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このブログは障害者問題を中心に退職者の日々の思いや脳梗塞後遺症とのつきあいの日々をつづります。この下の記事からが本文です

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前の20件 | -

「詩のはじまりは」 [読書]

 

 

新聞のコラムからです。

 

「風向計 子どもだった大人へ 江田 一久2019/7/10 西日本新聞 

「詩のはじまりは、神さまへのおいのりだった」

 最近、この言葉に出合って「なるほど、そうかもしれない」とうれしくなった。神さまに近いのは、きっと、大人よりも子ども。時には真っすぐに、時には遠慮がちに、自分なりの神さまを信じて、お願いすることができる。

 本紙朝刊の子ども向け紙面「もの知りこどもタイムズ」の中にある、「詩の芽」というコーナー(毎月第2、第4水曜掲載)を読んでいただいているだろうか。子どもたちが家族や友だちなどのことをつづった詩を紹介している。

 ちょうど、きょう10日付のテーマは「七夕」。北九州市の小3の男子は、織女の星と牽牛(けんぎゅう)の星が1年に1度だけ会えるという伝説を知って、こう書いた。

 <会えたときのうれしさは/とても大きいあまの川/きらきら光るうれしさだ。>

 また、福岡市の小5の女子は<わたしの願い事には限りがない>と正直に明かした上で、最後をこう締めくくっている。

 <でもやっぱり一番は/おじいちゃんの病気治るといいな>

 そもそも「詩」って何だろう。気になって辞書を引くと「心に感じたことを、一定のひびきをもったことばでリズムをもたせて表した文」(旺文社標準国語辞典)などとある。確かにそうだが、もっと味のある説明はないか。探していたら、詩人茨木のり子さん(19262006)が残した次の文章に出合った。

 「言葉が離陸の瞬間を持っていないものは、詩とはいえません。(中略)重装備でじりじり地を這(は)い、登山するのが散文なら、地を蹴り宙を飛行するのが詩ともいえます」(岩波ジュニア新書「詩のこころを読む」)(以下略)」

 

パソコンの横の書棚に古びた表紙の「詩のこころを読む」を読んでみるか。


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ニヒリズム任せでいいのか [ジャーナリズム]

 

 

新聞のコラムからです。

「月いちコラム 政治に漂う「悪臭」

参院選の投票まで1週間。メディアは選挙期間中の「定食メニュー」のように大学生の声を拾ってはいるが、多くの若い人が政治に親近感を持っていないのは誰もが知っていることだろう。知り合いの学生は「政治には悪臭が漂う」とまで言う。 自民党の横柄さや野党の力不足などという、言い尽くされた領域の話ではない。恥ずかしげもなく美辞麗句を口にしてしまう、言い換えればリアリズムを無視した政治家の姿勢に悪臭を感じているのだ。「年金の100年安心?持続可能な社会の実現?うそでしょ。最近の話で唯一、真実味があったのは、老後には2千万円の蓄えが必要だということです」。この学生に言わせれば、無力な野党も、論評するだけのメディアも同じ穴のむじなでしかない。 学生たちはリアリズムと向き合う。超高齢化と人口減による地域の衰退は厳密な「数字」が教えてくれるし、「これからの社会では終身雇用は無理」という産業界からの言葉におびえを持って反応する。(以下略)(九大本紙寄付講座教授・田端良成)」(2019714日西日本新聞)

 

与野党の政治スタンスに対する批判など聞くべき意見ではありますが、高齢化と人口減はマイナス材料でしかないのか。「無力な野党も、論評するだけのメディアも同じ穴のむじなでしかない。」ということは問題の本質を巧みに避けているのではないか。そんな気がした。


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在宅介護の問題 [介護]

 

 

在宅介護を続けるためには介護する側の健康は大前提になりますが・・・。

 

「『在宅』を続けるためには 介護する側も健康管理を

 自宅で家族を介護する人たちには、介護疲れや自身の体調に不安を覚えてから、要介護者を特別養護老人ホーム(特養)などの施設に入所させるかどうかを悩むケースが少なくない。介護を優先するあまりに自身の健康管理に目がいかない傾向もあり、専門家は在宅介護を続けるためには定期的な健診受診と、あらかじめ施設入所への備えをしておくことが必要と指摘する。()

