た。わたしは高校生のころに読んだ吉川英治作『黒田如水』の文庫本を今も持っている。(略)

官兵衛は荒木村重の有岡城に1年にわたって幽閉される。足が不自由になるのは、牢獄での過酷な暮らしのためだ。

 高校生のわたしは級友たちから取り残されていく焦燥感と、青春時代に特有の自分は思い通りには生きられない、という憂鬱な思いを、牢獄に閉じ込められ、足を悪くした官兵衛

に重ね合わせていた」

 

私もまた脳梗塞の後遺症で最近目立つようになった足の引き摺りのことを思っていました

024.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

ボーっと生きていますが [高齢者]

 

 

「【新語・流行語大賞】2018年ノミネート語 一覧-Yahoo!検索」で知らなかったものは

「おっさんずラブ」。「グレイヘア」「TikTok」です。

「おっさんずラブ」はテレビドラマからだそうですが、ドラマが多い21時以降は年寄りには見る機会が少ないのでは。

GAFA(ガーファ)」は最近知りました。「カメ止め」はタイトル名は覚えていますが、内容は知らない。

印象的なものは「君たちはどう生きるか」は読みました。若き日にどう生きるかという問いを発したのですが、長続きしなかったことが思い出され、君たちに年寄りも含まれているのだと勝手に解釈しています。

「そだねー」「もぐもぐタイム」はほっこり感がたまりません。私の大賞候補です。

「#MeTooは新しい時代の動きを感じました。

「ボーっと生きてんじゃねえよ!」は刺激を受けました。ボーっと生きていますが、叱られることで免罪してもらっているように感じます。

019.JPG

nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

自立を強いられて [障害者福祉]

 

 

障害者総合支援法の前は障害者自立支援法でした。自立せろということでその支援だけをするという露骨な悪法でした。今も中身は変わっていません。自立とは依存先を増やすことと対立していくのでしょうか。

 

「『自立とは依存先を増やすことである』

 脳性まひの小児科医である熊谷晋一郎さんは、障害者の自立について興味深い定義をして います。すなわち、「自立とは依存先を増やすことである」と。自立というと、依存を少な くしていきゼロにすることだと思いがちです。しかし、熊谷さんはそうではないといいます。

周りの人から切り離されることではなく、さまざまな依存可能性をうまく使いこなすことこそが、障害者の自立である、と。

私が見えない人に感じる「乗る」ことのうまさは、もしかすると、こうした障害者ならではの生き方と関係しているのかもしれません。いや、熊谷さんが言うように、健常者だって本当はいろいろなものに依存して生きています。自分が口にしている食べ物を育てた人やそれを運んだ人、いま歩いている道を整備した 人など、数えればきりがないほど多くの人に、私たちの生活は依存しています。健常者=自立している人、と思いがちですが、その実態は「自立しているフリ」をしているだけなのです。そう考えると、周囲のサポートをうまく生かしながら生きている障害者とは、むしろ「依存のスペシャリスト」であるといえます。」(『目の見えない人は世界をどう見ているのか』)

 

015.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

1枚の写真が [平和]

 

 

201898日西日本新聞の投稿欄からです。

1枚の写真は私の脳裏にもあります。

 

「紛争はいつも 子ともが犠牲  66

「焼き場に立つ少年」(815日付朝刊)の写真はとても心に残る一枚です。何年か前にも2度ほど取り上げられています。その時、撮影者のジョー・オダネル氏はこの少年を捜して来日されていました。亡き幼い弟を背負って直立不動で火葬の順番を待つ少年。深い悲しみを感じます。この少年は現代まで生き抜いたのでしょうか。それが気がかりです。 戦争はいろんな人の人生を台無しにします。私の父も南方戦線に駆り出されました。それを知らぬ私などが語ることは許されません。紛争は現代でも絶えません。いつも子どもたちが犠牲になります。テレビで「駅の子」と呼ばれた戦争孤児の番組を見ました。その数12万人に達 したといいます。軍歌では出ない自由な歌が流れ、美食にも酔う現代。いつの世も平和な日々であってほしいと思います。」