 日本福祉大中央福祉専門学校(名古屋市)専任教員で、介護の問題に詳しい渡辺哲雄さん(68)は、施設入所のタイミングは、本人の状態、家族の介護力などで変わると指摘。「本人の気持ちを聞きながら、一緒に考えてほしい。本人に合った施設を探すためにも、ケアマネジャーなど、各地域の施設の実情をよく知っている人に相談してみるのも大事」と話す。

 (出口有紀)2019710()中日新聞 」

 

そうはいっても介護する側も高齢者が多い。病は注意していても勝手にやってきます。そのためにも、いざという備えが必要な気がします。


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「バル」をめぐって [歴史]

 

 

福岡には地名につく「原」を「バル」と読ませることが多い。「春日原」(カスガバル)白木原(シラキバル)というように。福岡県だけでも30か所近くあるという。ところが狩俣繁久氏は北部九州の「バル」と似たようなつながりが琉球に存在するという。(2019712日西日本新聞)。沖縄でも与那原(ヨナバル)南風原(ハエバル)などがあるという。狩俣氏は「居住地から離れた南(フェー)にある耕作地(ハル)をフェーバル(南風原)と名付け」たと、言うようにそのつながりとして紹介しています。随分昔、朝鮮半島との関連があるとの指摘があったのを記憶しています。ハングルとの関係を重視する人たちもいるようです。

だが、地名として「バル」と読ませるのは北部九州に限らず、九州、沖縄に分布しているという。

因みに、春日原、白木原ともに電車の高架工事が進み、雑餉隈から下大利まで高架化が完了すれば、街の様相が変わってしまうかもしれません。

 

 

 


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社会通念との闘い? [寛容な社会]

 

 

苦痛を強いる必要はないと思うが、社会が制服の一部のように強いているのだろうか。

そういう規制のある職場でなかったので関心が薄い。靴も気になりますが、リクルートスーツが不気味です。集団化されているようで。こちらも社会通念から外れてもいいのでは。

 

「コラム 風向計 #KuTooが挑む社会通念 新西ましほ2019/7/9 10:30  西日本新聞

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 女性が職場でパンプスやヒールのある靴を履くよう強いられることに異議を唱える運動「#KuToo」。セクハラを告発する「#MeToo」になぞらえ、「靴」と「苦痛」を掛け合わせた言葉だ。

 女優でライターの石川優実さん(32)が呼び掛け、ネット上の署名活動が始まり、先月、性差別だとして強制を法で禁じるよう求める要望書が厚生労働省に提出された。

 運動を知った時、「声を上げてよかったんだ」とハッとした。個人的にはヒールのある靴は好きだ。だが、仕事をする上では働きやすさが一番。身体に苦痛を感じながら働かなければならない慣習なんておかしい。連日歩き回る就職活動でもマナーとしてパンプスが必須なのか。

 「#KuToo」には多くの共感が寄せられ、賛同署名は3万筆を超えた。一方で、ネット上で石川さんに対する理不尽なバッシングが起きた。「ヒールを履くなと言うのか」「男性もスーツや革靴を我慢している」「会社に直接言えばいい」。意図せぬ方向から非難が相次ぎ、彼女のバイト先を突き止めようとする動きまで出て、運動のきっかけとなった葬儀社での仕事を辞める事態に追い込まれた。

 石川さんは「履きたい人を否定しているわけじゃない。男性と同じように、ヒールのない靴を履く選択肢を女性にも与えてほしいだけ」と訴える。苦しんでいても声を上げられない個人に代わって、政府から企業に働き掛けてほしい-そんな思いで活動を続けてきたという。

 国会で、パンプスの義務付けはハラスメントに当たるかを問われた根本匠厚労相は「社会通念に照らして業務上必要かつ相当な範囲を超えているかどうか」と繰り返し答弁した。では、業務上パンプスが「必要」な仕事がどれだけあるだろう。女性だけに足腰を痛める靴の着用を求めるのが「社会通念」だとしたら、厚労省は率先してその改革に取り組むべきではないか。

 来年就航する航空会社「ZIPAIR Tokyo(ジップエア トーキョー)」は客室乗務員の制服にスニーカーを採用する。就活で自分に合う靴を履くよう呼び掛ける企業も出てきた。「#KuToo」が時代錯誤の社会通念を変えていく力に、と期待している。 (東京報道部)

 

 

 

 


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マスクが隠しているもの [寛容な社会]

 

 

最近読んだ「トリニティ」にこんな風景が描かれています。

 