 

平和な世の中で何かが変わりつつあります。それは日本人がどこかに忘れたものかもしれないとみんなで考える時期のように感じます。

 

 「権力ある者の ギブ・ミーは  47

終戦後「ギブ・ミー」に続く言葉はチョヨレートだった。投げられたものを拾って手にする屈辱感を我慢しても、突き上げるような空腹は抑えられない。欲しがる気持ちを我慢しなくてもよくなったことに喜びを感じた方もおられただろう。平成で「ギブ・ミー」の後に一番多く叫ばれたのは「ワーク(work)」「ジョブ(job)」ではなかったか。「仕事をください」。 庶民の可処分所得が増えない好景気が続いている間、 仕事を欲しがっていた障害者の雇用率が国や自治体で は水増しされていた。 権力のある者が「ギブ・ ミー」と叫ぶと歯車が狂う。 「ギブ・ミー・ステアリン グ」と、国のかじ取りをあと3年延長したいと安倍首相は述べたが、外交や内政 の成果以前に政治家としての資質の問題がいまだ置き去りにされている。それでも欲しがる。勝つまでは諦めない。国民が欲するものと首相が望むものが一致しないまま、2021年までこの国を任せるべきか、問題だ。」

 

010.JPG

 


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

遠距離介護 [介護]

 

 

 

「(声)月1は「幸せ」遠距離介護の現実 51歳 2018115日朝日新聞

 「認知症になっても続く『正解のない日常』ひとり娘が映画にした理由」というデジタル版withnewsの記事を読みました。私も今、神奈川に住み仙台にいる両親の世話をするため、月1回通っています。

 月1回で済んでいるのは、両親ともにまだまだ「マシ」だからです。でも果たしてこれを「マシ」と言っていいのか。何とかなっている状態に「幸せ」を感じなくてはならないことに疑問を感じています。

 私たちは超高齢社会をもっと真剣に考えなくてはならないと思います。介護離職せざるを得ない家族、介護現場の人手不足、お金がなければどうしようもない老後……。多くの人がうちのめされている現実を、既存のメディアはなぜ取り上げないのか、と感じているのは私だけでしょうか。

 正しい情報を、高齢者やその周りの人たち誰もが共有できる社会にしていく必要性を感じています。人生の最後に待つのは絶望だなんて考えたくありません。」

 

同感です。消費税は福祉に使うと言ったのに公共事業などにも使われています。増税の便利な道具になっているようにか見えない。

 

 

003.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

サプリメントも [高齢者]

 

 

私も取り落とすことが増えてきました。

 

「転がりにくい 錠剤がほしい  80

 最近モノをつかんだり、つまんだりしたときに取り落とすことが多くなりました。年齢のせいで指先がすり減り、感覚も鈍ったせいでしょう。服用するため取り出した丸い錠剤を床に落としたときは最悪です。丸い錠剤は床の上をとめどなく転がり、捜し出すのにひと苦労です。 錠剤の丸い形状にはそれなりの理由があるのでしょうし、これまで特に疑問に思ったことはありませんでした。しかし、服用する利用者としては不都合もあり、転がりにくい形状にする余地はないものかと思うこともあります。

福居篤子さん(第一薬科大卒)が開発された「服薬補助ゼリー」で高齢者や子どもが大いに助かっていると聞きます。薬局では何種類も錠剤を受け取っている人をよく見かけますが、取

り出すときに転がさないかと余計なことが心配になります。転がりにくい錠剤ができれば利用者は大変助かります。ぜいたくな望みでしようか。」(2018113日西日本新聞)

 

私はサプリメントを利用していますが落とすことが増えてきました。転がりにくいものは無理なのでしょうか

007.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

筑紫野147号より [読書]

img20181107_14024788_0269.jpg
クリックすると拡大します

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

鎮魂の旅とは違うもの [平和]

 

 

新聞の投稿欄からです。

 

「(声)靖国集団参拝に父の一礼を思う 62歳 20181025日朝日新聞

 18日、靖国神社の秋季例大祭に国会議員71人が参拝した。なぜ集団で参拝するのかわからない。単なるパフォーマンスなのかもしれない。

 先の大戦で、母は弟(私にとっては叔父)をガダルカナル島で亡くしている。後年、認知症になり、子どものことはわからなくなっても、弟のことを最後まで心配してこの世を去った。遺品整理で、ガダルカナル島玉砕に関する新聞記事の切り抜きを多数見つけた。

 一方、父は軍需工場で米軍の攻撃にあったが、かろうじて生き残った。自分が生き残ったことに苦しんでいたのかもしれない。近所にある英霊の御霊(みたま)を祀(まつ)る祠(ほこら)の前を通ると必ず深々と一礼していた。私が大学の時、広島へ行きたいと言うので、一緒に行ったことがある。その後、父は聴力を失いながらも、沖縄へも1人で行っている。父は鎮魂の旅に出たのだと私は気づいた。

 戦争について両親は何も私に語らなかった。だが当事者だからこその、何かそっと訴えるものがあったような気がする。いくら政治家が声を大にしても、胸には響かない。戦争体験者を失うことは、国家の平和を失うような気がしてならない。」

 

当事者の声が届いているのだろうか。

019.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

高度成長の陰に [社会]

 

 

「コラム  デスク日記

  「倒れた仲間のキャップランプがかすかに揺れた。ホタルのようだった」。彼らのヘルメットにチョークで印をつけながら数えると、300人ほどになったという。ガスでかすんだ坑道を救助に向かった炭鉱マンは、目の前で起きた事実を理解できなかった。

 1963年11月9日、福岡県大牟田市の三井三池炭鉱三川鉱で炭じん爆発事故が起きた。458人が亡くなり、839人が一酸化炭素(CO)中毒になった。話を聞いたこの炭鉱マンも、COを長時間吸ったため精神や記憶に障害が出た。事故直後に子どもが生まれたが、記憶がない。

 「起こるべくして起きた爆発が夫の人間性を壊し、普通の暮らしを奪った」と別の炭鉱マンの妻は話す。爆発の原因は坑道に堆積した炭じんの放置だった。「会社が清掃していたら…」の言葉が耳に残る。働く者の命より生産性重視が招いた災害。繰り返さないためにも、忘れてはならない。 (菊地俊哉)=2018/11/01付 西日本新聞=」

 

1963年は私が高校を卒業し、働き始めた年です。工業高校でしたので就職試験は学校に面接官がきて決めていくという時代でした。私が働くことにしたところは夏休みに見学すれば内定がでるというものでした。高度成長を支える人が不足していたのです。三池炭鉱で大きな争議があり、労働者側が敗北した後の爆発事故でした。今も後遺症に苦しむ人がいたと思います。

014.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

小さな空 [社会]

 

 

20181030日西日本新聞の空をテーマにした投稿からです

 

昔、肺結核で入院していた父のところに母に連れて行ってもらった。感染するといけないと言われていたが、病室の入り口まで行った。そこには空を眺める父がいました。

 

「病床で眺めた 父の思いとは  50

 父と眺めたそれは、とても小さな空だった。 病室のベッドの上。もはや食事ものどを通らず、体を起こすこともできない父がいた。せめて痛みがやわらぐようにと体をさすり、 静かに声をかける。反応がなければ心配になり、返事があればあったで、か細い声に悲しみが込み上げてき た。 その日は薬が効いていたのか、珍しく穏やかな表情をしていた。暖かな日差しに誘われ、窓を少し開けてみた。父と同じ目線になり「きれいな青空よ」と声をかけると、父の頭が静かに動いた。四角に切り取られた空を、しばらく2人で眺めた。会話は何もなかった。

春の日差しが漂い始めた空を父はどんな思いで眺めていたのだろう。そして私は、その父の横顔をしっかりと目に焼き付けていた。数日後、父が空へと旅立った日、私はひとり空を見

上げた。」

 

戦争体験の記憶はありません。傷痍軍人の服装だけは記憶しています。

 