「地下道は人が多く人の流れも速い。「大丈夫?」 奈帆に聞くと無言で頷く。何度か鈴子の体に後ろから追い越していく人たちのバッグや荷物がぶつかったが、あやまる人は誰もいない。奈帆のようにマスクをしている人も多い。今では違和感すら覚えなくなったが、東京の冬がこんなにマスクの人だらけになったのはなぜなんだろう。皆が皆、風邪をひいているわけでもないだろうに。 私鉄ホームから急行の電車に乗った。奈帆が出かける前に言ったとおり、たしかにそれほど遠くはなかった。鈴子と奈帆が乗り込むとすぐに電車の扉が閉まり、暗いトンネルの中を 進んで行く。」

 

今は東京だけにマスクの人が多いのではない。テレビでも特集ニュースで取り上げていました。花粉症対策・風邪予防だけでなくファッションになっているようです。なにか、自己防衛をしているようにも見えます。顔認証システムが広がりつつあります。人と人、人とモノがぶつかって謝ることもない社会というものは、日本全体をどのように仕上げているのでしょうか。


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動物の血 [読書]

人間の本性 (幻冬舎新書)

人間の本性 (幻冬舎新書)

  • 作者: 丹羽 宇一郎
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2019/05/30
  • メディア: 新書

 

凄惨な事件が絶えません。すると、人間としての理性なるものが信用できなくなります。それでも、理性の血を増やそうと努めているのでしょうか。『人間の本性』丹羽宇一郎著では、次のように指摘しています。

 

「生物進化の歴史を辿れば、生命が誕生したのか38億年前、人類の直接の祖先で新人類が誕生したのが20万年前、()

「動物の血」のほうが「理性の血」に比べれば歴史が圧倒的に長くそれゆえ強靭といえます。

「動物の血」を抑え、コントロールしようとする「理性の血」は、いざとなれば簡単に 消えてしまうでしょう。他人を顧みない自分勝手な行動をしたり、自分の利益のために人を踏みにじったり、嘘をついたり・・・。そんな「動物の血」は、常に「理性の血」の下をマグマのように流れているのです」

 

進化の過程での時間差があるとすれば、これは容易なことではありません。その前に地球が存亡の危機を迎えそうですが。温暖化・核兵器・原発・・・・。

 


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怒る人の理由 [寛容な社会]

 

 

電車接続駅のバス停はほとんどが到着後折り返し始発となります。降車が終わらないと乗り口の扉も開きません。そして、多くのバスで支払いに手間取る客がいます。

 

「デスク日記 2019/7/8西日本新聞 社会面

 「早くしないか。こっちは急いでんだよ」。通勤バスの中、突然、怒鳴り声が響いた。23分はそうしているだろうか。料金箱の前にはバッグを広げ、財布を探すおばあちゃん。心ない怒鳴り声はさらに続いた。「何分待たせるんだ。お金がないなら、俺が払ってやろうか」

 収まる気配もなく、見かねて後ろから「やかましい」と一喝した。振り返ったのは、70歳を超えようかという高齢男性。当然、怒りの矛先はこちらへ。「田舎者のくせに何だ」「俺はけんかが強いんだ」。聞くに堪えない雑言が続く。引くに引けず「暴走老人」をやり込めるのに10分余り。

 高齢者相手に、さすがに大人げなかったかと反省しつつも、バスを降りる際、運転手さんに「ありがとうございました」と、声を掛けられたのが唯一の救い。事の次第を妻に話したところ、「怒りすぎ、あなたも予備軍じゃないの」の一言に、うなだれるしかなかった。 (下本地正人)」

 

お年寄りの買い物客が多い昼間のバスでは乗降はゆったりと流れます。時にはせっかちな人もいますが、お年寄り中心の車内は動揺しません。でも、通勤時の「渋滞」は多くの人に影響します。運転手の判断で不足金額を渡して後のバスなどで支払うなど、何かいい知恵はないものでしょうか。

 

 

 


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物の見方・考え方を [寛容な社会]

 

 

 

『生死の覚悟』高村薫 南直哉著でも次世代の「思想の訓練」が課題し指摘されています・

 

「南

ただ、個人的な漠然とした感情でしかありませんが、私より下の世代になると、宗教や哲学といった考えるツールを自分で発見する、あるいは発見させるように仕向ける 装置みたいなものが、社会的に劣化していると思いませんか。

 高村

そう思います。ツールとおっしゃいましたが、ある種の訓練ではないでしょうか。例えば哲学ですとソクラテスからきちんと読んでいって、現代哲学に至る。これは思想 の訓練です。その訓練を受けていると、あることを考えるときに自分で入り口を見つけることができる。入り口さえわかれば、その先にも進んでいけますが、訓練ができていないと難しい。

それがバブルあたりを境に強烈に衰弱したような気がしてなりませんね。だからオウムのような単純な仕掛けにあれだけなびいてしまう。いくら知性が高くても、訓練していない部分をまともに突かれたら、抵抗のしようがありません。」

 

私が痛感したのは、インターネットの端末化していく中で、人間の在り方を学ぶ「物の見方・考え方」を学ぶ機会が奪われていったのではないかということです。それは若い人の責任というより、伝承してこなかった私たち年寄りの責任のように思います。そこを突かれて日本の右傾化は勢いを増していっているのではないかと???。


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市民の一人として [認知症]

 

 

過日、NHK「目撃にっぽん」で認知症の母と暮らすタクシードライバーで歌人の息子との生活が放送された。見終わって、あったかーい気持ちになりました。だが、途中テレビ体操で10分間見られませんでした。再放送があると調べたのですが、ないそうです。オンデマンドで見るしかない。そんなに稼ぎたいのかと邪推をしてしまいました。

 

「社説・コラム 風向計

認知症と生きる「希望」 吉田 賢治2019/7/6 西日本新聞

 「認知症」と聞いて、多くの人が抱くのはネガティブな印象かもしれない。自分は関係ないと思う人も多かろう。かくいう私も、その一人だった。1人暮らしの伯母が認知症だ。遠方の一人娘が空路で通い、成年後見制度や入退院の手続きに追われていると知った時も「大変そうだなあ」と、どこか人ごとだった。

 とはいえ私が住む福岡県大牟田市は、認知症の人を地域で見守る運動に取り組む全国注視の先進地。連絡が取れなくなった認知症高齢者を捜し保護する模擬訓練の取材などを通し、支援の必要性や課題は理解していたはずだった。先日、市内であった認知症当事者たちが壇上に並ぶシンポジウムを聴講するまでは-。

 4070代の4人は「認知症と診断された時は絶望を感じた」と異口同音に語った。それでも今は他の当事者を支援する側に回り、各地で講演もする。そんな姿に、一緒に登壇した大学生が感想を求められ「一番大切な人の名前さえ忘れるとか負のイメージがあったけど、普通じゃん」と率直に語った。それを機にシンポは本質に迫っていった。

 「私は普通じゃない」と胸中を吐露したのは、6年前に39歳でアルツハイマー型認知症と診断された仙台市の丹野智文さん。勤務先の自動車販売会社への道順も、上司の顔も忘れてしまう。「でも、さまざまに工夫しながら仕事を続けている」「優しさで周囲が何でもやってあげることが、逆に私たちの生きづらさにつながる面もある」

 5年前に51歳で認知症と診断された長崎県佐世保市の福田人志さんは、絵を描くのが好きだ。ただ、作品発表の場は決まって「認知症の人のコーナー」と嘆く。「認知症の福田人志と、ひとくくりにされるのは好きではない」

 行方不明と届け出があった、認知症かその疑いがある人の数は2018年に16千人超。25年には認知症高齢者は推計約700万人に。状況の深刻さを強調する数字の奥に潜む当事者の思いを、私たちは的確に知った上で、寄り添えているだろうか。

 一般社団法人日本認知症本人ワーキンググループが昨年11月に発表した「認知症とともに生きる希望宣言」は、認知症の人たちそれぞれに個性がある、という当たり前のことを気付かせてくれる。

 宣言は「不安や心配はつきませんが、いろいろな可能性があることも見えてきました」として「一足先に認知症になった私たち」から、こんな呼び掛けをする。当事者は支援される一方の存在ではなく、共生社会を一緒につくる一員だ、と。 (大牟田支局長)」

 


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2019-07-06

夏の図書館

 

 夏の図書館利用は昨年みたいな猛暑であれば危険すぎます。リハビリのつもりで昨年までは、徒歩とバスを利用していました。そこで考えたのが巡回図書館2週間に1回の巡回。ところが指定の場所の公民館は坂道を降りたところ。「帰りがこわい」上り坂。往復30分ほどかかります。隣市の巡回図書館は近くの小学校。市民以外でも自治体協定で利用できます。利用してみようかと考えています。

 

図書館の在り方に関するコラム。教えられました。

 