「銀色に輝く姿 敵機と知らず 87

14歳だった。あの日の空は、素晴らしく青く澄んで いた。たまたま外にいた私は飛行機の音に気付き、目をやると東の空から編隊を組んで6機が山越えして飛び出してきた。空高く銀色 に輝く美しい姿。近くの人たちに声をかけ、見上げて いた 「日本にもあんな立派な 飛行機があったとバイね。知らんかった。すごいね」。 西の空に消えるまで眺めた。その時、天地をひっくり返すような爆音と、真っ黒い煙が上がった。あまりにも悠々と飛んでいったB29を敵機とも知らず、わが国の飛行機だと思っていたのです。

急に鳴りだした空襲警報の鐘の乱れ打ちに青くなりました。西の、あのあたりは大刀洗飛行場か、久留米の町かと案じたものです。私が住む所は筑後平野の農村地帯(現福岡県うきは市)で、空襲の怖さは知らずに幸いでした。七十数年過ぎた今も雲一つない空を見るとあの日のことが思い出されます。」

 

秋の青空は美しい。

 

「青空を仰ごう 力をもらおう  73

青空が青空をしている。それがどこまでも広がっている。それを仰いでいられることがうれしい。今朝からずっとうれしがっている。青空はいつも青空をして広がっていたはずなの に、それが見えないできたのだ。今朝はそれが見えて いる。それから力をもらっている。青空が青いという事実に感動を覚えている。ここまできたのだ。ここまでくるまでに明暗が百万遍織り成した。つらいこと、悲しいこと、苦しいことが大波小波になって襲いかかって

きた。過ちを無数に繰り返した。そこを通ってきた。

通り抜けできた。暗闇を抜けたので青空へきた。人は この道を歩む。 人生を捨ててしまおうとする若者がいる。新聞でそれを読む。悲しくなる。ああ、私にもそんなころがあったなあと思う。青空が広がっていても力をもらうことがながった。結果的だが、わたしは捨てなかった。そしてここへきている。青い青空をうれしく眺めている。」

008.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

盃状穴の正体は [歴史]

 

 

今年の3月に書いたものです。30日の新聞で水城か小水城の門扉と礎石だという。

 

「盃状穴を知る [歴史散歩]

本日の話題は盃状穴です。

散歩していたら大野城市の上大利にある「老松神社」に出ました。「老松神社」の祭神は菅原道真公だそうです。近くには「老松神社」が2か所あります。ここに寄ったのは2度目ですが、今回、「盃状穴」(はいじょうけつ)という手洗い石の説明板に気づきました。

 

「「盃状穴」とは、盃のような形に石を彫りくぼめた小さな穴のことをいいます。古くは旧石器時代の北ヨーロッパの遺跡から発見されています。日本では弥生時代から古墳時代の遺跡で見られることがあります。

盃状穴の性格については、その形が抽象化された女性のシンボルと理解され、新しい生命の芽生え、産物の豊かな実り、また、死者の蘇生を願う呪術的な意味を持つものといわれていまます。

ところで、日本では江戸時代以降でも西日本のかなり広い地域で神社や寺の境内の手洗い石、石灯篭、道端の道しるべなどに同じようなものが彫られていることがあります。これら江戸時代以降の盃状穴の性格は、弥生時代から古墳時代のものとは別のものと考えられますが、神社や寺などに多く見られることから何らかの民間信仰に基づいて作られているものと思われます。しかし、具体的なことについては解明されていません。

上大利老松神社の手洗い石にみられる盃状穴も、この地方の民間信仰に基づいて作られたものと思われます。市内で数件発見されているものの中でも代表的なものです。

平成六年八月一七日

大野城市教員委員会」

 

別の資料よれば上大利を含む下大利一帯は安楽寺天満宮(京都市)の荘園であったそうです。その関係で神社ができたようですが、盃状穴については良く分かっていないようです。

2018-03-19

 

20181030日の西日本新聞の記事です。

 