「社説・コラム 風向計 図書館の話をしよう 岩田 直仁2019/7/3 西日本新聞 

 

 トランプ米大統領が再選に向けて動きだした。なりふり構わぬ強硬な「米国第一主義」は、保守層に圧倒的な人気を誇るが、不信と批判の声も全米に響いている。

 そんなアンチ・トランプ派の間で話題を呼んだドキュメンタリー映画「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」(F・ワイズマン監督)の日本公開が始まった。

 この図書館は、貧富や人種を問わず、すべての市民に膨大な知を提供するだけではない。教育と情報提供で、移民や貧困世帯の支援などにも力を入れる。運営側が重視するのは、知的自由、一部の利用者や価値観を優遇・排除しない包括性と多様性など。確かにトランプ氏が嫌いな言葉が並んでいるような…。

 福岡では9月に公開予定のこの映画、日本の図書館の未来を考える時、多くの示唆を与えてくれそうだ。

 国内では近年、「にぎわい創出」を掲げた図書館のリニューアルが相次ぐ。「複合施設化」もトレンドの一つ。

 九州には、いわゆるツタヤ図書館としてリニューアルした武雄市図書館(佐賀県)がある。書店とカフェを併設し、当時の市長が「ジャージにサンダル」の利用者がいなくなったと評価(?)したほどしゃれた空間になった。ずさんな蔵書選定などがたたり、批判は今もあるが、多くの利用者でにぎわっている。

 宮崎県では昨年、閉店した大型商業施設を転用する斬新な手法で都城市立図書館が開館した。周囲に子育て世代の支援センターや保健センターなども集約。図書館を核に市街地活性化を図る施策は今後、増えると予想される。

 運営面では、指定管理者制度の導入が増え、専門性が欠かせない司書に、非常勤が占める割合が拡大している。サービスの質を左右しそうな、気がかりな変化である。

 「知る権利」を保障する図書館は、「民主主義の砦(とりで)」と呼ばれる。では、地方の公共図書館の役割とは? 自治体と市民の協働で有名な伊万里市民図書館(佐賀県)の設置条例に明快な答えがある。

 〈すべての市民の知的自由を確保し、文化的かつ民主的な地方自治の発展を促す〉(以下略)」


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介護を儲けの対象にして [介護]

 

 

『アマゾンの倉庫で絶望しウーバーの車で発狂した』したというイギリスの介護労働などの実態のルポです。

 

1979年当時、在宅介護、および介護施設の総ベッド数の64パーセントは、国民保健サービス (NHS)と地方自治体によって提供されていた。2012年までに、その数はわずか6パーセントにまで減った。今日では、高齢者向けの社会福祉介護士の3分の2以上が民間企業に雇われ、そのうちおよそ半数が介護施設に勤め、38パーセントは訪問看護士として働いている。現在、英国内でおよそ30万人が老人ホームで暮らし、50万人ほどの高齢者や障害者が洗濯や着替えの補助などのために訪問介護に頼っているという。今後も高齢化は進み、介護が必要な高齢者はこれから15年でさらに170万人増えると予測されている。」

 

益々介護労働のニーズは高まっていくことも日本と似ています。そして、

 

「これを純粋に地方自治体の予算のせいだと決めつけるのは簡単なことだろう。しかし社会福祉の 民営化によって介護は儲けの対象となり、実際にサービスを受けるべき人々の利益がないがしろに されているとしか思えないような状況が生まれた。互いに競争する企業の多くにとって、高齢者は すぐさま貸借対照表の上のポンド・マークに変わる。この業界の強欲 存在理由 は、介護分野で一般的に使われる業界用語を見れば一目瞭然だろう。高齢者は「クライアント」「カスタマー」一方、「患者」は別のカテゴリーの人々を意味する単語で、緊急時にNHSが救急車を送り出す必要のある人々を指すものだ。」

 

利益の対象にされた介護労働は、低賃金の労働者をつくり出しているのも似ています。

 


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3度目の東京オリンピック? [スポーツ]

 

 

最初の東京オリンピックは辞退しています。1940年の開催が決まっていたのに1937年の日中戦争後の戦争拡大により中止されています。オリンピックを「平和の祭典」と呼んだりしますが、と実際は国威発揚の面が強いのではないか。中止されたことを語りたがらないのも違和感があります。前回のオリンピック頃の空気を次の小説はよく伝えているように思います、む

 