「城門の礎石と確認 上大利老松神社の石

大野城市教育委員会ふるさと文化財課は29日、同市上大利の上大利老松神社にある石を古代城門の礎石と確認したと発表した。近くに664年築造とされる国特別史跡の「水城」と「小水城」があり、いずれかの掘っ立て柱型式城門に使われた可能性が高いという。

礎石と確認された石(長辺約105センチ、厚さ最大49センチ)は表面に数センチから十数センチの浅い穴(盃状穴)と門扉受け穴(直径19センチ)などがある。これまでに確認された別の掘っ立て柱型式の城門礎石と似ており、識者から「城門礎石に間違いない」とお墨付きを得たという。同課によると、水城跡から過去に7点の礎石(うち城門礎石は6)が確認さ

れている。「今回の城門礎石は水城跡や大野城跡でも最古式とみられる。水域か小水域のどちらかに据えられた可能性が高いが、現時点では不明」としている。(以下略)」

 

016.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

点字資料が間に合わない [障がい者問題]

 

 

障害者団体の会合をしている時に点字資料が間に合わないことが多い。ひとつは、資料を点訳するのに時間がかかるので間に合わない。ふたつめは、会議資料が当日より4日程度(私の場合)前にはできていないと間に合わない。三つ目は、会議資料のどの範囲まで点訳したらよいのかの判断。膨大なものになる負担と視覚障害者の理解をそこなう分かれ目の判断が難しい。

 

「見えない人=点字」という誤解

「見えない人の特別でなさ」について、ひとつ例をあげましょう。彼らの触覚についてです。 「見えない人は点字を触れるんだから、何でも触れば分かるんだろう、すごいな」。私 も見えない人と関わるまでは、そんなふうに思っていました。見えない人といえば点字、点字といえば触覚。見える人はついついそんな方程式をイメージしがちです。(略)

見えない人の中で点字が読める人はわずか一割程度しかいないのです。この低識字率の理由のひとつには点字を習得することの難しさがあげられます。英語を小さいうちに学んでおくとLRの発音が上手にできるようになるなんて言い ますが、同じように、点字も小学校高学年くらいまでに習わないと、なかなか速く読めるレベルに達することができないと言われています」(「目の見えない人は世界をどう見ているのか」)

誰もが読める訳ではないという。さらに「読めたとしても自分で点字を打つとなるとさらに大変だという。」という。

 

 

016.JPG

 


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

さざなみ福祉会の年末の販売 ご支援のお願い [作業所]

障害者支援施設を運営しています

売り上げから利用者の賃金などになります

クリックすると画像は広がります

img20181102_13545489_0264.jpg

img20181102_13545522_0268.jpg
img20181102_13545512_0267.jpg
img20181102_13545506_0266.jpg
img20181102_13545495_0265.jpg


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

自己責任論もありますが [ジャーナリズム]

 

 

「(声)ジャーナリストの使命考えた 18歳 20181028日朝日新聞

 ジャーナリストの安田純平さんが、シリアの過激派組織による拘束から解放された。私は、日本政府がシリアへの渡航はやめてくださいと退避勧告を出していたのにもかかわらず、どうして行ったのか疑問でならなかった。しかしそこには多くの人々に伝えなくてはならない状況があった。

 私がインターネットなどで調べただけでも、アサド政権の政府軍は町を破壊するような空爆や砲撃を続けているらしい。負傷した人々を助けようとする医療従事者も狙撃し、病院や食糧庫やパン工場も攻撃され、生活物資も止められたという。人々が逃げようにも、反政府勢力の活動をしている地域の出身だというだけで身柄を拘束される状況にあるらしい。このことから状況は非常に切迫しているに違いない。そのアサド政権の反勢力が拠点とするイドリブ県で安田さんは拘束された。

 シリアで何が起きているのかといった情報は、日本のメディアではなかなか報道されない。紛争地の人々の苦しみを伝えようと果敢に挑み続けた安田さんの姿勢は、非難されるどころか、たたえるべきことなのではないかと思う。」

 

私はダルビッシュの指摘に同意しました。

 