「戦争が終わった年に生まれてきた自分。けれど、幼い頃には街角に傷痍軍人の姿がまだあ

った。傷痍軍人なんて言葉、奈帆は聞いたとともないだろう。東京下町の、佃煮屋で鈴子は

成長した。幼い頃の記憶には醤油を煮詰めたにおいと庖のすぐそばを流れていたどぶ川のにおいがまとわりついている。母は優しい人だったが、父は気性が荒かった。お酒が入ればなおのこと、子どもたちが気にいらないことをすれば、すぐに頭を殴られた。けれど、虐待されたなんて思ったとともない。近所のどの家も同じようなものだった。

洗濯機、テレビ、掃除機、ステレオ。そんなものが家の、なかに増えていくたびにわくわく

した。銀座の会社で、最先端の雑誌をつくる現場。そとで出会った最先端の人々。何をした

わけではないのに自分も時代の空気を作っているのだという実感があった。東京オリンピックの歓声に日本は未来に向かって力強く歩んでいた。」(『トリニティ』窪美澄著)

 

虐待はあったが「躾け」だったという。テレビはまだあまり普及していず、テレビのある家に集まり、他人が家のテレビを観ていても許容されていた。「わくわくした感が」あった。今度のオリンピックに「わくわく感は」あるか。

 


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「さまよう遺骨」 [高齢者]

 

 

ニュース川柳より

「・官邸にも行ったり吉本闇も行く

・プラごみは鰯に紛れ腹の中」(201973日西日本新聞)

 

考えてみれば準備ができてるとは言い難い。

 

「本ダネ

「さまよう遺骨」 NHK取材班著

 さまざまな角度から遺骨や墓の問題を取り上げてきたNHKの取材チームが、番組取材を基に急速に変貌している日本の弔いの現状をリポートする。 誰にも弔われない遺骨の増加に 苦慮する自治体の現状や、墓を維持できずに家族の遺骨を手放す人々の複雑な胸中・・・。現代日本が抱える悩ましい課題に直面させられ る。 民法897条は墓の所有権について「慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継する」と定めているが、「祖先の祭祀主宰すべき者」という無邪気な想定は、この本が教えてくれる生々しい現実から懸け離れてしまっている。「どう弔われるのか、真剣に見つめ直すときがきている」という結びの言葉が重くのしかかってくる。(NHK出版新書・842)'」(201966日西日本新聞)

 

もっと法的に縛られているかと思っていた。

 

 


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『トリニティ』窪美澄著を読む [読書]

 

 

トリニティ

トリニティ

  • 作者: 窪 美澄
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/03/29
  • メディア: 単行本

この本の冒頭です。

「『今日もまた生きたまま目が覚めたのか』

七十二歳の鈴子は瞼を開けた瞬間に昨日の朝と同じことを思った」

 

この感覚は若い人には分かりづらいと想う。年金問題でいろんな意見が出ていますが、「私は働き続ける」または「企業年金」でカバーしていくというものです。

内閣府の資料によると

「○高齢者の半数近くが何らかの自覚症状を訴えているが、日常生活に影響がある人は約4 分の1

・平成252013)年における65 歳以上の高齢者の有訴者率(人口1,000 人当たりの「ここ数日、病気やけが等で自覚症状のある者(入院者を除く)」の数)は466.1 と半数近くの人が何らかの自覚症状を訴えている(図1 2 10)。

・日常生活に影響のある者率(人口1,000 人当たりの「現在、健康上の問題で、日常生活動作、外出、仕事、家事、学業、運動等に影響のある者(入院者を除く)」の数)は、252013)年において258.2と、有訴者率と比べるとおよそ半分になっている」

 

健康でありたいという希望と実際では違うということ。有病率の高さを示しています。ということはないものねだりになってしまいそうです。新聞投稿を見ると50歳代が多い。自分の60から70のイメージがしにくいようです。人に言えたものではありませんが・・・

今からの支給を受ける年代です。私もそうでしたが、老いを甘く見ていました。

 


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井口資仁さん [スポーツ]

 

 

イグチさんという呼び名には抵抗がありました。私が育った地域では「イノクチ」だったからです。ロッテには、ピンクリボン活動をホークス時代にしていた鳥越ヘッドコーチ。難病から回復して活躍した大隣もいます。注目している監督です。

 

「コラム 春秋 2019/6/27 10:30  西日本新聞 オピニオン面

 

 プロ野球千葉ロッテの監督井口資仁(ただひと)さんは、福岡ダイエーの新人時代、打撃不振に悩んでいた。「俺も入団した頃は三振王と呼ばれていたんだよ」。声を掛けてくれたのは当時の王貞治監督だった。王さんは、さりげなく自身の体験を話し始めた

▼打撃の基本はタイミング。素振りのように振れば必ず打てる。だから、投手は直球、変化球を織り交ぜ、フォームを変え、あらゆる手段を使って打者のタイミングを崩しにかかる

▼投手と打者の戦いの本質はタイミングの奪い合い。先手を取ろうとする投手のタイミングに合わせて足を上げる-。その一本足打法で王さんは投手のタイミングを自分のものにでき、三振王がホームラン王になったのだ、と

▼タイミングは、間合いや呼吸とも言い換えられよう。王さんのアドバイスは政治や外交の世界にも通用しそうだ。とりわけ、速球、くせ球、暴投、デッドボール…何でもありのトランプ米大統領が相手ならば(以下略)」

 


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社会的な文脈で [寛容な社会]

 

 

新聞の投稿欄に、年金の不足額が2000万円から3000万円などは考えないことにして「健康」に努めるという。健康であれば働けるという論法です。健康は望めば実現するかのようです。

後期高齢者近くの知り合いは健康だという人はいません。中にはいるのかもしれませんが。

安心・安全な年金と言っていた政府になぜと問いかけしないのだろうか。それは、引きこもりの人たちを個人の責任とする主張と重なって聞えます。無理な論理でしょうか。

 

(論壇時評)ひきこもり 孤独は個人の問題ではない ジャーナリスト・津田大介

2019627日朝日新聞 

 5月28日に川崎市で起きた20人殺傷事件と、6月1日に東京都練馬区で起きた76歳の元農林水産次官による長男殺害事件の二つの事件は、日本社会に大きな衝撃を与えた。いずれも事件の中心人物が40~50代の「ひきこもり」とされたことから、70~80代の親が同居する無収入の中高年の子を支える「8050(はちまるごーまる)問題」「7040(ななまるよんまる)問題」にも注目が集まっている。

 二つの事件でとりわけ議論を呼んでいるのは、ネット上やテレビのワイドショーで見られる容疑者に対するコメントだ。川崎の容疑者には「死にたいなら一人で死ねばいい」というコメントが相次ぎ、練馬の容疑者には「情状酌量してほしい」「親としての責任を果たして立派だ」といった意見が今もネットのニュース記事のコメント欄にあふれる。

 藤田孝典は川崎の事件直後、ネット上に感情的な言葉が渦巻く状況を受け「次の凶行を生まないため」に、「これらの言説をネット上で流布しないで」ほしいと呼びかけた怒りの言葉の流布は社会で孤立感を抱く人を追い詰めるというのが理由だが、山口一男によれば、それは実証的な観点から「軽率」だという。そもそも容疑者と被害者の間に面識のない無差別殺人事件自体が、この社会において稀少(きしょう)な事象であるからだ。「極めてまれで残虐な事件に対し、その人間の社会的孤立が原因のように言うことは、他の同様な立場に置かれた人々も類似の事件を起こす可能性を示唆することになり、彼らへの偏見と差別を引き起こしかねない」という指摘は説得的だ。(以下略)」


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人情というか [支え合う社会]

 

 

新聞の投稿欄からです。

 

「抱え込まずに 話しませんか  29歳

  2日の本欄で、松永和子さんの「親に『孤育て』させぬために」を拝読し、大変共感しました。私は現在 1歳になる息子を育てていますが、出産から今まで子育てに悩まない日はありませんでした。初めての子どもなので、なおさらです。 母乳の吐き戻しが多い、 夜泣きがひどく眠れない、 離乳食を作っても食べてくれない等々。家にこもって 1人で育てていると悪い考えが堂々めぐりし、もんもんと悩みます。そんな時、 私は人と会って話すことで 何度も救われました。悩んでいるのは自分だけではない。そう思えることが心を支えてくれました。今の時代、おせっかいと思われるくらいがちょうどよいのではないかと思います。(以下略)」(2019521日西日本新聞)

 

私は一人でいるのが好きなほうです。学生時代の数少ない友人は50歳までに亡くなりました。私は気づくのかが遅かったと思いますが、お互いの元気を確認するあいさつとして畑の作物をもっとてきてもらったり、体調を気遣ったりの一言にどれだけ励まされたことか


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一刀両断 [寛容な社会]

 