「ダルビッシュ投手は約80万人が死亡したとされる1994年のルワンダ大虐殺を例に「危険な地域に行って拘束されたのなら自業自得だ!と言っている人たちにはルワンダで起きたことを勉強してみてください。誰も来ないとどうなるかということがよくわかります」などとつづった。(共同)(一部引用)毎日新聞」

 

福島原発が破壊されたときにマスコミは撤退を指示した。多くの人には正確な情報は届かなくなりました。そんなことを思い出しました。危険な所に行ったのだから自己責任という。

 

ダルビッシュ氏は次のように言っているという。

 

「 ダルビッシュ投手は約80万人が死亡したとされる1994年のルワンダ大虐殺を例に「危険な地域に行って拘束されたのなら自業自得だ!と言っている人たちにはルワンダで起きたことを勉強してみてください。誰も来ないとどうなるかということがよくわかります」などとつづった。(共同)(一部引用)毎日新聞」

別のネットニュースでは次のように語っているという。深い話だと思います。

「一人の命が助かったのだから、自分は本当に良かったなぁと思います。自己責任なんて身の回りに溢れているわけで、あなたが文句をいう時もそれは無力さからくる自己責任でしょう。皆、無力さと常に対峙しながら生きるわけで。人類助け合って生きればいいと思います」

010.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

自動車中心の道路で良いのか [寛容な社会]

 

 

クラクションに驚くことが増えた。低速で追い越していくハイブリッド車は音が少ない。車一台程度が通行できる道路。散歩していると不便なことがあります。そこにクラクションを鳴らされると驚きます。

 

クラクション 軽快な音色に 63

 高い買い物だと思いながらも、ハイブリッド車に買い替えた。驚いたのはそのエンジン音。とても静かで、運転している私でさえ「え ?これ動いているの?」 と疑ってみたくなる。 しかし、この静かさゆえに困っている。高齢の歩行者や自転車に気付いてもらえないのだ。特に狭い路地 で高齢者を追い越す時は気を使う。転ばないように足元に気を配りながら進んで いる人は、何もなければ後ろを振り向きはしないようだ。 先日、近づいても気付いてもらえず軽くクラクションを鳴らした。このクラクション、力加減が難しい。弱ければ鳴らない。強ければ脅しだ。そんなつもりはなかった私だが、けっこうな音がした。相手の方とお互いペこペこと頭を下げ合った。高齢者向けに、クラクションの他にも、自転車のベルのようなチリンチリンという音や、軽快なメロディー音があったらいいなと思いながら車を走らせている。」(20181027日西日本新聞)

 

私は車を運転しないので運転する人の気持ちは分かりませんでした。でも、ペコペコしていく人はほとんど見かけません。自動車中心の信号にも不満です。道路は人間のためにあるという意識が低いように思うけどどうでしょうょうか。

001.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

介護者のリフレッシュは [介護]

 

 

「老老介護には サポート必要 96

 80代夫婦無理心中か」の記事(822日付朝刊) を見て心が痛む。私も認知症の妻の面倒を見ており、その心情は理解できる。子どもたちには大きな悔いが残るだろう。近くにいる娘が会社の行き帰りに必ず立ち寄り、アドバイスをしてくれる。私の息抜きに週3回のデイサービスを利用、役所や施設小利用の手続きもしてくれる。私のせっかちな性格を心配し「お母さんに何かあっても、お父さんの責任やないよ」と気休めでも慰めてくれる。妻がリハビリに 行った間が私のリフレッシュの時間だ。 何かと雑用に追われるが、精神的には癒やされて いる。高齢社会で私と同じ 境遇の方もいると思うが、 だれも決して体調は万全ではない。限度を超えて頑張ると理性のコントロールを失い、思いがけない事故を起こす。地域の方の力を借り、パートナーを介護してやることが、縁あって赤い糸で結ばれた者の務めではなかろうか。シニアの皆さん、人ごとではありませんよ。」(201891日西日本新聞)

 

介護者のリフレッシュが必要だが、介護されるほうも消耗していると阿川佐和子さんの対談本に書かれています。介護者も素人だからうまく介助できないのが当たり前だという。

012.JPG

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感
前の20件 | -