 

大崎事件の再審は最高裁で阻まれた。一刀両断という言葉が浮かんできた。高裁に差し戻すこともなく結論を出しています。社会の雰囲気がそれを許しているようです。求めているのかもしれません。「縄抜け」との判断か。

 

「余録  毎日新聞2019625

 江戸時代に「縄抜け」といえば、一度捕縛された者が役人の手から逃走することをいう。天明年間に江戸っ子の評判になり、後に芝居にまでされたのは鼠(ねずみ)小僧(こぞう)と並び称された盗賊、稲葉(いなば)小僧の縄抜けだった▲谷中で捕らえられて護送中、茶屋の厠(かわや)から不忍(しのばずの)池(いけ)に飛び込んで逃げ出し、行方をくらましたのである。後に上州で病死したとの話が伝わったが、この盗賊、大名や旗本の屋敷から刀や脇差しばかりを盗んだので義賊視する向きもある▲しかし稲葉小僧が武家を狙ったのは警戒が甘く、盗まれて恥になる刀剣の被害は隠されがちだったためらしい。悪事をなす者が取り締まる側の隙(すき)や甘さを巧みに突くのは当然のことで、備えを怠れば途方もない失態を招くことになる▲何やら江戸時代の大捕物を思わせる幕切れとなった神奈川県の小林誠(こばやし・まこと)容疑者の4日間の逃走劇だった。実刑確定に伴う身柄収容を拒んだ容疑者が行方をくらましていたこの間、県央地域は学校を休校にするなど住民は不安に包まれた▲「痛恨の極み」とは逃走を許した横浜地検の検事正の陳謝である。逃走公表が発生から3時間も遅れたのが、住民や自治体の怒りを買ったのである。さらにいぶかしいのは、実刑の確定から4カ月もたってこんな騒ぎになったことだ▲この事件で裁判所の保釈の適否も論議されているが、まずは検察が法執行の甘さをきちんと自己検証するのが先決である。まさか検察も自分らの手抜かりをもって「人質司法」を正当化するつもりはあるまい。

 

 


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差別の刻印 [寛容な社会]

 

 

ハンセン病家族の国家賠償請求裁判は各地裁で判決が始まっています。その家族の痛みが報とどうされていました。

 

「母の病歴知られ離婚

30代、差別の被害現在も

ハンセン病家族再生へ

「新たに痛ましい被害が生じた事実が明らかになった。30代の原告が、提訴をきっかけに離婚に至ってしまったというのである」 熊本地裁101号法廷。 201733目、ハンセン病家族訴訟第3回弁論の冒頭、弁護団共同代表の 徳田靖之が切り出した。同じ席にいた弁護士の大槻倫子=神戸市=は、その声をうつむき加減に聞いていた。

原告番号331。沖縄県から訴訟に加わった男性は、提訴後、50代の母親のハンセン病歴を打ち明け、妻に去られた。幼い子どもとも引き離され、失意に沈んだ男性は担当だった大槻との接触をも断った。「目の前でこんなことが起きるなんて・・・」。大槻は、自らの認識の甘さに打ちのめされていた。ハンセン病隔離政策で、元患者らの家族も差別や偏見を受けたとして561人が国に謝罪と損害賠償を求めた訴訟。隔離政策が厳しかった1950年代前後に差別を受けた世代の原告が大半を占める中、20~30代は28人と少数派だが、男性クケースは現在進行形の被害を突き付けた。法廷で徳田は続けた。「今でなお、家族に病歴者を持つということが厳しい差別の一つ対象となっている事実に、慄然とする」

 

大槻が最後に男性と会ったのは、162月の提訴から半年後。陳述書作成のために沖縄に赴き、聞き取りに臨んだ時だった。テープル越しの男性はいつもよりし伏し目がちに見えた。 「差別を受けた経験は?もし奥さんに話したらどうなると思いますか?」何も知らないまま質問を重ねた。当時、既に妻子に去られていた男性は、その事実を口にせず「大丈夫ですよ。どうにかなったら、それまでの関係じゃないですかね」と淡々と答えた。

数カ月後、別の原告経由で離婚を知った。「妻と別れた」とあの場で言えなかった男性は、どんな思いだったのか。事情を聴こうにも、連絡は取れなくなっていた。(以下略)」(2019624日西日本新聞)

 

家族にも何の責任もないはずだ。それにむち打ちする人たちがいる。だからこそ裁判が必よヴ立ったのか。


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